新規獲得に顧客育成をプラス―― ファン作りをブランド成長につなげる第一三共ヘルスケアダイレクトのCRM戦略
ECにおける新規顧客獲得の難易度が上がっている今、CRM(Customer Relationship Management)の重要度はますます高まっている。しかし、CRM構築の大切さは理解していても具体的に何から手を付けるべきか、戦略は一様ではない。そこで本企画では、それぞれのアプローチでCRM強化を推進する事業者の取り組みを、全6回の連載形式で紹介していく。
第1回は第一三共ヘルスケアダイレクト株式会社 ブランド戦略本部長の丸山敦史氏に、CRMに対する考え方や実際の取り組みなどを聞いた。インタビュアーは株式会社E-Grant 代表取締役の北川健太郎氏。同社はECに特化したCRMツール「うちでのこづち」を提供するなど、CRMの領域において国内屈指の実績を持つ。
ブランド間の横連携で「第一三共ヘルスケアの世界観」を目指す
株式会社E-Grant 代表取締役 COO 北川健太郎氏(以下、北川) まずは貴社の概要を教えてください。
第一三共ヘルスケアダイレクト株式会社 執行役員 ブランド戦略本部長 丸山敦史氏(以下、丸山) 当社は第一三共ヘルスケアグループの通信販売事業を手がけています。米×発酵による、美しさを育むチカラが凝縮されたスキンケアブランド「ライスパワー®︎エキス」を配合した「ライスフォース」をはじめ、第一三共ヘルスケアの研究成果を集結し肌悩みの根本原因にアプローチするエイジングケアブランド「ブライトエイジ」や、“元気に頑張る人”をサポートする「リゲイン」シリーズを扱ってきました。現在では規模も大きくなり、2024年4月から第一三共ヘルスケアダイレクトに社名を変更して複数のブランドを取り扱っています。
北川 第一三共ヘルスケアダイレクト社として目指していることを教えてください。
丸山 単品リピート通販の柱となるような商品を増やしていきたいと考えています。先述のブランドはどれも同じ会社の製品ですが、それぞれにブランドサイトを設けるなど独立したものとして扱ってきました。しかし現在は「第一三共ヘルスケア」の看板のもと、単品リピートを軸にしつつも、クロスセルなど横の連携を図っていくフェーズに移行しています。これまでは個別に各ブランドの世界観を構築してきましたが、将来的にはそれらを包括した「第一三共ヘルスケアの世界観」を作っていく必要があると感じています。(※1)
北川 第一三共ヘルスケアダイレクトが取り扱う商品の中でも、「ブライトエイジ」は比較的新しいブランドだと思います(※2)。ブランディングに際して、どのような考え方がありましたか?
丸山 もともと「ブライトエイジ」は単品リピート通販を想定して開発されたブランドで、ブランディングなどにかけるコストを排して利益を得る、という設計でした。ただ、今は競合が増えていることもあり、お客様に魅力的だと思ってもらえる世界観を作らなければいけません。ブランディングやマーケティングについては、母体の第一三共ヘルスケア社と連携して進めています。
「新規」重視のスタンスに「顧客育成」の視点をプラス
北川 CRMを意識し、注力しようと考えたきっかけは何でしたか?
丸山 新規顧客の獲得は順調だったのですが、そこから何もしない状態だとどんどん業績が下がっていってしまう、という危機感です。これまではあまり工数をかけずに新規が獲れていたため、既存顧客を対象としたCRMに注力することは逆に非効率でした。しかし近年、さまざまな要因で新規の獲得が難しくなってきているため、別のアプローチを検討する必要がありました。
北川 F2転換など、これまでとは違うKPI(Key Performance Indicator)を追うことへの苦労はありましたか?
丸山 KPIは事業の成長とともに変わってきましたが、新規獲得と顧客育成のどちらも私が管轄しており、社内での軋轢はありませんでした。ただ事業が拡大するにつれて組織も大きくなってきたため、目標を伝えて目線を合わせるためのコミュニケーションには注意を払いました。
北川 丸山さんがファンを生み出すために必要だと思っていることは何ですか?
丸山 成果や指標で計れない施策も大事だと思っています。例えば「ブライトエイジ」立ち上げ当初、優良顧客とのつながりを深めるために、抽選でお声がけしたお客様をハワイのホノルルで開催される駅伝に招待して一緒に走る、という企画を実施しました。他にも、美しい景観のなかで食事・音楽を楽しんでいただくイベント「Grand VIEWTY」などを行っています。これらは、よくあるデプスインタビューとはまた違った対面でのタッチポイントになります。
北川 商品の企画を販売側(第一三共ヘルスケアダイレクト社側)から出すこともありますか?
丸山 商品開発については第一三共ヘルスケアと協業しています。製造者ではなく、販売者としての視点から必要な商品もあるので、こちらからの提案も随時行っています。製品の研究・開発には数年の期間がかかります。そのため、これまでグループとしては短期間で「流行りに乗った商品」を生み出すという考え方は持ってきませんでしたが、購買行動の変化も早くなっています。顧客起点にシフトしたものづくりも取り入れていく必要があると考えています。
北川 時流に乗った「流行りもの」を販売するのが難しい状況でも第一三共ヘルスケアダイレクトが成長しているということは、市場のニーズを的確に把握できているのだと思います。
丸山 STP(Segmentation、Targeting、Positioning)をしっかり定めてそれぞれのブランドに合わせて戦略を立てるなど、マーケティングの基本となることは徹底できているかなと思います。例えば「リゲイン」の場合ですと、一言で「疲労対策」といっても、一人ひとりが「疲れ」というワードから想起するものは異なります。そこでアンケート調査を細かく実施してコピーを作っていきました。
CPAやLTVだけにとらわれず、ブランドを育てる
北川 今後注力していきたいことを教えてください。
丸山 先述したブランド間のクロスセル施策は確実にやっていきますが、それに加えて、Amazonや楽天市場などのモールでの販売にも力を入れていきたいです。自社ECだけで広告を回していくと、CPA(Cost per Acquisition)がどんどん高くなってしまいがちです。そこで少し見方を変えて、リピート通販を主とした自社サイト以外の販路拡大を考えています。そのためにCPAやLTV(Life Time Value)以外の指標を加味した目標設定も必要です。自社で獲得した新規顧客がモールに流れるという傾向も見られたので、ビジネスチャンスは広がると考えています。
北川 確かに最近、自社ECだけで業績をあげるのが難しくなっていて、モールとうまく連携している事業者様はよくいらっしゃいます。
丸山 これまで当社が取り組んでこなかったTikTokを使った集客にも挑戦したいと考えています。他のSNSよりも広告費を抑えてモールに誘導することができると期待しています。
北川 最後に、今後の展望を教えてください。
丸山 新規獲得はどんどん難しくなっていきますし、立ち上げたブランド全てが成功する時代ではなくなっています。例えば“売上30億円のブランドを10つくる”ではなく、より幹を太く“売上80億円のブランドを3つ”というような方向にシフトし、今あるブランドを育てていく必要があります。そのためにCRMを強化し、お客様と適切なコミュニケーションをとっていきたいと考えています。
※1:第一三共ヘルスケアダイレクトでは、2024年10月1日から同社が運営する各ブランド(ライスフォース、ブライトエイジ、リゲイン、からだ和快)公式サイトのお客様用アカウントを、「第一三共ヘルスケアダイレクトID」として統合。これによってユーザーは、1つのアカウントで4つのブランドの公式サイトを利用できるようになった
※2:「ブライトエイジ」は2017年に発売。2023年1月にブランドをリニューアルした