
LINE・コミュニティ・人事評価まで 生活の木が取り組むOMO戦略【生活の木 セミナーレポート】
近年、消費者の購買行動の多様化が進む中で、オンラインとオフラインを融合させるOMO(Online Merges with Offline)戦略の重要性は一層高まっている。そこで今回は、OMOをテーマにECのミカタが主催したオンラインカンファレンスより、株式会社生活の木 中村佳央氏のセッションをレポートする。
同社はアロマやハーブといった自然の恵みを活用した製品を生産・販売するライフスタイルカンパニー。全国約90の店舗と自社ECサイト、ECモール、さらにBtoB事業も展開するなど、多様な販路を持つ(※1)。2024年に自社ECサイトをShopify(Plusプラン)にリプレイスして以降、さまざまな改革を行ってきた生活の木が実践するOMO施策とは?モデレーターはECのミカタの吉見紳太朗が務める。
※1:生活の木のマルチ展開は2025年1月公開の記事にも詳しい
ShopifyをハブにOMOのシステムを構築
MIKATA株式会社 事業統括部 メディアDXコンテンツ課 DX推進チーム 課長 吉見紳太朗(以下、ECのミカタ 吉見) まず、Shopifyへのリプレイス前後で、システムがどのように変わったか教えていただけますか。
生活の木 マーケティング本部 デピュティゼネラルマネージャー 中村佳央氏(以下、生活の木 中村) 当社の実店舗の約6割は百貨店内の店舗で、そこでは自社レジではなく集合レジを使っているところが多いです。そうした中で、従来はECと実店舗の顧客情報が紐づいていないことが課題でした。会員ポイントは共通だったので「Yappli(ヤプリ)」をベースに独自開発したポイントアプリの情報を基幹システムに取り込み、ポイントと顧客情報を連携させるといった状況だったんです。
そのため、店頭でもお客様から「私が購入した商品の履歴はないの?」というお問い合わせを多くいただいていました。店舗で購入歴のあるお客様がよく買う商品も把握できておらず、(ECで)レコメンドできないというUI/UX面の課題も。また、独自開発のAPIには一本のコネクタ制作にも数十万円から数百万円がかかるうえ、施策のたびに要件定義が必要で時間も費用もかかっていました。
リプレイスで目指したのは、お客様の購入履歴やサービス利用履歴が全て見える状態です。CDP(Customer Data Platform)の部分は開発費用がかさむので、Shopifyにまとめました。Shopifyをハブに、店舗での売上・顧客データはクラウドPOSレジの「スマレジ」から「Omni Hub」を介して連携し、ポイントはShopifyアプリの「どこポイ」を介して連携する形に。店舗で独自に計上していた特典ポイントもレジを通すだけで自動的に連携するようにしました。
画像提供:株式会社生活の木(カンファレンス登壇資料より)
ECのミカタ 吉見 リプレイス前に運用していたシステムでは、他にどんな不具合やエラーがあったのでしょうか。
生活の木 中村 フルスクラッチのシステムだったので手動作業が多く、ポイント運用のルールにも店舗ごとにバラつきが出て「他の店舗ではやってくれたのに」といったクレームも発生していました。新しいシステムでは、お客様がご自身でレシートを読み込んで購入後でもポイントが付与できるといったことが可能になり、店舗スタッフの負担・オペレーションが減りました。
また、新しいスタッフにシステムの使い方を教えることは業務上の負担だったのですが、「スマレジ」はアルバイト経験などで慣れている人も多く、顧客データが蓄積できるだけでなく、教育コストの低減にも役立っています。
ECのミカタ 吉見 OMOを推進するにあたって、顧客情報の管理に悩む企業も多いと思います。CDPをShopifyに集約したメリットを教えてください。
生活の木 中村 集約して良かった点はセキュリティが強固であること、そしてフロー機能が使えることです。実店舗で顧客情報を保持していると、デベロッパーからセキュリティについて聞かれることが多いですよね。独自開発のシステムではセキュリティ対策を一つひとつ構築し、サーバなどのバージョンアップにも対応する必要がありました。
しかしShopifyであれば、Shopify側が自動で対応するだけでなく、SSO(シングルサインオン)やMFA(多要素認証)も入っているので運用しやすい。また、フロー機能による自動化は、ポイント付与などのオペレーション面に加え、OMOには欠かせないCRM(Customer Relationship Management)を支えています。
当社の売上のおよそ7割を占めるリピーターのお客様を増やすためには、F1→F2→F3(F=Frequency:購入頻度)という顧客育成の仕組みが必要ですが、各層のお客様を手動で抽出し、個別にメールを送ることは難しいです。現在は購入店舗や頻度に応じて、自動でメールやLINEを送るオートメーションが実現できています。このように“プチCRM”、“プチMA(Marketing Automation)”とも呼べる仕組みを作れることも、Shopifyを選んだ理由です。
しかし、フルスクラッチのシステムから移行するのは少し時間がかかりました。お客様のパスワードはそのままShopifyに移行できないので、お客様にリセットしていただいてからアクティブ化する必要がありました。当社には数十万人のお客様がおりますので、リプレイス当日は電話が鳴りやみませんでしたね。最初の3カ月程度は大変でしたが、そこを乗り切った後はMAをどんどん効率化できています。
LINEがライト層のロイヤル化に貢献
ECのミカタ 吉見 続いて、LINEを活用した施策についてお聞かせください。
生活の木 中村 生活の木はF3~F9のお客様が売上の半分以上を支えている一方で、F1(初回購入)→F2で顧客数が減っています。つまりF3になっていただければ長く愛用いただけているわけで、実際会員歴の長いお客様が多く、現在は40代~60代が主な顧客層です。
反対に新規会員の獲得には苦戦しています。これまでは店頭でアプリでの会員登録を促していたのですが、アプリをダウンロードしさまざまな項目に入力いただくのにかなりのお手間をおかけしていました。
そこで、もっとライトな顧客接点を持つために2025年の2月からLINEを導入しました。これまではF1からF20以上までアプリ一本だった顧客接点を思い切って“分断”。F1・F2のお客様に、まずはQRコードからLINEで簡単に登録してもらい、その後「アプリをダウンロードするとポイント特典がありますよ」といった案内をLINEでお送りする仕組みに変えて、会員数と売上の両方を伸ばそうとしています。
画像提供:株式会社生活の木(カンファレンス登壇資料より)
生活の木 中村 一方、アプリでは「コミュニティ」機能を強化しています。当社で扱うアロマやハーブの「香り」は実際に試してみないとわかりにくく、ECとの相性が悪い面があります。例えばGoogleやMeta広告で新規顧客を獲得しても、EC上の平均リピート回数は1.3回でした。しかし、最初ECで買ったお客様も、一度店舗に来ていただくと平均リピート回数が3.7回に伸びます。ECでCRMを回すより、店舗でアロマの香りやハーブティーの味をお試しいただくといったOMOのコミュニケーションのほうがロイヤリティは高まるわけです。
また、当社からおすすめ商品を伝えると、どうしてもセールス感が強くなるので、オンラインでお客様同士のコミュニティを作ることでLTV(Life Time Value)を高めようとしています。「こういうブレンドをすると良い香りになる」「この季節におすすめ」と、お客様同士で情報を投稿し合うことで盛り上がり、アップセルやクロスセルにもつながります。今後もアプリはコミュニティの場として育てていき、実物を試したいときは店舗で、定期的な購入や重いものはECでと、ご都合に合わせてご利用いただきたいと考えています。
ECのミカタ 吉見 運用を開始してみて、成果はいかがでしたか。
生活の木 中村 LINEでID連携していただいているお客様は数万人ほどですが、コンバージョン率が非常に高いです。LINEの配信コストはかかりますが、プッシュ通知やリッチメニューを活用することで約10%のCVRを実現しています。
ECのミカタ 吉見 そうした取り組みの結果、御社におけるECの位置づけも変化してきたのではないでしょうか。
生活の木 中村 そもそも当社がECを本格展開したのはコロナ禍がきっかけでした。緊急事態宣言などで店舗が休業した際に一気にECの利用が増えたのですが、当時はECと店舗で情報が分断されていたので、「店舗にはあった商品が、ECで見つけられない」といった声もいただきました。また、同じお客様なのに店舗とECで分けて考えるのは、当社側の都合でしかないという議論も出ました。
「生活の木」に関わっていただくという意味では店舗もECも同じです。現在では、実際の体験や人と人とのコミュニケーションは店舗で、ECはカタログ的な使い方やコンテンツを楽しむ場所として、それぞれの役割を分けつつも、“垣根”がなくなってきました。
購買行動の可視化は社内的なメリットも生む
ECのミカタ 吉見 OMOを進める中で、店舗とECで売上を取り合ったり、人事評価を含めて社内の関係性がぎくしゃくしたりといったことはなかったのでしょうか。
生活の木 中村 確かに当初はそうした懸念があり、店舗で配布したクーポンがECで利用された場合に店舗の実績に加算する“貢献売上”のような仕組みも検討したのですが、結果的には導入しませんでした。
当社のBtoB ECのお客様は地方にも多くいらっしゃるのですが、商品を実際に見て、お試しいただくのは東京や大阪の基幹店や展示会です。そうしたお客様が店舗でご自分用に買っていただくケースもあり、BtoB ECが店舗の売上にも寄与していることがわかったんです。
それならば、BtoBとBtoCをまたいでCRMを構築し、お客様とのコミュニケーションを密にすることで両方の売上アップにつなげようと。人事評価の制度を変えずにそれが実現できたことは、当社の特徴の一つだと思います。Shopifyにリプレイスしたことで、お客様一人ひとりの購買行動が可視化できたからこそできたとも言えますね。
もう一つ、これは後から気が付いたことですが、施策の結果が数字として見えるようになると担当者のモチベーションが上がるというメリットもあります。
ECのミカタ 吉見 最後にOMOに関する今後の展望を教えてください。
生活の木 中村 リピート頻度の高いお客様はワークショップをはじめとする“体験”を求めている方が多いので、今のところ電話が必要なワークショップの予約を、Shopifyを活用してWebからできるようにしたいです。
もう一つはインバウンド需要への対応です。原宿の基幹店では売上の3割ほどが海外のお客様で、越境ECではシンガポールやマレーシアから多く購入いただいています。そうしたお客様に向けて、現段階では認知度を上げるための広告施策が中心なのですが、今後は来店いただいた海外のお客様にメールアドレスを登録いただき、広告に依存しない形でグローバルにCRMを回していきたいと考えています。
画像提供:株式会社生活の木(カンファレンス登壇資料より)
AEAJアロマテラピーアドバイザー&ナチュラルビューティスタイリスト。2014年株式会社生活の木に入社。店舗・マーケティングの部門を経て2022年よりEC事業本部を統括している。2024年に自社ECをShopifyにリプレイスを行った。2025年にB2B、B2Cをまたいだユニファイドコーマスの進化のため、マーケティング本部を管轄。