未来のOMOとパーソナライズ
OMO(Online Merges with Offline)の概念は、店舗とデジタルが融合する新しい顧客体験として国内で広く普及している。
そもそもOMOとは、元GoogleチャイナのCEOで、コンピューター科学者、ベンチャーキャピタリストである李開復氏が2017年12月のザ・エコノミスト誌にて「ピュアなECからO2O(Online to Offline)に変わった世界を、さらに進化させた次のステップである」と述べたことが起源と言われている。それから7年が経過し、定義も変化を遂げつつあるが、その重要性に変わりはない。
米国小売大手 Target社(※1)は、店舗購入とオンライン購入を併用する同社顧客は、店舗のみ購入の顧客よりも平均4倍多くの金額を消費するといった事象について言及しており、売上貢献に寄与することも証明されている。本章では、OMOをリアルとデジタルの融合という広義で捉えながら、世の中の動向や事例を通して、OMOの未来とパーソナライゼーションの関わり方について考察する。
店舗に求められる役割の変化
近年、消費者を静的なセグメント軸で捉えたアプローチ方法が見直される機会が増えている。 アクセンチュアは「顧客起点からライフ起点へ」というコンセプトを提唱し、次のように述べている。
“企業は、顧客が単なる「購入者」以上の存在であるという認識に基づいて、どんな人物で何を動機に行動するのかを包括的かつリアルタイムに捉え、関係を再構築するべきです。”
つまり、従来の静的なセグメント軸に加えて、その人が置かれたタイミングや状況をリアルタイムで捉えた顧客体験を提供し、関係性を構築することの重要性を説いている。
では、先進企業はどのような顧客体験やパーソナライゼーションに取り組んでいるのだろうか? 米国のスーパーマーケット Giant Eagle社では、オンラインで注文した食料品を店頭で受け取るBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)を展開しているが、そのコミュニケーション設計がユニークだ。
顧客は指定した時間に商品を受け取りに行くが、店舗の混雑などで必ずしも時間通りに受け取れるとは限らない。そのような一定時間以上の待ち時間が発生してしまった人、即ち、残念な体験をしてしまった人には、デリバリークーポンとともに「お待たせして申し訳ありません。デリバリーであれば、ご指定の時間にお家までお届けします」といった粋なメッセージを自動配信しているとのことだった。この仕組みは、待ち時間に対する顧客の潜在的な不満をリアルタイムで捉え、それを適切なコミュニケーションに反映させている取り組みである。
出所: How Giant Eagle increased subscriber activity and engagement
こうした事例から読み解けるのは、生活者の情緒的な感情にリアルタイムで最適な体験を届けることの重要性である。特に、リアル店舗にはリアル店舗にしかない体験が残り続け、そこで発生するイベントやデータは消費者にとって意義あるものであるケースも多い。
筆者は、リアル店舗の価値が無人店舗やスマートロッカーといった省人化や利便性向上の方向性にとどまらず、リアルタイムパーソナライズを実現するためのデータの発生源としての役割を果たすことを期待している。それにより、店舗は単なる売買・商品受け渡しの場を超えて、新たな顧客体験や印象深い体験を創出する場へと進化していく可能性がある。
新たなデジタル接点の登場
次に、新たなデジタル接点としてのメタバースに触れつつ、パーソナライズの未来と企業に求められる対応について考察する。
メタバースの事例として取り上げたいのが、KFC中国による取り組みだ。同社は、Z世代をメインターゲットとして、Tencentの「QQ」内にバーチャル店舗「KFC Re:Store」を開設。ここでは、バーチャルアイテムの購入やカーネル・サンダースとの写真撮影を楽しめるだけでなく、実際の商品も注文可能な仕組みが構築された。訪問者は5週間で1900万人、ハンバーガーの注文は1週間で400万個(昨年対比5倍)に達し、メタバース空間での購買体験にも大きなポテンシャルがあること示した。
また、オンラインゲーミングプラットフォーム「Roblox」は、ユーザーがゲームの作成・共有が可能な仮想空間であり、Daily Active User数は2024年9月末時点で8890万人に達している。米国では16歳未満の子供の半数以上がプレイしているとも言われており、その影響力はブランド企業にとっても見逃せない存在だ。直近では、ShopifyがRoblox初のコマースパートナーとして、Shopifyの決済システムをRobloxに連携したパイロット版の提供を年内に開始すると発表するなど、テクノロジー業界においてもその動向が注目されている。
出典元:ShopifyがRobloxと提携 仮想空間においてリアルな商品の販売が可能に
こうした新しいデジタル接点が、リアルとデジタルをまたいだパーソナライズの実現難易度を高めることは間違いない。では、企業はどのようなパーソナライズ戦略を取るべきだろうか? 筆者は、目新しいトレンドに過剰に反応するのではなく、まず「基本を徹底すること」に注力すべきと考える。それを支える鍵は以下の2点に集約される。
1.変化に強い組織・システムアーキテクチャーの構築
2.チャネル横断で統合されたリアルタイムデータ基盤の整備
要するに、デジタル接点の多様化に対応するためには、個々のチャネルごとに断片的な戦略を取るのではなく、全体を統合する仕組みを整備することが重要だと考える。パーソナライズは、顧客データを収集し、それをもとに顧客へ価値を還元するプロセスであり、その高度化には、各チャネル間での一貫性を確保することが不可欠だ。新たなデジタル接点の登場は、一貫性の重要性をさらに強調するものにほかならない。
ここで海外先進企業は、どのように新たなデジタル接点と向き合っているかご紹介しよう。
米国のコスメ企業 e.l.f. Beautyは、低価格かつ高品質なブランド e.l.f. Cosmeticsを提供しており、若年層を中心に圧倒的な支持を集めている。同ブランドは、アプリとロイヤルティプログラムを軸にパーソナライズ戦略を再構築し、1st Partyデータを積極的に活用。顧客の基本情報に加え、美容の好みや関心事といったデータを基に、リアルとデジタルをまたいだ一貫性ある購買ジャーニーを提供した結果、ロイヤルティプログラム会員が全売上の約80%を占めるまでに成長を遂げた。
出所:How E.l.f. Cosmetics drove a 125% increase in monthly active app users
同社がウォルマートに次ぐ世界で二番目にRobloxにEコマースの仕組みを整備したことは偶然ではないだろう。同社は既存チャネルの統合を徹底した上で、Robloxのバーチャル空間を活用し、シームレスでパーソナライズされた購買体験を提供することで、メインターゲットであるZ世代との接点をさらに広げることに成功している。
出所:Why beauty brands are betting on Roblox-based phygital commerce
一方、日本国内では、e.l.f. Beautyのように顧客接点の統合とパーソナライズを満足いくレベルまで実現している企業はほとんど見当たらないのが現状ではないだろうか。だからこそ、既存チャネルの統合とパーソナライズへの投資が急務だ。メタバースやRobloxなど次世代のデジタル接点が広がる中、一貫性のある顧客体験とリアルタイムデータ活用の体制を整えることが、未来の競争力を決める鍵となる。
結び
本章では、店舗の役割の変化や新たなデジタル接点の登場を通じて、企業が取るべきパーソナライズ戦略について考察した。結論として、大きな環境変化に対応し競争優位を築くためには、基本を徹底することが重要だ。すなわち、柔軟性を備えた組織・システムアーキテクチャーの構築と、チャネル横断で統合されたリアルタイムデータ基盤の整備が鍵となる。
Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏は「今後10年でなにが変わるのか」と度々問われるそうで、その際にはこう答えるそうだ。「なにが変わるかよりも、むしろもっと重要なのは“なにが変わらないか”の方です。そのことを真剣に考えることをおすすめします。なぜなら、どこにあなたのエネルギーを注ぎ込むべきかを自分で判断できるからです。」
変化の波に追われるのではなく、自社が本質的にやるべきことに集中し、それをやり切れるかどうかが未来を切り拓くカギになる。新たなデジタル接点が次々と登場する中で、進化する技術に対応する柔軟性と、一貫性ある顧客体験を提供する基盤が、企業の競争力を大きく左右するだろう。不確実な未来だからこそ、「基本を徹底する」というシンプルな戦略が、確実な成果をもたらすのではないだろうか。