ハーバード流!優れた「顧客体験(CX)」に必要な3つの条件とは?
「『顧客体験』(CX)の意味を説明してください」と問われたら、あなたは何と答えますか?答えに窮してしまう人が多いのではないでしょうか。
エンドユーザーに最適な体験を届けることの重要性は漠然とわかっていても、その「体験」を構成しているものが何であるかは意外とはっきりしないのです。
実店舗がある場合は接客が主な要素かもしれませんが、オンラインサービスの場合はサイトのUIであったり、メルマガであったり、あるいはマスプロモーションも含まれるかもしれません。
今回は、曖昧に思える「顧客体験」(CX)の構成要素を、3つに上手くまとめている『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論文を紹介します。
企業の市場シェアを支配しているほど、顧客をないがしろにする傾向が大きくなります。これは「支配の罠」といっても良いでしょう。事業の規模が大きくなるにつれて、経営陣は「収益をもたらしてくれる顧客」と「ロイヤリティの高い顧客」を混同し始め、すでに収益に貢献してくれている顧客ほどサービスに失望しやすく、離れやすくもあることを忘れてしまいます。
悪いことに、これまで企業で行われてきた市場調査というものは、顧客を統計的にしか分析しない傾向があります。彼らは顧客の実際の声を聞こうとはせず、データにばかり目を向けがちになってしまうのです。
優れたカスタマーサービスの歴史があるのにもかかわらず、大手金融ソフトウェア企業のIntuit社は、まさにこの罠にはまってしまいました。2001年に税務申告ソフトであるTurbo Taxは実店舗市場では70%ものシェアを、オンライン市場では83%ものシェアを占めていました。しかしその後、電話によるテクニカルサポートの価格を引き上げたり、ソフトウェアライセンスを一台のPCに制限したりするなど、顧客をぞんざいに扱う施策を始めてしまいました。実店舗ベースでの小売売上高の成長は横ばいになり、さらにweb上で完結できる税務申告サイトが開設されたことにより、オンラインユーザーは次々とそちらへ流れていきました。Turbo Taxのオンライン市場におけるシェアはこうして2003年に急落したのです。
最近のBain & Companyの調査によって、企業は往往にして顧客を誤解していることが明らかになっています。362社で調査したところ、80%の企業が顧客に対して「優れた体験を提供している」と回答しました。しかし、実際の顧客の声を聞いたところ、本当に優れた体験を提供していると評価された企業はわずか8%でした。大企業ほど自分たちが顧客を満足させていると思いこみがちですが、この数字には大企業かどうかなど全く関係ないのです。
では、評価されている8%の企業は他の企業と何が違うのでしょうか?実は、彼らはCXに対して卓越した広い視点を持ち合わせているのです。顧客満足度を上げようと製品やサービス設計の向上のみに専心する多くの企業とは異なり、評価されている企業のリーダーは次の3つの命題の追求を同時に考えています。
Design:適切な顧客に対して、それぞれに適切なサービスと体験を設計する。
Deliver:職域を問わず、会社全体で自分たちの独自の価値を提供する。
Develop顧客に喜んでもらうためのシステム作りを何度も見直しながら行う。
これら「3つのD」が互いに関連しあい、高め合います。3つが揃うことによって、企業は顧客の声に耳を傾け、それを反映し続ける1つの組織になることができるのです。
Design:顧客に対して最適な価値提案を設計する
多くの大企業は、顧客をセグメントに分割し、それぞれに合った価値提案を設計することに長けています。しかし、真に優れた顧客体験を提供する企業は、独自の手法でその設計に取り組んでいるのです。セグメントを定義する際、単に顧客同士を比較して判明した蓋然性に基づいて行うのではなく、まるで親友を褒め称えるかのように、会社の熱狂的な「支持者」として機能してくれるようになる可能性も考慮に入れています。
顧客からの支持度を数値化したものがNPS(ネット・プロモーター・スコア)です。企業を支持してくれる顧客(プロモーター)の割合から、友人にはサービスの利用を避けることを薦めるぐらいに批判的な顧客(デトラクター)の割合を差し引いて算出されます。全ての部署に対して適用できるほどシンプルな測定法なので、企業全体をまとめて調整するのに役立ちます。このページの下部にある『顧客についてクリアに考える』(他の論文のこと)で説明されているように、究極的な目標は、より多くの顧客を、収益性の高い、支持度の高い顧客へとシフトさせることです。
もちろん、ただサービスを利用するだけの顧客を、自発的に周囲に推薦してくれるプロモーターに変えるために与えなければならない経験は、顧客のセグメントによって異なります。あるグループにとっては魅力的なアプローチでも、他のグループにとっては客離れのきっかけになる場合もあります。したがって、アプローチを考える際には、基本的なデモグラデータや購買データだけでなく、顧客の態度や性格さえも考慮することが重要です。
ボーダフォンは最適な顧客体験の設計に成功した好例です。英国に本拠を置き、1990年代の買収を通じて急速に成長し、世界有数のモバイルプロバイダーの1つになりました。あらゆる国の顧客を対象に効果的にサービスを提供できるようにするため、ほとんどの競合他社が行っていたような、単に居住地に応じて顧客を分類する方法をやめました。その代わりに世界規模の巨大な市場を、「若く、アクティブで、楽しいことが好きな」ユーザー層、時々サービスを利用するような一般的なユーザー層、その他少数のユーザー層と優先順位をつけてセグメント化を行いました。
このようにターゲットを分類した後、顧客体験に重きを置いた価値の提供を実際に行っていきました。「若く、アクティブで、楽しいことが好きな」グループには、「Vodafon live!」と呼ばれるゲームやポップソングの着信音からニュース、スポーツ、情報まですべてを提供する最先端のサービスを提供しました。一方、時々サービスを利用するグループには「Vodafon Simply」という「簡単でわかりやすいモバイル体験」を提供したのです。これはボーダフォングループの2005年の年次レポートに記載されています。このように明確に区分けされたサービスプラットフォームを構築することによって、組織内の全員が戦略的優先事項を理解し、各セグメントにより良いサービスを提供するためのイノベーションに注力することができました。
特定のセグメントに対する価値提案を設計する際、良いリーダーたちは顧客体験全体にフォーカスします。彼らは顧客が、商品の購入、カスタマーサービス、アップグレード、請求などを含む多くのタッチポイントで、組織のさまざまな部署と接触することを意識しているからです。企業は、これら全てのタッチポイントを踏まえた顧客体験を考慮しない限り、顧客を満足させ、熱心な支持者に変えることはできません。したがって、せっかく顧客に合わせた最適な価値提案の設計(Design)をしても、それを上手く提供(Deliver)できなければ意味がないのです。計画を立てる際は、提供する価値を決めるだけでなく、それを適切なセグメントに届けるために必要なすべてのステップに焦点を当てる必要があります。
Deliver:企業全体で顧客に価値を提供する
どんなに深く顧客を洞察し、見事に設計されたサービスでも、その提供の仕方が不十分だと台無しになってしまいます。顧客体験を効果的に提供するために、まずリーダーはマーケティングからサプライチェーンの管理にわたる機能横断的なチームを作り、まとめ上げ、顧客体験に関わる全てのタイミングで、会社独自の価値を提供するようにしなけれなりません。次に、顧客とのやり取りを貴重な財産として考えることも大切です。データマインニングとCRMのシステムは仮説を立てるのには役立つことはもちろんですが、最も価値提供の試金石となる指標は、顧客が伝える実際の声です。優れた企業は、毎日顧客の声に耳を傾けようと努力をしています。
特に顧客の声に耳を傾けて、顧客の欲しいものを提供できている会社として、アイルランドの食料品チェーンであるスーパークインが挙げられます。創設者であり社長のFeargal Quinn氏は毎月自分の店の通路を歩き回り、顧客の声を聞いているのです。彼は月に2回、12人の顧客に2時間の円卓会議に参加してもらっています。彼は顧客にサービスのレベル、価格設定、清潔さ、製品の品質、新商品ライン、最近のディスプレイ、広告プロモーションなど様々なことを尋ねます。彼は他にも競合他社から購入している商品と、その理由についても尋ねます。Quinnはここで聞いたことを店舗マネージャーの評価に用い、会社全体の戦略とそれを効果的に実行するための方法を改善し続けているのです。
例えば、Quinn氏はかつて、25%ものスーパークインの顧客が店舗内のパン屋から購入していないことを知りました。彼はこの事実をパン屋のマネージャーと従業員に認識させ、顧客行動のトラッキングを始めました。そして、利用客を集める創造的なアイデアをいくつも思いつかせたのです。やがて、顧客は出来立てのドーナツの香りに惹かれてパン屋を訪れ、カットされてバスケットに入れられた、温かいドーナツの試食品を目にするようになりました。今では、90%以上の顧客が少なくとも一週間に1つはパンを購入するようになっています。
Superquinnの事例が示唆しているように、企業が最適な価値提供を実現するためには、現場に立つ従業員を上手に採用し、よく訓練し、手厚く扱う必要があるということです。
顧客評価指標は顧客の声と同様に重要な役割を果たします。これを満たしていれば、ターゲットとなるセグメントのニーズに見合った価値を提供しているということになるのです。しかし、個々のファンクションに焦点を当てた従来の顧客評価指標では不十分です。部署間を横断して一つにまとめ上げられるような指標を作る必要があるでしょう。
一つの例としてNPS(ネットプロモータースコア)があります。このスコアを向上させるためには、現場からバックオフィスまで全員で協力することが不可欠です。しっかりと顧客との対話を行うために、明確な目標立てをしてカスタマーサービスを実施することは、組織を一つにすることにも繋がります。
例えば、ある銀行が預金口座を開設して一週間以内の新規顧客にサポートコールをするという目標を立てたとします。同様にケーブルテレビ会社の場合は、口座ではなく有線を開設してから一週間以内ということになるでしょう。この目標を達成するには、カスタマーサポート部門、マーケティング部門、チャネル管理部門、および財務部門の、統制のとれた具体的な協力が必要になるはずです。
良いリーダーは、自分たちがチームビルディングを上手くやっているかどうかを、顧客の方から伝えてくれるような、カジュアルな方法を見つけ出しもします。例えばスーパークインは、商品の在庫切れ、床の汚れ、3人以上のレジ待ちなどを指摘した顧客に対して、「へまポイント」を与え、今後商品を購入した際に割引に使えるようにしているのです。
Develop:価値提供できる仕組みのアップデートを行い続ける
顧客へ提案する価値は、一度設計したら終わりではありません。定期的に刷新し続ける必要があります。サービスの「提供」に関しても同じことが言えます。「全ての」企業は四半期ごと、1年ごとにパフォーマンスの改善を続けなければいけません。顧客体験を設計するのに優れたリーダーたちは、この体系的な革新と改善をするために多くの仕組み作りを行っています。そこに入るのは下記のような要素です。
業績の高い企業は直接、顧客からの迅速なフィードバックを得るフローも構築しています。ただ健全に業務を行うためではなく、システム上の革新と改善を継続して行っていけるように仕組み化するためです。ノースカロライナ州のケアリーに本拠を置くソフトウェア会社SAS Instituteは毎年「SASware投票」を開催し、ユーザーが考えるソフトウェアの改善すべきポイントを、リストの中から投票できる機会を与えています。また、EBayの「ピンク」 と呼ばれる従業員は、企業の掲示板をモニターし、注意が必要な問題、苦情、懸念を迅速に判断をします。そして、American Expressは新規作成したカードをすぐに有効化しない顧客について何か問題を抱えていないかすぐに電話をして対応します。
Intuit社はTurbo Taxのオンライン市場シェアの下落を、サービスの改善をコンスタントに改善していけるような仕組みを構築することにより、ある程度回復させました。急激なシェアの低下を経験したIntuit傘下のConsumer Tax Groupは、600人のメンバーからなる「インナーサークル」という顧客が参加するプログラムを組織したのです。これはweb上で顧客の意見を得るためのフォーカスグループの一種で、現在も続いています。ここで、基本的なデモグラ情報と、「Turbo Taxを友人や同僚に薦める気はありますか?」という最も重要な問題に回答してもらいました。さらに、ショッピングや購買活動、インストール、技術的サポートの利用を含む、CXに関連する全タイミングのサービスを強化するために、顧客に対してサービス上最も重視していることは何か問いました。
さらに追加質問で、他の顧客から挙がったサービスに対する10個の提案に、優先順位をつけさせることにしました。
このようにソフトウェアに対する顧客からのアイデアを募ったあとで、Intuit社は、彼らが送ってきた優先度や課題に対応させる形で、顧客を支持者(プロモーター)と批判者(デトラクター)にセグメント化しました。批判者の方は、技術的サポートとカスタマーサポート改善のための新しいアプローチを望んでいました。一方支持者は、リベート・プログラム(特定の数量や商品を購入した見返りに割引分を払い戻すシステム)を最も改善すべき最優先事項に挙げていたのです。Intuit社は徹底的に調べました。払い戻しが問題になるということは、払い戻しの際に必要な購入証明の要件がきちんとしていなかったのか?あるいは払い戻しの処理が遅かったのか?それとも最も注意しなければならなかったのは払い戻しの額だったのか?と。
これらの動きにより、Consumer Tax Groupはサービスの核であるTurboTax製品そのものの再「設計」を行うことができただけではなく、以前よりも効率的に顧客にそれを「提供」し、提供するための仕組みを継続的にアップデートするシステムを保持することができるようになったのです。
初めて製品を使うユーザーと昔からのユーザーの両方で、NPSは劇的に向上し、同社はオンラインチャネルでのシェアを取り戻し、新たに実店舗でのシェアも獲得することができました。
彼らはこうして、「支配の罠」から逃れることができたのです。
参考:『顧客のことをクリアに考える』
「どの顧客をターゲットにすべきですか?」という問いに、もし「収益性をもたらす顧客」と答えたなら、それは完全に正解とは言えません。自社の成長の支持者になってくれるように顧客を惹きつけ、他の人にあなたの製品を買ってもらうよう薦めてもらうことも同じくらい重要なのです。顧客の収益性だけではなく、「支持度」(アドボカシー)に分けて分類することで、セグメントごとに戦略を仕立て上げ、投資額を調整することができます。
収益性の高い推薦者(プロモーター) :離れてしまってはサービスが成り立たなくなる顧客、いわばコアとなる顧客です。このグループを拡大させるように、同じ特性を持つ新たな新規顧客をターゲットにして、サービスの設計と提供を行いましょう。
収益性の高い批判者(デトラクター):ここに当てはまる顧客は、時としてコアと同じくらい重要です。惰性的に使い続けていたり、何となく離れられないから使っていたりします。彼らは収益性が高いので競合にとって魅力的でもあり、そのまま使い続けるのをやめてしまう可能性もあります。彼らを失うことは収益を低下させ、市場シェアを失うことに繋がります。何が彼らを苛立たせているのかを発見し、迅速に問題を解決する必要があります。
収益性の低い推薦者:彼らはダイヤモンドの原石で、サービスに対する愛着は強いものの、まだお金は用意したまま払っていない顧客です。新製品やサービスの追加で彼らの愛着に火をつけましょう。決して邪険に扱って困らせてはいけません。
収益性の低い批判者:全ての人を満足させることはできません。彼らの不満を解消するために合理的かつ経済的な方法がないのなら、この不幸な顧客には他のサービスに移ってもらうのも仕方ありません。
どんな顧客が収益性の高い推薦者なのか、まだ収益性の低い推薦者の中でクロスセルを行うことによってどれくらいの収益が得られるのか、そして彼らが抱える顧客の中にどれほど批判者が潜んでいるのかを知ったことで、決まって驚くことになる企業の姿を我々は目撃しています。
この記事はReproが運営するオウンドメディア「engagemate(エンゲージメイト)」から転記した内容です。
https://engage-mate.jp/article/overseas/three-ds-of-customer-experience/