フランスの化粧品小売り「Sephora」のオムニチャネル戦略を解剖

スマホが普及してインターネットがどこでも接続できるようになり、人々の消費行動はこの10年で劇的に変化しました。Amazonが着実に自らのeコマース(EC)帝国を築く中、小売業界はオンライン、そしてモバイルでの買い物体験を洗練させるよう迫られています。今回のコラムでは、オムニチャネル戦略をうまく実践するフランスの化粧品小売りSephora(セフォラ)の例を、世界最大手のモバイルマーケティングプラットフォームを提供する米AppLovin(アップラビン)の日本代表を務める林 宣多が紹介します。

ECプラットフォームのShopifyは、世界のECの小売売上高は2021年までに4.5兆ドルに達すると見通しています。消費者がオンラインショッピングの注文を行うデバイスは、スマホユーザーの存在感が大きくなっています。マーケターは、モバイルがECのプラットフォームの主流になった時、生き残りを賭けてモバイル体験の差別化を図る必要に迫られるのです。

すでにこうした段階に入っている一例がフランスの大手化粧品小売のSephoraです。様々なモバイル戦略を積極的に進める同社は、モバイルファーストの未来に向けてマーケターが参考にすべき好事例の1つだと思います。

顧客は至るところに

顧客は至るところに

一見当たり前のようでいて多くの企業が意識できていないのが、顧客がどこにいるかという点です。現代の多くの顧客は商品の情報を知りたい時は、アプリやモバイルサイトを見るでしょう。つまり、モバイルショッピングの世界ではアプリやモバイルのサイトが、大枠の戦略に組み込まれていなければ意味がないのです。それを実行できているのがSephoraなのです。

顧客が使っているプラットフォームやサービスを特定したら、企業は顧客のニーズをとらえ、それに対してソリューションを提供する必要があります。Sephoraでは「顧客は誰もが自分に必要なものが分かっているわけではない」ということを理解したうえでソリューションを提供しています。

Sephoraでマーケティングとブランディング担当のバイスプレジデントを務めるDeborah Yeh氏はRetail Diveという媒体のインタビューで、「美容オタクのような人々だけではなく、美容初心者のような人のニーズにもこたえられるようにしたいと考えています」と話しています。

顧客によってメークのテクニックなどのレベルが異なる点を理解し、Sephoraはニューヨークの旗艦店で、顧客が店舗でプロの指導を受けられるBeauty TIP (Tech, Inspire, Play) Workshopを立ち上げました。実店舗に行けない顧客には、同じようなコンテンツにウェブサイト、モバイルアプリ、そしてカタログ(The Glossy)でアクセスできるようにしました。こうしたマルチチャネルのアプローチにより、Sephoraはあらゆる場所の顧客にリーチする足がかりを作りました。

Sephora でデジタル分野を担当するシニアバイスプレジデントのMary Beth Laughton 氏はInternet Retailer Conference & Exhibitionというカンファレンスで、「(顧客は)娯楽を求める一方でその入手経路については考えておらず、小売側が手軽に提供することを期待しています」と語っています。

Sephoraは、モバイルを購入前後の顧客とやり取りする手段としても活用しています。顧客はFacebookのメッセンジャーで気軽に友人とチャットし、Sephoraのチャットボットにおすすめの商品を聞いたりすることができるのです。また、Sephoraはモバイルアプリで毎日新しいコンテンツを提供したり、ロケーションターゲティングで限定商品やメークのアドバイスをSMSで送ったりして、購買意欲を盛り上げています。

オムニチャネルのショッピング体験を提供

Sephoraは、売り上げよりもまずは素晴らしい顧客体験を創り出すことを第一に掲げ、モバイルファーストの環境でのマーケティング戦略を確立しています。顧客の心に響く体験が提供できなければ、小売りは厳しい局面を迎えるだけです。

顧客体験を創り出し、あらゆる場所の顧客にリーチすることで、Sephoraは小売りとモバイルショッピング体験の溝を埋めることに成功しています。実店舗でもオンラインでも、Sephoraは顧客がニーズに合う商品を探すための「IQ」クイズシリーズを展開しています。Color IQでは顧客の肌のトーンのスキャンに基づいてリップなどの色のおすすめを案内します。Skin Care IQでは顧客の肌の悩みに合わせたスキンケア商品を提案します。どちらのサービスもオンライン、そして店舗にあるタッチスクリーンのキオスク端末で体験することができます。

SephoraはこうしたサービスをFacebookのメッセンジャーボットでも提供しています。顧客のショッピング体験からできる限り障害を取り除こうとしているのです。また、こうした体験は顧客が買い物をしようとする際に自らの意思で参加するもので、買い物する気がない顧客を誘導しようとするものではないところもポイントです。

Sephoraはこのほかモバイルで、AR(拡張現実)によるアプリ内のショッピング体験を提供しています。顧客は自宅で手軽にマスカラやリップ、ファンデーションなどを試すことができます。様々な「ルックス」を試して、気に入った商品は何でもカートに入れられます。Snapchatのフェイストラッキングフィルターを活用して、便利なショッピングツールを顧客に提供している好例です。

Sephoraの包括的なリテール戦略はショッピングを楽しくするものです。顧客はテクノロジーの助けを借りて、膨大な選択肢から商品を絞って、気持ちよく決断をして買い物を楽しんでいます。

SephoraではDigital Makeover Guideという面白い店舗体験もモバイルで提供しています。イメージ チェンジをしたくて店舗を訪れる顧客にこのガイドを送ります。パーソナル化した商品リストにおすすめの使用法を加えたものです。モバイルのガイドなので、顧客は次に店舗を訪れたときに簡単にもう一度アクセスすることができます。

コミュニティを重視

コミュニティの活用は小売業界でも重要です。Sephoraは2017年8月、ウェブサイト上にBeauty Insider Communityのページを立ち上げました。このページでは、顧客がメークのアイデアやプロのアドバイス、ローカルイベントなどをチェックできるほか、ほかの人と意見交換をすることができます。コスメ好きやスキンケアのアドバイスを探している人々が集まるソーシャルネットワークのようなものです。

こうしたコミュニティを構築することでSephoraは、顧客と直接対話してフィードバックを集めるチャネルを確立しています。これによって顧客のニーズをしっかりと把握し、戦略に直結させることができます。コミュニティの存在が、Sephoraとそのプラットフォームに参加する人々の親密な関係を育んでいるようです。

Beauty Insider Communityに参加するには事前にBeauty Insider programに登録する必要があります。メンバー限定オファーや特典、ポイントなどで店を訪れる意欲を駆り立てます。Beauty Insider programへの登録は無料ですが、購入金額が年間350ドル になるとメンバーはVIB(Very Important Beauty Insider)にランクアップし、さらに年間1,000ドルになるとRogue と呼ばれるランクに上がり、月間ギフト、無料のカスタムイメージチェンジ、全商品2営業日以内配達の送料無料、プライベートの電話相談、限定イベントへの招待などが提供されます。

Laughton氏はファッション専門媒体のWWDで、「顧客はよりパーソナライズされたな体験を求めていて、自分と同じ感覚を持つ人々に寄り添ってもらい、美容への思いを共有したいと思っています」と話しています。

あらゆるところに顧客がいることを理解して、コミュニティ、スマートなコンテンツマーケティング、モバイル戦略を駆使し、Sephoraは小売業界のモバイルファーストの環境で成功するのに必要な姿勢を体現しています。モバイルアプリがあるだけで十分というわけではないのです。モバイル戦略は、コンテンツからソーシャルメディアに至るまであらゆるマーケティング戦略とかみ合わなければ無になります。俯瞰的にモバイルにアプローチすることで、Sephoraは小売りの未来を先駆ける存在になっています。

Sephoraの事例は、日本の小売りの皆さまにも参考になるのではないでしょうか。