人気食品を全国へ――革新的液体凍結機「凍眠」が広げるECビジネスの可能性【前編】

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桑原 恵美子

(左から)株式会社テクニカン営業部の吉鶴俊輔氏と、「凍眠」により冷凍した日本酒を販売する株式会社TOMIN SAKE CANPANY」代表取締役の前川達郎氏

「自社の人気食品をECで全国展開したい」と考える事業者は多いが、冷凍が必要な場合はハードルが高いのが現実だ。「冷凍加工のノウハウがない」「工場に外注するほどの量でもない」「そもそも冷凍加工にあてる人手も時間もない」という状況を前にあきらめている事業者に朗報。そんな課題をすべて解決する画期的な液体凍結機「凍眠」が今、注目されているという。いったいどんなものなのか、どのように使われているのかを前後編に分けて紹介。

前編では「凍眠」の製造販売元である株式会社テクニカン営業部の吉鶴俊輔氏と、「凍眠」により冷凍した日本酒を販売する株式会社TOMIN SAKE CANPANY」代表取締役の前川達郎氏に話を聞いた。

気体の約20倍の熱伝導率を持つ「液体」で凍らせる技術

株式会社テクニカン(以下「テクニカン」)営業部の吉鶴俊輔氏によると、「凍眠」は「冷気」ではなく、「-30°Cのエチルアルコール(エタノール)」で凍らせる特殊技術であり、テクニカンが国内外で特許を取得しているという。

「液体は気体の約20倍も熱伝導が高く、凍結するのにかかる時間が非常に短いので、食品内の水分が大きな氷の結晶を形成する前に凍らせることができます」(吉鶴氏)

「凍結に要する時間が非常に短いため、凍結によるダメージを最小限に抑えられます」(吉鶴氏)

マイナス76度の超低温冷凍庫よりも、液体のほうがはるかに速く凍る

取材では「凍眠」を使用した食品の冷凍のデモンストレーションが行われた。

マイナス30℃に保たれたエチルアルコールが入った水槽に、冷凍したい食品をパッキングして浸すだけ。薄い肉なら入れた瞬間から凍り始めて白っぽくなるのがわかる

使用しているエチルアルコールはマイナス30度でも安全に触れることができ、揮発や引火の心配がない

液体凍結と空気凍結の凍結スピードの違いを表すデモンストレーションでは、水の入った3つの袋を異なる冷凍環境で10分間置いて、違いを比較。10分後の水は、「マイナス26度の通常冷凍庫」ではただ冷たくなっているだけ、「マイナス76度の超低温冷凍庫」でまわりがうっすら固まり始めている程度。だが凍結液のパックに水の入った袋をはさんだ疑似液体凍結環境」では、10分後に取り出して比較するとカチンカチンに凍っていた。

水の入った3つの袋を異なる冷凍環境で10分間置いて、違いを比較。右がマイナス76度の超低温冷凍庫、真ん中がマイナス26度の通常冷凍庫、左が液体凍結シートにはさんだ水

水分が分離しないから、食感が変わらない!

疑似液体凍結環境ですらこれだけ凍結スピードに差がつくのだから、「凍眠」ならさらに差が付くのは明白。例えば通常の冷凍機器では完全に冷凍するのに約4時間かかるこんにゃくゼリーが、「凍眠」を使えば12〜13分で凍るというから驚きだ。だが凍結スピードの速さと並ぶメリットが、それによってもたらされる食品の劣化の少なさだ。

見た目ではっきりとそれが確認できるのが、冷凍したこんにゃくゼリーの断面。通常の急速冷凍機器で凍らせたこんにゃくゼリーには霜降りの牛肉のように白と赤が細かく混ざっている。これはこんにゃくゼリーに含まれる水分が凍結の段階で他の成分と分離しているため。だが「凍眠」で凍らせたものは完全な乳白色。吉鶴氏によると、「凍眠」で凍らせたほうが白く見えるのは、表面の水分が急速に凍ることによる光の屈折であり、これは「いい冷凍の証」だという。

「凍眠」で凍らせたこんにゃくゼリー(左)と、通常の冷凍庫で凍らせたこんにゃくゼリー(右)の断面

さらに驚いたのが、食べてみた時の食感の違い。通常の冷凍庫で凍らせたこんにゃくゼリーはシャーベットのようにシャリシャリした食感で氷の粒を感じるが、「凍眠」で凍らせた方は水分が分離せず他の成分と一体化したまま凍っているので、まるでアイスクリームのようになめらかな食感なのだ。果物の香りも、より鮮烈に感じられる。

水分が分離しないから、ドリップがほぼ出ない!

デモンストレーションでは国産和牛、オージービーフ、鶏肉、マグロなどでも通常の冷凍と比較。通常の冷凍では時間をかけすぎると氷の結晶同士がくっついて大きくなり、細胞を破壊してしまうため、解凍時にうまみ成分や栄養素が水(ドリップ)と一緒に流れ出てしまう。一方、凍眠技術では極小の氷の段階で凍結が完了するため、解凍時に細胞が傷つかず、ドリップが出にくい。肉汁が閉じ込められたままなので、加熱してもパサつかずジューシーに焼きあがる。

「凍眠」で冷凍した肉や魚は、解凍時に叩いてもドリップがほとんど出ない

液体凍結機のアイデアは、スキューバダイビングから生まれた

この「凍眠」を開発したのは、テクニカン創業者である山田義夫社長。だが意外なことに山田社長は技術者ではなく食肉の卸業者。約40年前、ファミリーレストラン向けの冷凍肉の需要増加によって発生した冷凍庫のスペース不足に苦慮し、その解決のために考案したのが「凍眠」だという。元テクニカンの役員で株式会社TOMIN SAKE CANPANYの代表取締役の前川達郎氏は、その歴史を以下のように振り返る。

「山田社長は趣味のスキューバダイビングの経験から、『外気温が18度なら快適に感じるが、水温が18度だととても冷たく感じる』ことから、『気体よりも液体のほうが熱を奪う力が強い』ことに着目。そこから、氷点下でも凍らないエチルアルコール(60%未満)を使用した特殊な冷凍方法を開発しました。この方法により、通常2時間かかる冷凍が6分で完了し、解凍時にドリップ(水分)が出ないという副産物的効果も発見されたのです」(前川氏)

山田社長は試行錯誤の末に、マイナス30度でも凍らないエチルアルコールを使用した超急速冷凍法を世界で初めて独自開発。1989年にテクニカンを設立し、液体凍結機「凍眠」の販売を開始した。だがあまりに新しすぎる技術のため、当初は食品メーカーにも流通業者にもなかなか理解されず、販売に苦労したという。

株式会社TOMIN SAKE CANPANY 代表取締役 前川達郎氏

だが次第に導入先のクチコミでその効果が広まっていき、日本を代表する大手食品メーカーや全国展開をしている有名飲食チェーン店でも実は導入されるようになった。現在、テクニカンでは「凍眠」を全国で約4000社に導入しており、累計で約5000台の機器を販売している。また海外39カ国にも展開している。

コロナ禍直前に、EC向けの小型機器「凍眠ミニ」を開発

それまでは大手食品メーカーや流通業者向けの大型・中型の機器のみだったが、たまたまコロナ禍の直前に小型の「凍眠ミニ」を開発し売り出したところ、コロナ禍中に飲食店のテイクアウト需要やEC需要に応える形で普及が一気に進んだ。

3種類ある「凍眠ミニ」で最も小型の「TM-01」(左)。本体サイズはおおよそ50cm四方で、凍結能力は1時間に約2.5〜3.5kg。導入コストは従来の冷凍機のおよそ1/4程度で購入可能。右は「凍眠」シリーズの最上位機種「TUST」

「パックされた食材をアルコール液に浸漬して凍らせ、冷凍庫に保管するだけですので、特別な技術も不要。パックできるものならなんでも冷凍でき、お寿司や丼物など冷凍に不向きだと考えられているご飯ものもおいしい状態で冷凍できますので、物販を展開して収益を拡大したいと考えている飲食店にもおすすめです」(吉鶴氏)

もしかしたら、凍眠が飲食店のビジネスモデルを大きく変えるかもしれない。

「凍眠」を利用したことでオンライン販売を実現させた個人事業の例。生物の摂取を控えるよう推奨されている妊婦もお寿司が食べられるようにと開発された「加熱寿司」。開発者の渡邊愛氏が自身の妊娠中のストレスから同商品着想を得て、産婦人科医の監修のもと寿司職人と共同開発した加熱寿司凍眠を使用して冷凍し、全国に配送している ※画像提供/加熱寿司

後編では、日本酒業界から大きな注目を集めている「凍眠生酒」について紹介する。


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記者プロフィール

桑原 恵美子

フリーライター。秋田県生まれ。編集プロダクションで通販化粧品会社のPR誌編集に10年間携わった後、フリーに。「日経トレンディネット」で2009年から2019年の間に約700本の記事を執筆。「日経クロストレンド」「DIME」他多数執筆。

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