ダイレクト施策とブランディングが融合する時代のマーケティングとは?「DMA国際エコー賞」審査委員2人に聞いた
顧客獲得を目的としたダイレクトマーケティングと、ブランド構築を目的としたブランドマーケティングは、今や垣根がなくなりつつある。そのような時代に、EC事業者に求められるマーケティングとは、どのようなものだろうか。世界的なマーケティングコンペティション「DMA国際エコー賞」の審査委員を2年連続で務めた、電通ダイレクトマーケティングの明石智子(あかし ともこ)氏と髙丹佑寿(たかに ゆうじ)氏に、ダイレクトマーケティングの最新トレンドや、今、EC事業者に求められるマーケティングの在り方などを聞いた。
ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングは二項対立ではない
――本日は、EC事業者に求められているマーケティングの在り方について、話をうかがいます。本題に入る前に、そもそも「ダイレクトマーケティング」と「ブランドマーケティング」とは何か、2つの違いを踏まえて教えてください。
明石智子氏(以下、明石):「ダイレクトマーケティング」は、購入や問い合わせなど、直接的なアクションやレスポンスを喚起することが主な目的です。データを駆使して戦略を練り、PDCAを回して可能な限り費用対効果を高めていく。そして、結果を重視する傾向にあります。
一方、「ブランドマーケティング」は、企業の姿勢や考え方、商品へのこだわりなどを、消費者の心に刻みつけていく活動を指すと考えています。そうした活動を通じて、消費者にファンになってもらい、結果として「指名買い」や「継続購入」へとつなげていく。消費者がどう感じるかといった、エモーショナルな部分を重視するのがブランドマーケティングはないでしょうか。
――成果が求められるダイレクトマーケティングと、中長期的な視点で顧客との関係構築に取り組むブランドマーケティングは、両立が難しいと言われることもあります。
明石:ダイレクトマーケティングは、できるだけたくさんのレスポンスを獲得して、申し込みや購入につなげることが主な目的です。そのため、ある程度は「消費者に対する押しの強さ」が求められます。しかし、あまりに押しが強いと、消費者の心は企業から離れてしまう。この点が、ブランドマーケティングと両立することが難しいと言われる理由かもしれません。
――EC業界では、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングを明確に使い分ける傾向にあり、それぞれの施策を、別の部署が担っている企業も多いです。しかし、近年はダイレクトマーケティングとブランドマーケティングの垣根がなくなってきており、2つの施策を切り離して取り組んでいては、効果が上がりにくくなっているとも言われています。
髙丹佑寿氏(以下、髙丹):その通りです。近年はマーケティングの目的に合わせて、ダイレクトマーケティングの要素と、ブランドマーケティングの要素を、織り交ぜることが重要であるという考え方が主流になっています。
「DMA国際エコー賞」の審査委員を2年連続で務めたことで、その感覚はさらに強まりました。米国ではすでに、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングを二項対立で捉えるようなことは、ほとんどありません。
――ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングは、併用すべきもの、ということでしょうか。
髙丹:目的に合わせて、組み合わせて実行するべきです。これは受け売りですが、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングに関して、分かりやすい分類方法があります。その方法とは、「購買のタイミング」と「顧客との関係性」という2つの軸を使って分類するものです。
「顧客のことを知っていて、今、買ってもらいたい」という場合は、ダイレクトマーケティング(獲得)が該当します。一方、「顧客のことを知らなくて、今買ってもらわなくてもいい」という状況ならブランドマーケティングになります。
また、「顧客のことを知らなくて、今、買ってもらいたい」という状態であればプロモーションの領域。そして、「顧客のことを知っていて、今、買ってもらわなくてもいい」という場合はダイレクトマーケティング(CRM)です。
このように分類すると、ダイレクトマーケティングだけを行うとか、ブランドマーケティングだけを行うといった考え方では、正しい施策を打てないことが直感的に分かるのではないでしょうか。
「DMA国際エコー賞」の上位作品から見えてきた広告の新たな可能性
――2018年の「DMA国際エコー賞」で審査委員を務めた経験も踏まえ、現在の広告のトレンドを教えてください。
明石:2018年の「DMA国際エコー賞」では、人間の五感に訴えかけ、人間の根本的欲求に響くような広告が、最終選考を含む上位にいくつか残りました。
――それは、どのような広告だったのでしょうか?
明石:例えば、一つ例を挙げるとすると、家具メーカーのIKEA(アメリカ)が展開した寮生活を送る大学生向けのキャンペーン動画です。
その動画は、BGMを一切使わず、囁くようなナレーションで、22種類の商品を淡々と紹介していく内容でした。商品を手でこすったり、軽く叩いたり、布ずれの音を鳴らしたりして、視覚と聴覚に訴えかけていく。見ていると、あたかも商品を実際に触っているような感覚すら覚えます。
しかも、動画は25分間もあり、キャンペーン広告としては異例の長さです。特に注目すべきことは、ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)と呼ばれる、視覚や聴覚への刺激を通じてリラックス効果などを与える技法を取り入れていたこと。ASMRの効果によって、25分間という長さにも関わらず、思わず見入ってしまうのです。
IKEAはこの動画をYouTubeで公開しました。そして、1分間の短縮バージョンをInstagramに投稿して拡散を狙いました。この広告は、売り上げへの効果もありました。キャンペーン期間中、オンラインでの売上高は18.5%増えたそうです。
出典:IKEA USA -“Oddly IKEA”: IKEA ASMR
IKEAのキャンペーン動画。囁くようなナレーションと、五感に訴えかける商品紹介の映像が25分間続く
―― 一般的なキャンペーン広告とは、テイストが全く異なりますね。
明石:ダイレクトマーケティングの広告は、瞬時に顧客の心を掴むことがセオリーとされてきました。ですから、「価格訴求」「スペック訴求」「課題解決訴求」などを重視し、キャンペーンCMでは15秒程度で値引きや目玉商品を伝えるのが一般的です。
しかし、この動画は、ダイレクトマーケティングで使われる直接的な手法を避け、従来であればブランドマーケティングの領域が担ってきたような、消費者の心になにかを刻み込むような内容でした。こうした手法は、ダイレクトマーケティングの広告の新しい可能性を示したものであり、日本のEC事業者にも参考になるのではないでしょうか。
求められるのは「データとクリエーティブの融合」という視点
――ECの広告において、2019年に意識しておいた方が良いポイントを挙げるとしたら、どの辺りになりますか?
髙丹:データの使い道が、ますます多様化していくと思います。
データを活用して広告のターゲティング精度や費用対効果を高めるのはもちろんのこと、スマホの位置情報を使い、配信する場所やタイミングを最適化するような広告も増えていくでしょう。
広告業界ではいま、データサイエンティストやマーケターなど、データ分析の専門性を持った人材が活躍の場を広げています。こうしたことからも、さまざまな点で広告にデータを活用することの重要性が高まっていると感じています。
また、最近は商品開発やクリエーティブ制作に、データを活用する取り組みも進んでいます。例えば、1900年代に活躍したスペインの画家サルバドール・ダリの絵画を分析し、その筆跡をもとに、ダリが使っていた筆を再現した事例がありました。また、ゴルフのスイングの様子を撮影し、それを絵に加工する技術もあります。このように、データをクリエーティブに活用するトレンドが広がってくると、面白いですよね。
明石:データとクリエーティブを融合させていく視点は、ますます重要になっていくと思います。
広告業界では、オンラインを中心に運用の自動化が急速に進んでいますが、費用対効果だけを重視した、データドリブンな広告運用では、顧客に飽きられてしまったり、ブランドイメージが悪くなったりすることもあるでしょう。こうした時代だからこそ、一人ひとりの心に刻み付けるような、エモーショナルなコンテンツやストーリーを作るために、データを活用していくことが求められていくのではないでしょうか。
2018年の「DMA国際エコー賞」においても、データとクリエーティブをいかに融合させていくかというテーマが盛んに取り上げられました。どのようなデータを集めれば、一人ひとりに個別化したエモーショナルな表現のクリエーティブを生み出せるのか。こうした視点からデータの重要性について議論する時代に入ってきていると感じています。
日本のEC事業者が、いま取り組むべきマーケティングとは?
――日本の通販・EC業界でも、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングの融合は進んでいるのでしょうか?
明石:事業規模や取扱商品によって事情は異なるため、一概には言えませんが、これまでほぼダイレクトマーケティングのみを展開してきた企業が、長期的な視野を持つ必要性を感じて、ブランドマーケティングにも取り組むケースは増えています。
ブランドを強化することが、企業としての差別化につながるという考え方も広がりつつあります。近年、あらゆる商品がコモディティ化しつつある中で、生活者の心に何らかの印象を残さないと、継続的に購入してもらうことは難しくなっていますから。
髙丹:「差別化」は重要なキーワードだと思います。ダイレクトマーケティングで新規顧客を獲得するとき、費用対効果ばかりを追求すると、同業種の企業が取り組む施策はどうしても似通ってしまう。そして、競合と同じようなことをしていては、企業のパーソナリティが失われてしまうでしょう。そこで、競合他社と差別化するために、ブランドマーケティングやCRMにも取り組む必要があるという考え方が、徐々に浸透してきています。
長期的に見れば、ブランドマーケティングに取り組むことは、ECの費用対効果の点でもメリットがあると思います。例えば、ブランドが確立されれば、検索エンジンでの指名検索が増えますから、自然検索からの流入が増えて、相対的にリスティング広告などの費用を抑制できるでしょう。
ECにおいて新規獲得を目的としたダイレクトマーケティングが重要であることは今後も変わりませんが、ブランドやCRMをおろそかにすると、いわゆる「穴の開いたバケツ」のように顧客が流出してしまい、LTVが低下してEC事業全体の収益が下がってしまう。それを避けるために、新規獲得を目的としたダイレクトマーケティングとブランドマーケティング、CRM、プロモーションの投資配分を適切に振り分けることが重要だと思います。
――最後に、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングを組み合わせることの重要性が高まっている現在のEC市場において、電通ダイレクトマーケティングは、どのような価値をEC事業者に提供できるのか教えてください。
明石: 弊社は、ダイレクトマーケティングの獲得領域を得意としていた電通ダイレクトフォースと、CRM系に強い電通ダイレクトソリューションズが1つになって出来た会社です。そのため、マーケティングファネルのすべてにおいて、全体最適の視点を持って戦略設計を行える体制が社内で整っています。EC事業を運営する上で必要な戦略立案、広告運用、プロモーション、クリエーティブ制作、CRMまでワンストップで行えます。
また、EC事業者を始め多くのクライアントさまと取引していますので、マーケティングの成功事例が蓄積されており、その知見を踏まえて施策やECサイトのUX・UIの改善をアドバイスすることも可能です。
EC業界は市場環境の変化が激しく、企業に求められるマーケティングも常に変化しています。こうした時代に対応するため、データを踏まえて消費者のインサイトを把握し、LTVを最大化させるという視点を持ちながら、ダイレクトマーケティング、ブランドマーケティング、CRM、プロモーションの最適配分を実現するシナリオをご提案します。