ファンこそが全て。クラフトビールで目指す最高の娯楽性
「よなよなエール」をはじめ、人気のクラフトビールを提供する株式会社ヤッホーブルーイング。多様なビールを広め、ビールを通じて「ささやかな幸せ」を届けることを目指す同社は、早くからEC運営に注力してきたことでも知られる。ファンづくりのユニークな施策や大切にする価値観について、コンシューマー部門の望月氏に伺った。
トップランナーを支えるブレない信念
―まずは会社概要を教えてください。
軽井沢に本社を置く弊社は、クラフトビールの製造販売を行っています。クラフトビールとは小規模なビール醸造所がつくるビールのことで、これまでにない多様性と個性的な味わいやブランドを備えているのがその特徴です。弊社は国内に約500社あるクラフトビール醸造所の中で大きく他を引き離しており、ビール市場全体ではいわゆる5大ブランドに続き第6位に位置しています。2019年に実施した調査の結果では、首都圏において弊社のフラッグシップ製品「よなよなエール」はクラフトビールの中で最も想起率が高く、日本のクラフトビールを代表する銘柄として認識されていることが判明しています。
「よなよなエール」の他にも、すっきりした飲み口のホワイトビール「水曜日のネコ」、強い苦みが特徴のIPA「インドの青鬼」、地元軽井沢の限定販売シリーズ「軽井沢ビール クラフトザウルス」など、常時10数種類のクラフトビールを製造しており、個性的なラインナップが人気を呼んでいます。
―創業から現在までのストーリーを教えてください。
弊社の創業者は、星野リゾート代表である星野佳路です。きっかけは、星野がアメリカに留学した際、現地で初めてエールビールを飲んで衝撃を受けたことでした。当時日本で知られていたより、ずっと多様なビール本来の魅力を広めるべく、1996年にヤッホーブルーイングを設立し、翌年1997年から創業。創業メンバーたちの挑戦の繰り返しを経て、代表製品である「よなよなエール」が生まれました。
発売後は、地ビールブームもあいまって製造量を超える注文が入るほどになりましたが、2000年代前半にブームの衰退が始まります。8年連続赤字という厳しい時代を迎えたものの、そうした状況下でも諦めず味の改良を重ね、2004年ごろにこれまで目を向けられていなかったEC事業に注力し始めました 。さまざまな活動に励むうちに少しずつファンが増え、業績はV字回復し、2003年から19年連続で増収を記録し、2021年は過去最高益を更新しています。
―貴社の掲げるミッションはどのようなものですか?
弊社では、「ビールに味を!人生に幸せを!」をそのミッションとしています。日本国内のビールの多くが「ラガービール」という種類のビールである一方、弊社では「エールビール」のみを製造しているのが大きな特徴です。また、発売当時から全国流通を見据え、軽量かつ運搬・陳列が容易な缶製品を中心に展開しています。缶製品は日光を通しにくいため光による劣化への耐性が強く、瓶に比べデザインの自由度も高いため、より個性的で美味しいクラフトビールの提供につながっています。
こうしたこだわりを通じて私たちが目指すのは、日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化の創出により、ビールファンに「ささやかな幸せ」を届けることです。美味しい製品をつくることはもちろん、ファンとの交流イベントの開催や、従来のビール会社の枠を超えたユニークなプロモーションにも力を入れています。
―大切にしている価値観について教えてください。
日本でもさまざまなビールが販売されていますが、世界を見渡すと個性的で多様な種類のビールがあることが分かります。それを味わい、楽しむ文化を日本にもっと広げたい——その想いこそが私たちの原動力です。
私は、ビールにはお客様を幸せにする力があると思っているんです。アルコール度数もあまり高くないのでいろいろな方に選んでいただけますし、一緒に飲むことでコミュニケーションも生まれる、まさに「人をつなぐ」貴重な飲み物です。製品を通じて楽しんでもらいたい、というのがどんなときも根幹にあります。
―社内はどんな雰囲気ですか?
約200名の多様なスタッフがいますが、共通するのは皆ビールが好きなことです。「お客様が楽しんでくれるからこそ自分たちがあるんだ」という熱い想いを力に、仕事に励む雰囲気があります。そういう風土を知って入社してくるということもあって、お客様とお酒を通じてつながれることに喜びを感じるメンバーが揃っています。
社運を賭けたEC運営。キーワードは「エンタメ」
―早くからECに力を入れてきた背景には、どのような想いがありましたか?
ビール業界では珍しく、弊社ではECの黎明期からオンライン販売に注力してきました。酒類の伝統的な商流の在り方から、メーカーがお客様にダイレクトに販売することに躊躇しがちな風潮があるのは事実ですが、弊社は楽天市場のオープン初年度(1997年)から出店しています。
背景には、第1次地ビールブームの停滞がありました。地ビールの取り扱いを止める店舗も出てくる厳しい状況の中で、楽天さんから「販売強化をしませんか?」とお声掛けいただいたこともあり、インターネットという販路に社運を賭けました。当時からオンライン販売で個人のお客様と多数つながっていることが大きな特徴です。
―ECの業績は当初から順調だったのでしょうか?
成果が出るまでには、3年弱ほどかかりました。今でこそさまざまな製品を販売していますが、当時は「よなよなエール」しかなかったので、メールマガジンでも推しはいつも「よなよなエール」だけ。でも、だからこそ弊社代表のキャラクターを活かし登場させてストーリー仕立ての内容にするなど、手探りながらも工夫を凝らしました。弊社が目指す「ビールとエンターテインメント」というテーマの原点は、この頃にあると思っています。
―ECでクラフトビールが売れるのはどんなときですか?
弊社の製品がその強さを発揮するのは、パーソナルギフトです。特に目立つのは、父の日。父の日用のギフトセットの累計販売数は約30万セットにも上り、酒類の中ではダントツの売れ行きとなっています。
これを単純に考えると、日本全国で約30万人のお父さんたちが弊社のクラフトビールを飲んでくれていることになりますが、ここでのポイントは、このビールの多くがお子さんからの贈り物である点です。ギフトの中でも、自分の子どもから貰ったプレゼントは心と記憶に刻まれるものです。その後店頭で選ぶときにも、意識に残っていて弊社の製品を選んでくれるケースもあると思います。また、ギフト購入者は女性の比率の方が多く、女性からもしっかり選ばれるビールであることも一つの強みです。
―クラフトビール業界で実現を目指していること何ですか?
私たちが目指すのは、クラフトビールの革命的リーダーになることです。2025年には日本のビール市場全体におけるクラフトビールのシェアは2%~3%に成長すると予測されており、弊社はその時点でビール市場全体のシェア1%の獲得を目標にしています。クラフトビール市場を広げ、新しいビール文化を創出するために活動していきたいと思っています。
ECに特化していえば、常にオンライン販売におけるクラフトビールの「トップランナー」でありたいと考えています。正直なところ、重くて配送料も高いビールはECにおいてなかなか難しい商材です。そういう特性がありながらも、オンライン販売に力を入れているメーカーと切磋琢磨し、クラフトビールでオンライン販売の成功例を今後も積み重ねていきたいです。
リアルでの接点を大切に。「ファン化」が重要な鍵
―ファンづくりのためにどのような活動を行っていますか?
弊社ではファンの方々をとても大切にしています。ファンは長く継続的に製品を支持し、さらにロイヤルティが高まると自ら製品の推奨活動をしてくださる貴重な存在です。プロモーションにおいても「ファンのロイヤルティアップ」を最重要施策に位置付け、「ファンの熱量アップ」に注力しています。
こうした考え方をもとに、弊社ではファンの方に熱量を高めていただく、オンラインおよびリアルでのさまざまなイベントを実施しています。オンラインでは、ECの黎明期から行っている個性的なメールマガジンのほか、現在ではSNSでのコミュニケーションにも力を入れています。同時に、リアルでのお客様との接点を非常に大切なものとして捉えており、部署問わずスタッフが自ら案内する「よなよなエール 大人の醸造所見学ツアー」や、大規模ファンイベント「よなよなエールの超宴」なども開催しています。特に後者は2010年に初開催して以来、参加者を増やし続け、2018年秋には都内で約5,000人が参加するイベントにまで成長しました。他にも、過去にはビールの製造に参加してもらう限定の催しや社員とコタツを囲んでビールについて語り明かす……なんていうイベントもありましたが、これらは全て、ミッションである「ビールに味を! 人生に幸せを!」を追求するための活動に他なりません。
お客様に心から楽しんでいただくことを目的に、全社員で試行錯誤してきましたが、ここ数年はコロナ禍でリアルのイベント開催は難しくなっています。その代わりにオンライン飲み会「よなよナイト」、YouTube開催の「よなよなエールの“おうち”超宴」、小規模イベント「よなよな 月の道楽座」などオンラインのファンイベントを開催し、好評を得ています。「“おうち”超宴」は、キャンプ場での開催に代わっての実施でしたが、なんと2日程で延べ1万人が参加する盛況ぶりでした。対面イベントという弊社の得意技が封じられたのは大変でしたが、オンラインの「よなよナイト」も実は2015年から実施していましたし、前から手作り感のあるイベントを心掛けてきたので、未曽有の事態にも尻込みすることなく対応できました。
―情報発信で特に気を付けていることはありますか?
販売一辺倒にはしないように心掛けています。私たちが何より目指すのは、お客様に楽しんでいただくこと。Webサイトのコンテンツも、「ビールとアウトドア」や「ビールと本」など、個性的な楽しみ方を紹介するようなコンテンツになっています。また避暑地として名高い軽井沢を地盤にしていますので、軽井沢でのビールに合う食べ物など、現地のおすすめについても積極的に発信しています。
コスト度外視で挑む顧客体験。細部までこだわる理由
―購入体験を向上させるために取り組んでいることはありますか?
バックヤードでは、お客様により良い体験をしていただくために、対応するスタッフに柔軟な裁量が与えられています。手書きのメッセージを入れることもありますし、結婚祝いの用途での注文に花束を付けることもあります。過去には、どうしても間に合わせたいとのご要望を受けて、羽田空港に荷物を持ち込んで航空便で送ったこともあるくらいです。リアルでのイベント開催も含めて、結果的に赤字になることもありますが、それでもお客様に喜んでいただくことがいつでも第一目的です。
特にいまは、SNSでの投稿などUGC(=一般ユーザーによってつくられたコンテンツ)が大きな力を持つ時代です。ファンを増やすことには必ずリターンがあると考え、コスト度外視で顧客体験のさらなる向上に取り組んでいます。
―同梱物へのこだわりはありますか?
例えばお試しセット一つをとっても、レイアウトにこだわっています。ビールは箱に入れるとどうしても飲み口の部分しか見えなくなるので、5本セットのうち1本を寝かせてパッケージがしっかり見えるようにしています。5本という数も、送料を抑えるために選んだ本数です。
また父の日ギフトでは、ふたを開けると紙製の“風呂敷”に包まれており、開くと手紙が入っているという仕掛けを施しています。さらにクラフトビール定期便「ひらけ!よなよな月の生活」に同梱する読み物のコンテンツにも力を入れています。特に過去に掲載した、ビール好きのスタッフが世界のビールを飲みに行く体験記や、料理とのペアリング特集などの人気が高く、ペアリングの記事についてはお客様からのご意見を踏まえて、キッチンでの調理中に見やすいようにカード型のレシピに変えるなどの改良も重ねています。
もちろん消費者とメーカーという立場はありますが、私たちにとって、お客様はクラフトビールを愛する仲間でもあります。今後はコロナ禍の状況を見ながら、一緒にビールをつくるようなイベントも開催していきたいと思っています。
ECの未来を見据え、第一線で走り続けたい
―その他に取り組んでいることはありますか?
2007年に開始したクラフトビール定期便「ひらけ!よなよな月の生活」ですが、その会員数は2021年10月時点で約7,000名となりました。継続率は9割を超え、日々会員数を伸ばしています。「ひらけ!よなよな月の生活」の大きな特徴は、限定ビールを含む弊社のクラフトビールのラインナップから毎月1本単位で自由に選べる点です。「よなよなエール」を基準とすると若干高めのビールも選ぶことができるので、価格的にもお得な内容となっています。とはいえ、これはフルフィルメントの観点から考えるとすごく大変なことで、実際に2年前までは全ての定期宅配分を手作業で行っていました。現在ではシステムや機材に投資し自動化しています。「ひらけ!よなよな月の生活」にはイベントの先行予約権や各種割引などの特典も付けており、クラフトビール市場を一緒につくる熱量の高いファンを生み出すことに貢献しています。
また年始に実施する福袋の企画も人気が高く、2022年(2021年発売)の福袋は、一般販売開始から9日間で完売しました。2023年は、ビールの香りの方向性を投票で決める参加型企画を行い、なんと4万票を超える投票をいただきました!
―先ほどもお話が出たUGCですが、どのように力を入れていますか?
現在、弊社のクラフトビールにお客様がコメントしてくれる場は、主にSNSとなっています。公式アカウントからリアクションがあると、非常に喜んでいただき、さらに投稿してくださるようなケースも多く見られることから、丁寧に返信することを心掛けています。担当スタッフがSNSとにらめっこでエゴサーチしているときもあるくらいです。それくらいお客様からの情報発信を大切に捉えています。
―今後のサービス展開について教えてください。
ECの黎明期からクラフトビールのオンライン販売を実施してきましたが、さまざまなギフト市場も生まれていますし、未来への可能性と道のりはまだまだ開かれています。一般市場において、アルコール類の売上はコンビニやスーパーなどの棚で「獲得できている棚の面積」に比例するといわれていますが、知名度が上がり、ECでの選ばれ方も、一般市場と同じ動きになってきたと実感しています。楽天市場やAmazonなどのモールでお客様がクラフトビールを検索したとき、弊社の製品でどれくらいの割合を占められるかが重要な鍵になります。自社サイトにおいて、どのようなコンテンツが熱狂度のアップや定期配送への申し込みにつながるのかについても情報として蓄積されつつありますので、そうしたアセットを元に来年度中にはサイトリニューアルも実施する予定です。
今後もクラフトビール界の革命家として、そしてオンライン販売におけるトップランナーとして、ミッションを心に、お客様にビールを通じた幸せを届けるべく走り続けたいと思います。