老舗が挑んだ“新しい購買体験”──リニューアル1年で売上300%増「Hakkaisanオンラインストア」

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桑原 恵美子

オンラインショップは開設しても、ただ「ある」だけで売上にほとんど貢献していないというケースは意外に多い。八海醸造株式会社(以下「八海醸造」)は異業種から人材を採用し、2024年9月に自社オンラインサイト「Hakkaisanオンラインストア」を全面的にリニューアルしたところ、1年間で売上が300%以上アップしたという。いったいどのような施策が奏功したのか。リニューアルを手掛けた株式会社八海山 営業本部 クリエイトカスタマー部 ECビジネス課の長谷川幸治課長に話を聞いた。

リニューアル前のオンラインストアには“顧客体験”が欠けていた

創業103年目を迎えた老舗酒造の八海醸造は、長年にわたり日本酒業界を牽引する銘酒「清酒八海山」を造り続けてきたが、日本酒市場の縮小が顕著になった2000年代に、当時副社長だった南雲二郎氏(現・代表取締役社長)が大きく方向を転換。日本酒以外の酒類やあまさけ、塩麹や醤油麴など麹を使った食品、麹漬けの肉や魚、スイーツなどバラエティ豊かな商品の展開を開始し、「八海山」ブランドを拡充した。現在、商品数はトータルで150種類以上。2021年には同社グループの総合ECサイト「Hakkaisanオンラインストア」をオープンさせた。

サイトに掲載する全商品を長谷川氏が直接カメラマンにディレクションして撮り直し、不足分は自ら撮影した。現在、サイトに掲載されている商品画像の約1/3は長谷川氏が撮影したもの

オンラインショップのリニューアルを手掛けた長谷川氏の前職はアパレル企業。20年間にわたり、EC運営や経営企画などを経験した後、「お酒に関わる仕事がしたい」と2023年に株式会社八海山に入社した。競争の激しいアパレル業界でEC運営を担当した経験を持つ長谷川氏が、当時の同社のオンラインショップを見て最初に感じたのは、「お客様の顧客体験を全く作れていない」ということだった。

「当社サイトはshopifyのプラットフォームを利用していますが、リニューアル前は既存のシンプルなテンプレートを使用したごくシンプルなサイトで、ブランドの表現や情報発信の機能が全く存在しませんでした。一言でいうと、商品写真に決済機能がついているだけ。私は『お客様が楽しんでショッピングしていただけるような顧客体験を構築しなければならない』と考え、サイトのリニューアルに着手しました」

膨大な商品群をブランド別に分類・整理して表示

予算の問題もあり、リニューアルは長谷川氏がほぼ一人で行った。最初に着手したのが、膨大な商品群をブランド別にサイト上に分かりやすく分類し、商品選びがスムーズになるよう可視化する作業。

「当社は酒蔵ながら日本酒はもとよりビール・蒸留酒からあまさけ、そして食品まで多岐にわたる商品を販売しています。しかし『八海山は日本酒の会社』という認知が強いので、多岐にわたる商品を製造している状況をお客様に知っていただくことが必要と考え、バラバラに並べられていた商品をブランド別に整理して表現しました」

直営店「千年こうじや」では、日本酒をはじめ、八海山の麹を使った「だし」や「ポン酢」に「酒粕パンケーキミックス」など、発酵の恵みを味わえる商品が並ぶ

顧客のペルソナを「多忙な主婦」に設定、日常品にフォーカス

次に着手したのが、顧客体験の構築。誰に向けて作っているのかが全くわからないサイトだったため、サイト利用者のペルソナを設定するところから始まり、誰に買ってほしいか、どういう層に頻繁に来店してほしいかから考え始めた。

「最終的に我々が設定したペルソナは、30代から40代の多忙な主婦でした。当社の商品には『発酵』をキーにした日本古来の健康食品が多くあり、中でも日本酒で培った技術で製造した味噌や醤油、塩こうじといった調味料などは日常的に頻繁に購入してもらいやすい商品です。それらの商品にフォーカスすることで、自然と日々の生活に弊社商品を取り入れていただけて、日常使いで訪問いただけるサイトにしていくことを戦略の柱としました」

メルマガで既存客を呼び戻し、多彩な機能で顧客体験の充実を実現

では30代から40代の女性顧客にアプローチするにはどうすればいいのか。長谷川氏が着目したのは、既存顧客の掘り起こしだった。

「それまでは社内にメールマガジンを配信できる人材がいなかったため、過去にご購入いただいたお客様に対して、メールマガジンを送っていませんでした。そこで既存顧客に対してアプローチをするために、週に1回の頻度でメールマガジンを配信するルールを作ったところ、次第に休眠顧客がどんどん戻ってきました」

リニューアルでは、「いちおしギフト商品」や、「ストアからのいちおし情報」など、推し商品を紹介するコーナーや、商品を利用したレシピ紹介「Hakkaisanキッチン」「Hakkaisan NEWS」といったブランドロイヤリティを高めるための顧客とのタッチポイントを多く設けた。

「実は当社はビールも作っていますし、まだ抽選での販売のみですがライスウイスキーを作っていたり、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースとパートナー契約をしていたり、ニューヨークの酒蔵と業務提携を行い製造したSAKE『Brooklyn Kura(ブルックリンクラ)』の日本国内での販売を行ったりと、話題に事欠かない会社です。サイトでそういったニュースを掲載するセクションを設けて、同時にメルマガでもお客様に情報を配信しています。メルマガ読者の商品購買率は非常に高いですね」

ドジャース側からのオファーで、「八海山」がドジャース公式日本酒に。ボトルカラーに「ドジャーブルー」を採用した「ドジャーブルー八海山 特別純米酒 ブルーボトル」(中央)

カスタマージャーニーの最初の認知を生活の必需品である食品にしたことで、主婦層や健康を意識している女性へと顧客層が拡大。

「以前よりあまさけの商品展開で女性比率は40%と高かったのですが、食品群のPRに力を入れたところ、男女比率は半々まで増加しました。このような取り組みを行うことにより御歳暮や御中元の“日本酒需要のシーズン商売”に頼らない売上の平準的な確保が実現しました」

主婦層が生活の必需品を求めて来店することで、同社の主力商品である酒類の購入も伸びている。税込11000円以上の購入で通常送料が無料になるため、“ついで買い”として家族の飲む酒を代理購入するケースが多いからだ。リニューアル後の1年間で、オンラインショップの売上は300%伸長。特に伸びており、特に好調なのがドレッシングや冷凍の魚肉の商品だという。

気持ちがこもったギフトには、気持ちをこめてラッピングする

同サイトの売り上げの中心はギフト商品なので、さまざまなギフト商品も企画している。お中元シーズンは小分けに配れるバラエティ豊かなあまさけギフト商品、御歳暮シーズンは法人需要を見込んで高級酒を中心としたセット商品などを企画。また父の日や母の日などの様々な贈り物にはそれぞれに合わせたステッカーや掛け紙を用意し、包装にも注力している。

「気持ちを込めた贈り物として選ばれた商品に対して、我々もお客様の気持ちを汲み取って、しっかりギフトラッピングしてお送りしたい。贈る相手への気持ちがこもった文章が添えられていた場合、到着時のラッピングを遠くにある倉庫まで出向いて撮影し、送る前に『このような形で届きますがよろしいですか?』とお知らせする場合もあります。普通、どのようにラッピングされて届くかは送る側にはわからないので、非常に喜ばれますね」

Hakkaisanオリジナルの掛け紙や、ステッカー・二重綾織ゴムなど様々なギフトオプションを用意

同社では発酵による栄養素に着目した自然由来のスキンケアコスメ「reint」も販売しているが、海外からの越境ECによる売上が、いま非常に好調に推移しているという。

「実は現在、東京や新潟のウエルネスを意識したインバウンドが多く宿泊するホテル数店舗に、ルームアメニティとしてreintを提供しています。部屋には越境ECのQRコードを記載したshopカードを設置していますので、実際に使用した方々が帰国後のリピート買いされるケースが多いのです」

目指しているのは“生活に密着したオンライン上のコンビニ”

長谷川氏に「オンラインサイト運営で最も重視していることは何か」を聞いたところ、「一番は安心と信頼」と即答した。

「『困ったときに助けてくれる』『スピーディーに間違いなく届けてくれる』という安心と信頼を積み上げていくことが一番と重要」と語る長谷川氏

「今、ビッグデータを使ったECサイトのマーケティング支援ツールは非常に進化しています。我々ももちろん、顧客分析は当然のこととしてやっていますが、重要なのはそこではないと考えています。突き詰めて言えば、我々が追求しているのは『どうすればサイト上でお客様に楽しんで買っていただけるか』だけ。主婦の方がスーパーに行って楽しんで商品選びをするような感覚をサイト上で作りたいですし、『困ったときに助けてくれる』『スピーディーに間違いなく届けてくれる』という安心と信頼を積み上げていくことが一番と重要だと考えています。目指しているのは“生活に密着したオンライン上のコンビニ”です」


記者プロフィール

桑原 恵美子

フリーライター。秋田県生まれ。編集プロダクションで通販化粧品会社のPR誌編集に10年間携わった後、フリーに。「日経トレンディネット」で2009年から2019年の間に約700本の記事を執筆。「日経クロストレンド」「DIME」他多数執筆。

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