歴史の名将5人に学ぶ、ECで勝つ企業・負ける企業の共通点 ――年商1億円を超える楽天ECの設計図【最終回】
第1回の「戦略編」、第2回の「戦術編」を経て、いよいよ最終回を迎える本連載。ここまで楽天ECを「構造」で捉える重要性を一貫して説いてきたネットショップスタジオの桑田晋一氏が最後に示すのは、歴史から導き出した「成功と失敗の法則」だ。
熾烈な競争にさらされる楽天市場という戦国において、勝ち残る企業と淘汰される企業を分ける決定的な差はどこにあるのか。織田信長をはじめとする名将たちの決断を、現在の「EC運用」に投影し、21年の楽天EC支援実績から導き出した「事業として勝ち続けるための兵法」を提示する。(全3回)
●過去コラムはこちら!
【第1回】楽天支援21年で見えた「構造的に勝ち続ける」羅針盤――戦略の失敗は戦術では取り戻せない
【第2回】年商1億円を超える楽天ECの設計図【戦術編】――全ては「構造」でつながっている
はじめに:なぜ歴史からECを学ぶのか
歴史はビジネスに対して、色々な事を教えてくれます。
特に、中国の「三国志」の時代や日本の戦国時代は、いかに中国を統一するか、いかに日本を統一するかを、名将たちが知恵と努力を絞って戦略・戦術を考え抜いた時代。ここにはECで市場シェアを獲得したい、売上を伸ばしていきたいメーカー企業にとって、多くのヒントが隠されています。
今回はそんな三国志時代・戦国時代を生きた5人の人生を、EC運用のタイプに重ね合わせ、メーカーがECで勝つ秘訣・負けないようにするヒントを見つけていきたいと思います。
「織田信長」型EC …勝てる一点を作り出して勝つ
織田信長は、苛烈な人柄、破天荒さ、革新的なアイデア、などのイメージがあるかと思いますが、実はかなりの戦略家です。彼は「勝てる形を作り出して勝つ」、それを人生で徹底した人物でした。最後は本能寺の変で命を落としましたが、尾張地方の小大名の長男という立場から始まり、最終的には日本の大部分を統一するところまで勢力を伸ばしました。
今回は、「桶狭間の戦い」と楽天市場攻略の共通点について考えてみたいと思います。桶狭間の戦いは、日本史の中でも非常に重要な戦いで、織田信長が今川義元を破り、天下を目指す戦国大名として躍進するきっかけとなりました。
この戦いは、【織田信長 約2,000~5,000】【今川義元 約25,000~45,000】という圧倒的兵力差の戦いでした。しかし実際には、戦争は基本的に兵力差で決まるものです。10倍の兵力を持つ相手に正面から勝つことは、理論上ほぼあり得ません。
これを楽天市場に置き換えると、広告費が10倍の競合に、売上で勝つような状態です。
例えば【月100万円の広告費を使う】競合に対して、【月10万円の広告費】で勝つ。冷静に考えると、あり得ない話です。では、なぜ織田信長は勝てたのか。これはランチェスター戦略で説明できます。つまり、兵力で勝てる一点を作り出したのです。
信長は地の利を活かし、今川義元の本陣を急襲しました。仮に本陣の兵力が300人だとすると、そこに織田軍3,000人を集中させれば局地的には10倍の兵力差になります。信長の強みは「どう戦うか」ではなく「どこで戦うか」を徹底的に考えたことでした。
楽天市場でも同じです。例えば、プロテイン市場でザバス(SAVAS)と正面から戦っても勝てません。そこで「50代〜60代女性向け/美容と健康維持」のようにセグメントを切る。そしてSAVASが弱い領域に商品と広告費を集中させる。そうすることで、そのセグメントでシェア1位を獲得する。それが天下布武への足がかりになります。
●自社の強みを分析し、勝てるセグメントを見つける
●勝てるセグメントが見つかるまでは広告費や人件費は投下しない
「諸葛亮孔明」型EC …攻める順番を間違えない
諸葛亮孔明は、世界史全体を見渡してもかなり優秀な人物です。本来は潰れるはずだった劉備勢力に戦略を提供し、それを自ら実行することで、劉備を皇帝にするところまで導いた軍師です。
彼が優れていたのは、攻める順番を間違えなかったことです。三国志でいうと【新野→江夏→荊州→蜀】という順番で勢力を拡大しました。おそらく彼は【自社の強み/市場/競合】、つまり現代で言う3C分析をしていたのだと思います。
楽天市場で言えば、これはカテゴリ戦略です。肉まん市場を攻めるのか、餃子市場を攻めるのかチャーハン市場を攻めるのか。順番を間違えると、歴史に名を残すことはできません。そしてカテゴリが決まれば、【商品ページ改善/サムネイル改善/広告運用/CRM施策】などの戦術が機能します。
最後に。あなたのチームに諸葛亮孔明はいますでしょうか。
歴史に名を残すレベルの成功を目指すなら、諸葛亮孔明は必要です。探しましょう。
3年後のゴール売上を設定し、
●そこにたどり着くためにどの市場のシェアを取るのかを決める
●そして攻める順番も設計する

「武田勝頼」型EC …失敗後も戦い方を変えない
武田勝頼は、日本の戦国時代きっての名将である武田信玄の跡取りです。
武田信玄は甲斐・信濃・駿河・遠江・上野など、広大な領土を築きました。
しかしその時代、隣接地には織田信長、徳川家康という歴史に名を残す人物がいました。この構造はかなり厳しい。決定的だったのが「長篠の戦い」です。
武田家の強みだった騎馬隊は、織田・徳川の鉄砲部隊に敗北しました。ECで言えば、市場構造が変わったのに昔の勝ち方を続けてしまう状態。例えば、モール市場が大きくなっているのに自社ECだけに投資を集中する――それは構造的に厳しい戦いです。
重要なのは失敗後の判断です。勝頼は戦い方を変えず、結果として武田家は滅亡しました。
●市場構造をよく把握する
●モール・自社EC・広告環境を踏まえて経営資源を配分する
「馬謖」型EC …局所的には正しいが、長期・全体で間違う
三国志には「泣いて馬謖を斬る」という言葉があります。
馬謖は優秀な人物でしたが、街亭という要所を任されて敗北しました。
彼は理論先行型でした。局所的には正しかった。しかし全体では間違っていた。ECで言えば、それっぽいことを言うコンサルタントや担当者に全体戦略を任せてしまう状態です。
短期・局所では正しい。しかし長期・全体では失敗する。
重要なのは“斬る”ことではなく、役割を限定することです。
広告運用、販促施策など、戦術レイヤーでは優秀な場合もあります。
●市場選定や商品戦略などの全体設計はEC責任者が行う
●戦術は役割を限定して任せる
「徳川家康」型EC …失敗に学びPDCAを回す
当時、戦国最強だった武田信玄に攻め込まれた際、籠城するか出撃するかの判断に悩んだ徳川家康は出撃を選びました。これが「三方ヶ原の戦い」です。結果は武田軍の圧倒的勝利。徳川軍は多くの有力家臣を失い、家康自身も命からがら浜松城へ逃げ帰るという、人生最大の敗北を喫しました。
しかしこの戦いの後、家康は勢力を着実に拡大し、最終的には260年続く江戸幕府を開くに至ります。もしかすると、三方ヶ原がなければ、江戸幕府は存在しなかったかもしれません。
ECにおける三方ヶ原、これはEC/楽天で言えば、徹底的に分析を行い、考え抜いた上で新しい施策を打つことです。そして多くの場合、失敗します。【昨年対比で負けている指標】【思った通りハマらない施策】【分析できたのに構造が繋がらないジレンマ】…。正直、かなり苦しい。
ですが、三方ヶ原で敗れたからこそ家康は学びました。もし籠城していたら、ジリ貧になり江戸幕府は存在しなかったかもしれません。挑戦し、失敗し、改善する。これがPDCAです。
▼私の三方ヶ原
私は毎朝4時に始業し、8時半までの4時間半、クライアントのRMSでデータ分析を行い、市場データを基に提案書をまとめています。EC業界21年で500本以上の資料を作ってきましたが、営業のために資料を作ったことは一度もありません。常に「クライアントを勝たせる構造を見つける」ために作っています。4時間半の中で必ず1つ答えを見つける。毎回、三方ヶ原に出陣している感覚です。
そして8時半。浜松城に戻ると仲間が動き出している。チャットが飛び交い、改善が進み、次の戦いに備える。この繰り返しが、永続的な成功構造を作ります。
今までと同じことを繰り返していれば失敗は少ないかもしれません。
しかし、それは徐々に衰退していきます。
●メルマガを変える
●ポイント倍率を変える
●サムネイルを変える
失敗しても、そこから学び次に活かす。
失敗を許容しながらPDCAを回すことがEC成功の鍵です。

まとめ:全ては構造でつながっている
ECで勝つ企業と負ける企業の違いは、実は歴史と同じです。
信長型・孔明型・家康型、この3つの思考を持つ企業は、長く勝ち続けます。一方で、勝頼型・馬謖型は、市場の変化や構造を読み違え、衰退していきます。楽天ECは短期施策の積み重ねではありません。戦略・戦術・運用構造が一本の線でつながった時、ECは事業になります。
そして最後に。
この連載を通してお伝えしたかったことは一つです。
全ては構造でつながっている。


