東南アジアEC進出を成功させる日本ブランドの価格戦略とは? 〜スキンケア市場データから読み解くポジショニング〜
成長を続ける東南アジア各国のEC市場において、日本の事業者・ブランドが成功を収めるにはどのような戦略をとるべきか。中国を拠点に日本企業の越境ビジネスを支援するNint 戦略事業室 室長・堀井良威氏が、東南アジア主要ECプラットフォームにおけるスキンケア市場のデータに基づき、「MLC型ECプラットフォーム」を組み込んだポジショニング戦略について解説する。
●過去記事はこちら! 第1回
東南アジアで大きなシェアを獲得するMLC型ECプラットフォーム
東南アジアEC市場の動向を定点観測しているNintでは、前回の記事で、TEMUやTAOのような単一プラットフォームで複数の地域の消費者に販売できるプラットフォームを「マルチローカルコマース型(MLC型)ECプラットフォーム」と呼び、グローバルな消費者に同一の顧客体験を提供することの重要性について述べた。
まず、東南アジア諸国のEC市場はプラットフォーム型が主流であり、日本のように独自ドメインECが一定のシェアを占めるケースは稀であるため、プラットフォーム選定が極めて重要となる。そして、近年ではプラットフォームの中でもMLC型プラットフォームが各国で大きなシェアを獲得しており、こうしたプラットフォームをいかにEC事業戦略に組み込むかが問われている。
こうしたMLC型プラットフォームは2022年以降、相次いで日本市場に参入しており、日本消費者への浸透も進みつつある。したがって、日本企業にとってEC事業は、日本と海外を分けて捉えるのではなく、グローバルEC事業の一環として日本市場を位置付けることが、現在のトレンドに適った考え方と言える。
例えば、中国におけるEC商戦期の一つである「618イベント」が現在開催されているが、今年の特徴の一つは海外消費者の取り込みである。海外送料無料などの特典を活用し、中国以外の海外消費者を積極的に獲得しようとする動きが見られ、中国EC市場はメーカーの多国籍化から消費者の多国籍化へと進展している。これは、「世界の商品を中国消費者へ」という従来の構図から、「中国の商品を世界の消費者へ」という新たな時代への転換点にあることを示唆している。
加速する日本ブランドの東南進出
MLC型プラットフォームは、複数の国に同時展開できる特性を持つため、海外進出、特に東南アジア市場進出の障壁が低い。この事実は、Nintの調査データにも明確に表れている。例えば中国でEC事業を展開する日本企業1,000ブランドを対象に調査したところ、2022年時点で東南アジア6カ国(タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール)のEC市場にも進出していた割合は約30%であった。つまり、中国市場に先行参入した企業のうち、3割が東南アジアにも展開していたことになる。その後、2025年にはこの割合が50%を超え、日本企業の東南アジアEC市場進出が急速に加速していることが明らかとなった。
この背景には、東南アジア6カ国のEC市場が二桁成長を続ける市場機会である一方、中国EC市場の過酷な競争環境を背景としたリスク分散の必要性があると考えられる。ただし、プラットフォームサービスによって顧客体験が均質化されていても、実際の消費者はそれぞれ異なる。6カ国は文化も言語も異なる別個の消費者グループである。当然、カテゴリシェアやブランドシェアも各国で異なる。特に、日本企業が東南アジアEC市場に参入する際に留意すべき点の一つが、価格の妥当性である。現地生産以外の一般貿易や越境ECで参入する場合、日本の小売価格を基準に価格設定するケースが多いが、これが現地市場の価格帯に適合するかどうかを慎重に検討する必要がある。
東南アジア市場における日本ブランドの価格合理性
例えば、東南アジア6カ国のスキンケア市場の平均単価を調査したところ、インドネシアとシンガポールの間には最大4.3倍の開きがあり、シンガポールを除いても2.4倍の差があった。MLC型プラットフォームを活用すれば複数国への参入は容易になるが、販売価格を含む消費者対応は各国に合わせた緻密な戦略が求められる。仮に、この平均単価が各国のスキンケア市場におけるマス価格帯とすると、多くの日本企業の商品は高価格帯に位置付けられる可能性が高い。なぜなら、中国EC市場におけるスキンケア商品の平均単価は1,940円(※Nint推計、2025年4月データ)でシンガポールと同水準であり、日本商品の平均単価はその1.2倍程度(同推計)であるからだ。したがって、日本企業が東南アジア市場に商品を投入する際には、自社商品が各国の各カテゴリにおいてどのようなポジショニングを目指すのか、価格合理性を備えた商品訴求が可能かどうかを常に意識する必要がある。
さらに、自社商品のポジショニング戦略を決定するには、競合ブランドの適切なベンチマーク設定が不可欠である。スキンケア市場では、上位10ブランドの市場占有率は21%から34%とばらつきが見られる。例えば、タイとベトナムは群雄割拠の状態でブランドの入れ替わりが激しい市場であるのに対し、シンガポールとインドネシアは比較的成熟した市場と仮定し、競合ブランドを特定した上で目指すべきポジションを決定するアプローチが有効である。なお、中国市場の上位10ブランドの占有率は21%とタイやベトナムに近く、新規ブランドの参入と退出が頻繁に行われる活発な市場環境にある。
以上のように、単一プラットフォームで複数地域の消費者に販売可能なMLC型ECプラットフォームを日本および海外EC事業戦略に組み込んでいくことの重要性は、今後さらに高まると予想される。複数国に同時展開できるというプラットフォームの均質性という利点を最大限に活用しつつ、各国の文化、消費習慣、消費水準といった異質性を十分に考慮した戦略が求められる。Nintは今後も、こうした市場構造や価格特性の可視化を通じて、企業のグローバル戦略立案を支援していく。