東南アジアに見るTikTok Shopの戦略的展開──日本企業が今とるべき一手とは
日本でもついにローンチされたTikTokのEC機能「TikTok Shop」。日本の事業者・ブランドがTikTok Shopを海外、特に東南アジア各国のEC市場において活用し、成功を収めるためにはどのような点に注意すべきなのか。中国を拠点に日本企業の越境ビジネスを支援するNint 戦略事業室 室長・堀井良威氏が、Nint独自のデータと深い知見をもとに解説する。
グローバルECトレンドの視点から見るTikTok Shop
前回までの記事で、TEMUやTAOのような単一プラットフォームで複数の地域の消費者に販売できるプラットフォームを「マルチローカルコマース型(MLC型)ECプラットフォーム」と呼び、グローバルな消費者に同一の顧客体験を提供することの重要性、そして、複数国に同時展開できるプラットフォームの均質性という利点を最大限に活用しつつ、各国の文化・消費習慣・消費水準といった異質性を十分に考慮した戦略が求められる時代にある点について述べた。
そして、6月末には、動画投稿アプリ「TikTok」が日本でEC機能「TikTok Shop」を開始した。TikTokによるEC展開は17カ国目で、日本の商習慣や消費行動に合わせて機能やサービスがローカライズされているという。この出来事は日本のEC市場を活性化させることが予想されるものの、グローバルECトレンドという視点からは3つ指摘できる。
1つ目は、ここ数年、日本で台頭する新たなECプラットフォームは外資主導である点。2つ目は、これらのECプラットフォームは、グローバル展開の一環として日本市場にも進出しており、特定の国に特化した戦略ではなく、広域的な視点で運営されている傾向が見られる点。3つ目は、外資ECプラットフォームの日本市場参入に商機を見出しているのは日本のECサプライヤーだけでなく海外サプライヤーも同様である点だ。
今回のTikTok Shopの進出に合わせて、中国ブランドの日本進出が加速することが予想される。これは、中国企業にとって、日本のECプラットフォーム上で戦うよりも、ライブコマースといった自社が得意とする販売手法を活用できるためである。これら3つの視点を逆から見れば、日本企業の海外進出が加速しやすい環境にあるということだ。海外消費者も国内消費者も、グローバルな商品ラインナップから商品を選び、同一プラットフォーム上で消費する時代である。日本で培ったEC事業の知見が海外で、逆に海外で得た知見が日本で活かせるようになり、海外市場へのアクセス障壁が大きく下がった今こそ、グローバル戦略としてEC事業を再構築することが求められている。
東南アジアEC市場におけるTikTok Shopの動向
そのきっかけ作りとして、Nint推計データをもとにアジア市場のプラットフォーム環境を概観したい。
各国のTikTok Shop(2025年1月~5月)の販売金額をカテゴリレベルで分析したところ、6カ国全てでビューティー・パーソナルケア(Beauty & Personal Care)カテゴリが1位という共通点があった。一般的なECプラットフォームでは家電やアパレルがTOPになりやすいが、TikTok Shopでは「ディスカバリー型EC」と呼ばれる消費行動やユーザー属性が影響していると考えられる。
各国のTikTok Shopではビューティー・パーソナルケア(Beauty & Personal Care)カテゴリのシェアが高いことがわかったところで、次に考慮しなければならないのは、そこに参入するほどの市場性があるか否かである。例えば、同カテゴリを細分化し、スキンケアカテゴリに絞ると、多くの国でTikTok Shopは40%を超えるもののシンガポールでは10%程度のマーケットシェアとなる。東南アジアを一括りで理解する一方で、各国におけるカテゴリ選定分析とプラットフォーム選定分析の2軸で参入するべき市場を見極めなければならない。さらに、前回記事で分析したとおり、各国の平均決済単価の比較を考慮することで、マーケットに参入した際の価格ポジショニングをも明確にしていく必要がある。
そして、仮に東南アジア市場において特定のプラットフォームとカテゴリに参入を決めたとして、次にいかなる競合企業、ブランドと競争環境にあるのかを精緻に把握しなければならない。例えば、上記のスキンケアカテゴリにおけるTOP10ブランドの出現状況を調査すると、6カ国×3プラットフォームの計18個のランキング(2025年1月~5月、ブランド別販売金額ランキング)全てにランクインするブランドはない。各国の消費者、プラットフォームの特性が異なる以上当然の結果とはいえ、それぞれの領域においてベンチマークする競合ブランドの選定が必要といえる。
なお、この18個(6カ国×3プラットフォーム)のランキングにおける日本ブランドの出現率は限定的である。具体的には、ベトナムのLazadaで資生堂ANESSAブランドが、タイのLazadaでKOSEブランドが、マレーシアのShopeeで肌ラボがランクインしている。一方、TikTok Shopにおいては現時点でTOP10にランクインしている日本ブランドは確認されていない。これは、新興プラットフォームにおけるプレゼンスの違いを示すものであり、日本企業がこうしたプラットフォームへの参入に対してより慎重な判断をしている傾向もうかがえる。ただし、今後はTikTok Shopの普及とともに、各国市場での認知拡大や戦略的投資によって、日本ブランドの存在感が高まる可能性も十分にある。
東南アジア市場で見るLABUBU現象トレンド
次に、日本を含む世界で話題の中国アートトイブランド「POP MART(ポップマート)」が展開するキャラクター「LABUBU(ラブブ)」が東南アジア6カ国でも同様のトレンドが起きているのか、という観点から分析してみたい。
「LABUBU(ラブブ)」人気は東南アジアのEC市場でも同様の現象が起きていることがわかる。例えば、各国の2025年1月を起点とした月次のPOP MARTブランドの成長率を見ると、東南アジア各国で近しい動きを見せる。複数の国で2月に大幅に増加率が高まるなど国ごとの文化カレンダーに沿う動きがある一方で、増加幅やマイナストレンドへの入り方などには各国の共通点も多く、LABUBU人気が複数国で同時に拡大している様子がうかがえる。
このように、LABUBUのようなキャラクター商品では、国をまたいだ共通トレンドが観察されることもあるが、すべてのカテゴリにおいて同様とは限らない。
例えばスキンケア市場では、各国で上位に挙がるブランドに共通性が見られず、消費行動や嗜好の多様性が強く表れている。カテゴリによっては一律にマーケットシェアを拡大することが難しく、国ごとの市場環境に応じた戦略が求められる。
こうした違いを踏まえると、東南アジア市場ではグローバルトレンドとローカル戦略の両軸を視野に入れた柔軟なアプローチが重要になる。
以上、東南アジアEC市場戦略を考える上では、現代のECプラットフォームを活用した広域展開の可能性と、各国の市場特性に応じたローカライズ戦略の両立が求められる。これまで紹介してきたMLC型プラットフォームの活用によって、地域全体に効率的にアプローチできる反面、価格帯や競合状況、消費者の文化的背景などによって多様なトレンドが生み出されている。特に東南アジアは多様な文化・宗教・経済水準が混在する市場であるため、一元的なアプローチには限界があることもわかった。
このような市場特性を踏まえると、東南アジア参入のためにはまず地域全体のトレンドを把握しつつ、各国ごとに異なる消費行動や競合環境を詳細に分析する必要がある。東南アジア市場における持続的な成長を実現するには、グローバルな視点とローカルな視点をバランスよく組み合わせた事業戦略の設計が不可欠といえる。