物流の2024年問題、EC事業者は何を理解し、どう対策すべきなのか
「物流の2024年問題」とは、2024年4月からトラック運転手に対して適用される「働き方改革関連法」と「改善基準告示の改正」の2つの規制によって物流の滞りが生じる問題だ。2つの規制「働き方改革関連法」と「改善基準告示の改正」は、トラック運転手の慢性的な長時間労働を是正するために制定。しかしそもそも運送の需要に対してトラック運転手の数が足りていない状況があり、その中で労働時間を短縮することは、運送業界全体の輸送能力の不足を招き、EC事業者や消費者にもきな影響を及ぼすことが考えられる。
そこで今回、三井物産株式会社 物流事業部スペシャルティロジスティクス室 マネージャー 兼Shopify向け配送サービス「プラスシッピング」事業プロジェクトマネージャーの松島秀明氏にご寄稿いただいた。本記事では、物流問題が生じる背景やEC事業者への影響、政府・企業が行っている取り組みをについての解説いただいている。2024年に起こり得る物流問題を理解し、対策を打てるようにしたい。
物流の2024年問題が発生する背景
「物流の2024年問題」が発生する背景には、2024年4月から施行される「働き方改革関連法」と「改善基準告示の改正」による労働時間の短縮とトラック運転手の不足があります。
トラック運転手が足りていないにもかかわらず労働時間を短縮することで、必然的に輸送数が少なくなり、物流に滞りが生じるのです。
野村総合研究所とNX総合研究所(旧日通総合研究所)の2つの調査機関では、それらの規制が物流に以下のようなマイナスの影響を及ぼすと分析しています。
・2023年1月、2つの規制がある場合とない場合を比較したとき、2030年には全国で約35%の荷物が運べなくなる恐れがある、という分析結果を発表
●NX総合研究所(旧日通総合研究所)
・2025年度には輸送能力全体の約14%に相当する約4.0億トン、2030年度には34%に相当する約9.4億トンの荷物が運べなくなると試算したと2022年11月に発表
本章では、物流問題が発生する主な背景となっている「働き方改革関連法の施行」「改善基準告示の改正」「労働者不足」の3点について解説します。
働き方改革関連法の施行
「働き方改革関連法」は、月45時間・年360時間の残業を原則として、特別な事情がある場合でも年720時間の残業を超えてはならない、という罰則付きの上限規制を示した法律です。
運送業の残業時間も同様で月45時間、年360時間の残業を原則としていますが、特別な事情がある場合は他業種よりも高い年960時間を上限に設定されています。また、「月あたりの残業時間が100時間未満。2~6カ月の残業平均が80時間以内」という働き方改革関連法で定められている一般的な基準は建設業などの一部の業種とともに適用外とされています。
一般的な業種と運送業における時間外労働の上限の違いは以下でまとめています。
大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から働き方改革関連法が適用されていますが、運輸業は建設業などの一部の業種と並んで、特例として2024年4月からの適用とされていました。
適用までの猶予期間が長く、上限がほかの業種よりも緩く設定されている理由は、トラック運転手不足が深刻な状況であり、ほかの業界と同様の対応をすることが難しかったためです。それほど、現状の物流の質とスピードの維持のためには既存の運転手の長時間労働に頼らざるを得ない状況であるといえます。
2024年4月までは残業時間の上限はなく36協定で定めた上限を超えたとしても、企業が行政指導を受けるだけでした。しかし、2024年4月以降は上限を超えると雇用主である企業に罰則が課せられるようになるため、より厳しく管理されるようになるでしょう。
改善基準告示の改正
改善基準告示の改正も物流問題の背景にあります。現行の内容は1997年に施行されたもので、2022年に12年ぶりの改正となりました。改善基準告示も働き方改革関連法と同様に2024年4月から適用されます。
主にトラック運転手の労働時間や労働環境の改善、国民の安全確保を目的として改正が実施されました。具体的な変更内容は以下の通りです。
拘束時間の全体的な短縮と休憩時間の拡大により、トラック運転手の稼働は必然的に短くなります。単純計算で1人の運転手の労働時間が1年間あたり100時間以上短縮されることになるでしょう。その結果、運送業界全体の輸送能力が不足することが予想されます。
労働者不足
ECサイトの拡大やコロナ禍の影響で宅配サービスへの需要が高まり、それに伴いトラック運転手の必要数も増加しています。しかし、以下の表を見るとトラックドライバーの人数は常に80万人台とほぼ横ばいとなっており、需要の増加に対して労働力が足りていません。
参考:日本のトラック輸送産業 現状と課題 2023|全日本トラック協会
加えて、ほかの産業の平均と比べて若者の割合が少ない一方、45〜59歳までの割合がほかの産業と比べて10%以上高く、45.3%と半分近く占めています。現状、トラック運転手の数は横ばいですが、高齢化が進んでいく影響で将来的に労働力が減少する可能性が高く、労働力不足はさらに深刻な問題となるでしょう。
参考:厚生労働省 自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト トラック運転者の年齢構成比
EC事業者に与える影響
2024年の物流問題によって起こる物流の滞りは、運送会社だけが直面する問題ではありません。ECサイト事業者にも以下のような影響を及ぼします。
●宅配サービスの質の低下
配達コストの上昇
トラック運転手が不足することで、運送会社は人材を募集したり、流出を防いだりする必要が生じます。その結果、人件費の高騰が起こり、宅配運賃が向上することでEC事業者が負担する配達コストも上昇するでしょう。
実際、ヤマト運輸・佐川急便は2023年4月から配送サービス料金を値上げしています。さらに佐川急便は2024年4月1日から平均7%の値上げを発表しており、今後も人材不足の影響で配達コストのさらなる上昇が予想されます。
そうなるとEC事業者は配送無料をやめるか、商品の販売価格を上げるか、ほかの方法でコストをできるだけ押さえるかなどの対策を講じる必要が生じます。三井物産株式会社では、Shopifyのユーザー向けにプラスシッピングという2024年問題に対処するアプリを公開しています。このアプリでは、月々の発送量が少ないEC事業者にも、アプリユーザー限定の特別配送料金を提供しており、配達コストの上昇にも備えることが可能です。各ECプラットフォームやご自身のお使いのサービスで配達コストの上昇に対処できるものがあるのかは調べてみましょう。
配達サービスの質の低下
労働時間の短縮による労働力不足は、運送業者の輸送能力低下に直結します。結果として、今まで提供できていたサービスが行えなくなり、配達サービスの質が低下する可能性があります。
例えば、トラック運転手の減少で今まで行えていた当日発送に対応できなくなってしまうでしょう。また、労働時間の短縮で長距離輸送が難しくなり、運送業者が運送可能距離を短くしてしまえば配送可能地域の縮小を余儀なくされます。
このように物流の2024年問題はEC事業者への影響も大きいことが予想され、対策を検討する必要があります。物流の2024年問題の影響を最小限に抑えるため、政府や物流に関わる企業はさまざまな対策を講じています。次の章から、政府の対応・物流に関わる企業の具体的な取り組みについて解説します。
政府の対応
物流の2024年問題は国全体として取り組むべき大きな問題です。政府は「持続可能な物流の実現に向けた検討会」や「フィジカルインターネット実現会議」など、物流問題の解決に取り組む会議を定期的に開催しています。本章では、それぞれの会議の詳しい内容に触れ、政府の対応について紹介します。
持続可能な物流の実現に向けた検討会
本検討会では、限られた輸送供給力で需要をまかなうための対応策が打ち出されました。例えば、荷待ち時間や荷役時間(貨物の搬入・搬出にかかる時間)の削減、納品回数の減少、リードタイム(商品の発注から納品までにかかる時間)の延長により運転手の労働確保と作業効率の実現を目指します。具体的には以下の3つの政策に取り組むことになります。
●物流に発生している荷待ち・荷役時間でのロスや再配達による手間の増加のような非効率性を解決する
【政策2】物流プロセスの課題の解決
●元請事業者と下請事業者による多層的な取引構造となっていることによって、現場の実運送事業者に負荷がかかりやすい。この実運送事業者に負荷がかかりやすい現状を是正する
【政策3】物流標準化・効率化(省力化・省エネ化・脱炭素化)の推進に向けた環境整備
●物流標準化や新技術の活用、労働時間削減、人手不足対策などによって構造的な人手不足を解消する
フィジカルインターネット実現会議
フィジカルインターネット実現会議は物流の2024年問題や、物流に携わる人材不足などを背景にひっ迫する物流において、業務の効率化が期待できるフィジカルインターネット実現を推進しています。
フィジカルインターネットとは、複数の企業が施設や設備を共有することで稼働するトラックの台数を減らして物流の効率化を促進する取り組みです。
フィジカルインターネット実現会議では、2040年のフィジカルインターネット実現を目指して、以下の6項目の軸からなるロードマップを設置しました。
●物流・商流データプラットフォーム
●水平連携
●垂直統合
●物流拠点
●輸送機器
それぞれの項目における具体的な取り組みの流れは以下です。フィジカルインターネットの実現によって、物流効率化を実現し、輸送部門における温室効果ガスの削減や、物流の強靭化、物流産業の活性化などの達成を目指しています。
参考:厚生労働省 フィジカルインターネットの実現に向けた取組の進捗について 令和5年6月13日 フィジカルインターネット実現会議事務局
企業・業界団体による取り組み
2024年の物流問題がクローズアップされている中、物流業界では以前から「輸送効率化」と「トラック運転手人材確保」の取り組みが企業レベルで求められてきています。
輸送効率化における取り組み
輸送効率化を目指す取り組みとして、輸送条件や輸送方法の見直し、待ち時間、荷役時間(貨物の搬入・搬出にかかる時間)の削減などがあります。それぞれの企業の取り組み事例を解説します。
日本加工食品卸協会の取り組み事例
輸送条件に分類されるリードタイムの延長については、日本加工食品卸協会を中心に提言されています。
リードタイムを1日延長することで、余裕をもったスケジュールで輸送を行えます。その結果、トラック運転手の夜間運転や夜間の仕分け作業を軽減し、トラック運転手の労働環境の改善と作業効率の向上が図れるでしょう。
さらに、期日に届けるために積み込みトラックを見込みで手配する必要がなくなり、計画的な手配も可能です。また、期日から逆算した深夜作業前提の時間割の削減も期待できます。
全国農業協同組合連合会(全農)の取り組み事例
全国農業協同組合連合会(全農)でも、1章で解説した改善基準告示に対応すべくリードタイムの延長に踏み切っています。
2020年3月に以下の3点を全米販と連名で、取引先である量販店、生協、外食産業事業者、中食事業者などに「精米商品の配送におけるリードタイムの延長等に関するお願いについて」を提出しました。内容は以下の通りです。
(2)新たに可能となる年月旬表示の導入について協議に応じてもらうなど、納品物品の納品条件を余裕があるものへの変更
(3)その他、納入期間や附帯業務等の納品条件の明確化、年末年始・自然災害時等の配送条件での緩和等について、協議に応じてもらう
参考:食品産業新聞社|全米販と全農、「精米商品の配送におけるリードタイム延長」をお願い
輸送方法に関しては、2023年11月からコメ専用の貨物列車「全農号」の運行を開始し、トラック運転者不足への対策を講じています。
センコーの取り組み事例
輸送方法に分類される車両大型化については、総合物流企業のセンコーによるダブル連結車の事例が挙げられます。ダブル連結車とは、以下の画像のように荷台が連結している形式のトラックのことです。
日本初の10トン×2セパレート方式(積載量10トンの荷台が2つ連結している方式)で、長距離幹線輸送区間(高速道路)は連結して運転手1人で運行し、切り離し拠点からは2台に分かれてそれぞれ別々の納品先へ向かいます。
同社の運行概要は以下の図の通りで、住宅メーカーと機械メーカーのように業種や商材の異なる荷主の荷物を同時に運ぶことが、混載(複数の荷主の荷物を1つにまとめて載せること)するよりも容易になる点がメリットです。
そのほか、積載率向上やCO2削減などの効果が期待できますが、荷主企業との荷役時間の調整や、特殊大型車両ゆえの休憩所不足、運転技術面での人材育成などの解消すべき課題も存在します。
F-LINEの取り組み事例
荷主企業である味の素やカゴメなどの大手食品メーカー5社が出資して設立した物流会社F-LINEは、メーカーと卸の間で行う庫内作業の効率化のために汎用型パレット(T11型)の利用を促進しています。
パレットとは、トラックやコンテナ、倉庫などで用いられる荷物を載せるときに用いる台のことです。パレットの面の両サイドには差込口があり、フォークリフトの爪を差し込めるようになっています。パレットを用いることでフォークリフトによる積み込みが可能になり、庫内荷役やトラックへの積卸時間の短縮につながります。
荷役時間に分類されるパレット化は、政府も推進を図る「標準化」に向けた取り組みの一環です。日本のパレットはJIS規格でT11型だと定められていますが、現状ではあまり普及していません。そうなると、サイズの異なるパレットを倉庫内で別々に管理することとなり効率的に荷役が行えなくなったり、トラック内の空間を最大限活用できないことで輸送効率の低下につながったりします。
現時点では味の素が同パレット(T11型)のサイズに合わせて倉庫の改修を進めています。ほかの卸と小売のあいだの例としては、「日本アクセス」が冷凍物流の完全パレット化を目指すフローズンマザー物流センターの構築に着手し、物流の効率化を進めています。
運転手の人材確保・定着のための取り組み
東京商工リサーチの2023年2月のアンケート調査によると、トラック運送業者の約8割が人手不足と回答しています。2024年4月以降はこの状況がさらに厳しくなることが予想され、それを打破するために図表4のような取り組みや人材定着のための取り組みが実施されています。
センコーの取り組み事例
センコーグループでは、運転手も作業員も、外部委託ではなく自前での育成が行われており、同グループが所有する交通安全研修施設「クレフィール湖東(滋賀県東近江市)」の大型自動車教習所での運転手の育成を通して採用や定着を図っています。
また、同グループは託児所や保育園を運営するプロケア社を傘下に収め、各地の物流センター内の託児所の運営を自前で行うことで、女性の雇用促進を図っています。
新雪運輸株式会社の取り組み事例
新雪運輸株式会社では現場社員による会社説明の機会を設けています。採用面接時に年齢の近い社員が同席し、入職のきっかけや仕事内容などを説明することで、入社してからどのように仕事をしていくのかをイメージさせやすくして、入職者の不安を払拭しています。
ほかにも、働きやすい環境を整備するために、有給休暇の取得を奨励するとともに、『週休2日制』か『4週6休制』のいずれかの選択も可能です。さらに、各営業所の代表を集め、時間管理の改善、福利厚生の充実など、従業員の間で上がっている不安をキャッチアップする場として「向上委員会」の定期的な開催も実施しています。
まとめ
この記事では、物流の2024年問題が発生する背景やEC事業者に与える影響、政府や企業の対応について解説しました。
2024年問題が及ぼすであろう物流の滞りに対し、運送を効率化するための取り組みはこれから一層加速することが予想されます。しかし、効率化だけで需要を補うほどの供給力が確保できるかは定かではありません。そのため、従来から存在しているトラック運転手不足についての抜本的な解決策が求められます。
自動運転やドローンなどの省人化・無人化の実装にはまだ時間がかかる見通しであるため、現状では運転手の成り手の幅を広げる必要があるでしょう。そのために、現状は3%程度だといわれている女性運転手の採用や育成、外国人技能実習制度をトラック運転手についても適用するなど、人材を増やしていく施策を検討していくことが現実的であるといえます。
外国人を採用する場合は、安全性を担保した上で、言語や交通法規理解などの難点をクリアするために、テクノロジーの活用も必要になります。
しかし、政府や運送業者によってそれらの取り組みは行われるにせよ、2024年4月以降も現状の輸送能力を維持することは難しいでしょう。EC事業者は2024年問題に向けて、配達コストの上昇や配送サービスの質の低下への対策を講じることが急務です。