「ぞっこん度」を高め、ファンの熱量を成長のエンジンに ファンと歩むヤッホーブルーイング、20年の実践知
株式会社ヤッホーブルーイング 通販ユニット Unit Director 植野浩樹氏
国内クラフトビール市場でトップシェアを誇るヤッホーブルーイング株式会社。「よなよなエール」で知られる同社だが、創業初期には地ビールブームの終焉によって売上が急落し、倒産の危機に直面した時期があった。
転機となったのがECだ。どん底のなか、“開店休業状態”だった楽天市場での販売に本腰を入れると、日本各地のファンから直接声が届くように。その後、顧客の熱量を測る独自指標「ぞっこん度」を軸にファンマーケティングに取り組み、EC、店舗、商品開発、コミュニティなど部門を横断した施策によって、継続的に売上を伸ばすことに成功している。ヤッホーブルーイングは、いかにしてファンの熱量を事業成長につなげたのか。その軌跡を紹介する。
●本記事は2026年1月開催「ECのミカタ カンファレンス」で行われた株式会社ヤッホーブルーイング 植野浩樹氏のセッションをレポートしたものです
「ビールを中心としたエンタメ事業」で多様な接点を構築
1997年創業のヤッホーブルーイングは、「よなよなエール」で知られるクラフトビールメーカーで、国内クラフトビール市場でトップシェアを誇る。ミッションは「ビールに味を!人生に幸せを!」。画一的な味が主流だった日本のビール市場に多様性をもたらし、新しいビール文化を広げることを目指している。
同社は自らの事業を「ビールを中心としたエンターテイメント事業」と定義する。ビールの製造販売だけでなくイベント、レストラン、メディアコンテンツなどを通じてビールを楽しむ体験そのものを提供するのがヤッホー流だ。

販路はスーパー・コンビニなどの店頭販売に加え、自社EC、楽天市場、Amazon、LINEギフト、ビアレストラン、イベントなど幅広い。こうした多様なチャネルを通じて日々、顧客との接触機会を増やしている。
倒産危機下、ECで可視化された「ファンの存在」
現在は右肩上がりの成長を続ける同社だが、創業初期には深刻な低迷期があった。地ビールブームの中で創業した同社は当初順調に売上を伸ばしたが、ブームが去ると売上は急落。大量の在庫を抱えることになった。なんと、売れずに残ったビールを醸造所内でスタッフが一缶ずつ開けて中身を廃棄していた時期もあったという。
「スタッフが腱鞘炎になりながら、一缶一缶捨て続けました。3年かかって、やっと捨て終わりました」(植野氏)
その間も売上は下がり続け、赤字が続き、社員が次々と辞めていく。そんな状況の中で「まだやり切っていないと思い出した」のが、楽天市場だった。同社は楽天市場がスタートした1997年に出店していた、いわば初期メンバー。危機的状況の中、それまで放置していた楽天市場での販売に、最後の望みを懸けた。
「ここだけ最後にやりきって、それでもダメならもう事業をたたもうというところまで追い詰められていました」(植野氏)
そうしていざ、ECに本腰を入れると、日本各地に点在していたファンに直接商品を届けられるようになった。と同時に、「(ヤッホーブルーイングの拠点である)長野で一度買って、ずっと探していた」「このビールを飲んで価値観が変わった」といった生の声が届くようになった。
「この経験が、私たちがファンを大切にする原点です。お客様が喜んでくれて、応援してくれる。お客様の声が直接届く。『このとき初めて、世の中に存在していいんだと実感した』と、弊社の社長もよく言っています。お客様に救っていただいたという感覚が今も私たちの根っこにあります」(植野氏)
差別化集中戦略~“勝てる市場”に絞り楽天1位を獲得
地獄のような低迷期を経験した同社が選んだのが、「差別化集中戦略」だった。大手ビールメーカーと同じ土俵で戦っても、広告費や知名度の面で太刀打ちするのは難しい。そこで同社は市場を絞り込み、その中で差別化によって優位に立とうと考えた。
その象徴的な事例の一つが、「父の日のビールギフト」で楽天市場で1位を獲得したことだ。競合が激しいお中元・お歳暮といった市場では戦わない。代わりに「ECでの父の日ギフト」というフィールドに集中することで、V字回復を図った。さらに、単価の高いクラフトビールを詰め合わせた、年末のビール福袋でも楽天市場の全商品ランキング1位を獲得。しかも、そのときのプロモーションは会員向けメルマガのみで広告費はゼロだった。
「ファンの皆さまと一緒に売上を作っている、一番わかりやすい証拠だと思っています」(植野氏)
同社のECサイトでは「ヘンテコで面白い」コンテンツも展開し、それも差別化の一つだ。これらは直接的な売上向上施策というより、ブランドの世界観に触れ、一緒に楽しんでもらうための取り組みと言える。
ファンマーケの象徴、30人→5000人に拡大したイベント「超宴」
ヤッホーブルーイングのファンマーケティングを象徴する取り組みが、5000人が参加するまでに成長したファンイベント「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)」だ。
「5000人というと驚かれるかもしれませんが、我々もいきなりこの規模に到達したわけではありません。最初は都内のビアパブを貸し切って、30〜40人規模のイベントから始まりました」(植野氏)
始まりは「(自社のビールの)ファンってどんな人たちなんだろう、実際に会ってみたい」という純粋な興味だったという。イベントを重ねるうちに規模は徐々に拡大。やがてチケットは数分で完売するようになり、2018年に東京お台場で開催されたイベントには5000人が詰めかけた。
特徴的なのは、ファンがイベントの企画や運営にも関わっている点だ。オンライン会議でイベントの内容を一緒に考え、当日はファンが運営側として接客にも参加するという。

独自指標「ぞっこん度」でファンの熱量を可視化
「ファン」をマーケティング視点で捉える場合、「購入金額・購買頻度が高いロイヤル顧客」をイメージするかもしれないが、ヤッホーブルーイングは、購入金額による線引きはしない。同社ではファンを、「飲用体験・頻度にかかわらず、ヤッホーブルーイングやその製品に好意を持ってくれている方々」と定義している。
ファンは「同じクラフトビール好き/ヤッホー好きの仲間」であり、友人のようなフラットな関係性を築くことを目指している。これは同社が大切にする「顧客は友人」という価値観に基づく。
ファンを購入金額や購買頻度で定義しないかわりに、顧客の気持ちを可視化するために導入したのが独自指標「ぞっこん度」だ。年1回のアンケートをもとに、5段階で「ぞっこん度」を集計している。
さらに、年間のビール消費量と自社商品の購入割合についての仮説をもとに相関を分析したところ、「ぞっこん度」と購入金額の間に明確な相関があることがわかった。「ぞっこん度5」の顧客は年間購入金額が約5万円にのぼるという。
「好きという気持ちと売上には相関があります。だから、『ぞっこん度』を高めれば売上は後からついてくるのです」(植野氏)


部門横断でつくる成長の仕組み、ファン体験を売上につなげるループとは
同社は顧客体験を「ベネフィットを知覚する体験」→「日常での再想起」→「ヤッホー圏内への流入」というループとして設計し、これらに部門横断で取り組んでいる。
たとえば、旅行先の軽井沢で偶然飲んだ一杯、父の日ギフトとして贈られたビールなど、特別なシーンと結びついた体験が記憶に残り、その後スーパーやコンビニで商品を見たときに「あのビールだ」と再想起が起きる。再想起が繰り返されると「もっと知りたい」という欲求が生まれ、ECやSNSに流入する。そこでブランドの深い想いに触れ、「ぞっこん度」は高まっていく。

同社はECやSNS、醸造所などを「ヤッホー圏内」と呼び、ファンの「ぞっこん度」を高める場として位置づけている。商品自体はスーパーやコンビニでも買えるからこそ、ECでは限定商品や体験コンテンツなど、ファンが「わざわざ訪れたくなる理由づくり」に力を入れる。
たとえば「ゆっくりビアグラス」は、砂時計型の構造で逆さにしてもビールが少しずつしか出てこない。“ビールなのに早く飲めない”という逆転の発想の商品だ。ビールのアクリルスタンド(ジオラマアクスタ)も販売しており、ファンが家に飾って楽しめるアイテムとして支持されている。
また、2025年には同社商品「有頂天エイリアンズ」を題材にしたフォトキャンペーンも開催。商品を購入した顧客がこうした企画をきっかけにWebを訪れ、ブランドの世界観に触れる機会にもなっている。これらの施策を通じて、ECを単なる販売チャネルではなく、ファンがブランドと深く関わることのできる場として設計している。
「どこで買っていただいても構いません。買う場所はお客様が決めるものです。最終的には会社全体で売上を作っているという認識があります」(植野氏)

同社の歩みが示すのは、「売上はファンの気持ちの後から追いついてくる」という哲学を、指標・施策・組織の3つの層で愚直に実装し続けることの強さだ。「ぞっこん度」というユニークな言葉の背後にあるのは、地ビールブームの崩壊とどん底の3年間という、身を削るような原体験だ。その記憶がある限り、ファンを手放すことはないだろう。
「『ぞっこん度』を高めることができれば売上は後から追いついてくる」と締めくくった植野氏の言葉は、同社のファンマーケティングの本質を端的に表していると言えるだろう。
大手SIerにてネットワークセキュリティエンジニアとして6年間従事後、2016年にヤッホーブルーイングへ入社。以降インターネット通販事業を担当し、公式インターネット通販サイト「よなよなの里」の本店からECモール店、ふるさと納税など数多くの店舗を運営。2019年より現職。


