なぜLINEヤフーは専門チームを作ったのか? 「生成AIタックル室」室長が語るYahoo!ショッピングのAI戦略
「AI」という言葉を耳にしない日はないほど、その存在は一般的になった。EC業界においても、パーソナライズされた顧客サポートのような「表側」から在庫管理といった「裏側」まで、あらゆるプロセスに変革をもたらしつつある。
LINEヤフー株式会社(以下、LINEヤフー)が運営する「Yahoo!ショッピング」も、生成AIを活用した新機能を次々と提供している。「おトクな購入日」の提案機能、他商品との比較やレビュー要約機能、簡単な質問に答えるだけで最適な商品を提案する機能など、その取り組みは多岐にわたる。
この原動力となっているのが、2024年4月に発足したYahoo!ショッピングのAI専門チーム「生成AIタックル室」だ。今回は室長の市丸数明氏に、チームの狙いや生成AI機能がもたらす効果などについて聞いた。
「生成AIタックル室」が生まれたわけ
生成AIタックル室は、LINEヤフー社内で自発的に発足したチームである。その背景について、LINEヤフーでショッピング統括本部の本部長を務め、生成AIタックル室の室長を兼任する市丸数明氏は、「組織として生成AIを活用していかないと時代に乗り遅れてしまう」という危機感があったと語る。
発足前は、有志が各自の裁量で生成AIの活用を模索していたが、個人でできることには限界がある。そのため、明確な目的を持った組織的な取り組みが必要だった。
「生成AIタックル室」というインパクトのある名称にしたのは、「覚えやすく、社内で存在感をアピールするため」だ。自社に「生成AI」の専門チームが立ち上がったとなれば、多くの社員が関心を持つ。
「『AIを使って何かをしたい』というアイデアの卵を持っている人はたくさんいます。しかし、どうすれば実現できるのか、どの部署に相談すればいいのかがわからない。『生成AIのことなら、あのチームだ』とインプットされれば、シンプルでわかりやすいですよね」(以下、発言部分は全て市丸氏)
最初の約1年はエンジニア系のメンバーで運用し、社内業務でのAI活用事例や、AIを活用したサービスのリリースなどを積極的に発信。全社的にAI活用の機運が日増しに高まり、2025年4月には、Yahoo!ショッピングを手掛ける営業職やマーケティング職のメンバーもチームに加わって、より本格的な組織へとアップデートした。
「おトクな」購買体験がユーザーに安心感をもたらす
チーム発足後の最初の大きなトピックは、2025年2月にβ版の提供を開始した「おトクな購入日」を提案する機能だ。この機能が表示されたユーザーは、表示されなかったユーザーに比べて1日の取扱高が最大で+11%向上するという顕著な結果を記録した。
Yahoo!ショッピングには、対象ユーザーごと、商品ごと、ストアごとに異なる無数のキャンペーンが存在する。これらの複雑な組み合わせから、ユーザー自身が最も「おトクな購入日」を割り出すのは困難だ。
「プラットフォーマーとして、『いつ買うのが一番トクなのかわかりにくい』というユーザーの声は、我々の大きな課題でした。これを生成AIが解決し、ユーザーが本当に望む『おトクな購入日』を提供できるのではないかという期待を持ってチャレンジしました」
ユーザーにとっては、煩わしい作業をAIが代行してくれるのだから、これ以上ない購買体験になる。市丸氏は当時を振り返り、「『一番おトクな日に買いたい』『今日買って正解だったと安心したい』というユーザーの心理を満たしたことが、この大きなインパクトにつながったのではないか」と分析する。
以降、生成AIが組み込まれたYahoo!ショッピングでの購買体験は、利用者増という結果をもたらしている。2025年5月に提供を開始した「他商品との比較」や「商品レビューの要約」機能は、SNSで「おトクな情報だけでなく、要約もしてくれて便利」といった投稿が増えるなど、ユーザーから好評を得ている。
「『最もおトクに買い物できる日』という形で生成AIを介した購買体験をしていただいたことが、ユーザーからの好感度につながっていると感じます。ポイントが多くもらえる日というシンプルな機能だったからこそ、ユーザーは満足を実感できました。そこで得られた信頼があったからこそ、レビュー要約などの後続サービスもスムーズに受け入れられたのではないでしょうか」
ユーザーにおトクな購入日の提案や商品比較、レビューなどを要約する機能のβ版(「Yahoo!ショッピング」アプリiOS、Android版)。商品ページに表示される専用のボタンを押すと、他商品との比較やレビュー要約と一緒により多くポイントが付与される日を提案
※β版のため、予告なく機能提供の停止や、仕様の変更を行う可能性あり
Yahoo!ショッピングの出店ストアにも、生成AIの活用は浸透しつつある。ストアからLINEヤフーへの問い合わせにAIがチャット形式で回答したり、これまでの販売データから販促アドバイスを行うコンサルティング機能を利用できたりと、多くの利点がある。
生成AIが「ECの接客」を担う未来
膨大な情報に埋め尽くされるEC市場は、ユーザーにとって便利な一方で、実は多くのストレスも生んでいる。
「Googleは、何億もの商品情報とレビューを読んで比較検討し、意思決定することにユーザーは疲れている、とレポートしています。とはいえ、買いたい欲求はあるし、自分で選んだものが本当に良いものであれば、すごくうれしいはず。そうしたユーザー心理に応えつつ、買う手前にある『面倒くささ』や『不満』を取り除くのが、生成AIの最大の利点だと考えています」
商品の洪水の中から、本当に欲しいものにたどり着きやすくなる――。これが今、生成AIがEC市場にもたらしている大きな影響と言えそうだ。
そうなれば、ストア側としては、ユーザーが「本当に欲しいもの」を選ぶ際の最終候補に残り続けなければならない。そのために、どうすればいいのか。
「例えば、あるスニーカーを買ったユーザーは、靴を手入れするための靴磨きも欲しくなるかもしれません。これまで、そうした関連商品の説明は文章で伝えるしかありませんでしたが、ユーザーはほぼ読んでくれません。スニーカーに合う靴磨きのノウハウがあるのに、ストア側はそれを伝える術を持っていなかったのです。これを生成AIが変えていくでしょう。オフラインの店頭と同じような接客が、ECサイトで展開されるようになると考えています」
ストアが独自のAIを構築し、そのECサイトでしかできない購買体験を提供する。ECにおける購買体験が、よりパーソナルにカスタマイズされていく未来が目に浮かぶようだ。
ECの購買体験と業務フローが根底から変わる
LINEヤフーは、2025年7月から全従業員を対象に、「生成AI活用の義務化」を前提とした新しい働き方を始めた。その目的は、業務生産性を2倍に高めて継続的なイノベーションを創出し、生成AIが能動的に業務を支援する「AIエージェント」の普及に備えることである。
市丸氏は、まず消費者向けの展望として「AIエージェントで購買体験を一気に変えたい」と語る。
「例えばハンディファンを買いたいなら、これまでは要望に合う商品のスペックを調べて比較検討し、最適な商品を選んでYahoo!ショッピングで検索し、複数の候補の中から最終決定をする、という流れでした。この非常に時間がかかる『買う前のプロセス』はAIエージェントが代替するようになるため、消費者は最終決定をするだけで済むようになるでしょう」
消費者一人ひとりの志向を熟知したAIエージェントが、「ハンディファンが欲しい」という一言で、瞬時に最適な商品を提案してくる。市丸氏が構想するのは、まさにそんな購買体験だ。
一方、ストア向けのAIエージェントは、定型業務を一変させる可能性を秘めている。
Yahoo!ショッピングを含め、複数のショッピングモールに出店する事業者は少なくない。モールごとの規定に合わせて商品情報や写真をカスタマイズするだけでも煩雑な上に、受注管理、出品作業、マーケティングと定型業務は山積みだ。
この状況をAIエージェントが解決する。出品したい商品を伝えるだけで、AIエージェントが出店モールに合わせたファイルを整え、商品情報なども自動で登録してくれる。定型業務の多くが自動化される日が迫っている。
LINEヤフー株式会社 コマースカンパニー ショッピング統括本部 本部長 プロダクション1本部 本部長 兼 生成AIタックル室 室長 市丸数明氏
Yahoo!ショッピングの強みは、サービス間の広大なデータ連携
ECの各プレイヤーは、ユーザーとストア双方の日常業務を変えるAIエージェントのダイナミズムを活用すべく、準備を始めている。行き着く先が、全てが自動化された世界であり、それが全プレイヤーの共通基盤となるのであれば、どのような差別化ができるかが問われるのは明白だ。
ここで市丸氏が、「Yahoo!ショッピングには差別化できる優位性がある」と語る根拠は、データ連携と豊富なサービスメニューである。
「LINEヤフーは、物販、検索、トラベルと豊富なサービスを取り揃えています。この巨大なサービス網がユーザーのあらゆるニーズを満たす場として機能し、行動心理を読み解く鍵をもたらしてくれます」
生成AIの時代は、アナログ以上にユーザー理解の重要性が増す。なぜなら、生成AIが「自分のことを理解してくれている」とユーザーが感じた瞬間に、その提案を信頼するようになるからだ。
「そうした信頼関係の構築こそが、我々の差別化ポイントになると考えています。そのため、LINEは非常に重要なアセットです。ユーザーにとって、フランクな会話で言いたいことを伝えて回答を得られるという体験は、LINEならではの特徴です。このインターフェースがAI時代の強みになるでしょう」
生成AIが生活に浸透すると、「ニュースはこのサイト」「検索ならこのサイト」といった使い分けがなくなるかもしれない。そうなれば、当然ECサイトのあり方も変わる。
「ECサイトという存在は、影を潜めるかもしれません。しかし、人間の『買いたい』『売りたい』という欲求は変わりません。その欲求を、いかにして“新しい時代の流れ”に沿わせるかが岐路になるでしょう」
では、Yahoo!ショッピングは、ECプラットフォーマーとしてどのような存在になっていくのか。
「AIとAIがコミュニケーションを深めて協働する『AtoA(AI to AI)』の時代が到来する今、我々もポータルAIとしてLINEヤフーを運営しつつ、コマースに特化したAIを組み込んでいきます。主役はあくまで消費者とストアであり、我々が最も重視するのは信頼の構築です。それを踏まえた上で利便性を追求していきます。コマース特化AIは、消費者のAIエージェントと連携するなど、あらゆる可能性を想定して柔軟に対応していくつもりです」
消費者の選択基準が、コストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンス(タイパ)だけでなく、ウェルビーイングパフォーマンス(ウェルパ)、リスクパフォーマンス(リスパ)へと多様化する中、生成AIの進化を消費者の信頼と満足につなげようとするLINEヤフーの試みは、私たちに、より便利でやさしい未来をもたらしてくれるに違いない。