「仮想待合室」って何? 顧客離脱を防ぎエンゲージメントを高める仕組みとは…コペンハーゲンのQueue-itのCEOに直撃した
「限定発売のこの商品が欲しい!」とECサイトにアクセスしようとしたのに、クリックした状態から全く進まず、「サーバーが混雑しています」などアクセス不可の表示が出て待ちきれず、買うのをやめてしまった……という経験をしたことがある人は多いだろう。そんな「人気が故のアクセス集中による失注」を防ぐサービスを提供している企業がある。それが、デンマークのコペンハーゲンに本社を持つQueue-it (キューイット)だ。同社が提供する「仮想待合室」のサービス内容について、開発の経緯をCEOのイェスパー・エッセンドロップ氏に直撃した。
(通訳・翻訳:佐藤有里)
アクセス障害による顧客離脱を防ぐだけではない「仮想待合室」の役割
──Queue-itはデンマークの企業ですが、日本について、どのような印象をお持ちですか。
日本での契約企業・団体はすでに40以上に上り、私自身は2023年だけで4〜5回、訪日しましたが、日本文化は本当にすばらしく、ほかの国とは少し違う良さがあり、いつ訪れても楽しいですね。
ビジネスに関してはプロ意識を強く感じます。とても丁寧な姿勢で仕事に向き合っている日本の企業が、どのように成長し続けているのか、どのようにプロジェクトを進行しているのかなど、学ぶことは多いです。一方で日本のみなさんも、デジタル化を積極推進してきたデンマーク社会から得られるインスピレーションがあるのではないでしょうか。実際、社会のデジタル化を学ぼうとデンマークを訪れる日本の方はとても多いです。
──改めて、Queue-itのサービスについて教えてください。
提供しているのは「仮想待合室(virtual waiting room)」というサービスです。少し前までは、例えばスマートフォンなどのデジタルデバイスやスニーカーなど人気ブランドの新製品が大々的に発売される時に、前日の夜から購入希望者が店舗前に行列をなして開店を待つことが世界各地で社会現象にもなっていました。それが、デジタル化が進み今では世界各地にある店舗が、グローバルなECサイト一つに集まっていたりします。ということは、セールや「ある商品が急にバズって人気になる」ような現象が起きると、実店舗では世界中に分散していた顧客が、一度に1つのサイトにアクセスする──アクセスが集中するというわけです。
人気が高いほど負荷も高くなり、「アクセスできない」現象が起きます。PwCコンサルティングが15,000人の消費者を対象に実施した「Future of CX」レポートによれば、3人に1人の顧客が、たった1度の悪い体験で、気に入っていたブランドから離れていくことがわかっています(※1)。また、 Fullstoryの調査結果によれば、消費者の77%は、エラーに遭遇した場合、購入せずにサイトを離れます。また60%の消費者はエラーに遭遇した場合、そのサイトに戻る可能性は低いともされています。さらに65%は、問題が発生した場合、企業への信頼度をなくすという結果が出ていると言います(※2)。
つまり、商品やサービスを購入するプロセスにたどり着けなければお客様そのものを失うリスクがあり、それはブランドの毀損リスクともなるのです。
※1 出典:PwC「Experience is everything. Get it right. 」 Queue-it「Improve your ecommerce customer experience with these 9 CX strategies」
※2 出典:Fullstory「Investing in your digital experience matters: 3 takeaways from our consumer survey」
ECサイトにおいて、サーバーがダウンしないように、なおかつ実店舗同様に顧客が「平等に並んで待つ」状態、例えば実店舗のように先に並んだ人から先に入店する(first-in-first-out)のような透明性を確保し、入店(アクセスできる時間帯の)予測を立てられるようにするにはどうしたらいいのか。これを叶えるのが「仮想待合室(virtual waiting room)」なのです。「仮想待合室」が導入されたWebサイトでは、アクセス集中などによりWebサイトで問題が起きた場合に、単に「エラーメッセージ」が示されるのではなく「仮想待合室」のページが表示され、順番が来たらお客様は店舗のECサイトにアクセスできるようになります。もちろん、待つ間は別のことができます。これにより、EC事業者とお客様が互いに信頼関係を築ける=「オンライン・トラスト(オンラインでの信頼関係)」の構築が可能になると考えています。
──なるほど。アクセス集中問題に対して、例えば、サーバーを大きくするという方法もあるかと思いますが。
費用を払えばサーバーのキャパシティを無限に拡大できると考えているかもしれませんがクラウド業界的には困難ですし、今より拡大できたとしても高コスト。また、クレジットカードや決済サービスのプロバイダーも関わってきますよね。例えば決済サービス側が1分に1000人分しか決済処理ができなければ、たとえ自社で数百万円かけてサーバーの規模を拡大しても、決済会社が同様の規模拡大ができなければ無意味です。
──だから、「仮想待合室」が有効なのですね。
当社では「Enjoy the wait.(楽しみながら待つ)」を提案しています。例えばお客様が人気のチョコレートを買うために30分待ってくれているとしたら、その30分間はお客様の注意を引くチャンスとなる。Queue-itの「仮装待合室」は自社ブランド用にカスタマイズ可能なので、他の商品の宣伝はもちろん、優先的にアクセスできるようになVIP専用プログラムへ登録の促しなどをしてもよいでしょう。待ち時間にお客様に楽しんでもらえる仕掛けを用意することで、関係性を深められるのです。
つまり、Queue-itの「仮想待合室」は単なるWebサイトの負荷軽減ツールではなく、カスタマー・エンゲージメントを高めるツールでもあるんです。コンバージョン率を高め、より多くの商品を販売し、顧客満足度を高めてリピーター獲得につなげられると考えています。
Online Fairness 購入チャンスをみんなに公平に与えたい
──なるほど、顧客満足度を上げるためには確かに「待ち時間の過ごし方」は重要ですね。
もちろん、根底には「Online Fairness(オンライン・フェアネス/オンラインでの公平性)」が守られてこそという思いがあります。悪質なボットをブロックして、人間であることを確認し、その人たちの中でランダムに順番を決めることで、在庫に限りのある商品を購入できるチャンスを消費者に公平に与えるサービスを開発したかったんです。
例えば、人気のスニーカーを発売するときに、そのスニーカーを買いたい2500万人が一気にサイトに集まってきたとします。でも、スニーカーの在庫は1000足しかありません。大々的に宣伝して、在庫では足りないくらい大勢の人が欲しがってくれることは、EC事業者にとっては喜ばしいことです。ただこの状況で、公平で優れた顧客体験をどのように実現できるのか。それを考える必要があります。
私たちが考えたのは、まず、「悪質な購入業者」を追い出すことでした。「転売屋」は世界各地にいますが、彼らをテクノロジーの活用により、見極めていきます。先ほどのスニーカーの例でいえば、ショップに入ってきた全トラフィックの95%は「転売屋」などの業者で、本当に買いたくて来ている人はわずか5%というデータがあります。Queue-itでは、この5%の人たちが商品を購入できるようにし、ロイヤルティの高いファンとブランドを結びつける役割を担っています。私たちがこの役割を果たすことで、ブランドと消費者がより直接的につながることができるようになり、消費者一人ひとりに対してブランド・アウェアネス(ブランド認知度)を高める取り組みをするようになります。
また、「live raffle(ライブ抽選)」と呼ぶ仕組みでは、早いもの順で購入するのではなく、抽選で商品購入機会を公平に与えることが可能です。これらにより、「Online Fairness(オンライン・フェアネス)」を保つわけです。
日本進出は「スポーツイベント」から。今もコペンハーゲンからサービス提供
──日本ではいつから展開しているのでしょう。
Queue-itは2010年の創業当初からグローバルで事業を展開していたのですが、日本では2019年に、国際的なスポーツイベントのチケット販売を機に展開を始めました。おそらくその際に、多くの日本のユーザーがQueue-itのサービスを目にしたのではないでしょうか。
その後、コロナ禍であらゆるジャンルでデジタル化・オンライン化せざるを得ない状況になったことで、さらにEC事業や金融サービス、チケット販売を行う日本の企業や行政機関から依頼を受けるようになったのですが、今や日本が最も急拡大している市場です。それもそのはずで、ソフトウェア購入者数ランキングで言えば、1位がアメリカ、2位がヨーロッパ諸国、3位が日本という市場規模。日本でのシェア獲得は必須事項なわけです。
──となると、日本語対応も求められますね。
はい。実際、日本人スタッフを多く雇用していますし、販売、事業開発、カスタマー・サクセスなどの分野でサポートを担当するQueue-itスタッフは日本語対応が可能です。また、2024年1月からは日本語のプラットフォームを提供し始めるなど、サポート強化を続けています。
ですから、Queue-itのエンドユーザーが目にするUIだけではなく、私たちのお客様である企業・組織のみなさんが目にするプラットフォームも日本語対応となっています。とはいえ日本のお客様の担当チームはコペンハーゲンとシドニーにいますし、グローバルにおいてすべてのサービスをコペンハーゲンのオフィスから提供しています。一方で必要なときには日本に行きます。イベントを開催したり、お客様にお会いしたりするためにコペンハーゲンから日本へ出張することは今後、増加すると考えています。
日本では東京都がワクチン接種予約で活用実績。その他航空会社やモールが導入!
──日本での導入事例を教えてください。
日本には40以上のお客様がいます。例えば航空会社や大手ECモール、グローバルな玩具会社やファストフードチェーンなど実に様々です。あるいは行政機関の公共事業に関しても、Queue-itをお使いいただいています。例えば、東京都は、コロナウイルスのワクチン接種の予約を受け付けるときにQueue-itを活用しました。
その結果、日本での事業は昨年45%の成長を遂げています。日本でデンマーク企業が成功するのはレアケースと自負していますが、これも、日本人がたくさんいるチームの存在があればこそ。オンライン化されたツールの提供だからグローバルで展開できるとはいえ、現地の文化を理解することが重要なのです。
また、実は、Queue-itの仮想待合室は日本社会と相性が良いと考えていまして、これは日本社会に「列に並ぶ」という習慣があるからです。特に東京では、狭い場所にたくさんの人が住んでいますから、「列に並ぶ」こと自体に慣れていますよね。 ですから、待合室サービスも比較的スムーズに受け入れてもらっているのかなと思います。
日本語版プラットフォームの開発、不正防止改善へ
──今後の展望をお聞かせください。
Queue-itのお客様が使うシステム全体をGO Queue-it Platformと呼んでいますが、今、このプラットフォームの日本語版を開発するためにかなりの投資をしています。世界各国で英語版を使っていただいてきましたが、日本の市場規模を考え日本仕様に開発することになりました。すでに日本の大手のお客様も何社かロードマップ開発に参加していただき、アドバイザリー・ボードのような役割を担っていただいているケースもあります。
また、今後さらに強化したいのが、悪質botや不正行為の対策です。実店舗でも、お店の入り口をしっかり管理していなければ、不正者による盗難が起きかねませんよね。オンラインでも、悪質業社がショップに入ったり商品を購入したりできないよう、安全性をさらに高めていこうとしています。そのために、リアルタイムのデータ分析に取り組んでいます。目に見えてはっきりとわかる実店舗と違って、例えば250億人もの人が一気にアクセスしてきたオンラインショップでは、透明性を実現することは難しいのが実情です。それでもお客様のWebサイトやアプリにアクセスした人がどのように行動しているかをリアルタイムに分析し、どういう人が実際に何かを買おうとしていて、どういう人が買わずに去るのかを分析し続けています。それこそが、オンラインの世界でEC事業者のみなさんとお客様の信頼関係を再構築する助けになると思います。
──冒頭で話された、顧客体験の向上にもつながりますね。
そうですね。待ち時間をもっと楽しくするにはどうしたらいいかということと同時に取り組むことで、顧客情報の獲得にもつながりますし、顧客満足度向上にもつながり、「トラフィックをビジネス価値に変える」を実現できるわけですから。
私たちのサービスを利用できるのは、何も大きな規模の事業者様だけではありません。ニッチな分野のオンラインショップを運営している小規模の企業や地域の映画館のチケット販売などもお手伝いしています。Webサイトの保護や顧客体験の向上に対するニーズに規模の大小の違いはありません。どのような規模のお客様にも質の高いサービスを提供できることも、私たちの強みだと思います。