AIは顧客体験をどう変えるか? EC業界のトップランナーが集結したawoo主催「AI×EC THE CASE STUDY」レポート

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ECのミカタ編集部

2025年9月17日、awoo株式会社主催によるEC事業者向けカンファレンスが開催された。本カンファレンスは「消費者と商品の出会いの質を次の次元へ」をテーマに、EC業界のトップランナーたちがAI活用の最前線と未来を語る場となった。本稿では、各セッションで語られた重要なポイントを「AI」という軸で再構成し、EC事業者が今、何を考え、どう行動すべきかのヒントを探る。

なぜ今AIなのか? ECを取り巻く環境変化と新たな挑戦

オープニングセッションに登壇したawoo社は、まず自社のミッションが「消費者と商品の出会いの質をもっと豊かに、もっと直感的にすること」にあると述べた。このミッションを追求する上で、現在避けては通れないのが生成AIの台頭だ。

同社が指摘したのは、AIによる購買体験の根本的な変化である。消費者が「価格が手頃でおしゃれなヘッドホン」といった曖昧なニーズをAIに投げかけるだけで、瞬時に最適な商品が提案される時代が到来している。この変化は、Google検索などで見られる「ゼロクリック現象」といった新たな課題を生み出している。検索結果の上部に表示されるAI要約だけでユーザーが満足し、個別のECサイトを訪れなくなるこの問題は、「AIに選ばれなければ、ブランドや商品は存在しないことになりかねない」という厳しい現実をEC事業者に突きつけている。

この状況下で不可欠となるのが、LLM(大規模言語モデル)最適化だ。awoo社は、ECサイトの商品情報をAIが理解しやすいように構造化し、消費者の潜在的なニーズと的確に結びつける技術の重要性を強調。本カンファレンスは、この新たな時代におけるECの在り方を、先進的な取り組みを行う企業と共に探求する目的で開催された。

基調講演:大手・専門小売はAIをどう捉えるか? 三越伊勢丹とチュチュアンナの戦略

基調講演には、株式会社三越伊勢丹の今村毅氏と株式会社チュチュアンナの西岡和也氏が登壇。両社の戦略から、AI活用の本質が見えてくる。

三越伊勢丹の今村氏は、自身のAIとの関わりが2015年の「AlphaGo」にまで遡る経験を踏まえ、AIを「掛け算のテクノロジー」と定義した。AIは単体で機能するのではなく、自社の強みである「人」「店舗」「ファッション」といったコア・コンピタンスに掛け合わせることで価値を最大化できるという考え方だ。かつてAI導入で「人とAIの対立構造」を生んだ反省から、現在はAIをビジネスモデル転換の「起爆剤」と位置づけ、オンラインとオフラインを融合させるOMO戦略を推進している。

三越伊勢丹 今村毅氏とチュチュアンナ 西岡和也氏による基調講演の様子

一方、チュチュアンナの西岡氏は、売上規模250億円という専門小売の立場から、より地に足の着いたAI活用法を語った。同社ではAIを「顧客創造」と「効率化(省人化・省力化)」の2つの観点で導入しており、全ての施策が事業戦略と整合しているかを厳しく問う。重要なのは、AIによって生み出された時間で、アンケートや座談会といった泥臭い顧客理解の活動をさらに強化することだという。経営層との密なコミュニケーションや「根回し」を通じて信頼を勝ち取り、一度決まれば迅速に実行するスピード感も同社の強みだ。

両社に共通していたのは、AIを技術として先行させるのではなく、あくまで自社の戦略を実現するための「手段」として捉える冷静な視点だった。

事例セッション:AIは現場でこう使われる

続く事例セッションでは、各社がAIを駆使して顧客体験をいかに向上させているか、具体的な取り組みが紹介された。

ふるさとチョイス:「旅×応援」のUX設計で潜在ニーズを掘り起こす

国内最大のふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」が抱えていたのは、「返礼品が55万点以上あり、選びきれない」という贅沢な悩みだった。同サービスを運営する株式会社トラストバンクの髙橋尚希氏は、特定の目的を持たない潜在層に対し、新たな出会いを創出する必要があったと語る。

解決策は、利用者に「旅行好き」が多いというインサイトとAIの掛け合わせだった。awoo AIのパーソナライズされたハッシュタグ機能を活用し、「#1人旅でととのう」「#ご当地ラーメン巡り」といった「旅行スタイル」と「応援」を組み合わせた独自の体験軸を設計。これにより、モノ選びからコト選びへと顧客体験を昇華させ、ハッシュタグ経由のCVRはサイト平均比で150%向上、滞在時間も大幅に改善した。今後は会員の寄付履歴などと連携し、さらにパーソナライズを深化させていくという。

Oisix:「N=1の声」をAIで分析し、数千万円の売上改善

オイシックス・ラ・大地株式会社の中村佳祐氏は、同社の強みが顧客一人ひとりの声(N=1)を起点とした体験設計にあると語る。全社員に共有される顧客の声を「気づきの種」とし、AIで分析することでPDCAを高速化している。

具体的な施策として、「お買い忘れ防止」のリマインドでは、キャンセルを恐れずに顧客の“バッド体験”を回避した結果、逆に追加購入が促進され年間数千万円の売上改善に繋がった。また、遠方地域の送料無料基準を、お客様の声をもとに設定した施策でも、同様に数千万円規模の売上インパクトを生み出した。成功の背景には、全社員に根付いたロジカルシンキングの文化があり、データに基づいた仮説検証を徹底している。

オイシックス・ラ・大地のセッション

中川政七商店:「レビューマーケティング3.0」で共創資産を築く

創業300年の中川政七商店は、レビューを「共創資産」と捉える「レビューマーケティング3.0」を実践している。株式会社ReviCoとの取り組みで、AIによるレビュー要約や、長期使用後の感想を尋ねる「追記機能」など、先進的な施策を展開。同社の経営企画室に所属する中田勇樹氏は、顧客行動の分析から「レビューが最初に読まれる最も重要なコンテンツ」であると喝破し、星1つの低評価も含め全てのレビューを自動承認で公開する徹底した透明性を貫いている。今後は、AIで構造化されたレビューデータをサイト内検索に活用し、自然言語での検索精度を向上させるという未来像を語った。

ERINA company:スタッフ起点のOMO体験をAIが支える

婦人服ブランド「ERINA company」は、EC売上の7割を店舗スタッフ経由で生み出すという驚異的なOMOモデルを構築している。同セレクトショップを運営するコイズミクロージング株式会社の中川裕氏は、STAFF STARTを駆使し、スタッフと顧客のアナログな関係性をデジタルで拡張していると説明。AIを活用したバーチャル試着機能「なかよしミラー」ではCVRが22.1%に達するなど、ECの弱点を克服。今後は、多忙なスタッフの業務をサポートするAIの役割がさらに重要になるとし、データに基づいた接客支援への期待を語った。

AIは目的ではなく、顧客体験を深化させるための最強の「手段」である

本カンファレンスを通じて見えてきたのは、AIがもはや単なる効率化ツールではなく、顧客体験そのものを再定義する強力なドライバーであるという事実だ。各社の成功事例に共通していたのは、「AIで何ができるか」ではなく、「顧客のために何をすべきか」という問いから出発し、その実現のためにAIを戦略的に活用する姿勢であった。

消費者のニーズが多様化し、情報収集の在り方が激変する中で、EC事業者はAIをどう使いこなし、顧客との「出会いの質」を高めていくのか。その答えは、テクノロジーの先にいる「人」を深く理解し、寄り添うことから始まる。本カンファレンスは、未来への羅針盤となる具体的なヒントにあふれた、示唆に富む一日となった。


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