ステマの定義と日米の法規制

木川 和広

【連載コラム】これだけはおさえておきたいECの法律問題
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 木川和広

第17回:有名人の広告利用に関する法律問題
https://www.ecnomikata.com/column/12453/

ステマとは

 広告・マーケティングに関する法規制についてアドバイスする中で、頻繁に質問される話題の一つが、ステマ(ステルスマーケティング)です。一般的にステマとは、「消費者に宣伝と気付かれないように宣伝行為をすること。」(平成27年7月28日東京地方裁判所判決)などと定義され、すでに一般的な用語として浸透していますが、実際のところ、何がステマに当たるかはあまり明確ではありません。そこで、今回は、ステマに関する日米の法規制を比較しつつ、ステマとそうでない宣伝手法との境界線を探ってみたいと思います。

ステマに関する日本の法規制

 日本には、ステマを明確に定義した法律や官公庁のガイドラインはありません。また、何がステマに当たるかを明確に定義した裁判例も今のところありません。唯一、テレビ事業者を規制する放送法12条が、「放送事業者は、対価を得て広告放送を行う場合には、その放送を受信する者がその放送が広告放送であることを明らかに識別することができるようにしなければならない。」と規定してテレビでのステマを禁止していますが、この規定を見ても「広告放送であることを明らかに識別できない」のがどのような場合かは示されていません。

 ECにおけるステマを規制するものとして考えられるのは、景品表示法です。消費者庁のガイドライン「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」では、事業者が顧客を誘引する手段として、自ら口コミサイトに口コミを投稿したり、第三者に依頼して投稿させたことにより、一般消費者が実際の商品よりも著しく優良であると誤認するような場合には、景品表示法上の不当表示として問題となるとされています。しかし、この他には、ステマに当たる事例は具体的に示されていません。

 そもそも景品表示法の不当表示は、「事実に反して実際の商品または他の事業者の商品よりも著しく優良であると一般消費者に誤認させる表示」です。つまり、仮に消費者が商品の広告だとは気付かなかったとしても、事実に反して著しく優良だと誤認させるものでない限り、不当表示に該当することはありません。したがって、広告とは分かりにくいというだけの理由で、直ちに景品表示法違反になることはないと考えられます。

ステマに関するアメリカの法規制

 アメリカでは、連邦取引委員会(Federal Trade Commission:略称FTC)が、日本の公正取引委員会と消費者庁を併せたような機能をもって取り締まりを行っており、FTCの取り締まりの根拠となる連邦取引委員会法(FTC法)の5条が、「不公正な競争方法」と「不公正または欺瞞(ぎまん)的な行為または慣行」を禁止しています。そして、このFTC法5条の解釈指針として、「広告における推薦及び証言の使用に関するガイドライン」が公表されており、その中で「推薦者と販売者との間に、推薦の信用性に重大な影響を与える関係がある場合」には、その関係を公表すべきであるとしています。このガイドラインでは、関係を公表すべき場合と公表しなくても良い場合が例として挙げられていますので、そのうちのいくつかをピックアップしてみましょう。

■公表が必要な事例1
 テニスプレイヤーがテレビ番組のトークショーに出演し、あるクリニックでレーシック手術をしたこと、その後いかに成績が向上したか、手術がいかに簡単であったか、クリニックのスタッフがいかに親切であったかなどを説明した。テニスプレイヤーとクリニックとの契約では、公の場で手術の話をした場合には報酬が支払われることになっていた。この場合、視聴者は手術の話をすることに対して報酬が支払われるとは想定できず、推薦の信用性に重大な影響を与えるので、契約内容を公表しなければならない。

■公表が必要な事例2
 内科医がいびき防止商品の宣伝に登場し、「これまでいくつもの商品を見てきたがこの商品がベストだ」と推薦した。内科医が宣伝に登場することで報酬を受けていることは想定できるので、それだけであれば公表の必要はないが、仮に、商品の売上に応じて報酬をもらう契約になっているとか、あるいはその会社の株を持っているという場合には、推薦の信用性に重大な影響を与えるので公表しなければならない。

■公表不要の事例1
 映画スターがある食品を推薦した。推薦のポイントは、味と個人的な好みだけであった。この映画スターに100万ドルの報酬が支払われていたり、翌年の食品の売上に対するロイヤリティが発生する契約になっていたとしても、そうした関係を公表する必要はない。なぜなら、この推薦を聞いた人は、そうした支払が行われていることを想定できるからである。

■公表不要の事例2
 テニスプレイヤーが、あるスポーツメーカーのウェアを着てテレビ番組に出演した。テニスプレイヤーとメーカーとの契約では、テニスコートの中だけでなく、人前に出る際には、できるだけそのメーカーのウェアを着るように求められていたが、そのような契約内容を公表する必要はない。なぜなら、テニスプレイヤーはテレビの中でそのウェアについては何も説明していないからである。

 このように事例を挙げて説明されるとだいぶ境界が明確にはなりますが、それでもまだいろいろと疑問は残ります。例えば、映画スターが商品の売上に対するロイヤリティをもらっても契約内容を公表しなくても良いのに、なぜ内科医がロイヤリティをもらうと契約内容を公表しなければならないのかという点です。FTCの考え方を推測すれば、商品の宣伝活動が本業の一つである映画スターと宣伝活動が本業ではない内科医とでは、消費者の受け取り方が違うからということかも知れません。そうすると、いくら事例を挙げてみても、結局は、「お金をもらって宣伝していることが、一般人にわかるかどうか。」という抽象的な基準に戻ってしまうようにも思われます。このような線引きの難しさが、日本においてステマ規制の導入が進まない一つの要因になっているのかも知れません。


著者

木川 和広 (Kazuhilo Kikawa)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所スペシャル・カウンセル
国際的な案件も含め、EC関連企業の法律問題を幅広く取り扱う。
(木川弁護士プロフィール)https://www.amt-law.com/professional/profile/KLK