今や誰も得をしないのに、なぜドライバーの賃金は安いのか? サービスレベルの高さや翌日配送に対する需要を見直す必要性
「物流の2024年問題」に関し、大手企業(事業会社)の中には配送会社に対し、価格設定の変更を行ったり、荷主として荷役が減るような対策を取ったりしていることがメディアでも紹介されてきた。一方で、経済産業省の調査でも、ドライバーに関して言えば、価格転嫁による賃金上昇が十分行われているわけではないことも分かっている。いよいよ2024年を迎えた今、どのような改善策が打てるのか。株式会社NTTデータ 法人コンサルティング&マーケティング事業本部 サステナビリティサービス&ストラテジー推進室長の南田晋作氏(以下、NTTデータ南田氏)とNECソリューションイノベータ 営業統括本部ビジネスソリューション営業部の猿渡大介氏(以下、NECソリューションイノベータ猿渡氏)に、これからの物流課題と解決策について話を聞いた。
※本記事の基となる取材は2023年6月に行われたものです
物流運賃体系の変遷、なぜドライバーの賃金は安いのか
働き方改革関連法に伴う「時間外労働時間の上限規制」が実施されるのは、そもそもトラックドライバーの稼働率や運行時間に問題があり、積載率200%超・残業時間200時間超が常態化しているという異常な状況を是正するのが目的。この背景には、運賃輸送の料金体系の成り立ちが大きく関わっている。
物流は認可制の電車や船から始まり、以前は運賃が走行距離に基づく「タリフ標準運賃」(※)を元に設定されていた。そのためトラック輸送が主流になってもドライバーは走行距離単位で報酬を受け取ることが多く、同じ距離であれば短い時間で運ぶほど、報酬が高くなる(そのため昔はトラック運転手が危険な運転をしていた時代もあったが、現在では改善されている)。
※各地方運輸局別の「標準運賃表」:km×トラック車種単価 or 時間 ×トラック車種単価
1989年12月には輸送の安全の確保を目的として「物流二法」が制定され、 トラック事業者と荷主の取り決め価格によって価格を自由に設定できるガイドラインが物流事業者向けに発表された。そのため運送業者は1990年以降、「標準的な運賃」(運賃+料金+実費)を守れば自由に設定できるようになった。
「ところがこの“運賃自由化”により運賃形態が不明瞭になり、運賃の二極化が起こり、さらに苦しい状況になってしまったのです。物流コストは売り上げの5%程度に過ぎないから、荷主にとって大きな問題になりにくいものです。でも今のままで物流が持続可能かどうか、荷主も問題点を認識する必要があります。原価計算をベースとした運賃収受の仕組みを作ることが必要といえます」(NTTデータ南田氏)
NTTデータではアセスメントの解析結果から、23の非効率発生要因を導き出した。この非効率発生要因に対して手を打つことで、運送事業者のコスト削減が可能になる。
「ハイブリッド型と時間コスト算定法によってコスト算出が可能なので、荷主と運送事業者がコストをシェアすることで双方がハッピーになるでしょう」(NTTデータ南田氏)
こうした施策が荷主に広がれば2024年問題解決のきっかけになりそうだが、物流会社の「担当者」は既にこうしたコスト改善に取り組んでいるものの、物流「経営者」は目先の利益に目がいき、物流課題を軽視しているところも多いのではないかと南田氏は分析する。
今後はどうすればいいのか
もう何十年も固定化している商習慣を急に大きく変えることは難しい。少しずつでも変えていくには、成功事例を作り、積み上げていくことが必要だ。
そこでまずは大手5社で、非効率の定量化可視化とハイブリッド型によってプロフィットシェアをして良くなった事例を作っていくなど、多角的なアプローチをしている。
「輸送に余力ができた段階で倉庫事業者も巻き込むことができれば、需給バランスがだんだん是正されていきます。荷主さんと配送事業者さんがWin-Winになるような事例をもっとたくさんつくっていき、その結果、そこにデジタルが導入され、フィジカルインターネット(インターネット通信に使われている考え方を物流に応用することで大幅な効率化をめざす手法)も目指していくわけです」(NTTデータ南田氏)
こうした「フィジカルインターネット化」に、NTTデータでは貢献していく準備があるというが、その「フィジカルインターネット化」の大きな壁となっているのが、物流業界デジタル化の遅れだという。2022年、国土交通省の物流政策課とNTTデータが物流業界、運送事業者、倉庫事業者のデジタル化率を調べたところ、2%前後しかなく、いまだに受注などにおいてFAXが主流だという実情が明らかになった。
「これだけIT化が遅れていると、サプライチェーン自体が競争力を失っていったり、成長に制約がかかっていったりしてしまう。それくらいであれば、例えば当社がサプライチェーン全体に影響力のある商社などとタッグを組んで、まずは無料でもいいから全部システム化し、強くなった後にそこからフィーを得るというやり方もあると考えています」(NTTデータ 南田氏)つまりは、NTTデータがそこまで考えるほどに物流業界のIT化の遅れは深刻ということだろう。
「システムで問題解決するのが当社の仕事ですが、物流業界の現在の状況では限界があります。同業他社と手を組むことを嫌がる風潮もあるものの、他社とのアライアンスでシステム化するなど、歩み寄る努力も必要なのではないでしょうか。また自社ですべて手掛けようとすると膨大な仕事量になりますので、システム化を分業化するという方法も視野に入れていただきたいです」(NECソリューションイノベータ猿渡氏)
「今回の2024年問題というのは産省が主導した政策によって起こるリスクではあるが、労働人口の減少という避けられない現状もありますし、問題提起のいいタイミングともいえるのではないでしょうか。こうした少しインパクトのあるような政策を打ち出していかなければ、この業界は変わらないかもしれません」(NTTデータ南田氏)
先進的な企業はどんどんと改善を重ね、先に進むものの、投資できる金額を含め、中小企業は現状把握、改善をする金銭的・人的リソースが乏しいというのも事実だ。
「とはいえ、今後、荷主さんは事業継続のためには、今の自分たちのやり方を変えないといけないということがはっきりしてきます。先に手を打たなければ、ドライバー不足が臨界点を超えた時に、サドンデスのように突然、ものすごく高額の料金を請求されたり、それを払っても運んでもらえなかったり、という状況も起こり得るのです」(NTTデータ南田氏)
そうなれば「自分たちの効率化に協力してくれる事業者とだけつきあいたい」「FAXでしかやり取りできない事業者とは取引をしない」というところもあらわれるだろう。
すでに危機感を持っている事業会社も出現しているが、要はこの先、荷主側の立場が弱くなっていく可能性は、低くないのだ。そうなってからでは、遅きに失するわけだ。
事業者はコンシューマーにサービスレベルの高さや翌日配送に対する需要を見直すよう、啓発を
国交省の狙いは、まずは2024年問題で、物流業界に自分たちの問題点を気づかせることだ。というのも、問題の根幹は、物流が抱える課題に注目している経営者がまだ本当に少ないことにあるからであって、特に大手企業においては、数字の共有はされていても、問題の本質が共有されているかと言うと、必ずしもそうではない。よって、物流コストを下げることに注力しすぎ、自社在庫を減らすことができない状況に陥っている場合も少なくないのだという。
物流にかかるコストは全体の5%に過ぎない。とはいえ5%の中の2割でも改善できれば、1%が改善され、そのインパクトは実は大きい。しかもこの物流の問題が解決しなければ、サプライチェーンが機能しなくなり、経営判断に影響を与える可能性すらあるのが現状だ。そこでNTTデータでは、経営者に興味を持ってもらうためのセミナーなども開いているという。
──となるとBtoB EC事業者以外は、まだ何もしなくていいのかと言うと、もちろんそうではない。例えばBtoB物流で小麦粉を運んでいるとして、それが何のために急ぎ運ばれているかと言うと、消費者に販売する小麦製品を作るからで、その小麦製品を頼んだ時に、「翌日配送にしてくれ」というコンシューマーは少なくない。つまり、2024年問題を解決するには、荷物を受け取るコンシューマーの意識変化も必要なのだ。
「荷主は『発荷主』のイメージが強いが、『着荷主』も荷主であり、実は一番重要な存在であるため、改善提案を行う際はまず彼らに訴えることも大事」(NTTデータ南田氏)
「荷主はコンシューマーの満足度を優先する必要があるが、早く運ぶことがサービスと思い込んでいる。実は時間がかかってもいいから安くして欲しいというコンシューマーもいるはず。コンシューマーにも、サービスレベルの高さや翌日配送に対する需要を見直すことが求められている」(NECソリューションイノベータ猿渡氏)