送料無料はない! ~国土交通省が挑む「物流2024年問題」の今【前編】
人口減少に伴う労働力不足に加え、働き方改革関連法により、トラックドライバーの労働時間に上限が課されることで生じる物流・運送業界の「2024年問題」。この「2024年問題」を、物流業界に携わる方々へのインタビューを中心に特集。第1回となる国土交通省へのインタビューを前後編でお届けする。日本の物流を所管している国土交通省は、今、国としてどのような方針や展望を持っているのか。
※本インタビューは「ECのミカタ通信vol.25」でもお読みいただけます。
https://ecnomikata.com/knowhow/40524/
2030年まで深刻なドライバー不足
2018年(平成30年)月に働き方改革関連法が成立し、2019年(平成31年)4月から改正労働基準法が全産業を対象に施行されることとなった。その際のポイントが、以下になる。
■臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、
・年720時間以内
・複数月平均80時間以内(休日労働を含む)
・月100時間未満(休日労働を含む)
を超えることはできない。
ただし①建設事業②自動車運転の業務③医師④鹿児島県および沖縄県における砂糖製造業⑤新技術・新商品等の研究開発業務については猶予、除外対象となっており、⑤は諸条件を満たした上で時間外労働の上限規制を適用しないが、それ以外はそれぞれ条件は異なるものの2024年4月1日から上限規制が適用されることとなっている。
このうち②に入る、トラックドライバーについては長時間労働の常態化が以前から問題視されており、時間外労働時間は年間960時間に制限され、罰則もある(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)。
「トラックドライバーの労働環境の改善の必要性に関しては、働き方改革関連法よりずっと以前から、課題として認識されてきました。そもそもトラックドライバーの労働時間は全産業の平均より約2割長いにもかかわらず、年間賃金は1 割ほど低いことも問題です」(国土交通省 総合政策局 物流政策課 物流効率化推進室 物流効率化調査官 笹口 朋亮氏、以下同)
長時間労働ながら賃金が低いという構造ができ上がってしまっている要因の1つが、物流業界全体における激しい価格競争だ。厳しい取引環境の中にあって、雇用環境の悪化は不可避だった。
この労働環境を改善するために、時間外労働の上限規制を2024年4月からトラックドライバーにも適用することになったわけだ。しかしそうなると、1日の1人あたりの走行距離は短くなり、これまでのような長距離輸送は困難だ。そしてそれこそが、今、EC業界が取り組んでいる「物流2024年問題」だ。
「長期的には、時間外労働の上限規制によって働き方が改善していくと考えていますが、ドライバー不足がさらに深刻となり、物が運べなくなるのではという危機感が広がっているのは事実です。そしてそのことが、物流2024年問題の施策を進める上で、大きな争点となっています」
輸送能力34%不足へ…対策は
どれくらい影響があるのか。
国交省の資料によれば、具体的な対応を行わなかった場合に、2024年度には輸送能力が約14%(4億トン相当)不足し、さらにその後も対応を行わなかった場合は2030 年度に約34%(9億トン相当)輸送能力が不足する可能性があるという。
物流の停滞は荷主や消費者だけではなく、社会経済全体に及ぼす影響が大きいと考える国交省では、関係者が集まって対策を講じてきている。2022年9月には物流事業者を所管する国交省、EC企業を所管する経済産業省、農産品等の輸送が大きな課題となる農林水産省が中心となり、物流を持続可能なものとするための「持続可能な物流の実現に向けた検討会」を設置。さらに荷主企業、物流事業者、一般消費者が一体となって日本の物流を支える環境整備について、総合的な検討を行うための「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」を2023年(令和5年)3月31日に設置。同6月2日には、「物流革新に向けた政策パッケージ」を打ち出している。
各所が一丸となって取り組むのは、2024年問題には様々な課題が内包されているからだ。それこそ単に「これまでのように荷物が届かなくなる」だけではない。トラックドライバーの拘束時間が減少すれば、ドライバーの収入は減少してしまう。しかし賃上げのためには配送料の値上げが必要で、だからといって単純に消費者に価格転嫁されてしまうと、販売機会の損失につながりかねない。国交省でも当初からその点は、課題と認識し、まずは実際にかかるコストを運送事業者が授受できるよう、取り組みを推進しているという。
「現在は産業全体のコストが上昇し、特に燃料費も高騰しているので、配送料の値上げもやむを得ないという認識が広まっていますよね。だからこそ便乗値上げという疑惑を持たれないよう、きちんとコストを明確化し、荷主や消費者に認識してもらう必要があります。物流事業者、荷主企業・消費者、社会経済の『三方よし』にすることを念頭に、政策を進めていきたいと考えています」
送料無料は消費者の意識改革必須
例えば、実際にかかっているコストが明確に示されていない、ということの象徴が「送料無料」の表記だ。実際には無料で物が届くわけはなく、どこかが送料を吸収して「無料」に見せているにすぎない。そしてその負担は実は、売り主、つまりEC業界においてはEC事業者が負担しているケースがほとんどだ。
もちろん「送料無料」と表記することで販売機会の拡大につなげたい考えもあるが、それが消費者の物流に対する危機感や問題意識のズレに影響を与えている面もある。
配送にも影響を与えている。「送料無料だから何度でも再配達を依頼してしまう」「商品1個から運んでもらっていいだろう」という考えはまだ消費者に根強く、配送の効率化につながりづらい。つまり、消費者への啓発活動による意識改革は喫緊の課題といえる。
「物流総合効率化法」での支援も
消費者の意識改革が急がれる中、同時に物流業者の意識改革も急務だ。運送業者のほとんどは零細企業であり、大手業者の孫請け・曾孫請けも当たり前。そのパワーバランスから価格競争のしわ寄せを受けがちだ。となるとただでさえ不足しているドライバーの離職率が、高くなるのもうなずける。
「一社独善的にという取り組みでは物流全体の問題は解決しにくいと思います。だからこそ、荷主企業、物流事業者、消費者が連携することが、2024年問題を解決する重要ポイントの一つになると考えています」
そのために、サプライチェーン全体の輸送の効率化を図る事業を国交省では支援している。その一つが2016年(平成28年)に改正された流通業務の総合化および効率化を図る「物流総合効率化法」(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律)という法律だ。環境負荷の低減と省力化の条件を満たすと経費の補助や税制上の特例を受けられる。ポイントは、「2者以上の連携」が必要であること。
「2者とは例えば荷主にあたる荷主企業と物流事業者が連携していただくことで、すぐれたモーダルシフト(トラックによる幹線貨物輸送を、『地球に優しく、大量輸送が可能な海運または鉄道に転換』すること)や輸配送の共同化を支援しています」
残念ながらまだこのスキームの認知度は低く、また中小企業だと連携するにしても費用が足りないという課題もある。そこで計画策定経費として上限200万円定額で補助をしたり、計画を立てた初年度の立ち上がり経費を運行経費として補助したりといった事業も国交省で運営している。
「スモールスタートで課題を見つけ、その上での本格実施という流れになることを想定していますので、例えば連携するための協議会を立ち上げる際の開催運営経費、実際モーダルシフトで運んでみようという時のトライアルの経費なども支援しています。ただこうしたスキームを作っても、それがうまく活用できるかはまた別問題です。国交省でもわかりやすい手引き等を作成し、積極的にモーダルシフトや輸配送の共同化等に向けて支援していく必要があると感じています」。