デジタルプラットフォーム取引透明化法施行から1年半 ―取り組みの現状と世界初のデジタル広告への規制について

経済産業省
(左)商務情報政策局 情報経済課 デジタル取引環境整備室 法令専門官
太田 誉康氏

(右)商務情報政策局 情報経済課 デジタル取引環境整備室 法令専門官 弁護士
角田 美咲氏

オンラインモールやアプリショップ、デジタル広告といったデジタルプラットフォームは、ECの運営に欠かせないインフラといえる。しかし、こうしたデジタルプラットフォームでは、プラットフォーム提供者からの一方的なルール変更や、特定事業者の優遇への懸念など、さまざまな課題が指摘されてきた。そこで、政府は業界改善に向け、2021年2月に「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」を施行。

オンラインモールとアプリストアをその対象とした。さらに2022年8月には、世界初となるデジタル広告プラットフォームの規制を実施。透明かつ公正な取引の実現に向けた動きが加速している。今回は、法律施行による提供者の体制改善や利用事業者の実態、新たに適用されたデジタル広告分野について、法律を管轄する、経済産業省商務情報政策局の角田美咲氏と太田誉康氏に話を伺った。

デジタルプラットフォーム取引透明化法とは

デジタルプラットフォーム取引透明化法とは

「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(以下:透明化法)」の施行から1年半が経過した。透明化法は、巨大なデジタルプラットフォーム提供者(以下:提供者)と利用事業者との間に生じる取引関係に着目し、より透明性が高く、公正な取引が行えるよう下支えすることを目的に、2021年2月に施行された法律だ。

デジタルプラットフォームを利用することにより、利用事業者は市場へのアクセスを飛躍的に高められる。一方で、デジタルプラットフォームとの個別交渉が難しいことや、規約やルールの一方的な変更による不利益が生じる可能性が、以前から指摘されてきた。しかしながら、他のデジタルプラットフォームに切り替えることも容易ではない。こうした実態を踏まえ、2021年2月に透明化法を施行し、まずはオンラインモールとアプリストアをその対象とした。

透明化法では、特に取引の透明性・公正性を高める必要性の高いプラットフォーム事業において、一定の規模を超えるプラットフォームを提供する事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」に指定。特定提供者に対して、取引条件などの情報開示や運営における公正性確保、運営状況の報告を義務付けている。またこうした取り組みに対して、経済産業大臣による評価を行い、その結果を公表し必要な措置を講じていく。

透明化法の特徴は、国による規制を最小限度に留めている点だ。透明化法は、独占禁止法と親和性のある法律で、その規制対象となるのは、一定の規模を満たす提供者に限られている。一方で、こうした提供者自身も、巨大ながら一つの民間企業であり、自由に競争を行いサービスを提供する主体でもある。そこで透明化法では、「共同規制」の手法を採用。国の規制や関与を最小限度に抑え、提供者に対して創意工夫を促し、自主的かつ積極的な取り組みに委ねているのだ。

利用事業者の実態把握とともに環境改善に努める

透明化法のもう一つの特徴が「評価」だ。透明化法では、情報開示や体制改善の進捗について、提供者に報告を求める。それを基に、運営の透明性や公正性について議論するモニタリング会合を実施し、経済産業大臣が評価を行う。この一連の評価の過程を通して、提供者に対して改善を求めていくのだ。このプロセスを『モニタリング・レビュー』と呼んでいる。

モニタリング会合は、EC事業者や消費者団体、有識者などで構成され、評価への検討を進めるほか、ステークホルダー間の議論の機会にもなっている。すでに3度の会合が行われ、施行後のアンケート結果や相談窓口に寄せられた利用事業者の声をもとに、現状や課題をトピックとして整理している。これまで、提供者から提出された報告書や回答内容を踏まえ、評価の方向性等について議論が進められている。今後は、提供者に対するヒアリング等が予定されているとのことだ。

会合の様子は、YouTubeによるリアルタイム配信を行い、会合自体の透明性も確保している。さらに、利用事業者の実態把握には、アンケートやヒアリングとともに、新しい方法も取り入れて、より生の声に近い意見の収集にも取り組んでいる。

「デジタルプラットフォームの取引の透明性、公正性を確保する観点から、関係者の意見や声を聞くことが重要だと考えています。そのため、アンケートの実施や相談窓口でのヒアリングのほか、SNS上で投稿されたコメントを拾い上げる『SNSモニタリング』を試験的に導入しました。これらの意見は、体感としては認識していたトピックに整合しており、規模感を含めリアルタイムの情報収集に役立ち得ると分かったことも一つの収穫です」(角田氏)

ルールや体制について利用事業者が把握できる環境を整備

また、利用事業者がプラットフォームのルールや現状を把握しやすい環境の整備にも努めている。提供者の情報開示と体制改善に向けた動きについて、経済産業省が提供者に問い合わせ、現状を整理。その内容を経済産業省の公式サイトで公開している。

「モニタリング会合の議論を通じて、利用事業者側にも、提供者の考えや取り組みを理解していただくことが重要です。これまで明らかでなかった情報を得て、事業活動に活かしていただく機会にもなります」(角田氏)

すでに、透明化法の効果も出始めている。2021年12月に実施したアンケートによると、施行後の提供者の対応が1年前と比べて改善された、と感じた方の割合が、全体のおよそ70%に上った。また、規約変更の事前連絡も、実態として3カ月以上前に行われていることが多い、ということも明らかになっている。

「透明化法の施行から1年半が経過し、1年目の評価の過程にあります。すでに一定の成果を感じながらも、まだまだ課題の声も多く寄せられています。とくに中小規模の利用事業者が巨大な提供者に対して、運営改善を訴えることは容易ではありません。そのため、そういった声を集めて、経済産業省として必要に応じて提供者に改善を促していくことが重要です。今後、どういう効果が実際に生じるのか、経済産業省としても注目しながら、引き続き議論や改善を促す役割を担っていきます。その結果、提供者を含めEC業界全体の発展につながることを願っています」(角田氏)

世界初となるデジタル広告プラットフォーム規制

一方、透明化法にデジタル広告分野を新たな対象に加える政省令が、2022年8月に施行された。こちらもオンラインモールでの規制と同じく、一定の規模を満たす提供者を対象としている。

提供者には、提供条件の変更等を行う場合に事前の通知を義務付けるほか、公正な手続・体制の整備を求め、提供者と利用事業者間の相互理解を促す。

また、提供者によるこうした取り組みへの進捗を経済産業省に報告、その内容を経済産業大臣が評価する。こうした一連の流れを通して、提供者に対し、取引の透明性・公正性のための改善を促していくことになる。

デジタル広告分野には、もともと課題が指摘されていたことが背景にある。特に代表的な三つの課題について見ていこう。

一つ目は、提供者自身の影響力が強まっていることだ。一方的なルールやシステムの変更による対応への苦慮や、プラットフォームに蓄積されるデータが十分に利用事業者に提供されないといった課題も指摘されている。

二つ目は、デジタル広告の取引そのものが複雑であること。それにより利用事業者が取引の実態を把握しづらいほか、提供者が自社に有利な取引を行っているのではないかという懸念につながっていた。

三つ目がデジタル広告の質の問題だ。ボットや不正表示による広告費の不正請求や、不適切なサイトへの広告掲載によるブランド毀損の問題や、広告枠を提供するWebサイトの質に見合った評価が行えていないという懸念があった。こうした、デジタル広告業界に関する課題への対策として、透明化法を適用し、規制に乗り出したのだ。

デジタル広告分野への透明化法の適用により、特に広告主や EC 事業者にとっては、大きく二つのメリットが期待されている。

一つ目は、取引のプロセスがより透明になることが挙げられる。広告出稿における審査基準などが分かりやすく開示されるので、取引の予見性が高まる。広告を見た消費者の反応をまとめた「オーディエンスデータ」の開示が進めば、より効果的な広告掲載のためのデータを集められるようになる。

二つ目は紛争や苦情の解決だ。プラットフォームでトラブルや紛争が生じたときに、これまでは問い合わせ先が不明確なことがあった。今後は、提供者に相談窓口の設置が求められるため、こうした苦情や紛争の解決のきっかけとなることが期待される。「これまで、ブラックボックスになっていたものをできるだけ透明化したいということが、透明化法のコンセプトです。デジタル広告分野への対象拡大により、取引の透明化が一層進むことを期待しています」(太田氏)

デジタル広告プラットフォーマーに義務化されること

デジタル広告プラットフォーマーに義務化されること

提供者に対して義務化される内容(上図)のうち、広告主やEC事業者が特に知っておくべき内容について、太田氏に伺った。

一つ目は、①アドフラウド等のデジタル広告の質の問題だ。広告主として、広告費の不正請求への懸念につながっている。これに対しては、広告不正の発生状況など、支払った広告費がきちんと活用されているのか、情報を開示することにより透明化を図る。また、広告の掲載先として、望んでいない掲載先に掲載される問題や、掲載した広告がきちんと消費者から見える位置に表示されているかといった問題に関する情報についても開示を求めている。

二つ目は、③プラットフォームからのデータ提供についてだ。どういったセグメントの消費者に、どうターゲティングしてマーケティングするかを思考するにあたっては、そのあたりの手掛かりになるデータが重要だ。そこで、こうしたオーディエンスデータについて、提供者に対しその内容の開示を促す。

三つ目は、④利益相反・自社優遇の懸念についてだ。デジタル広告では、その取引の内容や実態の把握が難しいことが指摘されてきた。広告枠を提供するパブリッシャーと、広告を提供したい広告主との間で、マッチングし、掲載先が決定するが、このプロセスが複雑な上、実態が把握しづらい状態となっている。それにより、提供者自身が提供しているサイトやサービスを他より優遇しているのではないか、という懸念につながっているのだ。こうした利益相反や自社優遇が起きないようにする体制づくりを、提供者に対して求めていく。

デジタル広告への規制拡大と、今後のEC業界について、太田氏は次のように述べている。

「EC業界では、今後、より一層データが重視されるのではないかと考えています。プライバシー保護の意識の高まりやサードパーティCookieの制限等によりユーザーのトラッキングが難しくなる中、より良い広告掲載や、より良いマーケティングのために、データは欠かせません。今後は、データをいかに収集し整理するかが、より一層重視されると思います。透明化法がデジタル広告における、データ活用の下支えになればと期待しています」

相談窓口を通して利用事業者を支援

相談窓口を通して利用事業者を支援

経済産業省では、デジタルプラットフォーム取引相談窓口を設置し、専門の相談員が無料でアドバイスを行っている。必要に応じて弁護士への相談も可能だ。プラットフォーム事業者との協議が立ち行かない場合や、プラットフォームの運営に問題があると感じた場合には、ぜひご相談いただきたい、とのこと。

「相談窓口に頂いた情報は評価の際にも考慮され、プラットフォームの運営改善にもつながります。情報の取り扱いとして、オンラインモールも取引先であるため、そこに対する不満を言ったことを相手に知られたくないという声も多く、それが原則だという認識でいます。そのため情報の取り扱いには、細心の注意を払って対応しているので、安心してお問い合わせいただければと思います」(角田氏)

「デジタル広告分野も2022年秋をめどに相談窓口を設置予定で、今まさに準備を行っているところです。設置された後は、経産省のホームページ(※)からアクセスできるようになる予定です。ぜひこちらも合わせてご活用いただけたらと思います」(太田氏)

デジタルプラットフォームへの規制は、業界の改善につながるのか。世界初のデジタル広告プラットフォーム規制も始まり、EC事業者としては、今後の動向に注視することが求められている。

デジタルプラットフォーム利用事業者向けアンケートの調査結果