2024年の「W11」、日本ブランドはどう動くべき?618セールが示す、中国EC市場の変化

山本 真大

こんにちは、株式会社Nintの山本です。2023年8月の福島第一原子力発電所の処理水海洋放出が中国から大きな反発を招き、中国EC市場でも日本製品に対する不買運動が発生しました。当社の調査では、処理水放出後に迎えた2023年の中国最大のセールイベント『W11(独身の日)』に、日本ブランド全体の販売金額はYoYで-17%、減収ブランドは86%と、非常に厳しい状況に陥りました。では、この傾向は今年も続いているのでしょうか?2024年の中国EC市場はどのように変化しているのでしょうか?
今回は『W11(独身の日)』と並び中国ECの2大商戦期である、2024年の『618セール』期間に得られた最新の動向を通して、中国EC市場と日本ブランドの「イマ」を見ていきます。

後ほど詳しくご紹介しますが、注目すべきキーワードは「K型消費」と「セール期間の複雑化」です。
※この記事は、2024年6月28日に弊社で実施した「ビッグデータと企業事例から商戦期を総まとめ!2024年中国年中商戦『618』徹底解説セミナー」をまとめたダイジェストです

日本ブランドは回復傾向

結論から言えば、現在中国ECで販売されている日本ブランド商品は回復傾向にあります。禁輸が続いているものを除いて、影響はほぼなくなっていると我々は見ています。

図1:2023年のW11、2024年の618の日本ブランド売上状況(1000ブランド調査)

上記は2023年の『W11(独身の日)』と2024年の『618』の日本ブランドの状況をまとめたものです。2023年『W11』では、調査した1000ブランドのうち約14%が増収となり、86%が減収でした。全体の販売金額は前年に比べて約17%の減少でした。一方、2024年の『618』では、増収ブランドの割合が26%に増加し、減収ブランドは74%に減少。全体の販売金額の減少幅も、前年の-17%から-5%へと改善しています。

13年続いた「予約販売」終了と「K型消費」の出現

日本ブランド全体が回復傾向の中で、2024年の『W11』はどうなっていくのでしょうか?動向を読み解くキーワードのひとつが、冒頭でご紹介した『K型消費』です。経済や市場において、消費行動が高価格帯と低価格帯の両極端に二極化し、中間層が減少する現象をアルファベットの「K」の形にたとえてK型消費と呼びます。

K型消費が起きた大きな要因は、13年間続いた予約販売の仕組みが終了したことです。中国ECにおける予約販売とは、ブランド主導で行われる制度で「予約特典を付与しますので、手付金を払ってくださいね」というもので、セール期間の約1カ月前に消費者が商品を選定し手付金を支払って、セール期間に残高を支払うという仕組みのもと実施されていました。

これによりブランド側では在庫リスクを抱えず、その分購入者側には特典を得られてお得に購入でき、双方にメリットがありました。しかしこの制度は昨今の「即日配送」などのトレンドに則さず終了し、2024年の618イベントでは見られない動きとなりました。

予約販売制度があった頃は、一物二価(同一商品の価格が異なる状況)が見られましたが、予約販売の終了により価格が単純化に向かいました。これにより価格の二極化が進み「K型消費」が顕著になりました。

具体的な事例を見てみましょう。体重計市場では、高機能な体組成計が高価格帯として売れています。例えば、一般的な体重計が300元(約4,500円)程度で販売されているのに対し、高機能な体組成計は600元(約9,000円)から800元(約12,000円)で販売されています。このように、高付加価値の商品が高価格帯として健闘しています。
※1元=15円想定

図2:価格のK型消費一例(体重計市場)

ジャンル全体が高価格帯になる例としては、美顔器市場があります。美顔器は全体的に高単価な傾向があります。また、スキンケア市場(美容液)は低価格帯から高価格帯帯まで幅広く売れています。これらの商品が高価格帯で売れる理由として、価格が安すぎると品質に不安を感じる消費者心理が影響していると考えられます。

図3:ジャンル別、価格帯による販売数の変化(オレンジ:4月販売数 青:5月販売数)

このように「ジャンル内の商品単位」「ジャンル単位」での価格の二極化が進んでいます。高付加価値の商品が高価格帯として販売される一方、単機能の商品は低価格帯として競争力を持つという現象が見られます。

期間の複雑化に伴う、セール山場の多様化

2つ目のキーワードは「期間の複雑化」です。約10年前は「618」といえば6月18日単日のみに行われるセールを言いましたが、この数年はセール期間が数週間にも延び、さらにプラットフォーム間の開催日のズレも発生しました。例えば、アリババが5月20日にキャンペーンを開始し、京東(ジンドン)は5月31日に開始しました。終了日も、6月18日に終わるプラットフォームもあれば、その後20日、30日まで続くプラットフォームもありました。

図4:日別売上推移(売上のピークの変化) ピンク:2023年 青:2024年

セール期間の長期化、複雑化は、各ブランドの売上の山場(売上のピーク)に影響を与えました。それがどういう動きとして最終的に出てくるかというと、山場の違いです。ピンクが昨年(2023年)、青は今年(2024年)です。

予約販売が存在した2023年までは5月31日にピークを迎えるのが一般的でしたが、2024年は比較的フリーハンドです。広くとれば、大体3つの山があると言えるかもしれません。5月20日の高さ、5月の末の高さ、6月の高さ、基本的にこの3か所となりますが、例えばLANCOMEさんは5月20日が最大で、SONYさんは3カ所、BABYCAREさんは3カ所です。

この動きは、今年のW11にも影響を与えると予想され、戦略の見直しが必要となります。各プラットフォームの投資効率も変動する可能性があり、慎重な戦略立案が求められます。さらに、各プラットフォームが異なる戦略を採用することで、消費者にとっての選択肢が増え、購買行動が分散しました。消費者は各プラットフォームの価格やプロモーションを比較しながら購入することになります。これにより、ピーク期間が複数生まれ、ブランドごとの戦略が多様化しています。これらの動きは、今後のセール戦略に大きな影響を与えるでしょう。

日本ブランドの皆さまへ

2024年の『W11』に向けて、日本ブランドはどのような戦略を取るべきでしょうか。まず、予約販売が復活することはないと予想されるため、各ブランドは戦略を立てる必要があります。具体的な対策としては、以下の点が挙げられます。

1. セールに参戦する・しないの見極め
日本ブランドは中国ブランドに比べ平均2.9倍高いため、「K型消費」の高価格帯に属します。自社が商品を投入する市場は高価格帯商品が健闘できる市場なのかを見極める必要があります。「低価格の市場で低価格商品しか売れないのであればセールに掛ける情熱は失われるでしょうし、そもそも高価格帯の商品がセール期間中のみ低価格で販売するという本来のセールイベントを活用できるのであれば、セールに「参戦」する意義があります。


2. 期間の複雑化に対応する柔軟な戦略
セール期間中の山場が複数あることを踏まえ、柔軟な戦略を立てることが求められます。各プラットフォームのキャンペーン開始日や終了日を把握し、それに合わせたプロモーションを実施することが重要です。

3. ブランドロイヤリティの強化
中国市場では、ブランドロイヤリティの強化が重要です。顧客との関係を深めるために、SNSやライブコマースを活用し、消費者とのエンゲージメントを高めましょう。また、アフターサービスやカスタマーサポートの充実も顧客満足度を高めるために不可欠です。
(株)Nintでは、中国主要ECモールの動向分析ソリューション『Nint China データソリューション(中国語名:情報通)』を提供しています。『Nint China データソリューション』では、競合他社の動向や市場トレンドを把握することで、効果的なポジショニング戦略を立てることが可能です。具体的には、過去のセールデータを分析し、どの期間にどのような商品が売れたかなど詳しくご覧いただくことが可能です。『W11』に向けて今からセール戦略を立てたいブランド担当者の皆様は、ぜひお問い合わせください。

備考

■本記事の転載・一部転載に関しては、株式会社Nintへご連絡ください。
■調査対象:Nint推計データNint推計データは、AIやクローリングなどの技術により⽇本国内の3⼤ECモールで販売される商品の売上⾦額・販売数量を⾼精度に推計したデータに、サイト内でのプロモーションデータ等を加えた、EC市場の総合的な分析を可能にするビッグデータです。

※本稿における Nint 推計データは 2024年5⽉時点のものを使⽤
作成:山本 真大(Masahio Yamamoto)
編集:村上 咲(Saki Murakami) 松村 恵美 (Megumi Matsumura)
講演:堀井 良威(Yoshitake Horii)

■Nint China(情報通)はこちら!

中国大手ECモール(天猫・淘宝・京東・抖音)の市場/競合、自社の売上トレンド、販促、価格、口コミを簡単に調査できるツールです。
Nint Chinaが提供するデータソリューションを活用し、競合他社の動向や市場トレンドを把握することで、効果的なポジショニング戦略を立てることが可能になります。日本ブランドが中国EC市場で勝つためには、市場を知り、商品を知り、効果的な戦略を練ることが重要です。情報通を活用することで、それらの課題解決の一助となります。ぜひこの機会にお問い合わせください。

■Nint ECommerceはこちら!

Nint ECommerceは、大手ECモール(楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピング)の公開データを独自技術で集計し、商品カテゴリ別の流通額やメーカー別シェア、モールに出店する企業の商品毎の売れ筋商品や広告施策の動向分析といった市場動向データを提供することで、EC運営の意思決定をサポートします。
詳しくは、サービスHPをご覧ください。

◾️Kindle書籍第二弾が発売

新たに「季節催事」「コラム」を加え、アフターコロナを迎えた2023年のEC市場分析と、2024年以降のこれからを考える一冊。こちら!


著者

山本 真大

株式会社明治の菓子営業としてキャリアをスタート、IT業界、流通業界・他業界でのメーカー職を経験し、オフライン市場における、製造・流通の知見を学ぶ。
EC業界の今後に魅力を感じ株式会社Nintへ入社。営業・カスタマーサクセスを経て現在のアナリスト業務に従事。
EC市場を分析したブログ記事を中心に執筆中。