サン・クロレラ判決に見る薬事法と景表法の境界線
【連載コラム】これだけはおさえておきたいECの法律問題
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 木川和広
第1回:ライザップの事例から考える景品表示法への対応
http://ecnomikata.com/ecnews/backyard/7009/
第2回:消費者庁より怖い?適格消費者団体
http://ecnomikata.com/ecnews/backyard/7170/
私が東京地検医事係検事として薬事法の取締りを担当していた頃、新聞に「解説特報」という折り込みチラシが入っていました。そのチラシは、日本クロレラ療法研究会という団体が配布していたもので、クロレラにはあらゆる病気を治す効果があると書かれ、病気が治った人たちの体験談が記載されていました。
サプリメントを販売する際に医薬品的な効能効果を謳うと薬事法違反になりますので、このチラシは問題があるのではないかと思ったのですが、チラシには具体的な商品名の記載がなく、特定のサプリメントについて効能効果を謳ったとは言えなかったため、直ちに薬事法違反で摘発するのは難しい状況でした。
その後、新聞の折り込みに「解説特報」を見かけなくなったと思っていたところ、今年の1月21日、京都地方裁判所で、サン・クロレラ販売に対する適格消費者団体からの差止請求を認める判決が出たというニュースが流れました。
この訴訟では、日本クロレラ療法研究会の名義で配布されていた新聞の折り込みチラシの説明が、サン・クロレラ販売の「サン・クロレラA」などに関する優良誤認表示に当たるとして、景表法に基づくチラシ配布の差止めが認められました。
この判決は、サプリメントの広告に関する薬事法と景表法の境界線について新しい判断を示したもので、EC業界にも大きな影響を与える可能性がありますので、そのポイントをご説明したいと思います。
研究会チラシに記載された効能効果と薬事法の適用
日本クロレラ療法研究会のチラシには、クロレラに関して、「病気と闘う免疫力を整える」「細胞の働きを活発にする」「排毒・解毒作用」・「高血圧・動脈硬化の予防」「肝臓・腎臓の働きを活発にする」などの薬効があると記載されていました。
ある食品や栄養成分の研究会を立ち上げて、その効能効果について研究したり、研究結果を公表したりすることは何ら違法ではありません。しかし、それが特定のサプリメントの広告とみなされる場合には、広告しているサプリメント自体が「医薬品」とみなされ、未承認医薬品の広告として、薬事法違反になります。
薬事法上、効能効果の記述が特定の商品の「広告」となるためには、以下の3つの要件が必要だとされています。
①顧客を誘因する意図が明確であること
②特定医薬品等の商品名が明らかにされていること
③一般人が認知できる状態にあること
日本クロレラ療法研究会のチラシには、サン・クロレラ販売のサプリメントの商品名は掲載されていませんでした。チラシの効能効果に興味を持った消費者が研究会に問い合わせをすると、サン・クロレラ販売のカタログが同封された封筒が送付されてきて、初めてチラシの効能効果と特定の商品が結びつくという手法が採られていました。
そのため、形式的には、研究会のチラシは、広告3要件のうちの①と②が欠けており、薬事法上の「広告」には該当しないとの主張が可能でした。こうした研究会のチラシは、長年にわたって、薬事法のグレーゾーンとして、当局の摘発を免れてきました。
薬事法と景表法の違い
サプリメントについて医薬品的な効能効果を謳って広告をした場合、未承認医薬品の広告となり、2年以下の懲役という刑事罰の対象となります。刑事罰ですから、場合によっては、逮捕されることもあり得ます。
一方、商品の効果について「実際のものよりも著しく優良と誤認されるおそれのある表示」をした場合は景表法違反となりますが、景表法違反で直ちに刑事罰を科されることはなく、消費者庁長官からの措置命令が行われたり、適格消費者団体からの差止請求の対象となったりします。
簡単に言えば、違反がすぐに警察沙汰になるのが薬事法、行政処分や民事的な差止めの対象になるのが景表法ということです。
チラシの配布主体に関する裁判所の判断
この裁判で、サン・クロレラ販売は、「日本クロレラ療法研究会が取得した個人情報は、サン・クロレラ販売から独立して管理されているから、両者は別の組織だ」と主張しました。
しかし、裁判所は、サン・クロレラ販売が研究会の広報活動費用を全て負担していることや、研究会に資料請求をすると、研究会の資料のほかに、サン・クロレラ販売の商品カタログや注文書が送付されてくることなどを挙げて、研究会がサン・クロレラ販売の宣伝広告を行う一部門に過ぎないと判断しました。
研究会のチラシの商品表示該当性について
サン・クロレラ販売は、「チラシには、『クロレラ』や『ウコギ』といった一般的な原材料の記載はされているものの、商品名の記載がないから、サン・クロレラ販売の商品の内容を表示するものではない。」と主張しました。
しかし、裁判所は、「ある広告に、字面上、商品名が記載されていないとしても、それだけで規制対象から外すのは相当ではない。研究会のチラシは、そこに記載された様々な効用に関心を抱いた顧客が必然的に商品の購入を勧誘されるという仕組みがとられているのだから、商品の品質に関する表示と見なければならない。」と判断して、サン・クロレラ販売の主張を退けました。
チラシの優良誤認該当性
サン・クロレラ販売は、「チラシに記載された効能効果が存在しないことの立証責任は原告側(適格消費者団体側)にあり、その立証ができなければ、チラシの説明が優良誤認表示に当たるとは認められないはずである。」と主張しました。
しかし、裁判所は、「医薬品の承認がされていない商品に医薬品的な効能効果が表示されている場合、一般消費者は、その商品があたかも国により厳格に審査され承認を受けて製造販売されている医薬品であるという誤認を引き起こすおそれがあるから、優良誤認表示に当たる。」と判断しました。
判決がサプリメントの広告業務に与える影響
判決では、たとえチラシの紙面に商品名の表示がなくとも、消費者がチラシの説明に誘導されて特定の商品の購入に至る仕組みがある場合には、景表法違反に該当すると判断されました。
日本の刑事事件は99%以上が有罪になりますが、それは裏を返せば、検察官は絶対に有罪になる事件しか起訴しないということです。ですから、薬事法違反を刑事事件として立件するためには、どんな反論をされても有罪にできるだけの証拠を集める必要があり、それには多大な捜査コストがかかるため、サプリメントの研究会商法は、当局からは事実上黙認放置された状態にありました。
しかし、今回の判決のように比較的簡単に景品表示法違反が認められて民事的な差止めの対象になるとすれば、研究会商法をこれからも継続する法的なリスクは格段に高くなります。
また、健康食品の効能効果の表示に対する差止請求について、これまで適格消費者団体はどちらかというと消極的でした。その理由は、訴えを提起する適格消費者団体側に、表示された効能効果が実際の効能効果と比べて著しく優良であることの立証責任があったためです。
この点について、判決では、医薬品として承認されていないものに医薬品的な効能効果が表示されていれば、その表示は直ちに優良誤認表示に当たるとして、実質的に、効能効果の有無・程度に関する適格消費者団体側の立証責任を免除しました。
現在、サン・クロレラ販売は、この判決を不服として控訴していますが、仮に、控訴審でも京都地裁の判断が維持されれば、サプリメントの表示に対する適格消費者団体の差止請求が一気に活発化する可能性があります。