失敗するパーソナライゼーション - 共通の落とし穴と回避策

吉永 敦

前回記事で、誰でもリーズナブルにパーソナライゼーションを実現できる時代が到来し、パーソナライゼーションの取り組みを一段進化させる絶好の時代が来たことをお伝えしてきた。その一方、パーソナライゼーションは、どのブランドにおいても重要なテーマだが、この戦略が一筋縄ではいかないことも事実である。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という名言はプロ野球の故野村克也監督の座右の銘として知られるが、その言葉の通り、パーソナライゼーションの失敗する例に学び、その対となる成功する際の特徴を見ていこう。

★前回コラムはこちら→2024年のマーケティング革新 - 「パーソナライゼーション」の新たな解釈

パーソナライゼーションの失敗については、様々なブログレポートでその理由が論述されているが、主だって以下の点に集約される。

1.パーソナライゼーション自体の目的化
2.パーソナライゼーションの仕組みが不十分
3.個別最適化による組織構造の問題


それぞれの要素を具体的にみていく。

パーソナライゼーションしていれば良い、が先行してしまう危険性

パーソナライゼーションは哲学のようなコンセプトであり、名前を差し込んだからOK、レコメンドエンジンを実装しているから完了ではない。個別化されたコンテンツを届けること自体がパーソナライゼーションではなく、自社のEC・ブランドまたはサービスをどのように感じて欲しいかという大上段の目的に基づいて、コミュニケーションを設計し、適切なタイミングで、適切なコンテンツを届ける手段がパーソナライゼーションである。

ともすると、大上段の目的(消費者とブランドのつながりを強固にする目的)を達成するためのパーソナライゼーションが、内容を個別化すること自体が先行し、手段が目的化した結果、ユーザーには不快という実態(残念な顧客体験)につながってしまう。

例えば、広告に代表される過度なリターゲティングがこの1つだ。購入済み商品がおすすめされる、購入済み商品のクーポン・広告が出続ける等は誰もが遭遇している残念な顧客体験だろう。イタリアンで食事をした直後であれば、同じイタリアンの食事券ではなく、近隣で使えるカフェの案内やクーポンが欲しいものである。パーソナライゼーションしていれば良いのだ、が先行してしまうとこのような事態を招く

実際に400名上の参加者を対象に独自で実施した残念な顧客体験に関するワークショップでも500件を超える残念な顧客体験が集まった。下記の画像で一部を紹介する。

また残念な顧客体験の事例として、就活生視点での残念な顧客体験もあるのでぜひご覧いただきたい。 製品導入を検討する際は、パーソナライゼーション自体を目的とせず、どのような顧客体験を提供したいか・あるべきかに基づいて、それらを実現する手段としてパーソナライゼーションを利用する必要があるだろう。

85%の企業がパーソナライゼーション取り組んでいるが、仕組みが不十分

85%の企業がパーソナライゼーションに取り組んでいると答えているにも関わらず、半分近くはそうは感じないと答えている結果の調査がある。

このギャップはどうして起こるのか。 多くの場合、この問題はデータの鮮度が原因で引き起こされていると筆者は考える。例えば、システム間のデータ連携が夜間バッチ式になっているとユーザーの行動や趣味嗜好の変化に応じた気の利いたメッセージを送信することができず、数日前にカゴに入れた商品(すでに購入済みまたは在庫切れ)に基づいてリマインドしてしまうような事態となっているケースもあるだろう。また特定行動をしたユーザーを括ってメッセージを送ろうとした場合に、データの抽出(対象者の特定)に数日かかるがゆえに、適時・適切なタイミングでコミュニケーションするための難易度が高いというケースもある。 これらの技術的な問題、あるいはシステム的な制約は、適切なソリューションを採用することで解決できる余地がある。ぜひ、真のパーソナライゼーションを実現したいのであれば、適切な仕組み・ソリューションを採用し自社のテックスタックをモダン化していただきたい。 より詳細を知りたい場合は、Brazeが提供するハイパーパーソナライゼーションの事例をご一読いただきたい。

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個別最適化による組織構造の問題

上述した通り、どのようなブランド体験を構築したいか、に基づいてコミュニケーションを試行錯誤し続けることが重要なため、ソリューションを入れたら結果が出るといったものではなく、試行錯誤を繰り返せるような仕組みや文化を作っていく必要がある。

しかしながら、パーソナライゼーションの取り組みの実現に難航する組織の多くは、チャネルと目的別に組織が分断されており、顧客起点での適切なコミュニケーションを実現しようにも、組織がそのような体制になっておらず、企業側の効率性を重視した都合でユーザーに単独のチャネルでメッセージを送ってしまっていることも多い。また、データ連携を担うデータ基盤チームやアプリやウェブサイトの管理をしているチームも基本的には別の部署となっており、新規取り組みを始めるにあたっても、施策の実行・データの連携に数ヶ月以上かかるといった事態も起きている。

顧客起点の適切なパーソナライゼーションを実現したいのであれば、チャネルや目的別に組織を分断するのではなく、顧客のライフサイクル全体に責任を持つ組織を構築し、一定の開発リソースを保有する体制を構築するのが望ましい。実際に、パーソナライゼーションを適切に活用し、成長・進化していく企業として、Forge NY(Braze最大のグローバルイベント Forge 2023 現地レポート)でスピーカーとなるような第一人者のマーケターたちの役職は、ライフサイクルマーケティングマネージャー、Growthマーケティングマネージャー等であった。 パーソナライゼーションを真に機能させたいのであれば、既存の延長線にある部署間の個別最適化による顧客起点のCXの欠落を乗り越え、テクノロジーを正しく機能させ、ビジネス自体を変革していく必要がある。

ここまで、企業がパーソナライゼーションに失敗する理由を具体的に掘り下げ、その原因から、成功要因を解説した。AIの民主化に伴ってテクノロジーの変化・競争が激しくなっている2024年こそ、改めて、自社の取り組みを見つめ直し、正しい考え方、ソリューション、組織体制を整え、パーソナライゼーションの取り組みを加速させるべきではないだろうか。

本コラムでは、顧客心をつかむ術 - パーソナライゼーションの全方位ガイドというタイトルで、全6回にわたり執筆している。次回は「経済的変動と消費者行動 - パーソナライゼーションの新しいチャレンジ」と題し、グローバル企業の投資トレンドや消費者行動から現代のマーケティングが直面するチャレンジについて言及していく。


著者

吉永 敦 (Atsushi Yoshinaga)

ワークスアプリケーションズにERPのソフトウェアエンジニアとして入社。地方自治体・大手上場企業のERP導入コンサルタントを経てGlobalの開発PJに従事するため上海赴任を経験。大手コンサルティングファーム転職後、RPA 導入・AI-ChatbotのPJを現地法人でリードした後、日本に帰国、日本では金融業界を中心としたオペレーショナルエクセレンスを提供するチームでコンサルタントを経験。
Braze日本法人の立ち上げに伴って、導入担当のソリューションアーキテクトとして参画した後、2022年2月よりグロースエンジニアに職種変更。
現職では、Braze City × City (旧 FORGE JAPAN)でのアプリ作成・日本のテクノロジーパートナーとの連携検証・最新機能を用いたカスタマーサクセス等に従事。