なぜ「ヘルシーなマック」は失敗し「メガマック」は売れたのか?【書籍プレゼント付き】顧客の“建前”を見抜き本音を暴く『「欲しい」の本質』

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船木春仁

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「お客様の要望通りに商品を改善したのに、なぜか売れない……」。
「ヘルシーなマック」が失敗したように、EC運営や商品開発の現場で不可解な壁にぶつかったことはないだろうか。

その答えは、顧客自身さえ気づいていない「無自覚な欲求=インサイト」にあるようだ。

今回紹介するのは、アンケートでは見えない「建前」の裏にある「本音」の発掘法を体系化した一冊。そのエッセンスを紹介するので、「要望通りなのに売れない」という悩みを抱え、現状を打破する科学的なフレームワークを学びたい方に最適だ。

マクドナルド復活の裏にあった「顧客のウソ」

これは、ハンバーガーチェーン、マクドナルド(日本)での実話であるという。

同社では2000年代前半、低迷する売上を打開する手がかりを探るために消費者へのインタビュー(フォーカスグループインタビュー)が繰り返していた。そこで多く寄せられたのは、「ヘルシーなメニューを食べたい」「サラダをおいてほしい」という声だった。

消費者の要望は「絶対」だ。すぐに「サラダマック」が開発された。多くの人が望んだはずの「野菜が食べられるヘルシーなハンバーガー」だ。しかし、ふたを開けてみれば販売成績は惨たんたるもので、ほどなく撤退を余儀なくされた。

ところが、である。肉の量を大幅に増やした「クォーターパウンダー」や「メガマック」を売り出すと、これが大ヒット。消費者の声とは真逆のヘルシーとは言い難いメニューだ。

お客様は嘘をついたのだろうか? ヘルシーさを求める声は間違っていたのだろうか? 

いや、そうではない。「たまにはヘルシーなものも食べなきゃ」というのも本心だが、「もともとマックのパティは美味しいのだから、思い切り食べてみたかった」というのも、言葉には出さない本能的な欲求だったのである。マクドナルドはこれで経営再建の糸口をつかんだ。

アップルのスティーブ・ジョブズは、「フォーカスグループインタビューによって製品をデザインするのは難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで自分は何が欲しいのかわからないものだ」と語っていたという。まさにその通りの事象が起きたのだ。

消費者が秘める無自覚な欲求「インサイト」

では、なぜマクドナルドは、消費者の「声」を無視したメニューの追加に成功したのだろうか。『新版「欲しい」の本質』の著者は、「インサイトを見出せたからだ」と説明する。

インサイトの事例を検索すれば、マクドナルドの「クォーターパウンダー」のほかにも、アップルの「iPhone」やP&Gの「アリエール」などがヒットしてくる。iPhoneは携帯電話であらゆる情報をウエアラブルにし、アリエールは目に見える汚れだけでなく除菌の力もアピールした。

著者はインサイトを「新奇性と購入意向がいずれも高いアイデアにつながる無自覚な欲求」と定義する。ここで多くのマーケターは疑問を抱くだろう。「本人ですら気づいていない無自覚な欲求を、他者が把握することなど不可能なのではないか?」「そもそもマーケティングとはニーズ(潜在化した欲求)を満たすことではないのか?」と。

著者は、そんな疑問は百も承知だ。「欲求が顕在化しているニーズに対し、インサイトは無自覚な欲求だから顕在化はしていない。だからこそ、競合が見逃しているブルーオーシャンである」。そして、「インサイトは探索されなければならないし、探索する方法論はある」と断言する。

本書は、あいまいになりがちなインサイトの定義から、それを探り当て、ヒット商品の開発につなげ、さらにはインサイト手法を組織文化として定着させるまでの「全手法」を惜しげもなく公開する実践書である。実は著者らは、2017年に『「欲しい」の本質』の初版を上梓しており、本書は初版から8年間ほどのコンサルティング実績を踏まえて改訂された新版だ。それだけに現代の消費行動に即した精度にアップデートされている。

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仮説探索からインサイトを発掘するフレームワーク

本書の前半は、いわば「インサイト概論」。ここで特にユニークかつ重要な視点が、人間の欲望を「天使と悪魔」の両面でとらえるアプローチである。

著者は、「欲望マンダラ(曼荼羅)」という図を用意し、あらゆる欲望には「エンジェルな欲望(善の心理)」と「デビルな欲望(悪の心理)」があると説く。

先ほどのマクドナルドの例で言えば、「ヘルシーなメニューを食べたい」がエンジェルなら、「パティは美味しいのだから、思い切り食べてみたかった」がデビルだ。消費者はエンジェルとデビルな欲望の中間点でさ迷っている。アンケートで回答されるのは往々にして「エンジェル」な建前であり、ヒットの鍵を握る「デビル」な本音は隠されがちだ。

では、どうやって隠された本音(インサイト)を引き出すのか。著者は、インサイトの前段階である「仮説」を得るために必要な「4つの情報要素」を提唱している。

著者は「感情だけで発想したアイデアは人の心を動かさない」と言う。いわゆる思いつきは、思いついた人の感覚や発想でしかない。それに対してインサイトは、「仮説を探索」して「仮説の検証」を繰り返す。いわばアートとサイエンスの繰り返しから浮かび上がってくる。

その「仮説の探索」にアンケートやインタビューなどで多くの声を集めるわけだが、個々の声をこの「4つの情報要素」に集約・構成するのだ。システムづくりにおける「要件定義」のイメージである。

例えば、「幼児向け教材の販売数が減っている」という課題に対し、その原因と消費者のインサイトを探り、ある母親の声をこの4要素で分解した事例がある。休日に夫が公園かどこかで子どもと遊んでくれているのを(シーン)、少し離れて見ていて(ドライバー)、「産んでよかった」と思え(エモーション)、日常の子どもとの煮詰まった関係から解放される(バックグラウンド)。

出典:『新版「欲しい」の本質~人を動かす無自覚な欲求「インサイト」の見つけ方』宣伝会議

ここで重要なのは、「日常の子どもとの(家での)煮詰まった環境」という切実なバックグラウンドと、そこから浮かんでくる「チマチマしたことを教えたがる幼児向け教材」への不満だ。つまり、ただでさえ子どもとべったりなのに、子どもをテーブルに貼り付け、「親がつきっきりで教えなければならない教材」にうんざりとしているのである。

このインサイト(親の手を離れ、子どもが勝手に熱中してくれるものが欲しい)を起点として検証が繰り返され、「ダイナミックな体験を与えて子どものやる気を引き出す」というインサイトから、新しい教材のアイデアが形を見せた。

科学としてのインサイト探索の全手法を公開

本書はこうしたいくつかの前提を学んだ上で、インサイトを探り、確定し、商品やサービスの開発に結びつけていく具体的な方法論を詳細に紹介している。

興味深いのは、漫画やポンチ絵などを重宝していること。商品開発に結びつきそうなインサイトを4コマ漫画風に描いて誰もが簡単に共有できるようにする。すると商品やサービスを具体化するときにもブレがなくなる。

あえて申し添えれば、一読してすぐに使いこなせるほど甘くはない。むしろ手強い。人の心は単純ではないが、本書をテキストとして試行錯誤を繰り返せば、これまで見えなかった「顧客が本当にお金を払いたいポイント」が見えてくるはずだ。それが、自分なりの「インサイトのノウハウ」だ。

とはいえ怖れたり、ためらったりすることはない。なぜなら、「インサイトの発掘」は科学であり、誰もが取り組めるものなのだから。

著者たちがコンサルタントとしてのノウハウを惜しげもなく公開しているのは、「ノウハウを知れば、誰もが一歩前に踏み出せ、消費者が本当に望んでいる商品やサービスが増える」と確信しているからである。「なんとなく売れない」「アンケート通りに作ったのに響かない」という悩みを持つEC事業者にとって、本書は現状を打破する強力な武器となるだろう。

著者について
大松孝弘さんは株式会社デコムの代表取締役社長。波田裕之さんは(株)デコムのパートナー。(株)デコムは、「世界中の人々の声なき声をカタチにする」をパーパスに掲げるマーケティングの支援会社。2004年の設立以来、インサイトリサーチの手法による事業を展開し、これまで1000件以上の新商品開発やマーケティング改革の実績を持っている。近年は、生成AIを活用したインサイト探索SaaSの開発にも取り組んでいる。

【書誌情報】
新版「欲しい」の本質~人を動かす無自覚な欲求「インサイト」の見つけ方
大松孝弘、波田裕之 著
宣伝会議
2420円(税込)

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著者

船木春仁 (Haruhito Funaki)

水産経済新聞社、東京タイムズ社編集局社会部、文化部デスク、社会部長、金融証券部長、編集局総合デスクなどを経て、1990年に編集工房PRESS Fを設立。フリーの経済・産業ジャーナリストとしてダイヤモンド社、新潮社、野村インベスターリレーションズ(『IRmagazine』)、東京海上日動火災保険(代理店向け広報誌『Club Nextage』)、NTT(広報誌『365°』)、川崎重工業(技術広報誌『Kawasaki News』)などの各種媒体で記事執筆や企画構成。著書に『時代がやっと追いついた 新常識をつくったビジネスの「異端者」たち』(新潮社)、『テクノロジー・ストリーミング 技術頭脳集団NTT-ATの挑戦』』(毎日新聞社)など。