ECの人材と育成について 第6回:理想的なEC担当者のあり方【後編】

中島 郁

ECの人材の獲得と育成について、結論から言ってしまうと、獲得は外部人材の募集を実施して、もしよい人が見つかれば採用するといったくらいのレベル感で、ただ、必要なタイミングで必要なレベルの人が見つかる可能性は低いため、結局、内部育成していくことになるということです(これは、ECに限らず、筆者が得意とする新規ビジネス全般に言えることです。DX、デジタルビジネスをはじめ、アナログでの新規ビジネスなどもです)。この連載では、どのスキル、人材がEC業務に向いているか、どう育成していくかを、事業者側視点で書いていきます。最終回となる第6回は「理想的なEC担当者のあり方」【後編】です。

初心者の育成

・ノールックバックパス方式?
できるだけ早くあるレベル以上の人材を育てたいときは、乱暴な手段ですが、新人担当者に趣旨を話した後、わざと丸投げをすることです。最初は本人もひどい目にあいますし、関連する業務の担当者に迷惑をかけますが、結果的に早い育成ができます。このためには、上司、関連の人が、できるだけ待つ、失敗するとわかっていても途中では口を挟まないということと、最後の最後に間に合わないときや、トラブルになるときに上司が自分でやってしまうという覚悟は必要です。

この方法で育成された人間は、打たれ強くなることももちろんですが、ECやデジタル関連で次々と出てくる新しい手法やソリューションなどを、最初から任せられる担当者となる可能性も高いです。自分で調べて、考えて、目途をつけて、実行する、失敗を知っているというのがベースのスキルとなります。ある人が、「ノールックバックパス方式」と呼んでいましたが、細かい指示をせずに、わざと丸投げして、ほって置くという意味合いです(ちなみに、筆者が事業会社で採用するとき、クライアントのための募集要項を書くときは、最後の要件に「痛い目に会ったことのある人は、尚よし」と入れています)。

・しっかり育成方式?
ノールックバックパス方式とは違い、しっかりと伴走しながら、一つひとつを指示、実行、確認しながら身に着けていってもらう育成方式です。育成担当には負荷がかかります。独り立ちまではやや時間はかかります。先輩担当者の助手やアシスタントとして働いてもらいながらという形です。ミスが許されない運用を行っている場合はこちらの方法でやるしかないでしょう。ただし、指導できる担当者がスキル的にも、時間/リソース的にもいるかどうかです。先輩側もスキルが高くない場合は、一緒にノールックバックパス方式になってしまうこともあります。

・EC以外の業務との兼務
EC開始時期や規模が小さい段階では、EC担当者が少ない、EC部門内で兼務が多いというのは当たり前ですが、EC以外の役割と兼務している場合もよくあります。本来は目指すECの規模に対するリソースは専任で置き、ノウハウをためながら、目標に向かって成長させていくべきですが、背に腹は代えられないというところでしょうか。

その場合、兼務はしょうがないのですが、できるだけ実施してもらいたいことがあります。それは、一日のなか、もしくは、1週間の中などでのEC業務にかかわる時間帯と総時間を決めて、その時間は集中してもらい、そのうえで兼務をしてもらうということです。

ECが後から入ってきた業務の場合、元の業務の手が空いたらECの商品を登録するとか、メルマガを送るなどといったやり方をしているところがあります。店舗で顧客がいない手空きのときに販売員さんがバックオフィスでDMを書いたりするノリと同じです。これでは、EC自体も成長しませんし、担当者のスキルも上がりません。

ECにとって、商品登録もメルマガなども本業です。本業を手空きのときにやるという考えでは、担当者のモチベーションも上がりませんし、結果も出ません。改善もできませんし、ノウハウもたまりません。せめて、毎日午前中はEC業務を行うとか、毎週火曜日の午後はメルマガ作業を行うとかの設定をし、上司や関連部署がそれを尊重し、EC業務にあたらせるべきでしょう。同じ兼務でも、全く成果、成長が変わってきます。

・初心者からリーダーへの育成
もちろん、ポジション的、適正的にすべての人がリーダーになれるわけではありませんが、この人材不足のなか、可能性のある人は、どんどんとリーダーへ育成して欲しいと思います。

一般的には、その業務がこなせ、理解が高く、他の人の指導などもできるような人がだんだんとリーダー化していき、どこかで正式に任命される場合、または、可能性のある人をリーダーとしてアサインし、他の人よりも業務をこなせるようになってもらい、指導もできるようになってもらうといったことでしょう。前者のできる人がいればそれが当然であり、マネジメントからも楽ですが、人材不足な中では、中々難しかったり、時間がかかります。後者は割と採られている方法であると思いますが、本人への負荷は高いので、動機付けやフォローアップが必須です。

筆者は、ECの立ち上がり期に、乱暴な形で後者をよく行っていました。これは、育成と業務の確立の両方を意図したものです。新規に始める業務に初心者がアサインされ、苦労の中、やっとなんとか形になってきた段階で、その業務のガイドラインとマニュアルの作成を依頼するのです。これは担当者への負荷は高いですし、嫌がられることも多いですので、とにかく動機づけが重要です。

後から入ってくる人への指導を依頼するとともに、それができるようになった際にリーダーとなってもらいたいことなどを伝える必要もあります。断わってしまい誰か違う人が引き受ければ、その人が将来リーダーとなってしまいますので、そういったことでよいかという本人への確認も必要かもしれません。

マニュアル化することで理解は高まりますし、指導することでスキルも上がっていきます。さらに、業務も確立され、生産性も上がっていくという一石二鳥にも三鳥にもなります。筆者はさらに、このリーダーとなる人を中心に、メンバー全員で定期的にガイドラインとマニュアルの見直し、改定をしてもらっていました。そうすることでメンバーの参加意識も、業務に対する自負も高まっていきます。リーダーが不在でも代行できる人も育ちますし、さらにリーダーとなれる人ができるということです。

新しい手法、ツール、トレンドがどんどん出てくる環境下であるECやデジタル分野では、これまでのやり方、考え方だけではなく、ECに関わるほとんど全員が、新しいことに取り組まなければならないでしょう。

その場合に、新規に身に着けるには、上記のような流れで、そして、それをある程度、手順化、マニュアル化していくことも大事で、人に伝える、教えるということは、自身の理解も深まり、より高いレベルで身についていくことになります。また、キャリアパスのところでも書きましたが、より広い範囲や上位の仕事をしていく際に、今までの業務を抱えたままでは無理なので必要なプロセスとも言えるでしょう。上位になればなったで、そのポジションでも、さらに新規のことを調べ、身に着け、人に教えていくというプロセスがあるのは当然です。

・担当者/リーダーになったら(育成出来たら)、外に出そう!
育成のためには、スタッフに自信を持たせるということも重要です。小売業全体のそうですが、社外との交流も少なく、転職などによる人材の流動性も低いEC業界では 他社が何をやっているかという情報も乏しいと言えます。また、歴史も短いですし、次々と新しい手法が生み出されなかでは、何が正しく、他社ではどうやっているのかということを知る機会も少ないのです。そのため、自身が自社でやっていることに自信が持てないということが多々あります。

また、社内だけで育成されてきた人材に関しては 経営層はその人たちがECなどに詳しくない段階を知っていて、わずか数年で詳しくなるとは思えず、担当者からの説明、稟議などを認めてよいかわかりません。担当者も、経営層から理解できない、認めてもらえないから、ビジネスとして成長できないという、両すくみのような状態となっている会社が多いようです。

そこで、他社の情報を聞きに、セミナーに出かけることや、交流できるところで情報交換を行うことにより、自分たちがやってきたことは、EC業界的に間違っていない、レベルは低くないということを確認できることは重要です。そうすることで経営層に自信をもって説明できるようになり物事が進むようになります。自信はスキルアップに重要です。さらに、他社がやって成功しているような事例を持ち帰り、検証し導入することで事業成長の可能性もありますし、そのプロセスを経験することは、担当者として新しいものに取り組むという重要なスキルを獲得することになりますし、さまざまな知見を得ることにも役立ちます。

人材の獲得、育成の目的

人材の獲得、育成の目的ですが、全般的な底上げのために、とりあえず全メンバーが身に着けるといった形で育成していく場合もありますが、本来は(通常の会社の人事が考えるように)、成長を踏まえ、その段階でのあるべき組織、必要な役割、必要なスキル人材、人数などを想定し、育成にかかる時間を考えて育成していくべきです。ECをはじめとするこういった成長分野では、想定どおりに行かないことも多く、巻きで(一旦立てた想定よりも早め早めで)、育成していくことが、成長のドライバーにもなります。

ただし、厳格にいうと、規模や成長の段階で求められる人材は違うとも言えます。特に事業全体の責任者は違います。例えば、立ち上げ前、立ち上げ期、初期成長期では、全体がわかり、どの部分も兼務で行えるような人材が必要となります。

最後に

ECの成長には、コンセプトの徹底が最も効果があり、そして、その上での成長のために、新しいソリューションやツールなどの導入をしていく流れですが、どちらもそれを実現させるために、まず基礎的な知識と基本的な考え方を身につけた人が担当するのが結果的に早道です。

また、他のビジネスにも言えることですが、ECに向いている人は、周りに知っている人がいなくても自分で調べて、自分(の頭)で考え(ある程度めどをつけ)、自分で実行できる人といってもいいのかもしれません。新規にECを始めるだけでなく、開始後にもECにはいろいろな新しいツールや手法がでてきています。それらを(他社が入れているからと単純に導入するのではなく)本当に自社にとって意味があるのか調べて、評価して、導入するようなことも含めてです。

筆者がECに関わり始めたときは、MAツールもリコメンドエンジンもサイト内検索ツールなどもありませんでした。そういったものが出てきたときに、ちゃんと調べて評価して、提案してくれるスタッフは本当に助かりますし、そのあと、ちゃんと導入、活用できるようにしてくれる人材が重要です。

EC、オムニチャネル、DX、その他のビジネスも含めて、先行きが不透明で、将来の予測がむずかしい時代に、どんどんと新しいものが出てくる中、既存のビジネスや今やっていること、単に他社がやっていることの範囲の「海図」をあてにするのでなく、担当者は自分で調べて考え実行できる「コンパス」のようなスキルを持つことが重要であるということです。これは今の会社に長くいる場合も、新しい環境へ移る場合も、間違いなく評価される能力といえるでしょう。 (了)


著者

中島 郁 (Kaoru Nakashima)

豊富なEC、オムニチャネル、デジタル化の実務経験に加え、アナログを含む成長や新規事業のタネの掘り起こしと実現に強い。ベンチャー⇒外資⇒老舗と通常と逆の経歴で新規事業/新組織を担当。関与は小売、EC、デジタル/リアル、メディア、サービス等。トイザらスでマーケティング部門/EC法人立上げ、ジュピターショップチャンネル役員(EC・マーケティング)、GSIcommerce/eBayEnterprise APAC代表/日本法人社長。三越伊勢丹ではコンサルでの関与後EC役員事業部長に就任、オムニチャネル推進も担う。大規模EC3社の事業責任者経験は珍しい。ベンチャー~大企業の新規事業、戦略、マーケティング、EC、小売、リアル・デジタルを実務視点で支援。Babson College MBA

※X、Threads、noteでも情報発信しています。ご意見・ご感想お待ちしています。
https://twitter.com/nakashima
https://www.threads.net/@nksmk
https://note.com/nakashimak