顧客と向き合う体制構築の重要性 TSIがたどった顧客理解への道
「nano universe」など多くのアパレルブランドを展開する株式会社TSIホールディングス。現在、グループで400億円を超える高いEC売上を実現しているが、これまでどのようなアプローチで事業拡大をしてきたのか、そして、この先のOMO時代を生き抜くために今何をすべきなのかについてお話を伺った。
マルチブランドカンパニーとしての自社ECサイト構築
―TSIの事業内容を教えてください。
渡辺 弊社は、レディース、メンズ、ゴルフ、ストリートなどの幅広いブランドを展開しているアパレルメーカーで、2011年に大手アパレル企業2社が経営統合して設立されました。現在は、53ブランドで、924店舗を運営しており、ECについては、国内29の自社ECサイト、TSIブランドを集めた自社ECモール「Mix.Tokyo」を運営しています。ECの事業規模は年々拡大しており、前期グループで400億円を突破しました。コロナがもたらした消費者の生活様態の変化に対応するためにも、店舗をお使いいただいていたお客様のECへのチャネルシフトを促進すること、また、オンラインを起点にオフラインとシームレスにサービス提供を行うためのユニファイドコマース化に注力しています。
―店舗数を減らし、ECへのシフトを強化していくようですが、その理由を教えてください。
渡辺 今後もECシフトは強化していきますが、その前提として、お客様の行動基盤がオンライン側に移行しているという事実があります。加えて、元々日本は、欧米などに比べて人口当たりの店舗数が多い傾向にあります。店舗数を減らすというとネガティブに聞こえるかもしれませんが、顧客体験を最適化していくための手段です。単純に店舗数を減らすということではなく、戦える店舗をつくるために店舗数を絞り込む。そして集中的に投資を行うという戦略を取っていくということです。
もう一つは企業としての事業構造に関連してくることですが、店舗を抱えるのとECサイトを展開するのとでは利益率がかなり違ってくることも事実です。ECを強化することで、お客様にとっても企業経営にとっても魅力がある形がつくれるのではないかと思っています。
―自社ECを強化したのは、いつ頃からですか。
渡辺 弊社は、個性の強いブランドを多く抱えていたため、1つの自社ECモールに全ブランドを集めるのではなく、ブランド個別のECサイト構築をする方針としたのが2014年です。お客様を起点に、店舗とECサイトの連携を強めていくことが基軸であるため、自社ECを強化していくことは必然でした。
その当時の課題は、「いかに数多くの自社ECサイトを効率的に構築し、最適運用するための体制を整えていくか」です。
鈴木 ブランド数がとても多いので、ECサイトも相当な数になることが分かっていましたから、構築面と運用面で効率的に横展開できるプラットフォームであること、そして今後のEC強化に向けてはEC運用のケイパビリティが重要なため、運用が内製化しやすい仕組みかどうかを重要視していました。
プラットフォームについては、2015年からセールスフォース・ドットコムのCommerce Cloudを導入しています。当時はCommerce Cloudのようなプラットフォーム自体が少なかったこともありますが、1つのアカウントの中で、ソースを利活用しながら複数サイトを構築できるため横展開がしやすいこと。そして、我々が使いたい機能もそろっていたことがCommerce Cloudを選んだ決め手です。
また、運用の内製化においては、キャンペーンのメニューなど、デフォルト状態で機能が豊富なため、「今ある機能をいかに活用するか」という点にフォーカスできたことで内製化しやすかったです。そして、どの自社ECサイトにしてもモールにしても運用方法のベースは同じCommerce Cloud環境なので、一度OJTをかけて業務スキルのナレッジを高めていくと、担当者が変わるといった運用面にもスムーズに対応できています。
岸 年間で10サイトくらい立ち上げた時期がありましたが、1サイトを最短で2カ月くらいで完成させることができました。普通では考えられないスピードですが、これも横展開しやすいCommerce Cloudだから実現できたことだと思っています。
内製化でナレッジの蓄積
―内製化にこだわったのは、なぜでしょうか。
岸 ECサイトのマーケティングとは、本来であればPDCAを回しながら、さらなる施策を絶えず推進していくことが重要であると考えます。しかしECサイトの運営を外部委託した段階で、温度感を持ってスピーディーに手を打ち続けていくことが難しいという傾向を感じていました。
お客様のことを一番理解していなければいけないのは内部のスタッフです。しっかりと施策と向き合ってPDCAを繰り返し、ナレッジを蓄積し、そのナレッジを活かした打ち手を進めていくことが最善であるのに、その作業を全て外部に委託すると、その先につながっていかないですね。
お客様へのアプローチは、今後もさらに多様化していくでしょう。多様化すればするほど、内部に専門性を備えていかないとスピード感を持った適切な対応ができなくなります。もちろん我々も外部の力を借りながらECサイトを運営しています。内製と外部との最適なバランスを見極めることが重要だと思います。
―ECサイトの運営体制はどのように構築されていったのでしょうか。
鈴木 EC事業自体は2005年に始まっています。その時は、わずか数名で1つのモールを運営するところからスタートしています。
渡辺 TSIになってからのEC事業を振り返ると、約10年前の2011年には、1つのモールをECリテラシーの乏しかった担当者8名で運営していました。売り上げも30億円程度でしたが、そこから自社ECを増やしていき、2020年には29サイトまで増えました。そして、昨年に組織変更を行い、グループ会社に所属していたEC機能と要員を集約しています。現在、EC事業に関わるデジタルビジネスディビジョンには157名が在籍しています。
組織体制としては、店舗での接客に当たる役割を担うチームを縦軸とし、マーケティング関連を見ている専門部隊を横軸としたマトリクス組織を形成しています。
各自社ECサイトには、店舗での店長や販売員の役割に当たるスタッフを置き、掲載商品をセレクトしたり、どのタイミングで販促を打つのかといったことを決めていきます。これが縦軸です。その施策に対して、マーケティングに関わる広告担当者、SNSの担当者、メルマガの担当者といった各領域の横軸の専門部隊が施策を行っていくイメージです
―各サイトで培ったノウハウはどのように共有していますか。
鈴木 マーケティングに関連するノウハウや成功事例は、専門部隊の間で適時情報共有されています。例えばAというサイトで成功事例ができれば、Bというサイトでマーケティング施策を行うときに、Aサイトの成功事例を基に施策内容を検討していきます。この流れのPDCAを構築し、各人のナレッジをアップデートし続けることで、内製のスキルアップに日々つなげていくことを目指しています。
それから、各ブランドでどのアイテムが売れたとか、このカテゴリーが注目されているといった商品動向などは、各ブランドの縦軸のチーム間で行われる会議体の中で、常に情報共有しています。
―内製化するには、デジタルに強い人材の確保や育成が不可欠だと思われます。どのように採用を進めていったのでしょうか。
鈴木 マーケティングの専門領域に関わる部隊は、それぞれの領域で業務経験のあるスペシャリストを採用して、適材適所で配置しています。
一方で店長や販売員などの役割を担う部隊のスタッフに関しては、PCやデジタルスキルがある人にリテールの感覚を教えるよりも、リテールの感覚を持っている人にPCやデジタルスキルを教えた方が早いということが分かってからは、販売員の経験や接客経験のある人を積極的に採用して育成していく方法をとっています。
これまでデジタルに接してこなかったスタッフにとっては、専門用語が多いのでとっつきにくい部分はあるとは思いますし、実際に無理なく運用できるようになるまでには少し時間がかかります。ですが、これまで販売員として店頭でやってきたことを、ECサイトに置き換えて考えられるように、言語化して伝えたら理解してもらえます。PCやデジタルスキルは、それほどハードルになりません。
渡辺 それに我々は、今内製でやっていること全てを最初から内製化できていたわけでは当然ありません。立ち上げ当初は相当部分で外部の力を借りていました。ただし、外部のパートナーには業務を丸投げするのではなく、「彼らに学ぶ」というスタンスを持つことが大事だと感じます。学びながら、慣れてきた業務を徐々に内製に移行し、対応できる領域を増やすということを繰り返してきました。リテラシーの低い人間が集まって、いきなり自分たちの足だけで立てるかといえば、それは無理なことだと思います。
TSIのOMO戦略とは
―今後の目標はOMOの推進でしょうか。
渡辺 顧客体験の最大化という観点からすれば、今後はよりOMOへの取り組みが重要になってくるでしょう。ECと店舗それぞれのチャネルを最適化するというよりも、ネットと店舗がシームレスに溶け合って、お客様には一貫したブランド体験と、どこでお買い上げいただいても良い状態をつくること。これが顧客体験の最大化につながると考えています。
―現在進められているTSIにおけるユニファイドコマース戦略の内容を教えてください。
渡辺 ECサイトと店舗を横断して、顧客の趣味嗜好情報を統合し、それらのデータを活用して、個々のお客様に合ったOne to Oneのサービスを提供していきたいと考えています。そのための仕組みの準備と、ECサイトから店舗へと行き来できるようなジャーニーの設計をしています。
岸 現在は、店舗スタッフによるコーディネートの紹介や、ECサイトからの来店予約や試着予約、それからチャットでつながって質問やコーディネートの相談などをECサイト上で行いながら、ECサイトから店舗への導線づくりを強化しています。
渡辺 こうした施策はアパレルブランドとしてそれほど特別なことではないと思っています。お客様が特定のスタッフを目的に来店されたり、スタッフが実際に着ている洋服をおすすめすることは、店舗での接客ではすでにやってきたことだと認識しています。
店舗でブランドに対するお客様のエンゲージメントを高めるために行ってきたことを、ECサイトでも活用していく。つまりスタッフが店舗でお客様に対してやっていることを、デジタル上でも表現していく。そして、これらがチャネルを跨ってもサービス提供できるという形を考えています。
オンライン起点の取り組みは、店舗スタッフにも非常にメリットがあります。例えば、お客様にはECサイトで、試着予約などをして来店していただく。店舗スタッフは、お客様がいつ来店されるかということを事前に把握できるので、ECサイトの購入履歴からどういう商品を好まれているのか、どんなコーディネートが提案できるかなど、あらかじめ準備することができます。これまでふらっと来店されたお客様が店内でどんな商品をチェックされているのかを確認しながら、じゃあ何を提案しようかと考えていたところを先回りできるので、Win-Winの仕組みだと思っています。
OMOは、自分たちでお客様とつながることがベース
―自社でOMOを推進していくための鍵は何でしょうか。
渡辺 自社顧客を正しく理解することです。顧客こそが企業にとって最大の資産であり、その財産を最大化するためには自社ECの強化は欠かせません。ECモールに頼りきっていたり、自社ECであっても顧客対応を外注していたりして、自分たちでお客様を理解していないと、OMOの成功モデルをつくり上げることは難しいでしょう。
なぜならば、自社顧客を保有していなければ、顧客を知る手立てが非常に限定的です。その中では、顧客をきちんと理解することは難しく、よって、最適なOMOアプローチを設計することは難しいからです。自社ECサイトを強化していくことは、自社顧客を知ることにつながり、自社顧客を知ることは、最適な顧客アプローチやジャーニー設計につながる。OMOを実現し、サービスの提供価値を高めていくためには、自分たちでお客様を知り、つながり、向き合っていくことが必須だと考えます。
―では、自社ECサイトを強化するためには、どうすべきでしょうか?
渡辺 まず、自分たちのリソースを強化し、いち早く戦える集団にしていくこと。特にOMO時代になると、やらなければいけないことは格段に増えてきます。早い段階でスキルを持ったリソースを育て上げていくこと、またそのための仕組みを作り上げていくことが大切だと思います。
次に、自社EC基盤です。例えば、OMOもそうですが、少し前までは想定していなかったけれど今後はこういうサービスを追加できないと戦えなくなる、といったものがいろいろと出てくると思います。その意味で、拡張性・柔軟性を持っている仕組みを採用することは重要です。また、この先ECが事業拡大する度に、より大きな成長を求めて機能を補えるシステムに乗り換えなければいけない基盤では、システムの活用力がいつまで経っても追い付きません。
よって、今の自分たちの売り上げやステージではなく、中長期的に目指している売り上げやステージに対応できる、また先々の拡張を見越した柔軟性があるといった、強固なEC基盤を築くことに注力すべきだと考えます。
―基盤づくりに悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。
渡辺 そうだと思います。OMOや事業拡大を見越したECプラットフォームの導入を検討するとなると、大きな初期費用を要するイメージから検討が止まるというケースは多いと思います。
今回、セールスフォース・ドットコム、OSF Global Japanと弊社の三社でECサイト構築・運用コンサルティングサービス、CCIP(Commerce Cloudインスタントパッケージ)を立ち上げたのは、こうした初期費用を限りなく抑えたレベニューシェアモデルで構築することができる、しかもそのプラットフォームはグローバルで実績のあるCommerce Cloudである、ということで、入口のハードルを下げたかったからです。
CCIPは、我々が長年かけて蓄積してきたCommerce Cloudの活用ノウハウや、PDCAのノウハウもセットで提供します。ただし、我々がいわゆる外注として業務を丸々請け負うことはしません。あくまで企業様の内製化をサポートしていく役割です。その理由は、これまで述べてきたように、自社でこのケイパビリティを持てるかどうかこそが、この先の事業展開の成否につながると確信を持っているためです。
自社EC基盤を強化して、また顧客と向き合える体制を作って、OMOに向かうための準備をしっかり行うこと。そのお手伝いをしていくことで、一緒に業界を盛り上げていければと思います。