コロナ禍でも業績V字回復。独自路線をつらぬく飲食店向けEC「八面六臂」とは?
高品質な生鮮食品を中心とした、飲食店向けECサービスを手がける八面六臂株式会社。主要顧客である飲食店がコロナ禍で苦境に立たされる中でも、同社の業績は落ち込んでいないという。他社には真似できない仕組みを作り上げ、新規顧客を増やし続けるために、食品EC事業者は何をするべきか? 代表取締役の松田雅也氏に話を伺った。
こだわりの飲食店が愛用する、BtoBの食品EC
――八面六臂株式会社の事業内容について教えてください。
松田 当社は飲食店向けの総合卸売事業を展開しています。対象エリアは1都3県で、販売は全てWEBサイトを通じて行います。わかりやすく例えると、料理人さんのためのアスクルのようなサービスですね。商品は鮮魚や肉、野菜などの生鮮食品がメインですが、パスタや冷凍品、洗剤やタワシ、テイクアウト用の弁当箱といった什器類のお取扱いもあります。少量多品種を総合的に仕入れることができるBtoBのECとして、飲食店様の幅広いニーズにお応えできるようラインナップを拡充していっております。
――顧客となる飲食店は、どのようなお店が多いですか?
松田 当社の事業理念は「good food, good life.」ですが、つまり「自分たちが食べにいきたい飲食店のお客様へ、自分たちが食べたい商品を販売する」というコンセプトを掲げています。そういう意味では、主な顧客はチェーン店ではなく、個店ですね。こだわりがあって、楽しく・おいしく食事やお酒を楽しめるお店。低単価の居酒屋から、ビブ・グルマンに載るレベルのレストラン、地元客に愛される料理店など、ジャンルはさまざまです。良い品物が豊富にそろっていて、安く買える。ご愛顧いただいている理由はこれに尽きます。
――首都圏の飲食店となるとかなりの数がありそうです。市場規模が大きく、競合が参入することも多いのでは?
松田 国内の飲食店向けのラストワンマイル流通は10兆円市場といわれており、店舗数は約100万店舗と、とても大きな成熟市場です。一方、当社の対象エリアである1都3県に約50万軒の飲食店が密集しており、またその7~8割ほどが個店や小規模なグループ店です。食文化の変化により、規格的な料理を提供するチェーン店は減少傾向にあるため、相対的に当社の顧客層となるお店は増えてきています。
ただ、飲食店の軒数自体は多いのですが、エリアも分散しているし、与信や物流など、個店向けサービスならではの課題は多く、特に大手食品卸売業者はあまり個店をターゲットとしたがりません。料理人さんたちはとても厳しい世界に生きている人たちなので、あらゆる要素がうまく嚙み合わないと、買ってもくれないですし、もちろん買い続けてもくれません。昔から大手のプラットフォーマーも参入し、何度もチャレンジしてきていますが、そのほとんどが失敗するのが現状です。
おいしいものを届けるために、唯一無二の仕組みを作る
――そういった難しい背景の中でEC事業を展開するにあたり、どのような取り組みをされていますか?
松田 ECのビジネスは、突き詰めると「仕入れ」「販売」「物流」「決済」の4つに凝縮されます。まず仕入れでいうと、生鮮食品は流通量が不安定で、価格も品ぞろえも読めません。FAXを使うようなレガシーな商流も多く残っています。そして何よりも、良い商品を安く仕入れられるまでに、時間がかかります。
当社も創業したての頃は、築地市場で普通に買った魚を売っているだけの状態から、少しずつ取扱量を増やしていって、価格交渉ができるようになり、お客様に利用いただきやすいプライシングを実現しました。これは一朝一夕ではできません。「そうは問屋が卸さない」という言葉はまさにその通りで、例えば水産品なら、中央卸売市場の競り場で満足に仕入れができるまでに最低でも5年はかかります。新規の事業者がいきなり買い付けに行っても、「末端の魚屋で買っとけ」と門前払いされてしまうでしょう。
――生鮮食品という不安定な商品をシステムに落とし込み、販売の仕組みを整えるのも大変そうです。
松田 例えばマグロなら、どういった漁法で漁獲されたか、そしてどこの港で水揚げされ、どういった荷姿で流通するのか、さらには、魚体サイズ、部位、その個体の画像など。さまざまな商品情報が求められます。生鮮食品は季節もので、いわゆるJANコードもほとんどありません。つまりECの商品データベースが非常に組みにくい商材なのです。しかも賞味期限も短いので、仕入れた分は短期間に全て売り切らなければならないというフルフィルメント的な難しさもあります。
生産量が増減するリスクを受け入れつつ、一般的な食品EC事業者では実現できない面白いラインナップを用意し、本来マスタが組めないような商品を、いかに効率的に回していくか。当社では独自のシステムの構築にも、約10年ほどかけて力を入れてきました。実際に当社のサイトで取り扱っている商品の多くは、Amazonや楽天では売っていないと思います。
――配送も自社でやられているのですか?
松田 扱う商材の特性上、冷蔵冷凍の両方を含むクール便が求められますし、また水分を含む商品が多いので耐水性も求められます。さらに、鮮魚などは、一箱あたりの箱のサイズも大きいのですが、こういった難点のある商品を運んでくれる配送業者はほぼいません。しかも、午前4時に入荷した商品が午前8時に出荷されるようなフルフィルメントの速度です。
当初は外部業者に配送委託していましたが、コストと品質を鑑み、5年以上の月日と多額の資金をかけて100%の自社配送網を作り上げました。非常に難易度の高い構築でしたが、今ではこの物流網を武器に、さまざまな顧客サービスを開発できており、大きな差別化要因になっております。
また配送だけでなく、商品の入出荷、仕分けといった在庫管理をはじめとするフルフィルメント業務も、配送同様、難点が大きかったことから、創業時から自社で行っており、この点も当社の強みです。
――決済についてはいかがでしょうか?
松田 個人経営のお店は特にそうですが、与信の面で不安があります。そのために、金融機関と連携して、決済インフラもオリジナルのものを構築しました。お客様はストレスフリーな掛け払い感覚で購入していただけますが、裏側ではファクタリングをかけて債権を素早くキャッシュに変えるという、飲食店専門の仕組みです。お店を訪問せずに、WEB上で与信をデータでチェックできるので、効率的な運用が可能になっています。
コロナ禍でも業績が回復。その理由とは?
――新型コロナウイルスは、大きな影響を飲食店にもたらしました。八面六臂の業績にもインパクトがあったと思います。
松田 業績の面でいえば、コロナ禍に対する当社の印象はポジティブです。もちろん緊急事態宣言の発令による外出自粛では、売上に大きなマイナスの影響がありました。既存のお客様である飲食店が閉店することも多々ありました。その一方で、競合企業の廃業や事業縮小も起こり、多くの新規顧客が増加しており、当社の相対的なシェアが伸びております。もともと食品卸売業界はプレイヤーが多く、市場競争が激しいため、利益が確保しにくい業界ですが、プレイヤーが減るということは、不必要なプライシング競争が減り、中長期的には利益率の上昇につながっています。
さらに、この食品卸売業界は属人的な営業などが未だに残っており、競合企業などは固定費が高くなりがちなところ、当社は営業部門を設けないなど、システマティックに固定費を抑えた経営を続けてきました。そのため、他社が大きなダメージを受けている中でも、比較的ダメージを抑えることができ、昨年の秋ごろには、新型コロナウイルスによる落ち込みを乗り越え、業績をV字回復させることができました。
――こんなに早い段階で業績を戻したのはすごいですね!
松田 飲食業界の人たちは、お店がなくなっても他業種に転職しないケースが多いです。確かに既存のお取引先の飲食店は減りましたが、そのお店で勤めていた料理人さんは、そのお店を辞めても引き続き料理人さんとして、新しいお店に勤務したり、独立されるなどして、また当社をご利用いただくケースが非常に多く見受けられます。
また、現代は飲食店にもビジネスモデルの転換が求められる時代です。ウィズコロナに向けて、お店の移転やリニューアルをするタイミングで、新しい仕入先として当社を選んでいただいたお客様も多いですね。
――それでは、昨年から今年にかけて、具体的なコロナ対策などは行わなかったのですか?
松田 はい。何か特別なことをするのではなく、今までどおりの事業を着実に続けることを意識していました。業界的に見れば、このコロナ禍でBtoCの食品ECに参入した食品卸売者は多かったでしょう。食品ECのニーズは高まっていますが、大事なのは、コロナ禍以前からそもそも食品ECのニーズは高まっていたが、なぜみんなうまく行かないのか、ということです。この構造的な問題をクリアしないと、食品卸売業者による食品EC参入の過熱ぶりはあくまでも一過性のものになると考えています。ブームに乗ることよりも、食品ECの持つ構造的な課題をクリアしないと、長続きしません。
コロナ禍によって人口が減ったわけではないので、コロナ禍が収束すれば、また飲食店需要は大きく回復するので、そのときまでに相対的なシェアを広げつつ生き残り、残存者利益を取っていきたいと考えています。また、食品ECの構造的な課題も、コツコツと克服するべく、準備を進めていければ、とも考えています。
「食品ECの基本」から逃げないことが重要
――2021年以降、食品EC事業者はどんなことに取り組むべきでしょうか?
松田 先に挙げた「仕入れ」「販売」「物流」「決済」の4要素から逃げないことです。ECサイトをきれいに構築して「販売」だけうまくやっても、それは本質ではありません。他の3つをしっかり形にしないと、価格競争についていくこともできず、またお客様も付いてこないでしょう。
――基本に忠実に、ということですね。
松田 在庫リスクを取って良いものを仕入れて、配送コストに見合った物流網を作って、自社にも顧客にも最適な決済システムを導入する。これでようやく持続可能なECが成立します。大手ネットスーパーのメディア部門のようになってしまっているベンチャー企業のECサイトをよく見ますが、ただ表面的に他社を真似するだけでは、顧客からの支持を得ることはできません。
私は食品ECに近道はないと思っています。当社の創業時も、まず少量の仕入れと販売から始まり、コツコツと需要と供給を改善し続けました。古くからいる先行者たちは、それ相応の企業努力をしてきたわけなので、組織としては古いかもしれないが、商品力などはそんなに簡単に勝つことはできません。しかし、先行者のサービス提供者としてのなんらかの「奢り」というほころびから、付け入る方法を見つけ、広げていくしかないんですね。
基本から逃げずに続ければ、「良いものを安く販売して、利益も確保できる」食品ECサイトは作れると思っています。