経済的変動と消費者行動 - パーソナライゼーションの新しいチャレンジ

吉永 敦

昨今、経済変動の激しさを体感するシーンが特に増えているように感じます。円安ドル高による為替の影響で、食料品やガソリンの価格が上昇し、家計にも影響を及ぼしていることでしょう。またこの経済変動の激しさによる消費者行動の変化は、EC事業者にとっても大きな課題となっています。今回は、経済変動が消費者行動に与える影響と、パーソナライゼーションの重要性について、具体的な事例や数字を交えながら説明したいと思います。

過去記事はこちら!第1回/第2回

経済的変動と消費者行動

まずは、PwCのレポートを見てみましょう。このレポートによると、世界経済は多大な不確実性に直面しており、特に欧米の経営者たちはインフレやサプライチェーンの問題、地政学的リスクに苦しんでいます【PwC Global CEO Survey 2023】。2023年の調査では、経営者の約74%が今後1年間の世界経済の成長を悲観的に見ているという結果が出ています。

日本の経営者はさらに慎重な姿勢を示しており、経済の変動に敏感に反応しています。原材料価格の上昇による価格上昇が購買意欲を低下させるだけでなく、価格敏感層の消費者の購買パターンを大きく変化させ、売れ筋商品が変動すると言ったこともあるでしょう、このような変化に対応し、適切な対象者に適切な内容を届ける必要があります。

消費者の需要の変化と対応できない企業の増加

合わせて、消費者のニーズは継続的に変化しています。特にCOVID-19パンデミック後、在宅勤務が一般化するなど、ライフスタイルの変化が消費者の購買行動に大きな影響を与えています。Statistaの2022年の報告によると、家庭用エンターテイメント商品の市場規模は前年比で15%増加しており、健康関連商品も同様に増加傾向にあります【Statista 2022 Home Entertainment Market】。また消費者庁の調査によれば、若者に特徴的な消費形態「トキ消費」、「推し活」などが挙げられ、これらの新しい消費者行動にも目を向ける必要があります。

多くの企業がこの変化に対応できず、売上の減少に直面しています。例えば、リモートワークの普及によりカジュアルウェアの需要が増加した一方で、フォーマルウェアの需要は大幅に減少しました。この変化に迅速に対応できなかった企業は売上の減少を余儀なくされました。一方で選ばれるブランドになるための消費者体験の差別化は特に重要となっており、パーソナライズされたサービスや迅速なカスタマーサポートを提供する企業が競争優位性を保っています。

2023年のマーケティング・カスタマーエンゲージメントのトレンド

2023年、多くの企業が新規顧客の獲得よりも既存顧客のリテンションに重点を置いていると回答しました。Brazeの調査によると、企業の約45%が顧客リテンションを最優先の戦略と位置づけ、今後一年間以内にさらに投資を拡大すると回答しています。【2023年 グローバル カスタマーエンゲージメントレビューレポート】。またリテンションに投資し、LTV(顧客生涯価値)を向上させた具体的な事例として、化粧品専門店のSephoraの取り組みがあります。Sephoraは顧客の購買履歴や行動データを分析し、個別にカスタマイズされた商品推薦やプロモーションを提供することで、顧客のロイヤリティを高めています。その結果、LTVが顕著に向上しました。【Sephora Personalization Case Study】/ Braze Use-caseも合わせてご覧ください。

また、リテンション戦略はコストの最適化にも寄与します。例えば、一般的に知られている目安として、既存顧客の維持にかかるコストは新規顧客の獲得にかかるコストの5倍も低いと言われています。このようなデータは、リテンション戦略が企業のコスト効率を改善する上で重要な役割を果たしていることを示しています。【Customer Retention Marketing vs. Customer Acquisition

デジタル上での顧客体験の重要性

2024年、モバイルファーストによるビジネスシフトが当たり前になる時代おいて、顧客体験の質は企業の成否を左右する重要な要素です。特にEC業界では、オンラインでの顧客とのコミュニケーションが顧客満足度を大きく左右します。例えば、リアルタイムのチャットサポートやパーソナライズされたメールマーケティングは、顧客との関係を深めるために効果的です。Forbesの記事によると、消費者の約80%がパーソナライズされた体験を期待しており、企業がこれを提供できるかどうかが顧客ロイヤリティに直接影響します。また、パーソナライゼーションを実践する企業は売上が平均20%増加し、顧客満足度も大幅に向上するとされています。

最新のAIとEC/小売における取り組み

加えて、ChatGPTの登場以降、AI技術はEC業界においてもその影響力を拡大しています。例えば、CyberAgentのAI経済学は、AIを用いて市場データを分析し、消費者行動の予測を行っています。この取り組みにより、特定の商品の需要予測が可能となり、クーポンによるディスカウントの量とタイミングを最適化することができます【CyberAgent AI Economics】。

また、Mugen AIによるクリエイティブの自動生成は、広告業界におけるAIの応用例として注目されており、特定のターゲット層に最適な広告をリアルタイムで提供することが可能です。例えば、ある化粧品ブランドはMugen AIを活用し、個別の顧客に最適な広告を作成し、パーソナライズされたプロモーションを実施しています。この結果、広告のクリック率が向上し、売上も大幅に増加したという事例も出てきています【Mugen AI Creative Automation】。

2024年のEC事業者に向けた提案

上記の2023年までの流れを受けて、2024年(AI時代)において、EC事業者が成功を収めるためには以下の提案を考慮することが重要と言えるのではないでしょうか。

1.高度なパーソナライゼーション
AIを活用して、顧客の過去の購買履歴や行動データを分析し、個別にカスタマイズされたプロモーションを提供することが重要です。これにより、顧客のリテンションを高めることができます。

2.リアルタイムコミュニケーションの強化
ライブチャットやデータをリアルタイムに活用できるテクノロジーを活用して、顧客とのリアルタイムコミュニケーションを強化しましょう。これにより、顧客満足度を向上させ、問題を迅速に解決することができます。

3.統一されたエンゲージメントプラットフォームの導入
デジタル上での顧客接点をより強化するためには、単独のチャネルに対応しているポイントソリューションではなく、顧客データを一元管理し、統一された顧客体験を提供すること重要です。

4.PDCAの強化
経済環境の変動が激しい中、昨日・昨年実施したプロモーションのやり方が、今年も通じるとは限りません。常に新しいことにチャレンジしつつも、PDCAを回しながら、最善の顧客コミュニケーションの方法を模索していくことが重要です。

まとめ: 変動する経済環境での持続可能な成長戦略

経済的変動が続く中で、EC事業者にとって重要なのは、変化に柔軟に対応することです。パーソナライゼーションを通じて顧客一人一人に最適化された体験を提供し、AIを活用してそのオペレーションを効率化することが求められます。過去の成功体験に縛られることなく、新しい手法を試し、最適なコミュニケーション方法を確立していくことが重要です。これらの取り組みを通じて、EC事業者は経済的変動に対応しながら、持続的な成長を実現することが肝要です。

本コラムでは、顧客心をつかむ術 - パーソナライゼーションの全方位ガイドというタイトルで、全6回にわたり執筆しています。次回は「顧客ロイヤリティの鍵 - 感情を動かすパーソナライゼーション」と題し、パーソナライゼーションのその先にある、エンゲージメントの重要さを深掘りしていく予定です。


著者

吉永 敦 (Atsushi Yoshinaga)

ワークスアプリケーションズにERPのソフトウェアエンジニアとして入社。地方自治体・大手上場企業のERP導入コンサルタントを経てGlobalの開発PJに従事するため上海赴任を経験。大手コンサルティングファーム転職後、RPA 導入・AI-ChatbotのPJを現地法人でリードした後、日本に帰国、日本では金融業界を中心としたオペレーショナルエクセレンスを提供するチームでコンサルタントを経験。
Braze日本法人の立ち上げに伴って、導入担当のソリューションアーキテクトとして参画した後、2022年2月よりグロースエンジニアに職種変更。
現職では、Braze City × City (旧 FORGE JAPAN)でのアプリ作成・日本のテクノロジーパートナーとの連携検証・最新機能を用いたカスタマーサクセス等に従事。