2024年のマーケティング革新 - 「パーソナライゼーション」の新たな解釈

吉永 敦

テクノロジー、特にAIの劇的な進化が紙面を賑わしている一方で、あっという間にコロナ禍という言葉も過ぎ去りつつある。コロナ禍では、強制的に特殊な環境を強いられたことにより、デジタル化が10年進んだ(※1)とも言われており、老若男女問わず、デジタル(ネット)の世界であらゆる物(日用品に限らず、衣服やサービス)を購入し、指定した時間に自宅に物が届くのは当たり前という価値観も、合わせて急速に広がった。このような新たな価値観の広がりについては、インターネットでの商売を中心としているEC事業者にとっては、朗報だったと同時に、広大な販売網を持つ実店舗での販売を中心としていた小売事業者のECへの参画・投資を加速させたという点においては、需要も増えたが争いは激化したという状況であり、一長一短とも言える。
そのような競争が激化し、多様なプレーヤーが存在する中で選んでもらうブランドになるためにはどうすればいいか、その答えは、やはり「適切なパーソナライゼーション」である。本コラム(全6回)では、AI・テクノロジー自体が脚光を浴びがちな2024年においても、なぜパーソナライゼーションが大事か、独り歩きしがちな言葉を噛み砕いて説明を試みようと思う。

※1 ■参考文献:もう戻れない、コロナ禍で10年分進んだデジタル転換

(Brazeが考える「ハイパー・パーソナライゼーション」)(※2)

多くの方が、またパーソナライゼーションか、と思うかもしれない、あるいは、この10年、下手すれば20年来、まだ新しいキーワードが出てこないのだろうかと思う方もいるかもしれない、そもそもいつからこの言葉が使われているのだろうか。

筆者が簡単にGoogle検索(下記画像)で調べると、書籍の中でPersonalizationという言葉が使われているピークは2009年になる。この時代がどのようなタイミングだったかを振り返ってみた。

※2 ■参考文献:パーソナライゼーションとは?重要性や活用性について解説

2009年情報通信業界の10大ニュース(※3)によると、「iPhone3Gの発売」「Twitter(現X)が日本でも流行り始め」「クラウドコンピューティングの時代に」とのことで、なんとも懐かしい感じだが、懐かしさ以外に重要な気づきがある。2024年時点でパーソナライゼーションを実現する上で、重要と言われている「マルチチャネル」「リアルタイム」ができる技術・インフラが整っていない点だ。また、Pesonalizationという言葉がいつ検索されるかも、興味深い。

※3 ■参考文献:2009年情報通信業界の10大ニュース

毎年、多くの人が年末が近づくにつれ、パーソナライゼーションという言葉を調べるも、その翌年もまた盛り上がるという傾向が10年以上続いている。この2つからの簡単な考察ではあるが、パーソナライゼーションの概念は先行して浸透しているものの、実際には、多くの事業者・担当者が2009年以降加速度的にデバイス・顧客接点(チャネルの増加)・扱う商品量の増加(SNSの広がりに伴う消費者思考の多様化)に対して、毎年パーソナライゼーションの試行錯誤が続いている、とも言えるのではないだろうか。

概念は昔からあり、知られた言葉であるにも関わらず、なぜ実現に至らないのか?
筆者の考えは非常にシンプルで「増え続けるデバイスやデータ量に対応でき、パーソナライゼーションを、適切にリーズナブルに実現するテクノロジーがなかった」がその理由である。もちろん、全ての会社がパーソナライゼーションの取り組みに挫折しているわけではなく、いくつかの先進的な取り組みを実現している会社では、実際に適切なパーソナライゼーションに取り組むことで、リーズナブルに効果を発揮できた事例もいくつか出てきている。(ユーザー体験向上に不可欠なパーソナライゼーションの高度化、※4)。
しかしながら、2023年に大流行した生成AIを中心に、誰もがパーソナライズアシスタントを安価に(ChatGPT Plus はUSD $20 / month)に簡単に活用時代が到達したのでは?というのが、2024年、改めてパーソナライゼーションを考える意義である。

※4 ■参考文献:NewsPicks 導入事例 : ユーザー体験向上に不可欠なパーソナライゼーションの高度化でBrazeを導入

それではテクノロジーはどのような方向に発展するのだろうか、その一つの答えがCES 2024(毎年ラスベガスで開催される世界最大のテクノロジーの見本市)でLoreal CEOのNicolasが語った内容であろう。CES 2024では多くの企業がAIの活用を中心にプレゼンテーション(※5)をしていたが、特にLorealは、美容業界初めてのキーノート登壇でもあり注目を集めていた。同氏は、Lorealは長年にわたって、Beauty for ALL / Beauty for Eeveryone をキーメッセージとして、全ての人の根源欲求である美しさを提供してきたが、これからはテクノロジーカンパニーへとトランスフォームし「Beauty for Eeach powered by Tech」を体現していくと発表した。

※5 ■参考文献:ALL ON AI 時代がやってくる! CES2024レポート @メ環研の部屋

「CES2024」にて筆者撮影

まさに技術を用いることで、最大公約数的にしかサポートできていなかったEveryoneから それぞれの個人のEachをサポートすると述べている。(具体的なプレゼンテーションの動画、※6)この力強い言葉が示すことは、AIを筆頭とする技術発達により、これまでは、運用時や維持のコストの点からごく一部の企業が多額の投資をすることでしか実現できなかった、パーソナライゼーションがますます一般化し、ブランドの競争優位性に直結するということではないだろうか。

また一方で、EC事業者として忘れてはいけないのが、パーソナライゼーションの効果だ。自社がパーソナライゼーションに取り組む価値はあるのか、どのような効果があるとされていのか、改めて、定量的な価値を見てみよう。
戦略コンサルティングファームのマッキンゼー(2023年記事)(※7)によると、パーソナライズによってもたらされる定量的な効果として、以下の3点(①新規顧客獲得のコストを最大50%削減。②収益を5〜15%増加、③マーケティングのROIの10〜30%向上)を挙げているという。

※6 ■参考文献:CTA State of the Industry Address and L’Oréal Keynote at CES 2024!

※7 ■参考文献:What is personalization?

パーソナライズされた体験の提供は、顧客のロイヤリティを上げるだけでなく、利益の向上につながると2023年のこの調査でも明らかである。日本語での情報が必要な方は、Brazeでもパーソナライゼーションについてのレポート(※8)があるので、必要に応じてご参照いただきたい。

AIを中心とした技術の発展に伴い、様々なチャネルで発生する膨大なユーザーデータからアクショナブルな結果を引き出すことができるようになった現代、2009年に提唱され始めたパーソナライゼーションが、いよいよ誰でもリーズナブルに実現でき、民主化される時代が来る。その一方でパーソナライゼーションがLTVの向上や売上貢献などビジネスに効き、ブランドを強くするという調査が出ている点も強調したい。顧客起点の志向で、ビジネスを最新テクノロジーでトランスフォームさせられる今、この2024年が改めて、パーソナライゼーションの取り組みを一段進化させる絶好の年と言える。

本コラムでは、顧客心をつかむ術 - パーソナライゼーションの全方位ガイドというタイトルで、全6回にわたり執筆を進めていく、次回は「失敗するパーソナライゼーション - 共通の落とし穴と回避策」と題し、パーソナライゼーションの失敗例から成功するためのポイントをまとめていく。

※8 ■参考文献:パーソナライゼーションのパワー


著者

吉永 敦 (Atsushi Yoshinaga)

ワークスアプリケーションズにERPのソフトウェアエンジニアとして入社。地方自治体・大手上場企業のERP導入コンサルタントを経てGlobalの開発PJに従事するため上海赴任を経験。大手コンサルティングファーム転職後、RPA 導入・AI-ChatbotのPJを現地法人でリードした後、日本に帰国、日本では金融業界を中心としたオペレーショナルエクセレンスを提供するチームでコンサルタントを経験。
Braze日本法人の立ち上げに伴って、導入担当のソリューションアーキテクトとして参画した後、2022年2月よりグロースエンジニアに職種変更。
現職では、Braze City × City (旧 FORGE JAPAN)でのアプリ作成・日本のテクノロジーパートナーとの連携検証・最新機能を用いたカスタマーサクセス等に従事。