日本酒ECの次のマーケットは中国?レッドオーシャン市場に活路はあるのか。

ECのミカタ編集部

中山雄介氏

1998年 セブン-イレブン・ジャパン入社
その後、富士通、日本コカ・コーラを経る
2011年1月 アマゾンジャパン入社
(食品飲料事業部長、酒類事業部事業部長)
2015年2月 楽天(食品飲料ジャンル戦略部長)
2017年2月 越境EC事業Inagoraに参画(Vice President)
2020年8月 au コマース&ライフ株式会社の自社物販事業戦略を担うポジションに加え、EC・越境EC分野において十数社の社外顧問を務める。現、合同会社オープンゲートCEO。

急激な少子高齢化・人口減少が進む中、日本の食品市場は中長期的に縮小していく傾向にある。国内市場の伸び悩みから海外への輸出に力を注ぐ中小企業も増えており、生き残りをかけたサバイバルが加速している。特に近年、日本酒の輸出先として注目されているのが中国。日本の食や文化にある程度の理解があり、人口14億人を超える巨大市場は、新たな販路開拓を進める酒造メーカーにとっては魅力的なマーケットだ。ただ、日本とはビジネス環境が大きく異なるため、安易な進出は大きなリスクを伴う。今回は国内ECに加え、中国越境EC分野に長けた日本酒コンサルタントの中山雄介氏に、中国市場の魅力と輸出成功のポイントについて話を聞いた。

前編はこちら
https://ecnomikata.com/original_news/28618/

中国は魅力的なマーケットだが注意が必要

――中国市場ではこれまで日本のコスメやビューティーケア用品が人気でしたが、徐々に加工食品や日本酒の需要が高まっています。日本企業にとってはビジネスチャンスと言えそうですが、中小企業が中国市場に新規参入する際に注意すべき点はありますか?

中山氏:中小規模のメーカーが単独で中国市場に参入するのはリスクが高いと言えるでしょう。中国マーケットは確かに巨大で魅力的ですが、日本とはまったく異なる商習慣やビジネス上の制約が多いからです。

国を跨いでの商売である以上、これはどこの国との商売でも同じというのが前提ですが、中でもとりわけ、中国ビジネスはハードルが高いです。

まず第一に、中国では基本的に国内企業が優遇されるため、そもそも海外企業が単独で進出するにはハードルが高いのです。例えば、外国製品に対する規制が厳しかったり、事前に通知されることなく法規や政策が変わったりすることも結構頻繁に起こりますし、貿易・通関において、さまざまな手続きに時間がかかり、複雑なプロセスを経なければならないなど、日本とはビジネス環境が大きく異なります。

日本には、歴史的に形成された独特の素晴らしい商習慣がありますが、その一つに中間流通企業(卸売業者)の存在があります。
この卸の役割は生産者(メーカー)から商品を仕入れ、食品スーパーやコンビニエンスストア(小売業者)などに対して商品を卸す、つまり販売すること。
品質管理や需給に応じた配送も重要な仕事です。
日本ではこの商習慣を大切にしてきた長い歴史がありますが、中国にはこうした歴史がありません。ゼロではありませんが、非常に少ないのが実情です。

日本ではメーカー、卸売業者、小売事業者は、この信用取引を前提とした「帳合取引」が行われています。
例えばメーカーA社の商品を販売したい小売業者は、契約している特定の卸売業者からのみ仕入れる、といった取引形態です。これは信用取引が前提となっており、メーカー、卸、小売業者、この3社での信用取引なのです。日本独特の商習慣は、日本では常識ですが、海外では非常識 となります。

特に中国では、「商売である以上、合理的かつ効率的に、売れるならばどこにでも販売、さらには転売も」という競争原理の考えが根底にあります。
だから、結果として多くの中国事業者は、排他的な契約である「独占授権」を要求するわけです。中国ビジネスに関わった初めはこの「授権」という意味を正確に理解するのに少し時間を要しました。

明確なブランドアイデンティティの設定を

明確なブランドアイデンティティの設定を

――中国でビジネスを展開するにはある程度の現地化(ローカライズ)が必要ということですね。国内で強いブランド力があれば中国での成功が見込めるのでしょうか?

中山:商品の特性や企業の考え方にもよりますが、認知度よりもさらに大切なのは“ブランドアイデンティティ”横文字だと伝わり辛いので、日本語では、“ブランドとしての、わかりやすく他と差別化されたコアな価値の源泉”です。ブランド戦略の核となるもので、グローバルで勝負するには欠かせない条件ですが、これが定まっていない中小企業が数多く見られます。

日本酒の場合、中国側がすでに認知がされていて、取り扱えばすぐに売れそうなブランド、そういった意味で中国事業者が真っ先に売りたい商品のみを指定して取引するケースがほとんどです。これは考えてみれば当たり前の話で、無名のブランドを、中国でゼロから認知力をあげるには相当のコストと努力が求められます。

よほどのパイオニア精神が強烈にあれば話は別ですが、通常ビジネスとして純粋にみた時には、知名度の高い商品を優先的に取り扱いたいのは当たり前の話です。

こういった力学があるため、まず無名ブランドが進出する場合に苦労してしまうという事実と、合わせて認知度がある程度あっても、日本側の意図しない販売方法や、ブランディングを実行されてしまうケースが多々あります。例えば大きなキャンペーン時にメーカーに合意を取らずに多額のクーポンを発行して特売されたり、他の人気商品と抱き合わせて、大量に販売されたりすることが多々あります。K P Iの設定がメーカーと販売側で往々にしてズレるために、こうしたことが頻発します。

お分かりの通り、これらの施策は、結局のところ、単なる安売りです。「販促費」として割り切れるメーカーなら良いのですが、ブランドアイデンティティを大切にしている企業であればあるほど、中国側のこうした施策には否定的です。日本で築き上げたブランド力が、正しく伝わらず、単純に価格だけでしか勝負できないコモディティブランドに成り下がってしまえば、今後将来にわたって、中国市場では戦えなくなってしまうからです。

また、先ほど中国市場では、中国側が売りたい商品だけをピックアップして販売する例が多いと申しましたが、これだとメーカーの売上げのバランスが非常に偏ってしまいます。もちろん一銘柄だけが爆発的に売れても良いのですが、蔵全体の商品別利益のバランスやブランディングの面から見るとあまり好ましいことではないと思います。

いずれにしても、どの中国パートナーと組むかによって事業の成否が決すると言うことです。同じパートナーでも、中国寄りの企業か日本寄りの企業かでその対応はまったく異なります。このように、中国でのビジネスにおいてパートナー選びは、最重要課題と言えるでしょう。

未開拓の“ブルーオーシャン”に飛び込む

――ビジネスの成功には「タイミング」も重要なファクターです。2021年の今年、中小の食品メーカー、特に酒造メーカーは中国進出を考えた方が良いのでしょうか?

中山氏:現在中国は2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の影響を懸念し、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、新潟、長野(10都県)からの食品輸入を禁止しています。この10都県以外の地域の企業であれば、中国進出は積極的に考えるべきだと思います。人口14億人を超えるポテンシャルの高いマーケットですし、日本食品全般、特に日本酒への関心も高まっています。

中国本土への日本酒の輸出額は2019年で約50億円。右肩上がりに伸びており、2021には中国が世界一の輸出先国になることは確実です。しかしながら、現在輸出され、現地で飲まれている日本酒の種類は本当に限られています。ブランド認知度も、検索固有ワードで上がってくるのは10社程度です。1,000社前後ある日本の酒蔵を考えると、全くブランドが認知されていないのが現実です。日本の今後の人口構成に比べ、中国の人口構成と消費マインドを考慮すれば、まだまだ伸びる余地がありそうです。競合が少ない“ブルーオーシャン”であるうちに市場参入するべきでしょう。

――中国に進出した場合、短期的に見て売上げは立ちそうですか?

中山氏:これもやり方とパートナー次第です。きちんと売るためには方程式があります。

商品の認知度が高くない場合、大切なのは量を優先していきなり商品を大衆向けスーパーマーケット等の販路を優先すること。ブランドアイデンティティを確立するアクションをする前に、スーパーの棚に並んでしまっては、結局のところ、売れなければ在庫処分、安売りの渦に巻き込まれてしまいます。また昨今のコロナ禍もあるので日本食飲食店も厳しい状況です。
ブランド認知を高めるためには、まず「EC」に取り組むべきです。中国のEC率は世界で圧倒的に高いですし、ECのメリットは、酒蔵さんの側に立ってみれば、日本国内にいながら、新規顧客としての膨大な中国の消費者を直接取り込める点にあります。

まずECでの販売基盤を整えたら、次にマーケティングでブランドの世界観を伝えていきます。さらにKOLを使ったプロモーションでよりターゲットとブランドの訴求ポイントを明確にし、ブランドアイデンティティの認知度拡大に集中します。ここまでくればある程度認知が広まり、はじめてオフラインのスーパーマーケットや飲食店に対し、きちんとブランドを理解しているか、提供方法に詳しいかなどを厳しくチェックすると同時に、価格統制を敷きながら順次卸していくのがベターです。

結果、認知が高まりブランドの強さが認められれば、十分自分たちの土俵で戦えます。日本主導でビジネスができるため、リスクを最小限に抑えられるメリットもあるのです。

経験豊富なスペシャリストをパートナーに

経験豊富なスペシャリストをパートナーに

――ECで売上げを伸ばすには、優秀なコンサルタントを雇うのが一番だとする考え方があります。特に中国という特殊なマーケットで日本酒というレアな商品を扱う際、パートナーにはより高い専門性が求められますね。

中山:例えば私の場合は、セブン-イレブン・ジャパンでの小売業に加え、日本コカ・コーラでマーケティング、その後経験してきたアマゾンジャパンや楽天ではECプラットフォーマーとして日本酒事業を担ってきました。また、中国越境ECのインアゴーラでの日中ビジネス経験も生きています。

結果として、〈EC×中国×日本酒〉というかけ算3軸が形成され、この分野においては、本当に多くの取引先様、上司、同僚の方々のご指導のおかげで、ようやく個人のブランドアイデンティティを明確に確立でき、一定の希少価値に繋がっていると感じています。

中国には独特の商習慣やビジネス上の制約がたくさんあるので、ビジネスを成功させるためにはより専門性の高いパートナーや、実ビジネス経験者と人間関係、並びに会社としての信用含めてがっちりと組むことが賢明です。

例えば食品以外の分野のビジネス経験しかないパートナーに、食品や日本酒の仕事を依頼しても成功する確率は限定的だと思います。日本酒のような深い歴史、世界観、業界の課題や根付いている価値観、可能性、人脈など、体得しておくべきポイントがたくさんあります。単にビジネスとして日本酒を捉えるだけでは全くダメだと思います。

まずは、深いレベルで日本酒業界を知り、日本酒という作品を知り、世界観を学び、リスペクトすることですね。その上で、自分の専門性を引っ提げて、業界を新しい成長軌道に自らが引っ張るんだという位の、情熱とパイオニア精神と気概があるパートナーを見つけ、協業していくことが大切です。そんな人なかなかいませんが 笑

そういう意味では繰り返しになりますが、パートナー選定は最も重要な戦略意思決定になります。

日本には「老舗」と呼ばれる企業や店が数多くあります。日本酒はもちろん、味噌や醤油など食の世界でも多くの資産を持つメーカーがありますが、コロナ禍もあり、業務用業界を中心に国内需要の減退でどこも厳しい状態です。こうした中小事業者や、酒蔵の皆様はぜひ専門的な知識を持ったパートナーと組んで中国のマーケットに出てほしいと思います。

私がパートナー酒蔵と中国進出の戦略を立てる時には、まずブランド価値に軸足を置き、酒蔵の参謀役に徹することを心がけています。まず輸出の目標、ブランドアイデンティティは確立できているか、価格戦略はどうするか、パッケージは、販路はどうするのか、どの中国パートナーと組めば最も長期的に得策なのか――。どのような状況でもクライアントに寄り添い、成功に導ける“軍師”であり続けたいと思います。そして、最後に、経営の舵取りと、最終意思決定を行うのはあくまでも、酒蔵の経営者の方々なのです。


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