マザーハウスが取り組む「オンライン接客」コロナ禍で生まれた新たな可能性を探り続ける取り組み
新型コロナウイルス感染症の影響で、店舗で接客・販売する従来のビジネスモデルが通用しなくなり、ECに参入する企業が増えている。ただECでは店舗販売のような接客ができないため、「思っていたのと違った」というミスマッチが起こりやすいのが課題だ。そんな中、途上国の自社工場や工房で生産したバッグやジュエリーなどの販売を行う「マザーハウス」は、ECでもスタッフが接客をする「オンライン接客」を始めた。導入経緯やメリット・デメリットを株式会社マザーハウスの小田靖之氏、工藤綾香氏に聞いた。
一気通貫の生産販売、ストーリー性のある商品で人気に。モール出品せず店舗と自社ECで販売
――マザーハウスの事業概要について簡単に教えてください。
小田氏:「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念のもと、2006年3月に創業しました。2020年で15年目になります。途上国にある素材を生かして現地の職人の技術で商品を作っていて、生産地はバングラデシュを皮切りにネパール、インドネシア、スリランカ、インド、ミャンマーの6カ国に拡大しました。
たとえばバングラデシュではレザーやジュート(黄麻)を使ったバッグや小物、ネパールではシルクが有名なので草木染めのストール、インドネシアやスリランカ、ミャンマーでは金線細工やカラーストーンを使ったジュエリー、インドでは洋服といった感じです。
――生産は現地の企業に委託しているのですか?
小田氏:いえ、一部提携工場はありますが、基本的に生産から販売までをすべて自社で行っています。特徴的な素材、顔が見える職人の技術、デザイン、ひとつひとつをお手渡しで販売する弊社スタッフまで、一気通貫であることやその背景にあるストーリーがマザーハウスの強みです。
――従来の大量消費大量生産とは一線を画していますね。
小田氏:そうですね。代表兼チーフデザイナーの山口は、途上国にある素晴らしい素材や卓越した職人の技術をより活かした形で、途上国から世界にブランドを発信できるのではないか?と思い、15年前に創業しました。
商品デザインは最初の「0→1」の部分はすべて山口が手掛け、サプライチェーンなどの部分を私たちが担っています。山口のクリエーションと職人の技術の掛け算をどう伝えていくかがブランドの大きな軸になっています。
――国内外で出店を加速している印象です。
小田氏:国内は約45店舗で、東京だと山手線の主要駅にはお店がありますね。海外では香港、台湾、シンガポール、フランスにお店を構えています。お客様の層は幅広く、女性と男性の比率も半々です。店舗によって客層が違い、求められているものも違うので、店舗からの情報をもとにディスプレイや商品ラインナップを変えています。
――実店舗のほかに自社のECサイトもありますね。卸やECモールへの出店はありますか?
小田氏:基本的には直営店とECのみの販売です。モールへの出店の話もでないわけではありません。売上を考えたら出した方がいいのかもしれませんが、そこで私たちが伝えたいことを伝えられるのか、15年間大事にしてきた理念を体現できるか、そこから判断して今は出店していません。
――利益第一ではなく、ブランドの理念を大事にしているんですね。
小田氏:この15年間、良い意見も悪い意見もいただいてきましたし、失敗もありました。変わらないものも変わり続けているものもあります。ただ私たちのゴールは常に一緒です。それに向かってどのようにやるかという「How」の面で色々とチャレンジする中でも「なぜやるのか」は忘れず大事にしています。
店舗閉鎖で会社や自分たちと向き合った1ヶ月半。そこから生まれたオンライン修理受付・接客
――モールへの出店などがないとなると、コロナ禍で実店舗への影響は大きかったんじゃないですか?
小田氏:エリアにもよりますが、基本的には4月から1ヶ月半〜2ヶ月お店を閉じました。ECの売上はありましたが、閉鎖していた店舗の分全部は賄えませんでしたね。
――2ヶ月分の売上は大きいですね。オンラインでの売上を増やすために何か取り組みはされましたか?
小田氏:YouTubeを使って、人気商品を紹介したり母の日のおすすめ商品をプレゼンテーションしたりしました。生配信もいっぱいやりましたね。子ども達の「おえかきコンテスト」では、一位になった絵をコットンバッグにプリントして、ショッパーとしてお客様に渡しました。
今まで年間を通してかなりの数のイベントをやってきていたので、オンラインでもお客様とコミュニケーションが取れる機会を作るように考えました。
――対顧客では企画が盛り沢山だったんですね。対スタッフについてはどのようなことをされたのですか?
小田氏:そもそも会社ってなんだろうという哲学的なところから商品企画まで、みんなでオンライン上で議論しました。15年間ずっと走り続けてきましたが、今回、新型コロナウイルスの影響で強制的に立ち止まらなければいけなくなりました。そこで「次に走り始めたときにどんな価値を提供できるのか」を話し合いました。
たとえば社内でチームを組んでビジネスコンテストのような企画をやったり、MHS(マザーハウススクール)というのを立ち上げ、カリキュラムを作って「生きるとは」「仕事とは」といったテーマで授業のようなことをしたりしました。その最後にはチームや店舗ごとに「店舗再開後にどういう価値を提供したいか」をプレゼンテーションしてもらいました。
すっごく忙しかったですしあっという間の1ヶ月半でした。オンラインで見ていても、みんな顔が疲れていましたね(笑)。
――会社と自分たちを振り返りこの先を考える、貴重な機会になったんですね。
小田氏:2ヶ月弱売り上げがなくなり、影響はリーマンショックよりも大きかったのですが、この機会だからこそ考えられたことも多く、ある意味いい機会になりました。その間にプロジェクトもたくさん立ち上がり、それがこの半年ほどで形になってきています。
――テレビ電話でのカバン修理受付はその中で生まれたのですか?
工藤氏:はい。オンラインでの修理は5月から始めています。緊急事態宣言で店舗が閉まっていたとき、YouTubeやテキストチャットでお客様とのやりとりを始めて、修理の受付もオンラインでできるのではないかと考えました。それにお客様がお仕事をお休みされるとなると、バッグもお休みに入ります。その機会に、やりたかったけれどできていなかった修理や色の塗り替えをしたいと考えるお客様もいると思いました。
――それまではバッグの修理はどういう流れでされていたんですか?
工藤氏:店舗では簡単なケアであればその場で行い、壊れていればお預かりして修理していました。店舗が近くにない方からは郵送で受け付けていました。ただ郵送から修理の見積りまで2週間ほどかかってしまっていたんです。それがオンラインでの修理見積りを導入したことで、郵送前にテレビ電話でバッグの状態を見せていただければ、その場で修理費用や修理期間の見通しが伝えられるようになりました。お客様もそれを聞いて「だったら新しいバッグを買おう」「また今度にしよう」といった判断がしやすくなりました。お客様からは「便利になった」とお声をいただいています。
利用の心理的ハードルが課題。オンラインとオフラインを行き来できるグラデーションを作りたい
――見積もりがでるまでの2週間の期間がゼロになったというのは大きいですね。11月からはテキストチャットでの修理見積りだけでなくテレビ電話での接客も始められていますね。こちらの反応はいかがですか?
工藤氏:「テレビでんわショッピング」というサービスを「LiveCall」というサービスを活用して展開しております。近くに店舗がないお客様からは「オンラインストアで購入するのは不安だったので、使ってよかった」と言われました。
ブランドの顧客様の利用が多いのですが、商品紹介だけでなく「新しくできた仙台の店舗を見てみたい」というお客様に、テレビ電話を利用して店舗ツアーをしたこともあります。今後はそういった店舗ツアーもできたら面白いかもしれませんね。
まだ始めたばかりのため、数字上の効果はこれからかと思いますが、反応からするとお客様にとってはプラスになっていると感じます。店舗でもオンラインでも、豊かなお買い物体験ができることが私たちの理想です。
小田氏:オンライン接客は、使わなかったとしてもオンラインサイトにそういう機能があることがブランドの信頼感にもつながりますからね。
――ほかに休業中のアイディアから生まれた商品やサービスはありますか?
工藤氏:「RINNE」という商品もこの時だからこそ生まれた商品ですね。思い出が詰まっているから捨てるに捨てられない、というお客様がお持ちのマザーハウスのバッグを回収して作った商品です。回収にご協力いただいたお客様にはポイントバックをしています。お客様の思いも一緒にお預かりし、次のお客様へ繋いでいくという「循環」ですね。
――オンライン接客をやってみて、課題に感じたことはありますか?
工藤氏:テレビ電話をつなげることへのお客様の心理的ハードルをどう下げるかは大きな課題です。テキストチャットであれば気軽に質問できますが、テレビ電話となるとお客様自らが話さなければならないうえに、どんなスタッフが接客してくれるのかわかりません。それがお客様の不安になっていると思います。
店舗からも「新規のお客様だと、商品以外にもお店やスタッフの雰囲気もわからないので、いきなりテレビ電話をつなぐのが難しいのかもしれない」と意見を聞いています。
そこで今はオンラインサイトにテレビ電話の様子を撮影した動画を埋め込んだり、予約方法を画面キャプチャで説明したりして、少しでも利用のハードルを下げるように努めています。試行錯誤の状況ですね。
――これからオンラインでの販売や接客を主流にしていくのですか?
工藤氏:いえ、オンラインと実店舗のどちらかに集約することは考えていません。お客様によって「ひとりでゆっくり商品を見たい」「スタッフと雑談したい」など、ニーズが違います。それに合わせてむしろ“入り口”を増やしていくつもりです。店舗でもオンラインでも電話でもメールでも、お客様にとって一番心地の良いやり方でサービスを提供したいと思います。
小田氏:対面であれば相手の感情や雰囲気、空気感は伝わりますがオンラインではそうもいきません。ただそこで二者択一ではなく、オンラインとオフラインで行ったり来たりできる“グラデーション”のような関係を作ることが、今一つのテーマになっています。やりながらアップデートしながら、自然な流れを生み出していきたいと思っています。