検索から会話へ:顧客はブランドに何を「プロンプト」するのか
断片的なキーワードで検索する時代は終わり、AIとの「会話」を通じて答えを導き出す「プロンプトの時代」が到来した。本コラムの第1回で提示した「検索から統合へ」のパラダイムシフトは、今、ECの最前線で具体的なユーザー行動の変容として現れている。
従来の検索にはなかった、意図・文脈・制約を含む消費者の問い=「プロンプト」に対して、EC事業者はどう応えるべきなのか。イスラエル工科大学MBAプログラムでeコマース分野を教えるパベル・ザスラフスキー氏が、AI検索のメカニズムと、ユーザーが持つバイアスの両面から、その本質を解説する。(全6回)
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【第1回】AI検索革命:EC事業者が直面する「検索から統合」への転換
検索は一度で終わらない
●マルチターン・ディスカバリー
AI検索行動における最も大きな変化の一つが、「マルチターン・ディスカバリー」です。従来のSEOでは、検索セッションは一度きりで完結することが一般的でした。検索し、クリックし、購入する、あるいは離脱する、という流れです。
しかし生成AIの時代では、検索は反復的に進みます。ユーザーは広い質問から始め、追加のプロンプトによって徐々に絞り込んでいきます。
【マルチターン検索の例】
・ステップ1 「湿度の高い夏に最適なスキンケアルーティンは?」
・ステップ2 「その中で、アルコールフリーで敏感肌向けなのはどれですか?」
・ステップ3 「銀座のデパ地下で購入できるものを教えてください」
これは検索ではなく、会話です。
もしブランドがステップ1に表示されても、ステップ2や3を満たす詳細な「構造化データ(Structured Data)」がなければ、顧客は途中で離脱します。コンテンツは、少なくとも5ターン程度の会話に耐えられる深さを備えている必要があります。

いま起きている変化
第1回でも述べたように、「青いリンク(Blue Links)」の時代は終わりつつあります。過去20年間、EC事業者のマネージャーは「クエリ」、つまり「防水ブーツ」や「新宿 寿司」といった、短く断片的なキーワード入力を前提に最適化を行ってきましたが、近年、ユーザーの行動には明確な変化が見られます。ユーザーはもはや単に「検索」しているのではありません。いま起きているのは「プロンプト」です。
今回のシリーズ第2回では、このプロンプトの仕組みを深く掘り下げ、それがEC店舗にとって何を意味するのかを明らかにします。
クエリからプロンプトへ:「キーワード語(Keywordese)」の終焉
かつて人間は、機械に理解してもらうために「キーワード語(Keywordese)」を話すことを学びました。
それは、人間の自然言語を削ぎ落とし、簡略化・抽象化した表現体系です。私たちは検索エンジンに「質問」をしていたのではありません。検索エンジンに対して「命令」を与えていたのです。
しかし現在、検索ボックスは「対話ボックス」へと変化しました。プロンプトはクエリとは異なり、「意図(Intent)」「文脈(Context)」「制約(Constraints)」を同時に含みます。
【クエリとプロンプトの具体例】
▶旧来のクエリ:「卓上 空気清浄機」
▶新しいプロンプト:「スギ花粉の時期でも使える、10平方mの寝室向けで、静音性が高く、床面積をあまり取らない空気清浄機が欲しい」
この違いが重要なのは、AIが単語そのものを探しているわけではないからです。AIは「空気清浄機」という言葉ではなく、「静か」「省スペース」「花粉対応」という制約条件を満たす製品を探しています。もしコンテンツがキーワードだけを対象にしている場合、プロンプト検索においては見えない存在になります。
「良いプロンプト」とは何か
●なぜEC事業者は理解すべきなのか
関連性(Relevance)を設計するためには、購買意欲の高いユーザーがどのようなプロンプトを使うのかを理解する必要があります。購入につながる「良いプロンプト」には、通常3つの要素が含まれています。
【良いプロンプトを構成する3要素】
1. 目的(Objective)
何を達成したいのか
例:「ハイキング旅行を計画したい」
2. 文脈(Context)
その人が置かれている具体的な状況
例:「初心者で、雨が降っている」
3. 制約(Constraints)
超えてはいけない条件
例:「予算は15,000円以内」
AI検索が成熟するにつれ、キーワードよりも具体性が重視されるようになります。現在のユーザーは、Google検索より多くの言葉を使いながらも、ChatGPTほど長い入力は行っていませんが、行動変化はすでに始まっています。
初期データからは、ユーザーがキーワード語を離れ、より豊かな文脈を提供することで、AIが正確で文脈に適合した結果を生成しやすくなっていることが確認されています。
EC事業者にとって、「強いプロンプト」は高付加価値コンバージョンの新たな基準になりつつあります。そのため、商品データや商品説明には、この3要素すべてに対する「答え」が含まれている必要があります。商品がどのような文脈で使われるのかが示されていなければ、AIは高度なプロンプトと商品を結びつけることができません。

信頼のパラドックス:権威の錯覚
近年の検索行動に関するユーザー調査では、重要な傾向が明らかになっています。ユーザーは、従来の検索リンクよりも、AIが生成した要約結果を信頼する傾向があります。
Li & Aralなどによるランダム化実験では、「信頼のパラドックス(Trust Paradox)」が示されています。ユーザーはAIに懐疑的でありながら、リンクや引用が存在するだけで、たとえそれが壊れたリンクや幻覚(Hallucination)であっても、回答への信頼度を大きく高めます。
この誤った信頼は、教育水準の問題ではありません。研究では、大学教育を受けた消費者の方が、GenAIの情報を信頼し、共有しやすいことが示されています。
私たちは皆、「提示バイアス(Presentation Bias)」の影響を受けています。
AIの要約は決定版の専門家意見のように感じられ、その結果、従来の検索リンクは約50%クリックされにくくなります。
提示バイアス以外にAIが信頼される理由
1. 公平性バイアス(Impartiality Bias)
従来の検索は広告や過剰なSEOで汚染されていると認識されています。AIは、すべてを読んだ上でマーケティングノイズを除去してくれる客観的な存在だと受け取られます。
2. 認知的容易さ(Cognitive Ease)
従来の検索は、クリックや比較といった労力を伴います。AIは1段落で統合された答えを提示し、その完全性が信頼感を生みます。
3. 口コミ効果(Word-of-Mouth Effect)
AIの回答は、知識豊富な友人からの個人的な推薦のように表現されます。この感情的な共鳴は、無機質なメタディスクリプションよりも強い影響力を持ちます。

見えざる手:文脈とフレーミングのバイアス
ユーザーがAIの結果を強く信頼している一方で、AIが中立的な裁定者ではないことも認識する必要があります。
AIは文脈によって判断が偏る存在です。
●文脈バイアス(Context Bias)
AIモデルは「コンテキストウィンドウ」、つまり直前までの会話内容に強く影響されます。たとえば、最初に「サステナブル素材」について質問すると、その後に「最短配送」を求めても、エコフレンドリーなブランドが優先されやすくなります。
●親近性バイアス(Familiarity Bias)
AIは「権威(Authority)」や「親しみのある存在(Familiarity)」を優先する傾向があります。その結果、学習データ量が最も多く、これまで標準的な選択肢として扱われてきたAmazonや楽天といった巨大企業、つまり既存の標準(Status Quo)に判断が寄りやすくなります。
このバイアスを乗り越えるためには、「レリバンスエンジニアリング(Relevance Engineering)」によって、AIが無視できないほど高い「情報密度(Information Density)」を構築する必要があります。ユーザーのプロンプトが自社のニッチと一致した瞬間に、専門性が明確に浮かび上がる状態を作ることが求められます。

これからの道筋:EC事業者のための緩和戦略
「プロンプト革命」を深掘りする中で、成功の指標そのものが変化していることがわかります。焦点は、クエリでの順位から、AIの回答が終わり、顧客のさらなる関心が生まれる瞬間での可視性へと移っています。
この新しい環境で成果を出すためには、デジタル戦略を2つの軸で進化させる必要があります。
●取得可能性の設計(Engineering for Retrievability)
もはや順位を取るだけでは十分ではありません。Schema、テーブル、明確な見出しを用いて、AIが容易に理解できる構造を整える必要があります。これは、AIコンシェルジュが使いたくなる知識ベースを構築することを意味します。
●今日のSEOと明日の検索の両立
トラフィックの「大分断(Great Decoupling)」は現実に起きています。
長いプロンプトや豊かな文脈、直接的な回答は、サイトへのクリック数を減らすことがあります。
しかしその一方で、AIの要約から流入したユーザーは、すでにボットとの対話を通じて「ディスカバリーファネル」を通過しています。彼らはより理解が深く、意思決定の後半段階にいます。
信頼は新しい通貨です。生成AIプラットフォームがどの情報源を強調するかは、社会が何を信頼できると認識するかを形作ります。
次回予告
次回の記事では、単純な語彙検索から、マルチモーダルかつマルチベクトル検索へと進化する検索の姿を取り上げます。


