越境EC: 中国向けサイト 混ぜるな危険! Googleのサービスによる遅延

竹洞 陽一郎

混ぜるな危険

越境ECで、中国向けにサービスを提供しているECサイトの皆さん、Google AnalyticsやGoogle Maps、Google Tag Managerを、日本向けのECサイトと同様にサイトの中に組み込んでいませんか?

実は、Googleのサービスを中国向けサイトに組み込むと、途端に、中国のユーザが閲覧に30秒以上かかるサイトになってしまいます。

Webパフォーマンス、この道11年、様々なWebサイトの計測や改善を行ってきたプロが解説します。

越境ECは現代の「大航海時代」、そしてインターネットは現代の「シルクロード」

越境ECは現代の「大航海時代」、そしてインターネットは現代の「シルクロード」

商品は、需要と希少性で価値が上がります。

需要は、人々が欲しいと思う度合い。
希少性は、その手に入りやすさ、物珍しさの度合いです。

需要が無ければ、商品は売れないです。
需要があっても、希少性が小さければ、価格競争に陥ってしまうでしょう。

人間は、文明を築き上げた頃から、他の文明圏との貿易によって、自国や自分の地域では得られない貴重な品々を手に入れる事で、経済を活発に規模拡大してきました。

シルクロードや、大航海時代も希少性の探求から生まれたものです。

それは、現代においても同様で、日常簡単に手に入る商品は希少性が小さいために商品価値を著しく大きくすることが難しいです。
しかし、手に入れるのが難しい、希少性が大きい商品は、価値がどん!と大きくなります。

皆さんが越境ECを行われているのも、そこに着目してのことだと思います。

日本ではありふれた商品だとしても、海外では物珍しい。中々、手に入れる事はできない。
だからこそ、海外の人々の間に、莫大な需要があるわけで、越境ECは現在の「大航海時代」、インターネットは現代の「シルクロード」と言えるでしょう。

日本のインターネット環境の高速さに慣れてしまった日本人が陥る罠

日本のインターネット環境の高速さに慣れてしまった日本人が陥る罠

さて、その現代の「シルクロード」たるインターネットを介して、ECサイトを海外に向けて公開する時、一つ、私たち日本人が注意しなくてはいけないことがあります。

一番目は、日本のインターネット回線は、世界有数の高速ネットワークであって、世界各地で同じ環境ではないという点です。

アカマイが四半期毎に発表している「インターネットの現状」によると、10Mbps以上の回線の普及率は、日本においては73%、世界ランクで3位となっています。
ちなみに、1位は、お隣の国、韓国で85%です。

ところが、中国のおいては、10Mbps以上の回線の普及率は20%で、80%が4Mbpsです。
4Mbpsということは、2000年初頭のADSLのスピードと同じぐらいということです。


二番目に、インターネットの速度は、物理距離に影響されるという点です。

「光回線」「光ファイバー」という言葉で、「光の速度なら、どんなに遠くてもあっという間」と思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。

必ず、物理法則に従い、通信速度は物理距離によって遅延します。

また、光ファイバー網は、光が直進するわけではないという事も大きく影響します。
光が直進すれば、当然、速いわけですが、光ファイバーケーブルの中を、屈折しながら光が進むので、実際の物理距離より大きく距離が延びてしまいます。

例えば、日米間ですと、西海岸ですと、通信速度は往復で100ms(1/10秒)は掛かります。

中国向けECサイトの課題

中国向けECサイトの課題

海外を対象にしたECサイトは、日本対象のECサイトと比べて、インターネット環境の違いや、物理的距離による遅延を考慮しなければ、遅い表示速度によって待ち時間が苦痛のサイトとなります。

従って、海外を対象にしたサイトは、Webサーバを日本に置く場合、CDN(Content Delivery Network)を使って高速化を図ることが多いです。

もしくは、Webサーバを、現地のデータセンターに置くというのも一つの手です。

中国のインターネット環境は、他の地域と異なる特殊な事情があります。
皆さんもご存じのとおり、中国にはGreat Firewall、中国政府が設置しているファイアウォールがを通過して、中国国内に配信されるという点です。

しかし、実際のところ、Great Firewallはそれほど遅延などの影響を及ぼしません。

Great Firewallが現在、通信を止めているのは、

・UGC(User Generated Content)… YouTube、ニコニコ動画、Pixivのような、ユーザが作ったコンテンツを配信するサイト
・政治に関連するコンテンツを配信するサイト
・アダルト、ポルノに関連するコンテンツを配信するサイト

です。

B2Bの一般的な企業のサイトであれば、通信が遮断されることはありません。
B2Cのサイト、皆さんのようなECサイトの場合は、今年5月に施行されたサイバーセキュリティ法によって、特に、多数の中国国民をユーザ登録して個人情報を持つ場合には、その個人情報を保存するWebサーバを中国国内に設置することが義務付けられました。

そうなると、中国国内のデータセンターやホスティング業者などを利用しなくてはいけなくなります。
そのために必要な登録が、ICP Beianです。

中国向けのECサイトを運営されていれば、ICP Beianの申請をして、政府からの登録番号を取得して、Webサイトに記載されている事と思います。

データセンターやホスティング以外にも、中国国内のCDNを利用する場合にも、ICP Beianの登録が義務付けられています。

中国最大手のCDN、ChinaCacheによると、大体、登録ユーザ数が500万人以下であれば、中国国内にサーバを設置せず、日本から配信することも可能です。
.com、.cnなどのドメイン名であれば、オリジンサーバを日本に置いて、中国国内向けにECサイトを開くことも可能です。

Googleのサービスを中国向けECサイトに入れる問題

Googleのサービスを中国向けECサイトに入れる問題

中国向けECサイトは、もう一つ、気を付けなければいけない事があります。
それは、日本では一般的である、GoogleのサービスをECサイトに組み込む事です。

Googleのサービスは、日本のECサイトでは、一般的に、幅広く使われています。
・Google Analytics
・Google Maps
・Google AdWords
・Google Tag Manager

それ以外に、JavaScriptの配信にGoogleのCDNを使っている方もいらっしゃるでしょう。

Googleのこれらのサービスを使うと、中国国内ではどのように影響が出るでしょうか?

例えば、GoogleのCDN経由でjQuery(JavaScriptのライブラリ)を配信している例をご覧ください。

jQueryをGoogleのCDN経由で配信している場合(計測地:北京)

なんと、このように黄色い部分、TCP/IPの接続で30秒以上掛かっているのです。
技術に詳しくない方のために書くと、TCP/IPの接続というのは、Googleのサーバを探して、そこに対して接続する時のことを指しています。

Google Tag Managerを、日本のECサイトの感覚で入れるとどうなるでしょうか?
弊社のお客様の事例で、見てみましょう。

Google Tag Managerの通信時間(計測地:上海)

これは、上海のChina TelecomとChina Unicomの100Mbpsの回線を使って、一週間計測したデータです。

30秒まで頻繁に遅延していることが分かります。

Google Analyticsの通信時間(計測地: 上海)

Google Analyticsの場合は、最大で10秒まで遅延していることが分かります。

この遅延は、どうして発生しているのでしょうか?

Googleは2010年に、中国政府からインターネットの検索結果の検閲を求められたことに反発し、中国事業の大半を停止または香港に移しました。
従って、中国国内には、Googleのサーバはありません。

ECサイトにGoogleのサービスを組み込むと、その大半の通信は、アメリカ本土にあるサーバにまで行ってしまうのです。
その結果、ここまでの遅延を引き起こしてしまうのです。

これは、CDNを入れたとしても解決はしないのです。

まずは、高速に繋がる、それが全てのECサイトの生命線

まずは、高速に繋がる、それが全てのECサイトの生命線

越境ECに限らず、ECサイトを運営するときに、最も気を配らなければいけないこと、確実に繋がり、高速にページが表示される事です。

繋がらなければ、ECサイトは存在しないも同然です。
高速にページが表示されなければ、これまた、多くの人にとって、ECサイトは存在しないも同然です。
なぜなら、多くの人が、ちょっとした遅延を我慢できなくなっているからです。

今の世の中、「お風呂に入る時間さえない」という広告が出るくらい、忙しい世の中です。
ですから、ECサイトでの買い物も、日常に隙間時間を使って行う人が多くなりました。
欧米のECサイトにおいては、1分で買い物が終えられるかどうかが、一つの目標指標になっています。

今年、Amazonの1クリック購入の特許が切れたため、今後、この1分ルールは更に短い時間になることが予想されます。

欲しいものを即座に買えるようにすることは、欲しいものを即座に届けるのと同じぐらい、お客様に対するお役立ちです。

ですから、欧米やインド、中国、東南アジアのECサイトは、24時間365日、Webサイトの表示速度計測を行う事が業務として当たり前になっています。
そういう世界と勝負をするのだということを、越境ECの運営をされている方には認識して頂きたいのです。

そして、現状、表示速度が遅くても、売上が立っているのであれば、きっと表示速度を高速化することで、予想を遥かに超える売り上げの伸びが期待できることも知って欲しいのです。

それは、広告を出すよりも、A/Bテストをやるよりも、行動解析をするよりも、大きな効果があるのです。
だから、世界のECサイトは、まずWebサイトの高速さを第一に考えます。

これから、このECのミカタで、コラムを連載させて頂いて、Webサイトの表示速度の重要性、Webパフォーマンス管理の勘所を解説していきます。

どうぞ、これからの連載をご期待下さい。


著者

竹洞 陽一郎

経歴
Webパフォーマンス分析の専門家
株式会社Spelldata代表取締役
20代前半まで司法書士事務所で働き、20代後半からIT業界へ転身。
日本のSI企業で働いた後、仮想化技術のVMwareの日本人初の認定トレーナー、CDNのAkamaiの技術コンサルタント、Verizon Businessの首席コンサルタント、世界で最初にWebパフォーマンス計測サービスを開始したKeynote Systemsの日本代表、現在Webパフォーマンス計測のデファクトとなっているCatchpoint Systemsの日本代表を歴任。
日本や世界のWebサイトのパフォーマンス分析を10年以上行っている。
表示速度を高速化するために何を削ればよいかを研究して、アメリカの情報品質の学会にも所属して、Webページの情報価値分析も行っている。
ウェブ解析士協会公式テキストのWebサイトの品質のページを担当して執筆。

所属
・日本統計学会
・日本科学技術連盟
・日本マーケティング学会
・Association for Computing Machinery
・Computer Measurement Group
・International Association for Information and Data Quality

株式会社Spelldata: https://spelldata.co.jp
Webパフォーマンスについて: https://takehora.hatenadiary.jp
Qiita: https://qiita.com/takehora/