日本酒の常識を変える“凍眠”技術──できたての旨さをそのまま封じた「凍眠生酒」【後編】

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桑原 恵美子

株式会社TOMIN SAKE COMPANY 代表取締役の前川達郎氏

前編では、気体の約20倍の熱伝導率を持つ「液体」で食品を凍らせる液体凍結機「凍眠」について紹介した。後編では、今、国内外で大きな注目を集めている「凍眠生酒」について、株式会社TOMIN SAKE COMPANY 代表取締役の前川達郎氏に話を聞いた。

「凍眠」取材【前編】はこちら

火入れなしで長期保存を可能にした「凍眠生酒」

取材時には「凍眠」による食品冷凍のデモンストレーションが行われたが、その最後に登場したのが、酒蔵で蔵出しした直後のフレッシュな生酒を凍眠で超急速凍結させた「凍眠生酒」だった。ひとくち飲んで、これまで飲んできた日本酒とは一線を画する鮮烈なみずみずしさ、味わいの変化の複雑さと多彩さに圧倒され、「これがしぼりたての新酒の味か!」と驚いた。

凍った瓶入りの眠凍新酒を水に浸け、徐々に溶かして飲む

温度が上がるにつれて香りが立ち、味わいがどんどん変化していく

株式会社TOMIN SAKE COMPANY(以下、TOMIN SAKE COMPANY)代表取締役の前川達郎氏によると、通常、日本酒は、約60度から65度の温度帯で加熱する「火入れ」を行って長期保存を可能にしている。だがそのために、しぼりたての新酒が持つフルーティさやフレッシュ感も失われてしまう。市場に流通している生酒も、瓶の中で発酵が進み、本来のフレッシュな味わいが失われがちだという。凍眠生酒は「凍眠」による超急速冷凍で成分の分離を最小限に抑えているため、火入れを行わなくても新酒の風味がキープされる。また水分が膨張する前に凍結するので、瓶の破損も起こりにくいのだという。

「これまで、シャーベットのような食感を楽しむ『凍結酒』はあっても、『鮮度保持のために日本酒を冷凍する』という文化はありませんでした。しかし火入れせずに日本酒を長期保存できる『凍眠生酒』により今、日本酒の物販の可能性が大きく広がっているのです」(前川氏)

「日本酒の業界にとって革命が起きるかもしれない」

テクニカンが、その凍眠技術を日本酒に応用する取り組みを始めたのは、2018年。株式会社南部美人の久慈浩介社長との出会いがきっかけだった。

5代目蔵元でもある久慈氏は日ごろ、しぼりたての生酒を愛飲していたが、アメリカに旅行をした時に火入れをした南部美人を飲み生酒との違いに大きなショックを受けた。「しぼりたての日本酒のとろりとした口当たり、フレッシュな味わいを世界中どこでも提供できる方法はないか」と考えていた時に、たまたま旅先の高知で食べたカツオの刺身の新鮮さに驚いた。それが「凍眠」を使った冷凍のカツオであることを知ってまた驚き、「その技術が日本酒にも応用できるのでは」と考え、テクニカンに相談をしたという。

テクニカンでは長年にわたり主に食品の凍結技術を手掛けてきたが、日本酒における効果検証については、2024年10月にTOMIN SAKE COMPANYが酒類総研(※)の協力を得てエビデンスを取得した。同実験では、しぼりたての生酒と凍眠処理した酒を比較した結果、「凍眠」処理によって生酒特有の不快な香りである「生老香(なまひねか)」が従来の4分の1〜5分の1に抑制されることが科学的に確認された。さらに、ブラインドテストにおいても、凍眠処理した古い酒と新しい生酒の識別がほぼつかないことが明らかになっている。

(※)独立行政法人酒類総合研究所の略称。広島県東広島市にある財務省所管の独立行政法人。酒類に関する研究機関

「酵母が生きている状態で凍らせていますので、解凍後は時間経過による味の変化を楽しむこともできます」と語る前川氏

「この結果に驚いて、久慈社長に『(他社に真似されないように)特許を取りますか?』と聞いたら、すごく怒られました。『これは日本酒の業界に革命が起きるかもしれない技術。私はこの技術を独占などせずに、日本酒の業界のために使いたい』とおっしゃって、そのために我々にいろいろな酒蔵さんを紹介してくださったのです」(前川氏)

約2年間の研究を経て2019年に「南部美人 フローズンビューティー」が発売された。久慈氏の悲願に感銘を受けた前川氏は、2024年1月に日本酒の卸売りライセンスを持つ富山の会社をM&Aで取得し、日本酒に関わる事業全般ができるTOMIN SAKE COMPANYを設立。凍眠生酒を採用する酒蔵は全国で年々、増え続けている。

2024年11月には、帝国ホテルが134年の歴史の中で培ってきたおもてなしの精神で厳選した商品をセレクトしたオンラインモール「ANoTHER IMPERIAL HOTEL(アナザー インペリアルホテル)」でも、凍眠生酒の販売を開始。同年12月には、イオンリテール株式会社が運営する日本最大級の品目を取り揃える冷凍食品専門店「@フローズン(アットフローズン)」でも全国20蔵の凍眠生酒の販売を開始した。

ECと冷凍食品は相性がいい

海外ではシンガポール、オーストラリア(シドニー、メルボルン)、アメリカ(ロサンゼルス)などで凍眠生酒の流通を始めており、日本酒の鮮度を保った状態で提供できることが高く評価されているという。

「海外のマーケットでは『こんな日本酒を飲んだことがない』と驚かれることが多く、確かな手ごたえを感じています。シンガポールでは、明治屋様のお取り扱いにより高島屋様のVIP顧客向けに告知いただき、限定商品30本を1週間販売したところ、試飲なしにもかかわらず即完売しました。その後の試飲会でも追加購入が相次ぎ、なかには1人で約十万円分をご購入される方もいて、明治屋様・高島屋様ともに非常に驚かれていました」(前川氏)

テクニカンが運営している冷凍食品専門店「TOMIN FROZEN」(神奈川県横浜市都筑区)

通常は産地でしか味わえない生のホタルイカや生しらすなどの新鮮な海産物や、有名店の一品料理など、凍眠技術ならではの冷凍食品を多数販売

ECビジネスについては、テクニカンがECとリアル店舗の両方で展開している冷凍食品専門店「TOMIN FROZEN」の冷凍食品と日本酒を組み合わせた販売戦略を視野に入れている。

凍眠生酒は再冷凍できないため飲み切りサイズで展開している

「冷凍食品とECは相性がいい。冷凍食品と凍眠生酒をいっしょに購入することで、冷凍の配送費が節約できるという、ECならではのメリットもあります。オンラインとオフラインを融合させて、さらに周知を広めたい。越境も含めてできることはまだまだ多く、大きな可能性があると感じています」(前川氏)

創業170年の料亭「下鴨茶寮」とTOMIN SAKE COMPANY の理念が共鳴して実現した凍眠生酒とおせちのセット「酒肴おせち 冷凍一段 お酒付(2人前)」(税込27500円) ※画像提供:下鴨茶寮

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記者プロフィール

桑原 恵美子

フリーライター。秋田県生まれ。編集プロダクションで通販化粧品会社のPR誌編集に10年間携わった後、フリーに。「日経トレンディネット」で2009年から2019年の間に約700本の記事を執筆。「日経クロストレンド」「DIME」他多数執筆。

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