パーソナライズのその先は? 鍵となるクリエイティビティ×データ 【顧客心をつかむ術 - パーソナライゼーションの全方位ガイド Vol.6】

佐藤 洋介

近年、企業が商品やサービスを差別化することは一層難しくなっています。選択肢の増加とイノベーションの短期模倣が進む中で、独自価値を顧客に伝え、持続的成長を実現することは困難です。
こうした課題はマーケティングにも当てはまります。多くの企業が取り入れる「パーソナライズ」も、名前を挿入しただけのメッセージや、購買履歴に基づくありきたりな提案では顧客の印象には残りません。
その結果、先進企業は次なる一手に注目し始めています。それは、顧客の感情を動かし、ブランドを強く印象付ける「クリエイティビティ」の実装です。本章では、パーソナライズの次のステップとして、クリエイティビティがどのように新しい価値を生むのか、その事例と可能性を考察します。

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消費者接点の進化とマーケティング手法の変遷

消費者とのコミュニケーション手法は、デジタル技術の進化とともに多様化し、今日のマーケターは様々な手法を組み合わせて消費者とのコミュニケーションを設計します。

マスプロモーションの時代では、「量産・量販モデル」に基づき、テレビや新聞、ラジオといったマスメディアを活用し、広範な消費者層に向けた一貫性のあるメッセージ発信が重視されました。この時代はブランドの認知向上が最優先され、広く届けることが成功の鍵とされました。

その後、ターゲティングアプローチが台頭。デジタル技術の進化により、取得可能な顧客データが飛躍的に増え、企業はデータ分析を通じて消費者の行動や趣向を深く理解できるようになりました。この結果、ターゲット層に対する正確なメッセージ配信が可能になり、パフォーマンス広告が普及しました。

現在のパーソナライズの時代では、CRMやAI技術を活用し、一人ひとりに合わせた「One to One」コミュニケーションが一般化しつつあります。例えば、ECサイトでは購入履歴に基づくおすすめ商品を提供するなどして、「心地よい」購買体験が提供されています。しかし、消費者が「パーソナライズ慣れ」していく中で、こうした手法だけでは顧客に強い印象を残すことが難しくなり、競合との差別化につながらないリスクがあります。

実際、一人の消費者として、印象に残ったブランドからの体験やメッセージはどれくらいあるでしょうか?

悲しいことに、多くないのが現実です。

そこで次に必要なのは、データとクリエイティビティを融合して、驚きや感動、共感を生み、顧客にブランドを強く印象付けるアプローチです。

データが創るクリエイティビティ

戦略プランニング研究所 代表 村尾俊一氏は、「クリエイティビティ」を、人間の活動の中で言葉による定義が最も困難なものの一つと述べています(※1)。実際、世界最大級のクリエイティブの祭典である「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌライオンズ)」の受賞作品の傾向や評価基準も毎年アップデートされており、クリエイティビティの本質を捉えるのは容易ではありません。ここでは、クリエイティビティ研究者 El-Murad氏が提唱する「既存のデータや情報、要素を基に新しい組み合わせを創出する能力」という定義を基に進めます(※2)。

この定義を実践に活かすためには、消費者に新たな気づきを与え、感情を動かす仕掛け・体験作りに、データをどのように結びつけるかが重要です。既に、先進企業では、ユーモアや感動を生み出すクリエイティビティをデータを用いて実装しながら顧客体験に組み込み、競争優位性を高める取り組みが加速しています。

例えば、年末恒例の「Spotifyまとめ」キャンペーンは、データとクリエイティビティをうまく融合させた象徴的な事例と言えるでしょう。ユーザーが1年間に聴いた楽曲やアーティスト、再生時間といったデータを基に、『今年の再生曲数は〇〇曲でした。特にあの曲は何度も何度も聴きましたね...』や『今年あなたが一番聴いたアーティストは〇〇』といった、ユーザーごとにパーソナライズされたメッセージを提供しました。

※1:広告クリエイティビティの特徴と現在の変化(村尾俊一氏)

※2:The Definition and Measurement of Creativity: What Do We Know?(Jaafar El-Murad, Douglas West)

筆者の「Spotifyまとめ」キャンペーンでは、世界中のリスナーの中でもSpotifyヘビーユーザーであることが明らかに。

これらのメッセージは、遊び心あふれるコメントや鮮やかなグラフィックとともに届けられ、単なる数字の羅列ではなく、ユーザーが感情移入できる「ストーリー」に昇華されています。多数のエンタメ系ストリーミングサービスが台頭する中で、Spotifyはこのキャンペーンを通じてサービスとユーザーの関係性を特別なものとして印象付けることに成功しました。

また、同キャンペーンは多くの企業にインスピレーションを与えてきました。例えば、語学学習サービスのDuolingoではユーザーによるシェアがアプリダウンロードを51%増加、マッチングサービスのTinderではアプリ離脱ユーザーの復帰を15%増加、そしてNintendo Switch Onlineではゲーム購入率25%増加や継続率35%増加など、ビジネス成果に寄与している幅広い業種の事例も報告されており、データをクリエイティビティに昇華させ、ユーザーとの関係性を深めるコミュニケーションには大きなポテンシャルを感じさせます。

出典:The Power of Year in Review Campaigns

これらの事例は、単なるパーソナライズではなく、データをクリエイティビティの触媒として活用することで、ユーモアや驚き、共感、感動を生み出し、顧客体験を新しい次元に引き上げる可能性を示唆しています。

カンヌライオンズ事例で学ぶクリエイティビティとデータの融合

クリエイティビティとデータを掛け合わせた取り組みについて理解を深めるために、世界最大級のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ」に注目してみましょう。全30部門でグランプリが競われる中、Creative CommerceやMobileといった部門では、デジタルマーケティングに携わる多くの企業にとって馴染みの深い作品が数多く見られます。

今回は、クリエイティビティとデータを融合させた2つのキャンペーンを紹介します。これらの事例は、単なるパーソナライズに留まらず、ユーモアや驚き、共感を通じて顧客の心を動かし、ブランド価値を高める手法を示しています。

Chipotle「Doppelgänger」
メキシコ料理レストランブランド Chipotleは、数百万通りのカスタマイズが可能なブリトーを提供しています。
消費者が「自分だけのカスタマイズ」を楽しむ一方で、同社はこの特徴を逆説的なユーモアに活用しました。それは、同じ組み合わせを同じタイミングで注文した顧客に対し、「あなたのドッペルゲンガー(分身)が現れました!」というEメールを送る施策です。
Eメールには、一致した2人の注文内容や注文店舗の情報とともに、「あなたの注文は特別ではありません」といったメッセージが添えられ、独自性を重視する顧客の思い込みを逆手に取った内容となっています。このメッセージは驚きと楽しさを提供し、顧客の関心を惹きつけました。

その結果、メールのクリック率は業界平均を大幅に上回り、480万ドルの収益を創出。さらに、このユニークな施策はTikTokでも拡散され、受信ボックスで埋もれがちなEメールの価値を再認識させる成果を生み出しました。(詳細はこちら

Samsung「Samsung ThrowBack Deals」
「ブラックフライデー」や「サイバーマンデー」は、アメリカで年間最大の消費が行われる時期ですが、その翌週は売上が大幅に減少する週として知られています。

この課題を解決するため、Samsungは従来のカゴ落ちフォロー、ユーザーがECサイトを離れてから、あまり時間を空けずにリマインドメールを送付する方法とは、異なるアプローチを採用しました。

その方法は、2021年にカートに残された73.5万件の商品を、あえて2年後の2023年にリマインドし、更に最新モデルを2021年当時のセール価格で提供するというもの。

「2021年のショッピングカートの幽霊です」といったユニークな件名や、スマートウォッチを購買し損ねたユーザーへの、「カートに置きっぱなしは、スマートじゃないですね。」といった細部までこだわり抜かれたユーモアに富んだメッセージで顧客の興味を引きつけました。

この一風変わったアプローチは、SNS上でも話題となり、2023年の週間売上は前年対比で318%増加。1年間で2番目に大きな売上を記録する週となりました。(詳細はこちら

クリエイティビティ×データを事業成長のレバーへ

これらの事例が示すように、データを単なるパーソナライズの枠組みで捉えるだけでなく、クリエイティビティの触媒として活用することは、事業成長へも大きなインパクトを与える可能性があります。購買データを単なるトランザクションデータとしてではなく、ブランドと消費者の大切な接点と捉え直し、ユーモアを交えて印象に残る体験へと昇華させることが、競争優位性を生み出す鍵となるでしょう。

実際、オラクル社による2022年の調査では、ユーモアが事業成長に貢献する可能性が明らかになっています。

出典:Global Report: 45% of People Have Not Felt True Happiness for More Than Two Years

一方、同調査ではビジネスリーダーの95%は「顧客コミュニケーションにユーモアを用いることに躊躇している」と回答しています。これは、消費者がユーモアを求める一方で、多くの企業がリスク回避や過去の成功体験に固執し、新たな取り組みに踏み切れていない現状を示しています。しかし、だからこそ、クリエイティビティやユーモアに向き合うことが競合他社との差別化の好機になり得るのです。

先進企業にとって、パーソナライズは今や当たり前となりつつあります。その先のステップとして、クリエイティビティとデータを融合させ、どのようにして消費者にブランドを印象付けるかを考える、時代の転換点が訪れています。
次の時代、消費者の心を動かす未来のマーケティングを共に創り上げていきましょう。

BrazeはカンヌライオンズのFestival Partnerとして、クリエイティビティとテクノロジーの力で、変革に取り組む人々を応援しています。


著者

佐藤 洋介 (Yosuke Sato)

アクセンチュア株式会社において、CRM/MAシステムの導入および活用定着化支援、業務・組織変革、新規事業立ち上げといった、企業の成長を支援するコンサルティング業務に従事。
2022年5月にBrazeへ入社後、導入支援を担当。現在は、ストラテジックビジネスコンサルタントとして、日本市場開拓に向けたGTM戦略の策定、Thought Leadership活動の推進、グローバル事例の国内展開、営業およびカスタマーサクセスチームの支援など、幅広い業務に取り組む。