【第9回】「負けたことがある」という強み~EC素人集団 「米・雑穀のみちのく農業研究所」~
第8回に登場していただいた澤井氏からの紹介を受け、楽天市場にてSOY(SHOP OF THE YEAR)を3年連続で受賞し、EC業界における「おせち料理」のトップランカー、「博多久松」松田健吾常務との対談が実現した。今回は、出会った頃から感じていた彼の魅力について話を伺った。
※バックナンバー
【第6回】茂木和哉と考えるECを通した地域活性とモノづくり
https://www.ecnomikata.com/column/11173/
【第7回】大繁盛飲食店から学ぶ商いのキホン
https://www.ecnomikata.com/column/11720/
【第8回】楽天市場ベスト店長の人気の秘密とは?~EC素人集団 「米・雑穀のみちのく農業研究所」~
https://www.ecnomikata.com/column/12126/
登場人物
松田)博多久松:松田健吾
ロングビーチ)米雑穀のみちのく農業研究所:長濱洋平
山賊)楽天市場:荒木真司
※敬称略
3年連続楽天ショップ・オブ・ザイヤー受賞10年連続楽天グルメ大賞受賞「博多久松・松田健吾という男の「眼」
私達、米・雑穀のみちのく農業研究所スタッフも参加していた2015ショップ・オブ・ザ・イヤー授賞式終了後、高輪グランドプリンスホテルにて行われていた祝賀会で彼と出会った。その彼からは、落ち着きがあるなかで「眼」は常に輝きを放っている印象を感じたが、少なくともそれは私だけではなく、彼を知っている人はこの言葉に共感するのではないだろうか。彼の名は「博多久松・常務取締役 松田健吾(37歳)」。言わずと知れたEC業界における「おせち料理」のトップランカーだ。今回、この年の瀬の最も忙しい中、前号にて登場していただいた澤井常務からのご紹介で松田健吾常務との本対談が実現した。
博多久松は創業33年の歴史を誇っている。「久松」の名前の由来は社長の「松田久美子」氏の頭文字をとって命名したとのことだ。そんな博多久松は、創業当初、ホテルの結婚式の料理の仕掛品を様々なホテルに納入する「納入業」がメインの事業であった。そんな博多久松がこのEC業界で大成功を収めたきっかけは、遡ること12年前のたった一言「惣菜だけではなくおせちも売ろう!」という、いたってシンプルなスタートであった。しかし現在のトップランカーまでに至る道のりは、苦労の連続だったという。
2004年までの事業は経営不振で、もはや風前の灯火といったところまで事業は低下していた、そんな最中、1998年に松田氏が入社し、最後の大勝負に踏み切る。それが「ECでおせち料理を販売する」であった。
出店2年目の2005年は、なんとECでの売上が年間で5,000万円と2年目にしては上出来であった。しかし、ECに松田氏が注力しすぎたあまり既存事業の卸売販売が手薄となり、卸売販売での売上が5,000万円を下回り、結果として2005年は会社として差引きが「0」となった。そして、この後奇跡の復活を遂げる。翌年、更なる商品ページの磨き上げや地道な商品の構成再編などを経て、2006年はなんとおせち10,000セットを売りあげた。金額にして年間1億5,000万円もの売上だ。そして現在は、3年連続楽天ショップ・オブ・ザイヤー受賞、そして10年連続楽天グルメ大賞を受賞するまでに成長し、現在もその勢いは止まらない。
松田健吾の刻む3つの「言葉」
前述、初めて松田氏と話をしたときに未だに忘れられない言葉がある。私が彼に「なぜインターネット販売の道を選択したのですか?」と問いかけたところ、「僕はもともとは負け組です。」「リアル業界で勝てず、行き場を失ったうちの一人です。」「今日この授賞式に来ている受賞者たちはそういう人が多いと思うよ。」とあっさりとした口調で私に応えてくれた。
一瞬私は「ここにきて受賞して負け組?どういうこと?」と戸惑った。すると松田氏は「リアルで負けたからここまでECの事業に注力できたんです。この道しかなかったんです。でも今となっては負けたことに感謝してますよ。」と語った。松田氏の言葉は、私の全ての謎を解いた瞬間であった。自分も確かに「お米」という分野において、ある部分では「負け組」どころか「打席にすら立っていない」と思える節もある。だからこそ、このECの分野に本気になって事業転換してきた日のことを思い出させられた。それが1つ目の言葉であった。
次に彼と出会ったのは、半年前サンフランシスコで行われたSOYトリップにてグループワーク中の発表を行ったときだ。そのとき、松田氏の「私、会社内でラジオパーソナリーティーやってるんです。」という発言には戸惑った。おせち=ラジオ??
現在、博多久松では多いときで1日3万件の発送を行っている。3万件とは、なかなか想像できないかもしれないが莫大な数だ。その生産を担う従業員さんは会社の宝であり、現在その宝なる従業員さんが総人員37人いる。「博多久松」では従業員一人一人をとても大切にしており、その取り組みが「社内ラジオ放送」だ。
2週間に1度「社員×役員」で日頃感じている会社内外の事を対談にて語り合い、その内容を社員で共有し、その様子をフェイスブックで流している。こういった取り組みが、社員との距離をグッと縮めている。更にその取り組みのなかで次期新卒内定者も参加させ、会社の魅力を伝えるといった取り組みも行っている。今回の対談では、その社内対談での「スーパーハイスクールヒーロー」という新たな企画についても語っていただいた。これは博多久松が地元雑誌社と「福岡県内47高校×雑誌社×久松」というかたちでコラボし、県内で最もイケている男子高校生をコンテストし雑誌に掲載、最終的に彼らと一緒におせちをプロデュースするといった青少年に夢を与える一風変わった活動も行っている。「なぜそれを始めたのか?」と私が質問すると、松田氏は「おせちは日本人のソウルフードであり、お米も同じでしょ。こういったことを伝えるのが、食育であり、博多久松の使命です。」これが2つ目の言葉だ。
最後の一言は「ファイティングポーズ」。私は松田氏に「おせちだからこそ全てにこだわっているのはよくわかりますが、正直ここはさほどこだわっていないなと思うところはどこですか?」というちょっと意地悪な質問をしてみた。
すると松田氏は「産地にしばられすぎないようにしています。なぜなら私たちは素材屋さんではありません。私たちは100%の素材の実力を200%の魅力に変える技を提供することが武器ですからね。素材だけで勝負するならきっと他社でも同じ商品ができます。博多久松にしかない匠の技術を盛り込んで、私たちはこの晴れの日に美味しさとしてお届けしたいんです。」とスパッと回答した。
松田氏が台本でもあったかのように切り返したので、私はつい「なぜ、そんなにスパッと答えられたんですか?」と聞いてしまった。すると松田氏は「いつ、どんな時に、誰がどんな質問をしてきても即答できる経営者でなくてはだめでしょう。経営者はいかなる時もファイティングポーズである必要があります。」と。
私はその一言に痺れました。「負け組」「ソウルフード」「ファイティングポーズ」この3つの言葉をぜひ読者の方々に自分に置き換えて感じていただきたい。きっとこの分野以外でもこの3点を抑えることにより、人生の大きな変化が生まれてくるのではないだろうか。つくづく思うのは、このコラムをはじめて本当に私は良かったと思える瞬間が多い事である。彼の話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、「徳川家康の遺訓」であった。前号澤井氏も同様に、リアル事業の商圏のキャパオーバーへの不安からのEC界への参入を決めたと言っていた。最前線を走るEC店舗の共通点にはつくづく感慨深いものがある。
おせちメディア×生産者=エンパワーメント!
今回の対談中、博多久松さんとのコラボレーションから商品を通した地域活性が実現する可能性を感じさせるこんな一幕があった。その一部をご紹介したい。
ロングビーチ)松田さんが東北・仙台の食材でおせちに使ってみたいものってなにかありますか?
松田)仙台ですよね。この前初めて行って、ベタにずんだ、牛タン、仙台牛、食べさせてもらったんですけれど、非常においしくて。地域の思いのある食材でおつくりさせていただくというのは、ひとつのチャレンジなのかなって思いますね。今は全国用のおせちを作ってますので、それだけでやっていると商品群も狭くなってしまう。
ロングビーチ)お雑煮なんかは東京、仙台、関西で違うというのはありますけれど、おせちにも地方によって流儀ってあるんですか?
松田)あります。例えば福岡だったら大鉢で「がめ煮」と言って、全国的には筑前煮と言いますけれど、根菜類、鶏肉しいたけをしょうゆ、さとうで甘辛くしたものがあります。実際にEコマースやっていて、うちのおせちもやっぱり福岡の方からのご注文が多いんですよ。それって非常にありがたいことですし、認めていただけてる証拠なのですが、県外ではまだまだリーチできていないってことですよね。ということは、県外でご利用していただける方法のひとつとして、その地域にならったものをご案内していくのはあると思います。楽天とかモールになると各店舗さんがいるのでカバーできていると思うのですが、それを一店舗でやるのであれば、地域にもマッチするような商品が必要なんじゃないかと思いますね。
山賊)楽天ユーザーとしては、福岡の方もかなり多いはずですからね。
松田)まだまだ掘り起こしが足りていない。東北とかまさにそうだと思うんですよね。
山賊)今回の山賊の登場はここなんですよ。せっかく2人の対談が実現したので、今度は松田さんに仙台、東北に来てもらって、地方と久松の掛け算で東北の食材だけで『おせち』を来年作れたらなと。その企画会議から始めて、いろいろな生産者と出会って、思いを聞いてつくる。
松田)そっか、そういうこと?(笑)
山賊)各販売者さんがいるわけですけれど、おせちメディアになっちゃっているわけじゃないですか?おせちを買うってなったら久松で買うって話になっているわけで。業界で言ったらトップクラスですもんね?
松田)えーたぶん、セブンイレブンには負けているんじゃないかな(笑)
山賊)そういうところまで来ているわけなので、各地方の食材をつくっておせちを作っていくことができたら面白いなと。
松田)それはずっとテーマなんです。東北で数稼げてないということは。でも多分なんでだろうなというのはローカライズされてないんですよ。
山賊)自分でやるってなかなかハードル高いじゃないですか。売るのが上手な人はジャンルによってはありますが、世に出てない生産者さんと出会って欲しい。
松田)実際あると思いますし、現実、生産者とのつながりって強いと思います。うちの考えはいいものを安くなんですね。高いものがいいものであるのは当たり前なのですが、せっかくマリアージュを果たすのであれば、東北ならではのストーリーを持ちたいですよね。
山賊)実際久松さんは楽天と干支にちなんだおせちを作っているんですよ。これすごいですよね。
松田)来年であれば戌年にちなんだおせちとか、一緒に作った人には、ニュース性に富んだものをすぐに開発しましょうと話をしていて。それも含めて東北PRをやっていくのは面白いかなと。
山賊)“出会いはうまい”という企画を昔やったことがあって、それは生産者さんと楽天で販売力がある店舗さんが出会うって言う企画なんですけれど。
松田)同じ企画ができたら、面白いかもです。ふるさと納税にからめてなんてできたら本当に面白いですね。
ロングビーチ)ふるさと納税にからめるなんて、さすがですね。
山賊)まずは記事にあげて、OK取りに行きますんで。
松田健吾氏の未来に質問する~松田健吾氏からのメッセージ~
質問①松田氏が今、最も手掛けていることは何ですか?
→「年末年始のおせちのお届けに毎日ファイティングです。」
質問②1年後の発展目標は?
→「企業の地力をつけ特に従業員育成度を上げる」
質問③企業理念は何ですか?
「晴れの日のおいしさ」
質問④当店(米・雑穀のみちのく農業研究所)と何か新しいことをするとしたら何をしたい?
→「東北のおせち文化に根ざした「東北限定おせち」を作って一緒に販売してみたいですね。」
質問⑤日本中でECを頑張っている方へメッセージ
→「ECも原理原則!」
{解説}
1 現在、博多久松では毎年7月からおせちの予約注文を受けはじめており、年末に一斉に発送する。ゆえに発送拠点は福岡のみならず今や関東にも発送拠点を設け全国をカバーしている。そんな中でも最もこだわるのは「安心・安全・おいしさ」。さらにEC注文のみならず、電話での直接注文は今年2万件を超えた。「電話でご注文頂けるお客様もECから注文頂けるお客様もすべてのニーズにお応えしていきたいですね。」と松田氏は語る。
2 前述でも紹介した通り、博多久松では従業員の育成にはとても力を注いでいる。その指揮を松田健吾氏の多彩なアイデアで若者の心を鷲掴みにする次の企画がとても楽しみだ。今後もぜひ注目していきたい。
3 「この企業理念は社員・役員一丸となってじっくり時間をかけて作り上げてきました。人間は生まれてから何度も「晴れの日」が誰にでも平等にやってくる。その日を食を通じて最高に演出する企業であり続けたいという思いを込めてこの理念を掲げています。」
4 「日本人に生まれて、米とおせちは正に日本人の文化を語る「ソウルフード」ですよね。だからこそ更に今まで地元高校生と考案したおせちなどと同じように、今度は東北地域の特色を生かしたおせちにチャレンジしてみたら面白いと思います。長濱さんともし一緒にやれるなら是非とも来年ソウルフードつながりで取り組んでみたいですね~。」
5 「博多久松の松田です!。私の大好きな言葉は「原理原則」つまりECも「原理原則」です。ECの大変さ、辛さ、難しさが沢山ある分、頑張れば結果に繋がりやすいビジネスだと思います。全国の皆さん頑張ってください!」
~最後に~
松田氏の瞳の奥には無数のエネルギーと人を虜にするパワーがある。パワーは魂である。その魂を全国のお客様に「おせち」という重箱に盛り込んでお届けする。あの重箱には無数の魂が盛り込まれていると感じさせられてやまない。その魂は博多久松の従業員1人1人に伝授されている。そんなおせちだから、全国の家庭の主婦から一年で一度の最も重要な「晴れの日」を安心してお任せされるのであろう。
幼少の頃、私の母が家族全員に役割分担してごまめ、栗きんとん、数の子の皮むき、などを年末から手伝わされた事を思い出した。正直「なんでそんなことをするのか?ハンバーグ食べたいな~」「それよりも冬休み友達と遊びに行きたい」と思っていた。でも松田氏に会って「なぜ母が私たち子どもにおせちづくりをさせたのか?それは親が子に“食育”をする最も大きな舞台であったのだ」と感じた。その家族間の愛情を単なる商品だけでなく、地道に地元高校生と共に共同でおせちを作るなどといった、親の本当の思いを形にすることに挑戦し理解されようと努力し続けた方だからこそ、今、博多久松は世間に求め続けられているのだろう。子を持つ親の気持ちを誰よりもって作られたおせちに世間の親は共感できるのではないだろうか。松田氏の生きざまは現在のEC界の旋風であるだろう。しかし、その松田氏をこの世に誕生させた両親は、日本の食文化を伝承する宝であると私は思う。