「YouTube Works Awards Japan 2025」レポート 視聴者の共感と熱量を生み出す広告のあり方とは?
2025年6月2日にGoogle合同会社が開催した「YouTube Works Awards Japan 2025」では、2024年度に最も優れた広告効果や社会的影響をもたらした国内のYouTube広告が表彰された。同イベントでは合計51作品のファイナリストから8部門の部門賞とグランプリを発表。さまざまな形で事業に貢献した広告の効果が紹介された。
また、イベントの後半では審査員によるパネルディスカッションを2部制で開催。いかにして情熱を視聴者に届け、視聴者を動かすかを語った。
グランプリは飲み文化をめぐる葛藤が共感を生んだ『プレモル』
基調講演に登壇したYouTube 日本代表 仲條亮子氏は、YouTubeの視聴環境を解説した。2020年以降の3年間でコネクテッドテレビでの視聴者数が2倍以上に増加。日本国内で7370万人が視聴するプラットフォームに成長し、ショート動画の視聴者数は20%以上増加したという。
「YouTubeは年齢、性別、ブランドを超えた『広さ』を持つフォーマットであると同時に、一人を動かす『深さ』も持っています。7割以上のユーザーがYouTube動画の視聴後に検索や共有、購買行動を行っていることからも、深い共感や憧れが視聴者を動かす熱量を持っていることがわかります」(仲條氏)。
グランプリに選ばれた作品はサントリーホールディングス株式会社の『飲みに誘うのムズすぎ問題』。コロナ禍で変化した仕事後の一杯に対する価値観の違いを浮き彫りにした作品は、今どきの後輩を居酒屋に誘う先輩の葛藤が強い共感を呼んだ。
グランプリを受賞した『ザ・プレミアム・モルツ』広告制作担当者
長尺広告としては型破りな、商品を最後に登場させる手法が視聴者の没入感を誘った。担当者は「『プレモル』を親身に感じて自分ごとにしてもらうことを目的に、共感を狙った広告を作った」と語る。
ノミネート作品はそれぞれの方法で広告をユーザーに押し付けるのではなく、コンテンツとして楽しまれたり、考えさせたりと、自分ごと化できる作品が並んだ。
「ファンダム」をリスペクトし、情熱あるクリエイティブで信頼を獲得
続くパネルディスカッションの第一部はワンメディア株式会社 代表取締役CEO 明石ガクト氏がモデレーターを務め、4名の審査員が登壇した。
左から明石氏、YouTubeクリエイターの小田切ヒロ氏と、かけ氏、株式会社ビズリーチ 執行役員 CSMO 枝廣憲氏、ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部統括部長 新井英成氏
「クリエイター共創で築くYouTubeファンダムとビジネスインパクト」と題した最初のセッションは、ファンとクリエイターが形成するコミュニティ、「ファンダム」が経済効果を生み出すためのキーワードに「情熱」が挙がった。
小田切氏はYouTubeを「クリエイターがユーザーとのコミュニケーションを通して求められているものを確実に捉えられる場」と表現。企業とクリエイターがYouTubeという場を通じてユーザーに投げかける思いが必要だという。
かけ氏は、短尺動画が主流になりつつある現代には、反対にありのままの姿を見せられる長尺動画による長時間の接触がファンダムを形成し、信頼関係の積み上げに貢献すると語る。「美しいものは一瞬で消費されるが、弱い部分を見せることが共感や人を動かす力を生む」と小田切氏。
小田切ヒロ氏
広告主側である枝廣氏は、クリエイターの情熱に驚かされたと語る。「視聴者と関係を作るため、クリエイターは縦長動画と横長動画でカメラ、照明、メイクすべてを変えると聞きました。自社ブランドのファンを作るためには、お互いに信じながら、それでも信じ切らずにバランスを取ることが大切です」(枝廣氏)。
事業者とクリエイターがシナジーを生む前提として小田切氏は、ブランドの言いなりなクリエイティブは見抜かれてしまうと語る。新井氏は「クリエイターの文脈に対するリスペクトが大切」と発言。ブランドが持つイメージなどの文脈と、クリエイターがユーザーとの「ファンダム」に持つ文脈を掛け合わせる需要性を説いた。
セッションでは企業がYouTube広告にかける情熱、クリエイターが制作にかける情熱、そしてそれらを擦り合わせる議論への情熱の重要性が語られた。「クリエイターのコンテンツに商品を配置するだけ」から一歩踏み込んだクリエイティブが、視聴者の期待を上回るために必要だという。
これから時代の人を動かせる広告とは?
パネルディスカッションの第二部は「拡張するYouTubeの世界観 新しい『らしさ』でブランド価値を革新する」と銘打って、審査員長の株式会社電通グループ グローバル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー 佐々木康晴氏がモデレーターを務めた。
佐々木氏がYouTube広告のスローガンとする言葉は「三方好き」。ユーザー、クリエイター、企業の三者が商品やコンテンツ作りの動機を忘れず、商品やコンテンツを好きになることで高い広告効果を生み出せると語る。
左から佐々木氏、日清ホールディングス株式会社 宣伝部長 安武雅之氏、株式会社博報堂 クリエイティブディレクター 石下佳奈子氏、株式会社サイバーエージェント AI事業本部 クリエイティブDiv. 統括 毛利真崇氏
「三方好き」の実例として挙がった作品が、こっちのけんと氏の『はいよろんで』の替え歌で作られた『どん兵衛』の広告だ。
「今回の入賞作品は広告然とした作品と、YouTubeのオーガニック動画のような作品が混在していました。中でも『どん兵衛』の広告は最初から最後まで商品の紹介をしていますが、MVや動画として完成度が高いので最後まで見ていたくなります。これはYouTubeらしい作品だと思います」(安武氏)
実際に『どん兵衛』の広告制作に携わった安武氏は、「商品が真ん中にあるような企画を行い、商品から逃げないこと」を大切にしたと説明。それが『どん兵衛』を食べたくなる広告を生んだという。
「YouTube上における広告やコンテンツが、YouTubeのフォーマットに最適化されてきている」と石下氏や毛利氏。反対にテレビCMをそのまま流したり、従来通りの制作を行ったりしていては、縦長のショート動画などのフォーマットに即した視聴体験をしているユーザーに届かなくなっていると語る。
「エンタメとしての楽しさと、広告としての性能のバランスを取るのは難しいです。広告は誰も見ていないものと思って作れと言われていますが、今はスワイプもされるので、従来よりもシビアになっています。見てもらうために、『どん兵衛』は商品を訴求しながら『どうでもいい』という自虐をフックとして仕込んでいます」(石下氏)。
Best Offline Sales Lift部門を『どん兵衛』が受賞している様子
広告として全面的に商品を押し出した『どん兵衛』と対照的に、型破りな例として紹介された作品がサントリーホールディングス株式会社の『金麦』やグランプリの『サ・プレミアム・モルツ』だ。『金麦』はハイテンポに商品を押し出すことがセオリーの縦長ショート動画広告にもかかわらず、哀愁のあるゆったりとしたナレーションの最後に商品が登場する。
このような型破りについて佐々木氏は「奇をてらえばいいというものではありません。ユーザーのインサイトをしっかりと捉えることで、例えば『プレモル』はブランドと社会課題をうまくつなげました。これが長尺を使えるYouTubeらしさであるとも言えるでしょう」と語る。
広告の手法は無数にあるが、あくまで最終的な目的は売上の改善だ。そのために、毛利氏はクリエイティブを増やしてのABテスト実施や、コスト増をAIで吸収するなどしてクリエイティブの運用強度を高めることを勧める。石下氏はオリエンテーションへの逆提案などでユーザーに伝えたいメッセージを徹底的に洗い出す熱量を、必要な活動として挙げた。
これまで以上に広告の形が多様化すると同時に、退屈な広告は簡単にスキップされる時代になっている。視聴者の熱い視線が注がれるクリエイターは、企業がプロモーションにぜひ起用したくなるIPだ。
一方で安易な起用とおざなりなクリエイティブは市場から冷ややかに受け止められる。ユーザーを動かすクリエイティブを作るときには、相応の熱量ある制作体制を確立していきたい。