顧客ロイヤリティの鍵 - 感情を動かすパーソナライゼーション

吉永 敦

「顧客心をつかむ術 - パーソナライゼーションの全方位ガイド」として、【パーソナライゼーションの新たな解釈】【パーソナライゼーションにおける共通の落とし穴と回避策】【経済変動が消費者行動に与える影響と、パーソナライゼーションの重要性】と論を進めてきた本コラム。第4回となる今回は、ブランドが顧客と共鳴し合う関係を築くための「感情を動かすパーソナライゼーション」について解説していきます。

過去記事はこちら!第1回/第2回/第3回

パーソナライゼーションの先にある共感とつながり

ブランドへの愛着やロイヤリティを高めるために必要なものは何でしょうか? それは、単なる製品やサービスの提供を超え、顧客がブランドに「共感」し、「自分に寄り添ってくれている」と感じることです。多くの企業が、顧客との「IQ的価値」を超えて「EQ的価値」、すなわち感情面での価値を重視するようになっています。Zendeskの調査によると、顧客は単なる問題解決よりも共感や理解を示す姿勢を求めており、企業が顧客のフィードバックを丁寧に汲み取り、感情に応えることで、顧客は「自分は大切にされている」と感じるようになります。こうした体験が信頼や愛着を生み出し、結果としてロイヤリティの向上につながります。

※出典:顧客共感とは

物語がつなぐブランドと顧客の心

またブランドとの感情的なつながりを強化する手法として、効果的なのが「ストーリーテリング」です。顧客は自分と同じ価値観や考え方を持つブランドの物語に共感し、ブランドに対する一体感を感じます。例えば、L'OréalはCES 2024でエコフレンドリーな「AirLight Pro」や水の節約技術「Water Saver」を披露し、環境保護という共通の価値観を顧客に訴求しました。こうした活動により、L'Oréalは「環境に配慮する企業」という認識を広め、顧客に「このブランドは私と価値観を共有している」と感じさせました。顧客がブランドのストーリーに共感することで、自然に製品を「使い続けたい」という気持ちが生まれ、ロイヤリティが強化されます。

※参考:​ロレアルグループ、CES®2024で画期的なプロ仕様ヘアドライヤー「AirLight Pro」を発表 /ロレアルグループ、環境ウォーターマネジメントのスタートアップ企業Gjosa(ギオサ)を買収

また、顧客に深く寄り添うパーソナライゼーションには、「過去の行動や趣味嗜好」を取り入れることが重要です。顧客が以前に購入した商品や視聴履歴などに基づき、適切なレコメンデーションを提供することで「私の好みを理解してくれている」と感じてもらえます。例えば、映画や音楽のストリーミングサービスが、過去に視聴した作品に基づき新しい作品を提案するのはその好例です。このように、顧客の個性を反映した提案が顧客に満足感を与え、ブランドとのつながりを深めます。

パーソナライゼーションの欠如が引き起こすリスク

しかし、このように顧客とのつながりを感じさせるようなパーソナライゼーションが不十分な場合、顧客が他のブランドへと流れてしまうリスクが高まります。Brazeの「2023年 グローバル カスタマーエンゲージメントレビューレポート」によると、パーソナライズドされた体験が欠如していると感じた顧客の45%が、初回の取引でブランドから離れる可能性があると報告されています。一方で、感情的なつながりが構築されていると、リピート率が55%以上向上する例もあり、いかにエンゲージメントが顧客維持において重要かが示されています。新規顧客を獲得するために大きなコストをかけるよりも、既存顧客との関係を深めてリテンション(顧客維持)に注力することが、持続的なブランド成長の鍵と言えます​。

※プレスリリース:Braze、「2023年 グローバル カスタマーエンゲージメントレビューレポート」日本語版を発表(Braze株式会社)

AIでさらに進化するパーソナライゼーション

AI技術の進化により、企業は顧客の趣味嗜好や過去の行動をもとに、かつてない精度でパーソナライゼーションを実現できるようになりました。特に、自社データを活用したAIによる分析は、顧客体験を「当たり前に便利」なものへと変えています。例えば、Walmartでは、膨大な購買履歴や顧客データをAIが分析し、個々の顧客に最適な商品をレコメンドするシステムを導入しました。このシステムは、Walmart独自の生成AIプラットフォーム「Wallaby」を活用しており、各顧客に合わせたパーソナライズドな商品提案やカスタマーサポートを提供しています​。このように、顧客は「自分の好みを理解してくれている」という体験を得られ、購入率の向上にもつながっています。つまり、顧客は無理なく自分にピッタリの商品やサービスを見つけることができ、Walmartに対するロイヤリティも自然と高まっています。

※出典:Walmart Corporate

また、L'OréalがCES 2024で発表した「AIビューティーアドバイザー:BeautyGenius」では、顧客の肌状態に基づいて最適なスキンケアやメイクアップ製品を提案する仕組みが導入されています。これもAIを活用して自社データをリアルタイムに処理し、個々のニーズに即した対応ができるようにしています。顧客は特別な準備や要望を伝えることなく、あたかも「自分専用の美容アドバイザー」に相談しているような感覚を得ることができ、ブランドへの信頼感が一層深まります。

※出典:L'Oréal「BeautyGenius」

こうしたAIの活用により、顧客一人ひとりにとって「当たり前に便利」な体験が提供され、結果としてブランドロイヤリティの向上が期待できるのです。企業にとっても、顧客データを活用した高度なパーソナライゼーションは、個別の顧客体験を効率よく提供するための有力な戦略となり、継続的な成長の基盤を築く鍵となっています。

(2024年グローバルエンゲージメントレビューより)

リアルタイムで顧客に応えるパーソナライゼーション

さらに、オンデバイスAI(AI機能が埋め込まれた端末)によりリアルタイムでのパーソナライゼーションが可能になることで、顧客体験の質は新たな次元に到達しました。オンデバイスAIはクラウドに依存せず、デバイス上で処理を行うため、待ち時間を最小限に抑え、瞬時に応答できます。「超歌舞伎」は、オンデバイスAIの例ではありませんが、超高速通信の技術を用いて、共演者との息の合ったパフォーマンスが提供され、顧客に「まさにその場だけの体験」を提供する感覚を与えています。こうしたリアルタイムの対応は、ブランドが顧客一人ひとりに寄り添い、特別な「おもてなし」を実現する新しい形です。リアルタイムのパーソナライゼーションにより、ブランドと顧客の関係はさらに深まり、信頼感と一体感が高まります​。

※出典:超歌舞伎 Powered by NTT

ブランドが「相棒」となる未来の顧客体験

パーソナライゼーションとリアルタイムの掛け合わせによって、ブランドは顧客にとって「相棒」のような存在になりつつあります。オンデバイスAIの普及により、顧客がリアルタイムで自分に合わせた情報やサービスを受けられるようになれば、ブランドへの信頼感や親しみが増していきます。また、オンデバイスAIとまではいかなくとも、適切なシグナルを捉え、適切なタイミングと内容でコミュニケーションを取ることで感情を動かすようなパーソナライゼーションを実現することはすでに可能です。例えば、あるシェアスペースを運営する企業では、台風などで公共交通機関が混乱した際、近くのワークスペースを顧客にプッシュ通知で提案するなど、顧客に寄り添った対応を行っています。また、ライドシェアサービスでも、交通機関のストライキが発生した際に「今ならライドシェアが便利」という提案を行い、デジタルの力で「相棒」のように顧客をサポートしています。

このように、企業が持続的に成長するためには、顧客一人ひとりのニーズに応じた「感情を動かす」体験が欠かせません。単なる効率性の向上を超え、ブランドと顧客が共に成長するための「心に響く体験」を提供することが、顧客ロイヤリティとリテンションの向上に直結します。ブランドと顧客が共鳴し合う関係を築くことで、企業は持続的な競争力を確保し、さらに愛されるブランドとして成長していくのです。


著者

吉永 敦 (Atsushi Yoshinaga)

ワークスアプリケーションズにERPのソフトウェアエンジニアとして入社。地方自治体・大手上場企業のERP導入コンサルタントを経てGlobalの開発PJに従事するため上海赴任を経験。大手コンサルティングファーム転職後、RPA 導入・AI-ChatbotのPJを現地法人でリードした後、日本に帰国、日本では金融業界を中心としたオペレーショナルエクセレンスを提供するチームでコンサルタントを経験。
Braze日本法人の立ち上げに伴って、導入担当のソリューションアーキテクトとして参画した後、2022年2月よりグロースエンジニアに職種変更。
現職では、Braze City × City (旧 FORGE JAPAN)でのアプリ作成・日本のテクノロジーパートナーとの連携検証・最新機能を用いたカスタマーサクセス等に従事。