創業210余年のミツカンが挑むD2C 植物まるごと「ZENB」のアプローチ戦略とは

ECのミカタ編集部

1804年創業のミツカングループがD2Cに挑んでいる。取り扱うのは野菜や豆、穀物といった植物を可能な限りまるごと使ったブランド『ZENB(ゼンブ)』。従来の主力商品とはまったく異なる新しいカテゴリーのアイテムだ。老舗の大手食品メーカーが既存の商流ではなく、自社ECサイトによるオンライン販売に乗り出した理由は何か。「おいしさと健康は両立できる」と語る新規事業開発マネージャーの長岡雅彦氏に、ダイレクトに顧客とつながることで生まれるメリットやブランド価値向上につながるアプローチ戦略などについて話を聞いた。

「新しいおいしさで変えてゆく社会」未来志向の新ブランド

――ZENB立ち上げの経緯や背景を教えてください。

当社は10年先の未来を見据えた「ミツカン未来ビジョン宣言」を2018年に策定しました。ここで示した「人と社会と地球の健康」「新しいおいしさで変えてゆく社会」というキーワードを具現化したブランドが「ZENB」です。地球環境の負荷を減らし、サステナブルな食生活を提案したいという想いが込められています。

――野菜や豆、穀物の芯や皮などを文字通り“ぜんぶ”使っていますね。

核となるのは野菜や果物を「可能な限りまるごと食べる」という考え方です。実は野菜の皮やトウモロコシの芯などには、可食部以上に高い栄養が詰まっています。普段捨てている部分までおいしく食べることができれば、我々が掲げる未来ビジョンに一歩近づけると考えました。継続的に食べてもらえるように、味には特にこだわりました。

――商品ラインナップも豊富ですね。

黄えんどう豆100%の麺や、実の部分だけでなく皮・芯・種までまるごと使ったペースト、スティックバーなどを販売しています。原料は担当者が現地に出向いて状態をチェック。野菜をまるごと使うからこそ妥協は許しません。2019年3月に自社ECでのみ買える商品として販売を開始しました。発売当初からグローバル展開を視野に入れており、現在はアメリカとイギリスでも販売中です。

濃密なコミュニケーションで商品価値を訴求

濃密なコミュニケーションで商品価値を訴求取材に答える長岡氏

――リアル店舗やモール型ECではなく、自社ECでのみ販売する理由を教えてください。

ブランドの価値を生活者にきちんと伝えるためです。商品単体ではなく、「ZENB」というブランドのビジョンや背景を理解していただいた上で、長く愛される商品にしたいと考えました。そのためには生活者との濃密なコミュニケーションが欠かせません。時間はかかるかもしれませんが、自分たちでブランド価値を語れるチャネルを持ちたいと思い、D2C事業に舵を切りました。

――発売から3年目を迎えました。手応えはいかがでしょうか。

やはり生活者と密なつながりを持てることに大きなメリットを感じます。食品業界ではメーカーが作った商品は、卸売業者を通して小売店の店頭に並びます。飲食店への供給も卸売業者経由なので、商品の作り手がエンドユーザーと直接接する機会は意外に多くありません。ZENBを通して生活者との距離は確実に縮まったと感じます。

――生活者の声は事業にどう活かしていますか。

例えば野菜に豆や玄米、キヌア、アーモンドなどを加えた「ZENB スティック」は、お客様の声を参考にすでに2回リニューアルしています。Webサイトのデザインも何度か見直しました。生活者と直接つながり、その反応を見ながらPDCAを回していけるのはD2Cならではだと思います。

――生活者と一緒にブランドを育てるイメージですね。

もともとZENBのプロジェクトには、自社スタッフだけではなくシェフや料理研究家、学者、クリエイターなど外部の有識者が多く参画しています。生活者を含め、こうしたブランドに共感してくれる人たちとつながりながら、自分たちの手でブランドを育成していきたいと思います。

自由度が高いからこそ柔軟な改善・軌道修正を

自由度が高いからこそ柔軟な改善・軌道修正をZENB STICKとZENB VEGE BITES

――商品開発やプロモーション面で、既存ビジネスとの違いはありますか。

当社では通常、小売店の棚替えに合わせて春と秋に新商品を発売します。半年ごとのサイクルで商品を開発し、テレビCMなどで認知を高め、各種プロモーション戦略を練ります。「味ぽん」「追いがつおつゆ」など主力ブランドは店頭での販売を基本線としています。

これに対してZENBは、D2Cによる新規事業です。商品開発の期間や発売のタイミングに縛られることがありません。消費者の反応を見ながらプロモーションの方向性を柔軟に軌道修正できる点は従来のやり方とはまったく異なります。

――D2Cビジネスでの戸惑いや苦労している点はありますか。

自社ECでは集客や販売、決済、配送など一連の業務を正しく設計しなければなりません。UXの最適化も必須です。既存のサプライチェーンでは卸・小売業者の力を借りながら、その流通網を活用して全国で商品を販売できましたが、自社ECではそうはいきません。ZENBのサイトもまだまだ完璧ではありません。セールス面でもプロモーション面でも改善の余地はあると考えています。

――コミュニケーションのためのツールは主に何を使っていますか。

情報発信はTwitterとInstagramが中心です。最近ではSNS経由でサイトに入り、商品購入につながることも増えてきました。購入者にはメールでアプローチし、グループインタビューに参加してもらったりしています。

カートシステムはShopifyを使用しています。当初は別のシステムを使っていましたが、商品数が増えたことと、物流への連携面を考慮して途中から切り替えました。アメリカとイギリスのカートシステムもShopifyです。

明確なビジョンの打ち出しがファンや共感者を生む

明確なビジョンの打ち出しがファンや共感者を生む

――食品関連事業者がD2Cで成功するためには何が重要だとお考えですか。

まずは明確なビジョンをもって取り組むこと。卸売業者や小売店を通じて商品を販売するのではなく、直接生活者にアプローチするので、これがないと事業として成立させることは難しいと思います。最初は小規模でスタートし、顧客とつながりを持ちながらLTVを向上させていくことが重要でしょう。これは当社にも言えることですが、まずはブランドのファンになってもらい、継続して購入してもらうための施策の整備も必要です。

――現在抱えている課題はありますか。

20年9月にヌードルを発売し、21年2月期の売上げは前年度に比べて8倍になりましたが、まだまだ認知が低い状況です。商品面では、健康機能のエビデンスの強化やおいしさを体験してもらうためのコミュニケーションに注力したいと思います。

また、購買層はミレニアル世代を想定していたのですが、実際には少し上の世代の購入率が高くなっています。老舗企業が作っているという安心感がそうさせるのかもしれませんが、ターゲットとの乖離があることは事実なので、ミレニアル世代がZENBのある食生活を「自分事化」できるようなブランドコミュニケーションも必要だと思っています。

――今後のZENBの展開を教えてください。

生活者の健康的な食生活全般をサポートするため、今後は商品ラインナップを強化していきます。飲食店ともコラボレーションし、リアルな場でも消費者とのタッチポイントを増やします。オンライン・オフラインの双方でブランドに共感してくれるファンとつながり、リピーターを増やしていきたいと思います。


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