埋もれた商品を必要としている顧客に届ける、データや画像解析AI活用術【大丸松坂屋百貨店 セミナーレポート】
2024年12月、awoo株式会社が4日間にわたって開催した「ファッションECカンファレンス2024」に、株式会社大丸松坂屋百貨店のDX推進部 部長 / アナザーアドレス 事業責任者 田端竜也氏と、株式会社ニューロープ 代表取締役 / 国際ファッション専門職大学 准教授 酒井聡氏が登壇。老舗百貨店グループ、大丸松坂屋の社内ベンチャーとして立ち上がったファッションレンタルサービス「アナザーアドレス(AnotherADdress)」において、同社とファッションAIを開発しているニューロープが協働し、隠れた需要を発掘する取り組みについて語り合った。
百貨店が取り組む循環型ファッションビジネス
株式会社ニューロープ 代表取締役 酒井聡氏(以下、ニューロープ 酒井) はじめに、大丸松坂屋様で「アナザーアドレス」が立ち上がった経緯を教えていただけますか。
株式会社大丸松坂屋百貨店 DX推進部 部長 / アナザーアドレス 事業責任者 田端竜也氏(以下、大丸松坂屋 田端) J.フロント リテイリンググループの一角である大丸松坂屋は、全国でファッションビルや百貨店を運営しています。グループで約1.2兆円の売上(2023年度総額売上高)がありますが、1990年代のバブル崩壊後、ECに出遅れた百貨店業界は苦戦を強いられました。そこで時代を先取りするサービスとして、ファッションサブスクリプションサービスに着手し、「アナザーアドレス」を2021年3月、コロナ禍の最中に立ち上げました。少し背伸びしたブランドを送料込みの定額で着られて、気に入れば割引価格で購入できるというサービスです。
現在はアパレル市場の0.1%程度と黎明期の業態ではありますが、20年後にはECのように巨大な市場となる可能性があります。現在の登録者数は約22万人、約33万着 を貸し出しました。サブスクの継続率は平均11カ月で、月間購入が平均1%弱。レンタル後の購入者割合は約6%です。
「アナザーアドレス」のミッション
ニューロープ 酒井 「アナザーアドレス」はどのようなミッションを担っているのでしょう。
大丸松坂屋 田端 「アナザーアドレス」運営チームのキーワードは“Fashion New Life”。新しい消費スタイルの創造を目指し、持続可能な循環型ビジネスモデルとファッションエンパワーメントを構築しようとしています。
従来の百貨店は、行き着く先に「廃棄」がある大量生産のビジネスモデルでした。しかし、モノが飽和すれば成長の限界がやってきます。そこで私たちは、循環型のビジネスモデルであれば皆様に改めてほめていただけるのではないかと考えました。洋服の一生は原材料の調達から始まり、デザイン、生産、流通、消費、廃棄というステージがあります。悪い言い方をすれば従来の呉服屋は「仕入れて売るだけ」で、保管やリメイク、リサイクルなどの領域は見ていませんでした。循環型のビジネスモデルを目指し、私たちは自社で洋服を維持・クリーニング・修繕し、シェアリングサービスとしてお客様に体験価値で提供しています。
シミ、破れなどは染め直しやリメイクで修繕し、端材はしっかりと資源に戻します。結果として、「アナザーアドレス」は4年間で一度も服を捨てたことがありません。
ニューロープ 酒井 “ファッションエンパワーメント”についても、具体的にお聞かせいただけますか。
大丸松坂屋 田端 デザイナーズブランドのファッションには人を元気づける力があると思います。バブル期は多くの人がそのワクワクを楽しんでいたでしょう。しかし、現在はブランド物を気軽に着られる時代ではなくなり、ともすれば「服は裸を隠す道具」という捉え方をしている方もいるのではないでしょうか。デザイナーズブランドの服は富裕層やファッション愛好家のものになっています。
ライフステージが進んでいく中、デザイナーズブランドに触れないで生活するのはもったいない。洋服を通して、外見だけでなく自信を持てれば内面も変わり、人生も変わるかもしれません。私たちは多くの人が素敵な服に袖を通せる機会を作ろうとしています。
潜在顧客はファッションを“諦めている”
ニューロープ 酒井 どのような方が「アナザーアドレス」の潜在顧客と考えられるのでしょう。
大丸松坂屋 田端 前提として、誰しもファッションが嫌いなわけではありません。「今日かっこいいね」とか「かわいいね」と言われれば、照れながらもうれしい気持ちになると思います。しかし(お客様への)インタビューを進めると、合理的な理由でファッションを諦めている人が多いことがわかってきました。
理由はクローゼットが狭い、買い物やクリーニングの時間がないなど。特に時間の制約を抱えている方が非常に多くいらっしゃいます。また、若い方であればお金が足りない、ご年配の方はトレンドを追うことに疲れたなどの声もありました。
従来の購入者に向けたアプローチでは、裸を隠す機能としてのファッションと、自己実現のファッションの間にある高い段差を乗り越えられませんでした。そうすると、ファッションを楽しめる人は富裕層や愛好家だけになってしまいます。この階段を越えられない方々が、「アナザーアドレス」のターゲットとなる潜在層です。
レンタルファッションのメリットとシナジー
ニューロープ 酒井 レンタルファッションの魅力を教えていただけますか。
大丸松坂屋 田端 「無限クローゼット」「スマート性」「買い物の失敗からの解放」「環境貢献性」の4点です。サブスクで洋服を選べるようになると、着用する機会の少なさ、飽き、価格などで洋服を諦めることがなくなります。これが「無限クローゼット」のメリットです。「スマート性」は洋服を楽しむ時間、空間、価格の制約を最小限にすることで実現しています。通勤中にスマホで注文すれば翌日届き、使ったらクリーニング不要でコンビニから返せるので、タイパ、スペパ、コスパを重視する都市圏のワーカーにとって効率的です。
そして、サブスクで借りた服を着て過ごし、気に入ればブランドから直接購入すれば、服を買ってから後悔する買い物の失敗がなくなります。これは試着では得られない成功体験です。最後に「環境貢献性」です。服を捨てないレンタルは環境に良いビジネスモデルなので、10年、20年先の未来に大きく成長するマーケットだと思います。
大丸松坂屋とニューロープが見据える未来
ニューロープ 酒井 「アナザーアドレス」はどのような成長を目指していますか?
大丸松坂屋 田端 将来は多くの方が借りるものと買うものを使い分ける時代になるでしょう。そのときに備えて、アウトドアギア、釣り具、家具など、様々なレンタル需要に応えられるプラットフォームを目指しています。
ファッション分野では「Fashion New Life」を目指し、循環型のレンタルサービスを通して、皆様が改めてデザイナーズファッションの楽しさを認識できる時代を作りたいと考えています。いつか着なくなる洋服は、捨てる代わりに「アナザーアドレス」がお預かりして直し、他の方の手に渡るお手伝いをします。仮に直せないならアップサイクルすることで別の服に生まれ変わらせる。そうやって収益性のある循環型ビジネスの強い世界を目指しています。
ニューロープ 酒井 弊社はテクノロジーで大丸松坂屋様を手伝わせていただいています。10年ほどファッション×テクノロジーの事業を行っており、元々はメディアコマースとして、スナップ写真の洋服をECで購入できるようにするタグ付けをしていて、そのデータをもとにファッション画像認識AIも作りました。
主要な事業はレコメンドエンジンの開発と、トレンド分析、予想です。レコメンドエンジンとしては投稿画像 から商品を検索したり、ECストアで品切れの商品に代わる類似商品のおすすめを表示したりする機能です。トレンド分析では3000万点以上のアイテム情報とトレンド推移をデータベースに蓄積しており、1年先の売れ行き増減を予想します。予想データはブランド、商社、小売店などに、企画から発注まで様々なフェーズで活用していただいています。
個人的にはAIで全てを画一化するのではなく、人間の得意なところを伸ばすことで業界に利益が残るようにしたいです。そうすればデザイナーブランドや若い人がチャレンジできる、投資してもらえる社会のバッファを作れるのではないかと考えています。
浮き上がった「選べない」課題を解決する方法
ニューロープ 酒井 「アナザーアドレス」にはどのような課題が残っていると考えていらっしゃいますか。
大丸松坂屋 田端 まず個人的な思いとしてですが、ファッションは自分で選び取ることが大切だと考えています。いわゆる晴れの日だけでなく、デートやプレゼンといった“セミ・晴れの日”に自分のテンションが上がる服を選ぶ喜びを大切にしたい。しかし、サービス立ち上げ当初50ブランドだったブランドが350ブランドに増え、商品も10万着になってくると、お客様にとって「選べない」という課題が出てきました。そこで現在は30着から50着の提案ができるような実装を急ピッチで進めています。
ファッションラバーではなく、興味層の方の多くは、自分の着たい服が明確に言語化できません。そこでレコメンドAIやメディアコンテンツを通した提案にニューロープ様のソリューションを活用しています。
ニューロープ 酒井 ありがとうございます。メディアはどのように運営されているのですか。
大丸松坂屋 田端 オウンドメディアの「マガジン」では、色々な視点から服選びをサポートする記事を書いています。メンバーの頑張りで、現在はオーガニック流入が60%を占め、毎月数十万人の方にアクセスしてもらえるサイトに成長しています。ピックアップアイテムは手動と自動を組み合わせて表示するようにしており、欠品しているときはニューロープ様のAIがシルエットや色味が似ているアイテムを10万点の中からおすすめしてくれます。
会員は「良い」と思ったら直感的に借りられる動線になっています。マルジェラ(Maison Margiela)などの人気ブランドは欠品率が7割を超えるうえ、特にレンタルは奥行(在庫数)が少ないので、レコメンド機能は大切なコンテンツです。
ニューロープ 酒井 その他の技術的なアピールポイントも教えてください。
大丸松坂屋 田端 ファッションECは着用感などのデータが取りにくいのですが、返却というタッチポイントがあることで、お客様が着用シーンなどのデータを生み出してくれます。また、このデータに紐づいた無料のファッションタイプ診断を使えば、どのような方がどんなシーンで使い、どう評価したアイテムなのかがわかる状態で紹介されます。
レコメンド内容はパーソナライズされるよう、東大発の学生ベンチャーと協力してロジックを最適化しています。洋服は購入機会が少ないので顧客データがたまりにくいですが、月4着レンタルされている方であれば48着分のデータがたまります。リッチなデータを蓄積できることもレンタルファッションの強みですね。