ECの人材と育成について 第5回:理想的なEC担当者のあり方【前編】
ECの人材の獲得と育成について、結論から言ってしまうと、獲得は外部人材の募集を実施して、もしよい人が見つかれば採用するといったくらいのレベル感で、ただ、必要なタイミングで必要なレベルの人が見つかる可能性は低いため、結局、内部育成していくことになるということです(これは、ECに限らず、筆者が得意とする新規ビジネス全般に言えることです。DX、デジタルビジネスをはじめ、アナログでの新規ビジネスなどもです)。この連載では、どのスキル、人材がEC業務に向いているか、どう育成していくかを、事業者側視点で書いていきます。第5回は「理想的なEC担当者のあり方」【前編】です。
育成/研修
基本は、現場での実務で身に着けていくことが一番と考えます。もちろん、明確な目的や大まかな説明を事前に行うことが非常に大事で、単に現場で背中「だけ」を見て学べということではありません。先輩や同僚のやることを見て、わからなければ聞いて、教えを請いながらは、どの業務でも一緒です。
・パートナー/ベンダーさんから学ぶ
特に立ち上がり期、社内に詳しい人がいない場合は、EC業務の中でも、種類がありますが、パートナー/ベンダーさんと仕事をする可能性のある業務、例えば、Web広告などでは、筆者はパートナー/ベンダーから学ぶということが重要で早道だと考えています。
筆者自身も、ECの現場仕事は社内に誰も経験者がいない状態で始め、手探りの中、パートナー/ベンダーさんの知識、経験から学ぶことが多かったからです。
ECに限りませんが、新規のことを行う場合は、社内にわかる人/経験のある人がいない場合がほとんどです。その場合に、調べることや本を読むだけでは不十分ですし、同業からの情報も得にくい中で、パートナー/ベンダーさんの知識、経験は光明なのです。もちろん、パートナー/ベンダーさんから話を聞く、提案をさせ指摘をする、結果報告を聞き質問をするといったレベルでは意味はあまりありません。パートナー/ベンダーさんと一緒に考え、作業をし、汗をかくレベルまでやってはじめて学べ、自分たちでもできることとなります。少しは時間がかかりますが、社内に知見がない場合には一番の方法に間違いありません。
日本の多くの会社では、特に小売では、商品と販売以外の広告その他の業務を、パートナー/ベンダーさんに丸投げし、担当者は外注管理のようなことをしている場合が多かったと言えます。本業の商品と販売に注力しておけば、本業でないそれ以外の業務は外注への丸投げでよいという考え方です。
しかしながら、ECでは、連載の中で解説している業務は、すべてECの本業です。外部に丸投げしていいものはありません。すべてのリソースをすべて社内で抱えるということではなく、「手足」を使ってやる実際の作業は外注しても、考えるところ、計画、仕様作り、ディレクションなどの「頭」は丸投げしないということです。規模がある程度大きくなると外注の活用は進みます。頭は自社で抱え、社内に「外部リソースをコントロールできる人材」を育成することが重要です。
理想的に言えば、本来、社内でできるしやったほうがよいが、たまたま手足となるリソースが足らないので、アウトソーシングしている、という状態であればよいのです。さらに規模が大きくなると、手足のところも内部で抱えたほうが、効率がよくなる場合も多く、その際の内製化にも役に立つわけです。
・内製化に向けて学ぶ
パートナー/ベンダーさんから学ぶ究極は、EC運用代行にいったん全部投げてから、学んでいくといったことでしょうか。コストの適正さ、ノウハウの取得、本来の提供価値を発揮できるかといった部分を除けば、レベルの差はあると思いますが、EC運用代行企業に依頼してしまえば、社内には、MD担当者とキャンペーンなどの方向性を決めてくれる窓口的な担当者のみで、ECは運用できてしまいます。
似たようなケースは建設によくあり、ゼネコンに元受けとして依頼し、その下にいろいろな役割の会社をぶら下げてプロジェクトを進めていくという方法です。システム開発でも大手のSIerさんに元受けとして発注し……というパターンです。社内にリソースがない場合、特に頭となる部分が不足している場合は、この元受け方式(ゼネコン方式?)が向いています。
そのうえで、できるだけ元受けの業務に入り込みながら、頭となっている元受け部分を内製化し、後の手足の部分は必要な部分を内製化するかどうか決めていくということです。できれば、EC運用代行企業に依頼するときに、将来的に内製化したいと伝えておくことがフェアだとは思います。入り込んで経験し、学んでいくのが一番育成には早く、効率的です。その前提であれば、少し高めのフィーを払って納得してパートナー/ベンダーさんに協力してもらうなども考えられると思います。
・システムと制作
ECの業務の中でも、少し例外的なものは、システムや制作です。これらは、単純に頭数としてのリソースが足らないのであればなんとかなります。また、上司などにしっかりと知識、経験を持った人がいれば、内部育成できる可能性もありますが、そうでない場合は、パートナー/ベンダーさんから学ぶ方法では無理と考えています。規模が小さかったり、簡単なツールだけを利用して行える段階であれば可能ですが、ある程度、規模が出てきて、システムが複雑化したり、他システムとの連携が発生したり、制作の高度化、制作量の増加の場合はむずかしいと考えています。
システムは、(システム教育を受けたことのある)社内に指導できる人がいないのであれば、中途採用をしてください。契約や協力会社の常駐的なものも補完的にいいとは思いますが、ECにとってシステムは本業部分ですので、内部の担当者を置くべきと考えます。(システム教育を受けたことのある)適する人が採用できれば、後はある程度、内部でも育成が可能となる場合もあります。
制作であっても、外部の研修などに派遣しある程度身に着けてくることは可能ですが、実際の実務ができるようになるには時間はかかると考えてください。
Web制作(Webデザイン&コーディング)はできれば一人目は外部からの採用がよいと思います。文字の修正、画像の置き換え等であれば、すぐに育成可能です。それを超えるWeb制作も、時間をかければ、外部の研修などを利用してある程度は内部での育成も可能です。しかし、ページ全体の制作やある程度のボリュームの制作を自信を持って行えるようになるには、かなり時間を要するでしょう。
制作の中でも、営業側(マーケティングやMDなど)の要望をまとめ、Web制作担当者や外部パートナーへディレクションをしていく役割は重要です。Webディレクターと呼ばれることもあるこの役割の中の「営業側に対する部分」は、コミュニケーション能力があり、まとめる力のある人であれば、どういった要素をWeb制作担当者に伝えるべきかを学ぶことにより、内部育成のほうが早いともいえます。
ただし、本来は、Webデザイン&コーディングを理解し、どのような制作手法であれば、ビジネス側の要望に応えられるか、要望を実現するのにはどのくらいの時間、費用が掛かるかということが十分わかっているべきでしょう。これも、社内にわかる人がいれば、案件をこなしながら教わっていければ可能です。教われる人がいない場合は、営業側とWeb制作担当者の間で、行ったり来たりして、最初のうちはある程度失敗やトラブルを経験していけば十分身に着きます。
うまくいかないのを、システムやWeb制作の外部パートナーのせいにしている担当者、事業者をよく見かけますが、実際はそうでない場合が多いといえます。そのようなスタンスでは、システムや制作のレベルや生産性(そしてECの成長)は上がっていきませんし、内製化もできませんし、担当者が求められているレベルに育成されません。
筆者がよくいうことに、「外部のパートナーは、ちゃんと言わなくては要望通りのアウトプット/制作物は出せないし、ちゃんと言っても要望通りのアウトプット/制作物にならないこともあるので、業務を理解してある程度先回り的に、途中で何回か確認をしていくことが必要」があります。内部の人間同士でもむずかしい意思の疎通は、外部の人とであればもっとむずかしいということなので、経験をしていくのがやはり一番です。
・後工程、前工程を学ぶ
内部の担当者や外部パートナーに納期をはじめ無理をお願いすることがよくあります(お願いであればよいですが、頼んでいることの内容がわかっているのか不明ですが、一方的な強い要望を当たり前のようにしている事業者さんも多々います)。人にちゃんとしてもらうためには、自身がちゃんとしている必要があります。欲しいものを欲しいタイミングで手に入れたければ、ある程度業務を理解したうえで、必要なものを必要なタイミングで提供しなくてはなりません。外部パートナーのアウトプットに文句を言ってばかりではなく、事業者側の依頼の仕方について襟を正して行うということが大事です。
ECに限らずビジネスで成果を出すためには、結果のために考え動く必要があり、他を非難していても必要なものを必要なタイミングで入手できなければ、それは担当者の責任です。そのために、自身の後工程(制作の場合は、ディレクターであれば後工程はWebデザイン)の業務/手順を大枠理解し、かかる時間/手間、費用の感覚を持っていることが重要だと考えています。
筆者がいた事業会社では、制作のディレクターはもちろんのこと、制作を依頼してくる営業側の担当者にも、これらの知識/感覚を身に着けるように推奨していました。そうすれば、計画のレベルが上がり、ECチーム全体のレベルアップ、生産性アップ、成長の加速ができるからと考えていました。
制作に限らず、自身が担当している業務の前工程と特に後工程の手順、手間などを理解することはとても重要です。MDであれば、ささげや商品登録は後工程です。ささげや商品登録がなければ制作はできないので、制作はMD、ささげや商品登録の後工程、受注処理の後工程は出荷作業などとなります。
後工程もしくは依頼先の業務を理解の上、依頼をすれば求めているものがより求めているレベルで獲得できます。また、先にも書きましたが、ECのキャリアパスは隣接業務へと担当を増やしながら、上位職へなっていくことが多いわけですので、当然、前工程、後工程が隣接業務ですのでその理解は必要となります。
他のどんなビジネスでも、上記は同様のことですが、歴史の浅いECでは、特に求められる場合が、まだまだ多いといえます。
また、例えば、制作担当者のもっとも厄介な(時間のかかる)業務は、営業側から納期通り、必要な情報をもらうこと、ラフデザインなどの中間制作物、最終制作物の確認/チェックを〆切通りにしてもらうことだったりします。なので、ポーンと外部から来た人よりは、内部で育成された人のほうが向いている仕事かもしれません。
・全体の中の役割、位置づけを意識させていこう
各担当者に、できるだけ情報を開示し、各々の業務がEC全体の中でどういう意味があるか、他にどんな役割があるか、自身の業務がEC全体の結果のどこにどう効いてくるかを理解、意識させることは育成にとても有効です。
ECはいろいろな数字が測定できますし、そのパフォーマンスは社内でよく語られています。しかし、割と、特に新人は、そのパフォーマンスと自分の業務の関係性がわかっていなかったり、さらに、EC業務全体が見えていなかったり、担当外の業務ぜんぜん知らなかったりします。実は隣の席に座っていて話をよくする他の役割の人の業務を全くわかっていなかったりもします。PCに向かっての作業が多いためもあり、作業の結果が見えなかったりもするのです。
・ECの事業活動の中での位置づけ
そこで、できるだけ明示的に(繰り返し)、全体の業務図、業務フローのなかで、あなたの役割はここで、こういった意味があるということを説明、伝えていくことをおすすめしています。既存のスタッフでも理解の少ない場合も多いといえます。これは、EC自体の歴史が浅いこともあり、他の業務よりも一般化されていなかったり、ブラックボックスやあいまいなところも多いからです。下記はかなり上流のフローなのですが、まずはこういったところから、各担当者の位置づけを説明し、さらに細かいプロセスのなかでの説明をしていきます。
・自分の業務のレベルアップが何に効くのか
今はあまりないと信じたいのですが、以前は、MDやマーケティング担当以外に、売上情報やアクセス状況、特に企画単位や商品別が開示されていないEC事業者がありました。これでは、他の担当者は、自分の業務がどうパフォーマンスに影響しているのか見えません。できるだけ、全体の数字(KGI)やそれぞれのKPIをこまめに開示し、KPIツリーなどで、担当者が行った業務、改善がどこに効いたのかを理解させることが必要だと考えています。分析ツールで勝手に見なさい、ではなく、明示的に説明、解説していくことが重要です。
割とこつこつ系の作業的な業務が多いのもECの特徴ですが、その担当者が行ったことがどう営業結果に影響したかを見えることはモチベーションアップになります。また、顧客に直接触れることの少ないECでは、商品情報やサイトの作り、物流などの顧客に直接触れる部分は、店舗の内装や販売員が行う「接客」のようなものです。レベルが上がり、改善されれば、集客にも、売上にも、リピートにも貢献します。
全体の業務の把握は、もちろん業務の後工程前工程の理解の助けになりますし、業務の幅を増やしリーダーになっていくのにももちろん役に立ちます。リーダーとなる人間が営業数字を知らないというわけにもいきませんので、この2つの意識づけは、育成に大きな力を持つと言えます。