経産省が目指した「イノベーションを阻害しないルールづくり」とは デジタルプラットフォーム取引透明化法
デジタルプラットフォーム取引透明化法が今年2月、施行された。EC事業者にどのように関わる法律で、デジタル市場はどのように変化していくのだろうか。現状の課題や、目指す商取引のあり方について、経済産業省情報経済課デジタル取引環境整備室の室長補佐・村瀬光氏と梶元孝太郎氏に話を伺った。
デジタル市場の課題を解決するために
――法律ができた経緯を教えてください。
村瀬:デジタルプラットフォーム取引透明化法は、2020年5月に成立し、2021年2月に施行されましたが、法整備に向けた動きは2019年前後からありました。
デジタルプラットフォームが果たす役割は大きいものがあります。
例えばデジタルプラットフォームの一つであるECモールに出品しているのは大半が中小企業ですが、ECモールを活用することで販路の拡大や、新商品の開発が実現するなど、ビジネスチャンスの創出につながります。
このように、デジタルプラットフォームは、デジタル市場のイノベーション促進に貢献しています。
その一方で、経産省では2018年に、公正取引委員会でも2019年に実態調査を行ったところ、デジタルプラットフォームを提供する事業者が一方的に利用規約を変更するなどして、利用事業者が不利益を被るといった懸念の声があることがわかりました。
デジタルプラットフォームの良い面を伸ばしつつも、悪い面を取り除く政策対応の必要性があることから、政府全体の司令塔の役目を担う部署として、2019年9月に内閣官房にデジタル市場競争本部が設置されました。
それまで経産省、総務省、公正取引委員会でデジタルプラットフォームに対する政策対応の在り方について検討を重ねてきていましたが、デジタル市場競争本部の設置後は、その傘の下で検討を進め、今回のデジタルプラットフォーム取引透明化法の施行に至っています。
イノベーションが阻害されない環境整備を重視
――法律の目的と特徴を教えてください。
村瀬:この法律は、デジタルプラットフォームにおける取引の透明性と公正性の向上を図ることを目的としています。
基本的にはデジタルプラットフォームを提供する事業者が自主的かつ積極的に、透明性や公正性を向上させるための取り組みを行うことを前提としており、国による規制は最小限にとどめている点が特徴的と言えます。
その上で、この法律は、規律の大まかな枠組みを政府が提示しつつ、事業者の自主的な取組にも一定程度委ねながら規制の目的を達成する手法を採っています。
私たちはこの仕組みを「共同規制」と呼んでいます。
共同規制を採用したのは、法律で画一的な規制や厳しい規制を設けることが、変化の激しいデジタル市場のイノベーションを阻害することになりかねないからです。
デジタル市場の規制が進んでいるヨーロッパをはじめ世界の動向を注視してはいますが、日本には日本発のプラットフォーマーも一定数います。
こうしたことも踏まえ、イノベーションが阻害されない程度の環境整備を重視する方針、イノベーションと規律のバランスをとることこそが、日本のデジタル市場と親和性が高いものと判断しました。
「独占禁止」状態を未然にふせぐ仕組み
――共同規制のみで実効性は保てるでしょうか。
村瀬:デジタルプラットフォーム取引透明化法で禁止行為が規定されていなくても、利用事業者との間で不公正な取引方法が用いられていれば、公正取引委員会が所管する独占禁止法の違反に該当することが考えられます。
デジタルプラットフォーム取引透明化法には、こうした独占禁止法に触れるおそれのある事案が認められる場合には、経済産業大臣が公正取引委員会に措置請求を行うことができる規定があります。公正取引委員会によって独占禁止法違反と認定されれば、課徴金納付命令の対象にもなり得ます。
こうしたことを踏まえると、デジタルプラットフォーム取引透明化法の実効性については、独占禁止法とセットで考えるのがより本質的でしょう。
独占禁止法に違反するような問題が起きないよう共同規制をもって未然に抑止していくことが、スピード感をもって成長していくデジタル市場にあって、迅速に対応することにもつながります。
――共同規制を強化する仕組みはありますか。
梶元:モニタリング・レビューという仕組みを導入しています。
デジタルプラットフォーム取引透明化では、モニタリングの対象となる「特定デジタルプラットフォーム提供者」を指定し、その提供者には年度毎に報告書の提出を義務付けています。
その報告書をもとに実施するレビューには、「特定デジタルプラットフォーム提供者」自身を含め、利用事業者、消費者、学識者にも参画してもらい、多角的に評価していくことが予定されています。
その評価を踏まえて、「特定デジタルプラットフォーム提供者」は、自らのデジタルプラットフォームの透明性と公正性の自主的な向上に努める必要があります。
デジタルプラットフォームの提供者側にとって高い評価を得ることは、利用事業者に安心して出店してもらえるだけでなく、消費者に利用してもらう上でも安心材料になると考えています。
このため、モニタリング・レビューという仕組みには十分な効果が期待できると考えています。
影響力が大きい事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」に指定
――「特定デジタルプラットフォーム提供者」について教えください。
村瀬:2021年4月1日に指定した「特定デジタルプラットフォーム提供者」は、物販総合オンラインモールの運営事業者としてアマゾンジャパン合同会社(Amazon.co.jp)、楽天グループ株式会社(楽天市場)、ヤフー株式会社(Yahoo!ショッピング)。アプリストアの運営事業者としてApple Inc.およびiTunes株式会社(App Store)、Google LLC(Google Playストア)です。
国民生活における利用状況、利用者保護の観点など、法律に定められたメルクマークに従って、年間3000億円以上の国内売上額がある物販総合オンラインモール、あるいは年間2000億円以上の国内売上高があるアプリストアが指定の対象とされています。
――海外の企業も対象ですか。
日本国内で事業を展開している企業であれば、海外企業であっても、指定の対象になります。
それから「Yahoo!ショッピング」を規律対象としていますが、「Yahoo!ショッピング」出店事業者の一部のみが出店できる「PayPayモール」は、法律上では「Yahoo!ショッピング」と同一のオンラインモールと判断されるため、同等に扱います。
――オンラインモールだけでなくアプリストアも対象としたのはなぜでしょうか。
また、オンラインモールだけでなくアプリストアも対象としたのは、経産省や公正取引委員会が実施した実態調査で、両方に同様の課題があることが分かったからです。
具体的には、アプリストアにアプリの登録申請を行ったのに十分な理由が示されないまま登録を拒否されたり、提供者側によって規約が一方的に変更されたりしたといった懸念の声が報告されています。
このように、利用事業者が十分な説明もなく不利益を被ることがあるという懸念の声が共通しているため、両方の分野をデジタルプラットフォーム取引透明化法の対象としています。
情報収集も強化
――今後の動向を教えてください。
梶元: まずは初年度(2021年4月1日~2022年3月末)の報告書が2022年5月に提出されるので、それをもとにレビューを行います。報告書が提出されるまで時間があるので、この間は情報収集に力を入れます。
2021年4月にオンラインモール利用事業者向けの相談窓口と、アプリストア利用事業者向けの相談窓口を開設しています。それぞれの窓口を通して、利用事業者からの声を吸い上げ、レビューにも反映していく予定です。
また経産省では、デジタルプラットフォームを提供する事業者と利用事業者をつなぎ、相互理解を深めるために情報発信を行っていきますが、単に提供事業者を監視して、悪い点だけを公表するのではなく、デジタル市場の発展を目的に、こうした取り組みがなされているといったポジティブな情報も積極的に発信していきたいです。
日本のプラットフォーマーが存在感を示していけるようになれば、日本経済の活性化にもつながる
――こうした取り組みを進めることで、どのような未来を予想されていますか。
梶元: 私たちが目指すのはイノベーション促進と両立した規制によるデジタル市場の健全な発展です。
ここでいうイノベーションにより利益を得るのは、デジタルプラットフォームを提供する事業者だけではありません。イノベーションにより、利用事業者も販路の開拓や新商品の開発の推進といった利益を得ることができます。
運営者が海外企業か日本企業にかかわらず、我が国におけるデジタルプラットフォームの健全な発展は、日本経済の活性化にもつながるはずです。
法律が施行されてから、利用事業者から「事業者の対応が親切になった」といった声も届いており、利用事業者の懸念の声について、少しずつですが改善の兆しが見えています。
また2020年頃からデジタル広告市場の整備についての議論も進んでいて、デジタルプラットフォーム取引透明化法の適用も検討されています。
そうした周辺の動きを見ながら、イノベーションの促進と両立した規制の実践に向けて、デジタルプラットフォーム取引透明化法がより実効性のある法律になるよう、改善を重ねていくつもりです。