「ヘッドレス・コマース」の時代

灘井 将夫

アイアース株式会社 代表 灘井と申します。弊社はシステム開発会社で、これまで多くのECシステムの開発プロジェクトに参画してきました。

言葉だけ聞いたことがある人が大半だと思いますが「ヘッドレス・コマース」という、フロントエンド(顧客が操作するUI/UX)がバックエンドのビジネスロジックから切り離されたECの仕組みをご存じでしょうか?

最近業界でも話題となっておりますので、本コラムで「ヘッドレス・コマース」についての解説と、既存のカートシステムでの再現方法についてお話いたします。

ヘッドレス・コマースとは

「ヘッドレス・コマース」システムは、システム上の制限を開放し、商品をいつでもどこでも販売できる基盤を提供します。世界のいたるところであなたの商品が発見され、欲しいと思えばすぐに購入できるような状態を作り出すことができるのです。インターネット上のある住所(URL)に行かなければあなたの商品が買えない時代は終わるのです。

理想論ですが、顧客が買い物をしたいと思った時に、その場で的確にサービスを提供しているEC事業者が世界的に見て最も成功していると言えます。世界のEC業界が成熟し続けている今、最も重要なことを考えていきましょう。

「ヘッドレス・コマース」というワードは少しわかりにくいニュアンスです。その本質は「マルチヘッド・コマース」です。ブラウザアプリ、モバイルアプリ、楽天・Amazon等のECモール、SNS、実店舗と様々なフロントエンドを実現することにより顧客体験の場が飛躍的に増加しています。

「ヘッドレス・コマース」システムへ転換していくことが、今後のEC事業で成功するために不可欠なこととなるでしょう。

どのように「ヘッドレス・システム」を実現するのか

従来のほとんどのECシステムは、商品コンテンツ群とショッピングカートで構成され、Webのフレームワークに則り、モデル(データアクセス)・ビュー(UI)・コントローラー(ビジネスロジック)が密接に結びついた形で実装されていることが多いと言えます。これまではWebブラウザ上でECが実現できれば十分で、この仕組みは理にかなっていました。

「ヘッドレス・システム」とは、フロントエンドのコンテンツ・プレゼンテーション・レイヤーが、バックエンドによって提供されるAPI(Application Programming Interface)を介して振る舞うシステムのことです。フロントエンドはAPIに接続さえできれば、ウェアラブル、デジタルサイネージ、VR等、想像しうるどんな顧客体験でも作り出すことができます。バックエンドはAPIのインターフェースを定義することにより、現在または未来のあらゆるフロントエンドの顧客体験をもサポートすることが可能となります。

旧 eコマースシステム

例)ヘッドレス・システム

なぜ、ヘッドレスが優位となるのか?

今日のコマースは顧客の生活に入り込み、すべてがIoTやデバイスでつながっており、ショッピング体験はより便利にパーソナライズされています。現在では、デスクトップブラウザは衰退傾向にある1つの購入チャネルに過ぎないと言えます。

フロントエンドとバックエンドを分離することで、IT部門の各チームは、それぞれの専門分野に集中することができます。フロントエンド開発者は、バックエンドシステムに関する特別な知識がいりません。逆もまた然りです。すべてのチームが自社のAPIスキーマとデータ構造を熟知していれば、自分たちが取り組んでいるシステム部分に集中できます。これにより、コンシューマテクノロジの進化に遅れることなく、迅速にシステムのアップデートを実行することができます。

いつでも場所を選ばずのめり込める魅力的なショッピング体験は満足度が高いだけでなく、コンバージョン率とブランドロイヤルティの向上にも一役買います。技術的な進化が早く、その成果がオープンで、解決手段が整った今日のウェブサイトは、コンテンツ(商品陳列、ショッピング体験)サイトとトランザクション(注文、決済、配送指示)サイトはシームレスに統合されています。

現在では、常に新しい「ヘッド」が出現し、顧客の購買意欲を刺激しています。身につけている腕時計を使用して、部屋に置かれたスピーカーを通して、Instagramの投稿やYouTubeの動画からのショッピングは今や当たり前のことです。決済方法もクレジットカードだけでなく、キャッシュレスによってより一層私たちの生活の一部となります。仮想通貨の流通も増えるでしょう。生体認証が進化し、手ぶら決済が登場する日がくるかもしれません。そうなれば、その空間はリアルなのかネットなのか誰も気にしなくなるでしょう。年々コマース機能の進歩は加速しており、次の魅力的な顧客チャネルがどこに現れるのか予測することすらできないのです。

ヘッドレス・システム移行の課題と解決

もちろん、旧来のeコマースシステムをヘッドレス・システムのプラットフォームに再構築するためにはそれなりの時間とリソースを費やす必要があります。現行のオペレーションが成功していれば、再構築に投資する必要性について意思決定者を説得することは困難を極めるでしょう。特にバックエンドの移行はフロントエンドのようにわかりやすいものではありません。ヘッドレス・システムの本質はフロントエンド(見た目)の変更ではなく、バックエンド(仕組み)の変更です。5年前には想像しえなかったショッピング体験が次々と登場し、進化の一途を辿っているのです。将来の長期的なビジョンを持ち、段階的にでもヘッドレス・システムへ移行していくことを検討すべきでしょう。

コマースシステムの中心に位置するのは商品情報であることは間違いないでしょう。商品があってのショッピングであり、コマースシステムです。まず初めにPIM(Product Information Management)あたりから手を付けることをお勧めします。

PIMとは、商品情報と販売情報を管理し、商品担当者とマーケティング担当者の思惑を戦略的に結びつけることができるシステムです。人々を魅了する商品が次々に開発され、多種多様な商品をコマースシステムへ陳列しなければなりません。サイズ違いや色違いの商品もあります。フリマやアウトレットセールでは中古品を扱うこともあれば、ビンテージ商品もあるでしょう。条件による割引やクーポン、計画的なバーゲンセールや30分限定のタイムセール、お得なキャンペーンといったように販売方法も多種多様で、迅速にコマースシステムへ変更を加えなければなりません。eコマースにとって最も強力なコンテンツは広告という見方もあります。広告メディアへの配信も大事な業務です。こういったことを自動化できるシステムがPIMです。

ヘッドレスに移行することは選択肢ではなく、遅かれ早かれ、自社コマース・ビジネスの存続のために不可欠なこととなるでしょう。「ヘッドレス・コマース」の時代は、すでにやってきているのですから。


著者

灘井 将夫

アイアース株式会社 代表取締役。ゲーム業界、金融システム開発を経て、2004年にMBA取得後独立。多くのECシステムの開発プロジェクトに参画してきました。あるECプロジェクトでは会員数100万人規模までサービスの成長に奮闘し、モール型のECシステムでは TV放映によるスパイク対策やAWS移行など行ってきました。EC以外にも、ニュースメディアの起ち上げやライブオークションシステムの開発などにも関わってきました。2018年に自社製品のAijus PIMを開発し、1年がかりの大型ECプロジェクトへの導入で実績を積みました。ITは手段であって目的ではありません。経営戦略に基づき業務効率化のためのIT活用を提唱します。お客様企業のCIOでありたいという気持ちで仕事をしています。

アイアース株式会社:http://aijus.com/