【第3回】弁護士法人Martial Artsの「EC相談室」〜スタッフの肖像権やプライバシー〜
弁護士法人Martial ArtsがEC事業に関するお悩みに答えるコラム。第3回は、スタッフの写真をウェブコンテンツやチラシに利用する場合にぶつかる疑問に答えます。
【ご質問】
弊社ではサイトコンテンツにスタッフが登場する画像や記事を多く使っています。そもそも,スタッフをウェブサイトや広告物に登場させる場合,肖像権とかプライバシー権との関係で問題がないのかが気になります。
また,登場するスタッフが退職してしまった場合,そのサイトや広告物は変更や削除,廃棄をしなければならないのでしょうか。
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【第1回】メルマガ配信に関する法規制
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【第2回】サイトコンテンツの「パクり」にどう対応する?
https://www.ecnomikata.com/column/12079/
第1 はじめに
スタッフが登場する画像や記事をウェブサイトや広告物に掲載する場合には,貴社のご懸念のように,スタッフの肖像権やプライバシー権の問題を検討しなければなりません。もっとも,会社がそのウェブサイトや広告物において,事業紹介や商品案内,会社イメージのアピールのために,スタッフが登場する画像や記事を掲載することは,ごく一般的に見られることです。当然,そのすべてが,スタッフの肖像権やプライバシー権を侵害して「違法だ!」ということにはなりません。
それでは,会社が,スタッフが登場する画像や記事を利用することが「違法」となる,あるいは「違法」とならないという区別は,どのように行ったらよいのでしょうか。肖像権やプライバシー権とはどのような権利であるのか解説しながら,ご説明いたします。
第2 肖像権やプライバシー権とは?
1 肖像権やプライバシー権は,裁判所で認められてきた権利です。
実は,肖像権もプライバシー権も,法律で明確に定められている権利ではありません。この2つの権利は,裁判所において認められてきた権利です。裁判所は,誰でも,その承諾がなければ,その姿を撮影されたり,撮影された写真を公表,使用されない権利があると判断して,肖像権という権利を認めてきました。また,裁判所は,普通の人であれば,他人に知られたくないと考えられる私生活上の事実(個人情報を含みます。)を公開されない権利があると判断して,プライバシー権という権利を認めてきました。
2 肖像権やプライバシー権の侵害によって「違法」となる場合とは?
(1)「違法」とならない場合
これらの裁判所の判断を前提とすれば,会社が,スタッフが登場する画像や記事を利用する場合には,たしかに,スタッフの姿や,私生活上の事実,個人情報を公開する場合があるわけですから,肖像権やプライバシー権が問題となり得るとはいえるでしょう。
しかし,裁判所は,肖像権については,「承諾」がなければ撮影したり,撮影した写真を公表,使用してはいけないと判断しており,また,プライバシー権についても,公表について本人の承諾があれば当然問題にならないことになります。
ですから,スタッフが写真撮影,写真の利用について明確に「承諾」しているのであれば,肖像権やプライバシー権の問題は起こらないことになります。問題は明確な承諾がない場合です。実際には明確な承諾がない場合も多いのではないでしょうか。
会社がスタッフの写真を撮影する場合には,通常は目的を話して撮影しているでしょうし,スタッフのことを記事にする場合にも,スタッフに記事の執筆を依頼したり,記事にすることを告げて取材していることが多いでしょう。このようなステップを経て掲載しているのであれば,スタッフの明確な「承諾」がなくても,暗黙の了解としての「承諾」はあると解釈できる場合が多いものと考えられます。このような暗黙の了解のことを,法的には「黙示の承諾」などといったりします。そして,この「黙示の承諾」も「承諾」であることには変わりがありませんから,「黙示の承諾」があると解釈できる場合には,肖像権やプライバシー権の侵害はないことになります。
(2)違法となる場合
逆に,「違法」となる可能性がある場合は,明確な承諾も,黙示的な承諾もない場合ということになります。
特に注意しなければならないのは,「黙示的な承諾」の場合に,「承諾」の範囲を超えてしまうという場合です。たとえば,会社の社員旅行中に,スタッフ全員で記念撮影した写真を,会社がホームページ上で社内イメージを紹介するために掲載したとしましょう。この写真をホームページ上に掲載することについては,スタッフには承諾が求められていなかったため,明確な承諾はありません。しかし,いずれのスタッフも,ホームページを見て写真が使用されたことを知りながら,異議を申し出るようなことはありませんでした。
しかし,その後会社が製造販売するサプリメントの商品紹介としてホームページ上に掲載されている「利用者の声」のコーナーに,サプリメントを愛飲しているスタッフの顔だけを記念写真から切り取った画像が使用されました。スタッフは自分の顔の部分だけ切り取られた画像が使用されるとは思ってもいませんでしたし,自分がそのサプリメントを愛飲していることを公表されることについても,承諾したことはありませんでした。会社のホームページ上に写真が掲載されたことについては,「黙示的な承諾」の範囲内の使用といえそうですが,サプリメントの紹介用に写真が加工されて使用されたこと,あるいはサプリメントを愛飲していることを公表されたことについては,「黙示的な承諾」の範囲内といえるかどうか怪しくなってきます。
これまで裁判所において肖像権やプライバシー権が問題となった事件の中で,スタッフが登場する画像や記事をウェブサイトや広告物に利用したことを理由に,会社がスタッフから訴えられたという裁判例は見当たりませんでしたが,以下に紹介する氏名権及び肖像権の侵害が認められた事件が参考となります(東京地裁平成元年8月29日判決)。
この事件は,家庭用サウナを購入した顧客が,製造販売会社の販売担当者から,顧客の顔写真を家庭用サウナの広告に使わせてほしいと要請されましたが,顧客としてはX新聞に一度だけ,他の大勢の購入者と一緒に並べて扱うだけという話だったので承諾したところ,実際には,複数の新聞社に12回に亘り掲載され,そのうち8回目から12回目の広告には,顧客の顔写真が単独で縦10㎝,横8.5㎝程の大きさで使用され,全く述べたことのない感想文が付されていたという事件です。
東京地方裁判所は,顧客と販売担当者が会ったことがあるのは2回だけで,そのような希薄な関係しかないのにもかかわらず,顧客が自分の顔写真を上記のような形で使用することを包括的に承諾したとは考えられないとして,氏名権(※1)と肖像権の侵害を認め,また,顧客からの写真等掲載の中止の申入れに対し,製造販売会社が真摯に対応しなかったことなどを重く見て,製造販売会社に対し,顧客に対する慰謝料として150万円の損害賠償を命じました。
※1: 氏名権とは,自分の名前を,その承諾がない限り,他人に使用されない権利のことです。法律で明確に定められてはいませんが,肖像権やプライバシー権と並んで,人が生活していく上において欠くことのできない権利として認められています。
第3 スタッフが退職してしまった場合について
1 スタッフの退職後一定期間,画像や記事の利用を続けることは,直ちに「違法」とはならないでしょう。
(1)「承諾」の範囲は,スタッフの退職後には当然には及びません。
ご紹介した東京地方裁判所の裁判例では,顧客が「承諾」した内容と異なる写真の使われ方がされたために,東京地方裁判所は「違法」であると判断しました。ですから,「違法」かどうかの判断には,「承諾」の内容・範囲が大事になってきます。
会社が,事前にスタッフの「承諾」を求める場合に,スタッフが退職することを想定していることは稀でしょうから,会社もスタッフも,スタッフの退職後の画像や記事の取り扱いについては,お互いに考えていない場合が多いでしょう。このような場合に,スタッフが会社に与えた「承諾」に,退職後の画像や記事の利用についての「承諾」が含まれているかどうか考えてみると,もちろん,会社とスタッフとの関係など,具体的な状況によっても左右されますが,含まれているとはいえない場合が多いと考えられます。なぜなら,自分が辞めた会社のウェブサイトや広告物に,いつまでも自分の画像や記事が掲載されていることは,特別にその画像や記事が掲載され続けることを望んでいたという事情がない限り,快く思わない場合が多いと考えられますし,退職後も掲載され続けることまで想定して「承諾」したとはいえない場合が多いと考えられるからです。ですから,スタッフが自らの画像や記事の利用に関して会社に事前に与えた「承諾」の内容は,スタッフが会社に在籍している限りでの利用ということが,暗黙の前提となっていたと考えるのが合理的です。
(2)退職後,一定期間内に利用を中止すれば「違法」とはならない場合が多いでしょう。
一方で,ウェブサイトに掲載されているスタッフの画像や記事を削除したり,差し替えのために発行済みの広告物を廃棄し,新しい広告物を作成・発行することは,相当の時間や費用が発生してしまうことは,当然に予測できることです。このような問題は,会社が事前にスタッフに「承諾」を求めた時点においても,スタッフの側としても合理的に推測できることですから,ウェブサイトの更新や広告物の差替えに必要な一定期間は,スタッフは退職後も自らの画像や記事が利用され続けることについて,「承諾」したと見なされても仕方がないといえるでしょう。
したがって,スタッフが退職した場合に,直ちにそのスタッフが登場する画像や記事の利用の継続が「違法」となることはなく,ウェブサイトの更新や広告物の差替えに通常必要とされる期間内は,「違法」とはならない場合が多いと考えられます。
2 トラブル防止のために,同意書の作成をお勧めします。
このように,黙示の承諾,暗黙の了解という考え方は,そもそも明確な「承諾」がないために,その「承諾」の内容を,会社とスタッフそれぞれの具体的な状況に応じて推測しようという考え方です。このように,ある約束をした当事者それぞれが明確に想定していなかった事柄については,当事者それぞれの具体的な状況に応じて,「普通はこう考えるよね。」といえるような内容の合意や承諾があったとしてしまう考え方は,日本の裁判所ではよく見受けられる手法です(当事者の合理的意思解釈と呼ばれます。)。
しかし,「普通はこう考えるよね。」というときの「普通」は人によって考え方が異なります。スタッフも人ですし,承諾を求めた会社側の職員も人です。「普通」の考え方が異なるところにトラブルが発生するのです。さらにいえば,裁判官も人です。ですから,裁判官が会社の思うとおりに「承諾」があることや「承諾」の範囲を認めてくれるのかは不透明であり,結局裁判の決着がつくまでは結論が分からないということになってしまうのです。
そこで,将来,会社とスタッフとの間でトラブルが起こらないように(万一トラブルが発生しても「承諾」の中身が明確になるように),画像や記事の利用目的に合わせて,会社とスタッフとの間において同意書を取り交わしておくことをお勧めします。同意書に画像や記事の利用目的や利用期間などを定めておけば,会社にとっては,「承諾」の範囲内の利用であればスタッフからの不当な要求に応じる必要がなくなりますし,スタッフにとっても,会社が「承諾」の範囲外の画像や記事の利用を控えることになり,双方にメリットとなります(ただし,スタッフの退職後も無期限に会社が画像や記事を無償で利用できるという「承諾」をスタッフに求めた場合には,あまりにも行き過ぎた内容であり,スタッフの肖像権やプライバシー権に対する不当な権利の制限であるとして,無効となる可能性があります。)。
下記に同意書の雛形を掲載いたしますので,参考にして下さい。