ECの大変化に対応するアンカー・ジャパンの取り組み

ECのミカタ編集部

アンカー・ジャパン株式会社 取締役 COO 猿渡 歩

変化が早いといわれるEC市場においても、2020年は、特に目まぐるしい年なのではないでしょうか。市場全体では、ECの利用率が伸びる一方、環境の変化への対応に苦慮している事業者も少なくありません。そんな中、創業当初からEC、特にAmazonを活用し急速な成長を遂げ、今年の8月にはグループ本社が「FChiNext」へ新規上場を果たしたAnkerグループ。その日本法人であるアンカー・ジャパン株式会社の取締役COO猿渡歩氏に、今起こっている変化にどう対応しているのか、また、今後予想されるEC市場の動きについて伺いました。

ECを生かしたスタートアップからの急成長

米国・日本・欧州を中心にデジタル関連製品でトップクラスの販売実績を誇るAnkerグループの日本法人であるアンカー・ジャパン株式会社(以下アンカー・ジャパン)の設立は2013年1月です。ハードウェアのスタートアップというのは珍しいと思います。ハードウェアは在庫を持つため、オペレーションに人手もコストもかかるという難しさがあります。しかし、ECをメインにすることで、チームやオペレーション構築の負荷を小さくすることができました。

ECの中でもAmazonを中心にした理由は、FBAの仕組みがあったことです。製品ページを用意して、FBA倉庫に在庫があれば、Amazonで発送から入金まで手配してもらえる。そういった効率的なところが、スタートアップとして非常に魅力的でした。

また、グローバルに各国に事業展開していても、裏側のシステムは同じなので、オペレーションをある程度は平準化できるのです。さらに、通常であれば、小売店は取引履歴が浅いと支払いサイトが長くなりがちですが、Amazonは1~2週間でキャッシュインできます。キャッシュを早く回収できれば、次の開発に回すこともできます。こういったところがスタートアップ企業としては、とても魅力的でしたね。

自社ECとAmazonのすみ分け

自社ECとAmazonのすみ分け

Amazonなどのプラットフォームは手数料が発生するため、自社ECに比べると利益率が低くなります。しかし、集客を代わりにしてくれるという大きなメリットがあります。自社ECに人を呼び込むのにはお金もかかります。それなら集客はアウトソースして、そこでどう勝つかということが本来やるべきことだと私は思っています。実際、Amazonでモバイルバッテリーを検索すると1位に出てくる、評価が高いということで、弊社の製品を買ってくださる方は多くいらっしゃいます。

これは私の考えですが、どこで買うかというのはメーカーが決めるのではなく、お客様が決めることです。もちろん自社ECで買っていただければそれが良いのですが、自社ECは会員登録やカード情報入力の手間がかかります。Amazonなど大手ECモールのアカウントは多くの日本人が持っているもので、1~2クリックで購入が完了します。だから、買いやすいサイトで買っていただければと思います。

ちょっと手間をかけていただけるというのであれば、弊社の自社ECではポイントなどの会員特典を用意していますが、サクッと買いたいという人にはサクッと買える場を提供したい。一番もったいないのは、サイトまで来たのに面倒だからという理由で離脱されてしまうことです。それよりは、利益率が多少下がっても買っていただくほうが大事だと思っています。

アンカー・ジャパンの独自性と成長

アンカー・ジャパンは、初年度の売上が10億円弱、6期目で100億円を超えました。以前はECが9割以上でほとんどがAmazonという時期もありましたが、現在のECの売り上げは7割以上といった感じです。ECが伸びていないわけではないのですが、量販店との新規取引や、OEMなど、オフラインでの成長も大きくなっています。

外資系の会社ではありますが、日本でのマーケティング、セールスに関してはすべて日本法人に裁量があり、ローカライズしています。日本専用の製品もあり、PRやセールス効果があると分かれば、ハードウェアまで製造できるというのはユニークな点です。日本側から起案して実際に製造されるケースもあります。

実は、日本法人のように、マーケティング、セールス、プロダクト、ブランディングなどフルチームを持っている拠点はAnkerグループの中でも特殊です。これは、Ankerグループで2番目に大きい市場である日本の市場に合わせて、しっかり拠点を構えたほうが良いということになり、今の形になっています。Ankerグループの開発拠点は中国の深センにあるので、物理的に距離が近く物を送りやすいというメリットもあります。

急成長の背景にある取り組み

急成長の背景にある取り組み

ビジネスを伸ばすために、マーケティングの4Pがありますが、弊社の場合、Placeは創業間もない頃はAmazonを中心として、Priceは自分達でコントロールできるので、ProductとPromotionに取り組みました。Promotionが足りていないならばそこを強化すれば良いし、Productが負けているのだったら、負けている要素を分解、分析して本社の開発部門と連携を取りながら対応する。私はもともとこの業界の人間ではなくて、前職は投資ファンド、その前はコンサルとして働いていました。だからデータを見て仮説を立てて、うまくいかなければ改善する。ウルトラCがあったわけではなく、その繰り返しでビジネスを伸ばしてきました。その中でも、Amazonをコアにできたというのは強かったですね。Amazon自体がすごい勢いで伸びてきたので、シェアさえ維持できれば、そこに乗って一緒に成長できました。

また、並行して、製品のカテゴリや種類が年々増えてきたことも重要な成長ドライバーになりました。バッテリーと充電器だけだったところから、ケーブル、ライトニング、スピーカーやイヤフォン、ロボット掃除機、プロジェクターと、今ではかなりのカテゴリがあります。これら各カテゴリでシェアを取ることで、大きく成長することができます。

2015年に、KDDIさんの公式バッテリーを弊社のOEMで製造したことも、大きな出来事でした。これにより、Ankerというブランドの認知が広がったと思います。認知度を獲得することは信用力につながるので、スタートアップの肝といえます。

新型コロナウイルスの影響

2020年上半期を振り返ると、新型コロナウイルス感染拡大の影響として、在庫切れが挙げられます。弊社は開発拠点の深セン近辺でほとんどの製品を製造しており、従業員が出勤できず工場が稼働できない時期がありました。また、日本で緊急事態宣言が発令されたことで、量販店は営業時間短縮、直営店は一カ月以上の休業となり、外出の機会が減ることで、モバイルバッテリーの需要が減り、売り上げが大きく落ちました。

一方で、ECを利用する人が増えたことで、ECのシェアが高い私たちにとってはプラスもありました。プロダクトミックスの強みもあり、バッテリーの売り上げは落ちたものの、在宅時間やオンライン会議が増えたことで、スピーカーやプロジェクターの売り上げが伸びました。

今後、状況が完全に落ち着いても、ECの利用はそこまで落ちないと思っています。なぜなら、今回のことで、これまでECに抵抗感があったけれど使ってみたら意外と良かったという体験をした方が多くいて、そうやって心理的な障壁が一度なくなれば、次に買い物をするときもECで買えば良いと思うようになるはずだからです。高額製品をECで購入することに抵抗があった人も、一度その価格帯の製品をECで買って問題がなければ、次もECで購入する可能性が高まります。そうやって、消費者の購買に至るまでの行動が変わっています。

ECの強化と並行してすべきこと

今後もECは屋台骨として、シェアを継続的に取ることは大事な戦略です。ECの計測順位は毎日変わるので、気を抜くと一瞬で落ちてしまうんです。

また、指名買いをしてくれる方も増えているので、そういう方と自社ECでのコミュニケーションを強化していきたいと思っています。プラットフォームは物を売る場ですが、自社ECはブランドの表現と、コミュニケーションの場として、すみ分けています。ただ、同じD2Cでもプロダクトやフェーズにより重視すべきチャネルは変わってくるため、私たちがベストオブベストとは思っていません。

リテールに関しては、時代に逆行しているようですが、以前から直営店を広げていこうという考えがあり、その方針自体は変わっていません。直営店はOOHのように、認知を取る一手段という考えがあります。また、直営店以外のリテールストアでは新しいカテゴリのプロダクトの配架がまだ終わっていないので、もっと拡張していきたいです。ECで見てそのままご購入いただけることは増えていますが、高額製品が増えていることもあり、やはり実物を見たいという方もいらっしゃいます。そういった意味で、タッチポイントを増やしていきたいです。

製品カテゴリに関しては、プロダクトミックスを今後も考えていくつもりです。今、バッテリーだけを販売していたら、ビジネスを続けられない状況になっていたと思うので、お客様が必要としているものを作ることを軸に、プロダクトと販路を広げることは、売り上げ拡大につながるだけでなく、リスクヘッジにもなるということが確認できました。それも含めた事業戦略を展開する必要があると考えています。

お客様の声を反映すること

お客様の声を反映すること

Ankerグループのミッションとして「Empowering Smarter Lives」があります。ハードウェアを通じて皆さまの生活をスマートにする、それが私たちの目指していることです。充電が早くなればその時間の分、他のことができますし、ロボット掃除機も同様です。なので、今、モバイルバッテリーのシェアが大きいですが、そこに固執しているわけではありません。例えば、スマホのバッテリーの持ちが今の10倍になったら、モバイルバッテリーは必要なくなるはずです。今はメーカーと消費者が直接つながれる時代で、消費者の嗜好の変化が早くなっています。弊社はお客様の声を聞いてより良いものに改善していくということに創業当初から取り組んできたので、そこは今後も力を入れていきたいと考えています。実際に、弊社のカスタマーサポートはすべて正社員で、ただ問い合わせを受けるだけでなく、データを解析し、本社の開発部門や品質管理部門とコミュニケーションをして、改善に生かすということをしています。

例えば、弊社の製品の一つにマルチポートの充電器があるのですが、一つのポートで不具合が発生したら、すべてのポートを遮断するという仕様になっていたことがあったんです。ただ、それではお客様にとって不便なので、一度すべてのポートからケーブルを外して挿し直していただき、問題なければ復旧する仕組みに変えたことがありました。

従来の小売店経由の売り方だと、カスタマーサポートはコストセンター的捉え方をされがちでしたが、私たちはカスタマーサポートでセールスのデータを見て、顧客体験を通じたブランドの確立を大切にしています。既製品の次のヒントをくれるのがお客様とつながれるカスタマーサポートだと思います。ブランディングも専任チームは別にありますが、そこでやるブランディングというのは企業発信のものです。一方で、お客様の購買体験が良い印象であれば、プラスにベクトルが振れると思うんです。それがすごく大事で、その積み重ねがブランディングの肝だと思っています。

さらに、深センの開発拠点にある品質管理部門に向けて、週に1回、Amazonのカスタマーレビューデータを送っています。特に、ネガティブレビューと呼んでいる星3以下のデータの内容、統計的にどういう声が大きいのかというのを投げて、異常値があったらその製品に何か問題がないか解析したり、製品トラブルが起きてしまったときは、原因を解明するなど、早めに対応をしています。

ECのメリットを啓蒙していきたい

D2Cでとても大事なのが、中間マージンを削減できることでは決してなく、ブランドを直接伝えられることです。ECであればメールアドレス取得などで、継続的にコミュニケーションできます。また、弊社がECを始めた背景にもあるように、オペレーションや人手などの物理的制約がないというのは大きなところです。

そういったECのメリットを、もっと啓蒙したいと思っています。私はセミナーなどにもよく登壇しているのですが、実は、ECのノウハウを持っている人って少ないんです。特にAmazonなどのプラットフォームの活用をきちんと教えられる人が少ない。

しかしD2Cに取り組むメーカーがもっと増えれば、日本経済を伸ばせるという面もあると思います。製品は良いのに売り方が難しいという方がいれば、協力できればいいなと思っています。うまくいかない原因は、やり方が分からない、知らないからということが多くて、ある程度基礎ができてくると、だんだん伸びていくはずです。

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