三越伊勢丹のCRM戦略 顧客データ分析で情報発信から販売までをシームレスに

桑原 恵美子

(写真左から)三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTアプリケーションサービス2部 システム第5担当長の河村明彦氏、同部部長の唐澤猛氏

「そこに行けば何でもそろう」という圧倒的な強みをAmazonや楽天などのショッピングモールにとってかわられ、危機的な状況が続いている百貨店業界。そんな中、ECでも存在感を示すのが、三越伊勢丹ホールディングスだ。売上高が百貨店業界トップを走る同社は、どのような戦略をとっているのか。三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTアプリケーションサービス2部長の唐澤猛氏と、同部システム第5担当長の河村明彦氏に聞いた。

店舗とECとアプリがシームレスにつながるのが、目指している世界観

──三越伊勢丹は、2024年3月期決算で、営業利益・経常利益とともに過去最高益を記録されました。ECでの業績を向上させるためにどのような施策をとっているのでしょうか。

三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTアプリケーションサービス2部長 唐澤猛氏(以下、唐澤) 確かに三越伊勢丹ホールディングス全体としては、他の百貨店様と比較しても好調ですが、ECを含むオンライン事業ではまだ黒字化できていません。とはいえ着実に伸長はしていて、2024年度には黒字化できると予測しています。

その中で私たちが今持っている戦略は、三越伊勢丹をご利用くださるすべてのお客さまにデジタルIDを持っていただき、その情報を分析し、「情報発信」から「販売」までをシームレスに提供すること。店舗であれECであれ、お客さまがストレスなくリーチできるチャネルの選択肢を幅広く提供する。目指しているのはそういう世界観ですね。

2024年3月期(23年度)決算報告書より

三越伊勢丹システム・ソリューションズ ICTアプリケーションサービス2部 システム第5担当長の河村明彦氏(以下、河村) いま当社百貨店のCRM戦略は、マスマーケティングからパーソナルマーケティングへシフトしつつあり、成果を出し始めています。この戦略は、まずお客さまを高感度上質戦略で徹底的に集め、そのお客さまを識別化していきます。ここでいう識別化とはアプリ利用などを通じて、お客さまにデジタルID会員になっていただくことです。

このデジタルID会員数を顧客KPIとして経営目標の一つに設定するなど、当社グループは本気で取り組んでいます。そして、その識別化したお客さまの心の中に入り込み、お客さまの関心事を理解し、革新的な提案をアプリのお知らせやレコメンド機能により情報を提供していきたいと考えています。

具体的にはデジタルIDとともに蓄積された購買情報等をもとにデータ分析をし、お客さまごとに商品やイベントのご案内の提案に力を入れていきます。一部で機械学習を使いながらお客さまの嗜好に合わせた提案を少しずつ実施しており、今後はさらにそのご提案精度を上げていき、お客さまご自身も気づかなかったニーズに対する提案をしていきたいと思っています。

そういった取組みのなかで提供する商品やイベントの情報に店頭やECサイトといった隔たりはなく、お客さま一人ひとりに沿った提案をいかに実施していくかが大切なことだと思っています。

いまデジタルID会員は約700万人いらっしゃいます。このお客さまに対して百貨店の館にある商品やECにあるものはもちろんですが、それ以外の物を含めてお客さまの嗜好に合ったものを関連会社含めグループ全体で提案していく取組みを今後検討しています。

──実店舗が充実していればこそのパーソナライゼーションですね。

唐澤 デジタルIDをお持ちのお客さまは、持っていない非識別のお客さまに比べてやはり購買単価が高く、エムアイカードをお持ちのお客さまはさらに高いというデータがあります。ですからそこをフックに、ECであれ三越伊勢丹アプリであれ、お客さまを識別するためのデジタルIDを作っていただくことを目指している段階です。

百貨店のビジネスモデルはそもそもECに向いていない

──大手百貨店の「EC化率」(商取引全体のうちのEC売上の割合)は1~4%台と、物販系BtoC市場の平均9.13%と比較すると、大きく遅れを取っているともいわれます。これだけEC市場が活性化している中で、なぜ百貨店のEC化率が低いのでしょう?

唐澤 一般的にECに向いているのは、例えばビールのように、同じ商品の在庫をたくさん持てるような商材ですよね。一方、私たち百貨店が扱うような商品は、基本的に少量多品種ですし、さらにシーズン性のあるものが多い。例えば1店舗に数着しかない少数生産のジャケットなどは、ECで販売するにしても、店舗と同じようにスタッフの手がかかります。人が動くものは、やはりすごくコストがかかるんです。某大手モールのように、多量の商品を全自動で出荷して効率的に利益を得るようなビジネスモデルとは、そもそも根底から違うのです。

「お客さまがストレスなくリーチできるチャネルの選択肢を幅広く提供したい」と唐澤氏

──三越さんも伊勢丹さんも、統合前からそれぞれECサイトはお持ちだったんですよね。

河村 はい、どちらも2000年頃からやっていたはずです。ただ当時のECサイトの位置付けおよび定義付けをベースにしていたため、会員基盤はそれぞれで独立していましたし、各々専用のシステムになっていて、現在のようにひとつのIDでどのサイトでも使えるような設計にはなっていませんでした。お客さまの利便性においても、売上拡大においても、このままではやっていけないことは分かっていました。そこで2018年ごろからIDを統合して認証する仕組みを作り始めました。

──回遊率も上がりそうですよね。

河村 ただ、お中元やお歳暮のようなギフトシステムはECサイトとIDが共有されていないのが現状です。百貨店のギフトシステムは非常に特殊で、お客さまから求められるものも、通常のECとはかなり異なります。その二つをどうやって統合するかという課題にどこの百貨店も今、直面していると思います。

ECでできる顧客データの分析を、店頭でも同じレベルでやりたい

──ECにかかわる今後の戦略を教えてください。

唐澤 私たちとしては、決して「ECにもっとお客さまを呼び込みたい」と思っているわけではないんです。ECサイトでできる顧客データの購買行動の分析を、店頭でも同一線上で同じレベルでできるようにしたい。そのために、一人ひとりのお客さまを識別したいのです。識別しないとマーケティングも何もできませんから。

「お客さまの購買行動の膨大なデータをショップスタッフが分析してマーケティングできる時代になった」と河村氏

河村 百貨店は愛用してくださるお客さまの購買行動の膨大なデータを持っているのが強みですが、昔はその膨大なデータを保持するのが難しかったため、属人性が高く、共有も分析もできませんでした。現在はクラウドを活用するようになり、システムもデータ量に関係なく分析できる時代になりましたし、分析のためのツールも進化して、エンジニアの私たちだけがデータを分析する時代から、ショップスタッフの皆さんもパソコンがあれば簡単に分析してマーケティングできる時代になりました。そういう意味ではどんどんやりやすくなっているんです。

唐澤 ただ三越伊勢丹は用途ごとに複数のサイトがあり、連携がとれていない面もまだあります。そのため、同じ人であってもID上は別の人になっていて、購買行動を分析しにくいというのが課題です。単にサイトを統合すれば良いとは思いませんが、プラットフォームを集約することは検討をしたいと考えます。プラットフォームが同じになることで、ポイント利用などのどのサイトでも共通の機能は提供しやすくなりますし、セキュリティ対策もやりやすくなりますので。そうしたことを包括的に考えながら、開発を進めています。

──専門別ECサイトの活用や、ID統合の難しさは、百貨店ならではとも言えそうですし、ロイヤルティの高いお客さまが多い三越伊勢丹様ならではの連携の課題とも言えそうですね。ありがとうございました!


記者プロフィール

桑原 恵美子

フリーライター。秋田県生まれ。編集プロダクションで通販化粧品会社のPR誌編集に10年間携わった後、フリーに。「日経トレンディネット」で2009年から2019年の間に約700本の記事を執筆。「日経クロストレンド」「DIME」他多数執筆。

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