ファン作りの“その先”へ 顧客の熱量を売上に接続する「EC×ファンマーケティング」最前線
新規顧客獲得コストの高騰を背景に、「LTVの最大化」は多くのEC事業者にとって重要テーマとなっている。その有効な打ち手として注目されるのが、ユーザーとの長期的な関係構築を目指すファンマーケティングだ。しかし実務の現場では、「ファン施策に取り組んでいるが売上につながらない」「優先順位が上がらず継続できない」といった課題も少なくない。ファンは“つくる”ものではなく、“結果として生まれるもの”であり、その熱量をいかに事業成長へと接続するかが問われている。
本稿では、カンロ株式会社、株式会社ヤッホーブルーイング、株式会社アルビオンの事例を中心に、ファンの熱量を売上につなげるための考え方と実践を整理し、「“ファンづくり”のその先」にある成長の道筋を紐解く。
●本記事は2026年1月開催「ECのミカタ カンファレンス」の内容をレポートしたものです
カンロに学ぶ、リアル×ECでファンの熱量を購買に変える循環設計
創業1912年の菓子メーカーであるカンロはキャンディ市場で国内首位に立つ一方、「ピュレグミ=カンロ」と認識する顧客は1割にとどまっていた。この課題を変えるべく、デジタルを軸にファン化を推進し、ECを顧客との双方向接点へと進化させている。
コロナ禍による直営店休業を機に本格化したEC事業は、Shopify移行と全社横断プロジェクトを経て、EC・コミュニティ・カスタマーサポートを統合した「Kanro POCKeT」へと発展。「お客様と直接会話しながらファンをつくり、その声を商品開発に還元する循環を目指しています」と、同社 マーケティング本部 フューチャーデザイン事業部 マネージャーの武井優氏は語る。
カンロ株式会社 マーケティング本部 フューチャーデザイン事業部 マネージャー 武井優氏 ●セッションテーマ「カンロが明かす――リアルで熱狂を生み、ECで売上につなぐ【熱狂×収益】の挑戦」
賞味期限や耐久性の制約で一般流通が難しい商品をECで展開する「アメージングカンロ」もその一例だ。シリーズ第1弾として星空をモチーフに、ラムネを自ら瓶に詰める“体験”も含めて商品化した「ホシフリラムネ」はSNSで拡散し、初回は発売から9日間で完売した。
リアル施策にも注力する。コミュニティ「Kanro POCKeT ×(カンロポケットクロス)」と連動したファンイベント「カンロ祭(まつり)」を2025年11月に開催。景表法上の制約を踏まえつつ体験価値を高めるため有料化し、ワークショップや社員との対話を盛り込んだ内容は、募集開始10分で完売した。
こうした取り組みはEC売上にも表れている。「ホシフリラムネ」発売時はSNSバズとPRによる露出が主だったが、第3弾「スノーマロウ(Snow Mallow)」はメルマガとLINEのみで完売し、購入者の約6割が既存ファンだった。カンロ飴発売70周年で商品化された実寸大「カンロ飴ネックレス」もプレスリリースとメルマガだけで完売するなど、 PR依存からファン起点の売上構造へと転換が進んでいる。
「少しずつですが、ファン化が売上につながっている実感があります」と武井氏。今後は店頭購入への貢献度の可視化にも取り組む方針だ。
“好き”は売上につながる――「ぞっこん度」と購買の相関
国内クラフトビール市場でトップシェアを誇るヤッホーブルーイングだが、創業初期には地ビールブーム崩壊で売上が急落し、倒産寸前まで追い込まれた。
そのとき「思い出した」のが、開店休業状態だった楽天市場だった。「ここだけ最後にやりきって、それでもダメならたたもうというところまで追い詰められていました」と、同社 通販ユニットUnit Directorの植野浩樹氏は振り返る。
株式会社ヤッホーブルーイング 通販ユニット Unit Director 植野浩樹氏 ●セッションテーマ「ヤッホーブルーイング20年のファンマーケティング戦略を公開 ~部門横断でファンを“売上成長”につなげた実践ノウハウ~」
楽天市場に本腰を入れると、全国のファンに直接商品を届けられるようになり、「このビールを飲んで価値観が変わった」といった生の声が届くようになった。「お客様に救っていただいたという感覚が今も私たちの根っこにあります」(植野氏)
苦境を乗り越えた同社が選んだのは「差別化集中戦略」だ。競合の多いお中元・お歳暮では戦わず、「ECでの父の日ギフト」に集中し出荷量を確立。年末の「ビール福袋」では会員向けメルマガのみ・広告費ゼロで楽天市場全商品ランキング1位を獲得した。
ヤッホーブルーイングがファンの熱量を可視化する指標としているのが、独自に算出する「ぞっこん度」だ。購入金額や頻度ではなく、年1回のアンケートをもとに、顧客の気持ちを5段階で測定。同社の分析の結果、「ぞっこん度」と購入金額には明確な相関があることが判明しているという。「好きという気持ちと売上には相関がある。だから、『ぞっこん度』を高めれば売上は後から追いついてくるのです」(植野氏)
この思想は個別の施策にも一貫している。30~40人規模で始まったファンイベント「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)」は、やがてチケットが数分で完売する人気イベントとなり、2018年には5000人規模に拡大。ファンが企画段階から関わり、運営にも参加するスタイルが定着している。
こうした取り組みを部門横断的に行っている同社の事業において、ECを単なる販売チャネルではなく、限定商品や体験を通じて、ファンが「わざわざ訪れたくなる場」として設計されている。「どこで買っていただいても構いません。最終的には会社全体で売上を作っているという認識があります」(植野氏)
“接客の再現”がCVRを押し上げる、アルビオンのコミュニケーション設計
株式会社アルビオン 国際ブランド推進室 参事 榊原隆之氏は、ファンづくりの起点を「顧客とのコミュニケーション」に置く。「PAUL & JOE(ポール&ジョー)」「ANNA SUI(アナ スイ)」といったブランドを展開する同社は、店舗で培ってきた接客価値をECでも再現し、顧客との関係性構築を進めている。
「社内では『ファンにするなんて、言っちゃいけない』と言っています。ファンはなっていただくもの。コミュニケーションの向こうにしかファンはいないと感じています」(榊原氏)
(写真左から)株式会社アルビオン 国際ブランド推進室 参事 榊原隆之氏、株式会社Channel Corporation 執行役員 HRBP 鈴木諒氏 ●セッションテーマ「ファン作りの初手 接客を重視するブランドが実践している戦略」
ではECにおいて、顧客と温度感のあるコミュニケーションをとり、関係性を構築するにはどうすれば良いのか。そこでアルビオンが導入したのが株式会社Channel Corporationの提供する「チャネルトーク」だった。同ツールを導入すると、「このリップ、私に似合う?」「プレゼントには何がいい?」といった購入前の相談が増加し、まるで店頭のようなやりとりがオンラインでも生まれた。
さらに生成AIを導入し、夜間・休日でも対応可能な体制を構築。問い合わせ数はメール・チャット時代の2.5倍に増え、コンバージョン率も向上したという。
「コミュニケーション量が増えてコンバージョンも上がった。コミュニケーションが増えれば、よりファンになっていただける。そのことがデータで証明されました」(榊原氏)
AIは導入して終わりではなく、日々のチューニングが欠かせない。アルビオンでは、前日の対応を確認し、改善を重ねているという。
「慣れれば1日10~15分のチューニングで、翌日からAIの回答精度がぐっと上がる。スタッフがお互いの接客をフィードバックし合うのと同じ感覚でAIに向き合っています」(榊原氏)
答えは顧客にある――。コミュニケーションの設計と総量を高めることが、ECにおけるファン化と売上成長を左右することが示された。
画像提供:株式会社Channel Corporation、株式会社アルビオン(カンファレンス登壇資料より)
カンロとヤッホーブルーイングに聞く、ファン施策を成果につなげる設計と組織
パネルディスカッションには、カンロの武井氏とヤッホーブルーイングの植野氏が再び登壇。ファン施策の定義から社内推進、指標設計まで、ファンマーケティングのリアルが語られた。
──改めて、「ファンマーケティング」の定義をお聞かせください。
ヤッホーブルーイング 植野浩樹氏(以下、植野) ファンとは、私たちに興味・好意を持ってくださっている方。ファンマーケティングは「ファンと一緒に何かに取り組むこと」だと考えています。たとえば飲み会イベントでも、私たちも同じ場で一緒に飲む。お客様と同じ時間を共有して楽しむ、という感覚が根本にあります。
カンロ株式会社 武井優氏(以下、武井) 私たちはもう少し広く捉えていて、顧客に限らず、メディアや社内も含めた全ステークホルダーをファン化していく活動です。接点がある相手へのアプローチは、すべてファン施策と考えています。
──ファンマーケは重要と理解しつつも、優先順位が上がらない・続けられないという悩みが多く寄せられています。どのように乗り越えてきましたか。
武井 難しいですよね。組織としては、広報・デジタルマーケティング・ECを一つの部署に統合し、その中で完結できる体制にしたのが大きかったです。役員に対しては、NPSやファン度と購買頻度の相関を統計データで示しています。
失敗もありました。以前はブランドごとにコミュニティを立ち上げ、コンテンツを増やしていったのですが、人件費も膨らみ運用が回らなくなったんです。現在は専任を置かず2~3名の兼任で、コンテンツも最小限に絞り、コミュニティもお客様同士の交流より「企業との対話」に軸足を置いています。
植野 続けるための仕組みというより、もともと文化があった、というのが正直なところです。ファンイベントにはEC担当だけでなく人事や製造スタッフも参加し、会社全体でお客様をおもてなしします。ビールを仕込んでいる製造担当が、実際に飲んでくださっているお客様と直接会う。数字やレビューでは得られない解像度で体感できる。この経験が「続ける壁」を最初に越える要素になっていたと思います。

──イベントや施策の振り返りで、どのような指標を見ていますか。
植野 イベント単体では、「ぞっこん度」というファン指標を参加前後で計測しています。態度変容があったかを確認した上で、「どのコンテンツが良かったか」もヒアリングする。好意度が上がった人に刺さっていた体験を起点に、施策を逆引きして振り返っています。
武井 同様に、アンケートで態度変容は必ず確認しています。イベント後の購買との紐付けはまだ課題で、全体の購買頻度を半年~年1回のスパンで計測し始めている段階です。
──ファン施策の成果を事業につなげるうえで、どのように指標設計をしていますか。
植野 短期の売上は追わない、と明確に決めています。売上を追い続けると目線が「お客様」ではなく「売上」になり、最も手っ取り早い手段であるクーポンや値引きに向かう。短期的には売れますが、値下げはブランド価値を毀損し、中長期では売上が伸びなくなります。
これはコロナ禍で実際に経験しました。“家飲み”需要で新規顧客が急増し、施策が新規獲得寄りにシフトした結果、コアファンから直筆の手紙が届いたんです。「最近のヤッホーは大企業病ですね」と。このメッセージを全社で共有し、「自分たちは何を大切にするのか」を改めて問い直しました。
武井 売上を直接追わない点は同じです。施策ごとにKPIを設計し、目的に応じて指標を変える。「カンロ祭」のような初回イベントであれば、次回につなげるためのリピート率や満足度を見る。ファン施策全体では、NPSやファン度と購買関与の相関をデータで示し、役員への説明材料にしています。
──EC限定商品はどのような狙いで開発されているのでしょうか。
武井 一般流通ではできないことをECで実現する、という軸で考えています。新しいグミやキャンディの体験を届け、カンロをより好きになってもらう。売上を目的とした商品ではなく、ブランドへの好意を深めるための「入口」として位置づけています。ただ、どれだけ新しい体験でもブランドの軸から外れてはいけない、という点は外せません。
──これからファンマーケに取り組むEC事業者は、何から着手すべきでしょうか。
武井 コミュニティ(場)と体験の両方が必要ですが、優先すべきは「体験の整理」です。カンロというブランドにどんな人格を持たせたいのか、お客様にどう感じてほしいのか。それを「ブランドカルチャーブック」として社内で整理しましたが、本来もっと早くやるべきでした。この言語化があってはじめて、どの接点をどう使うかという設計ができるようになります。
植野 よなよなエールにも「ブランドガイドラインブック」があり、らしさを定義して守る運用をしています。ファンイベントを重ねる中で「なぜこうなっているのか」という問いが社内に生まれ、お客様インタビューを重ねながら整理していきました。仕組みや施策の前に、自分たちが何者なのかを言語化すること。それがブランドとしてブレずに続けるための土台になると思います。
ECのファン化とLTV向上を支える最新ソリューション
「ユーザーの熱量を価値に変える EC✕ファンマーケティング」をテーマに開催されたこの日のカンファレンスには、ファンマーケティングを実践する企業として前述の4社と株式会社ソニー・ミュージックソリューションズが登壇した。
株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ ファンコミュニケーションカンパニー EC事業2部 部長 尾嵜雅樹氏 ●セッションテーマ「IP価値を最大化する戦略」
さらにECを支援する3社が、ファン化・LTV向上に関する最新の知見やソリューションを紹介した。SaaS型ECサイト構築プラットフォーム「futureshop」を提供する株式会社フューチャーショップの安原貴之氏は、年間流通額2,044億円を支えるプラットフォームの視点から、OMOとSNSを活用したファン化戦略を成功事例とともに解説。EC/CXソリューションを提供する株式会社QuickCEPの志垣宗紀氏は、AIチャットによる顧客対応の自動化にとどまらず、会話データをLTV向上に活かす取り組みを現場目線で伝えた。
さらにソリューションピッチには株式会社ecbeing 斉藤淳氏が登壇し、ファン化を促進しEC事業の成長に貢献するサービスの魅力を解説。全セッション終了後に行われた懇親会では、登壇者と参加者の垣根を超えて、リアルイベントならではの活発な情報交換が行われ、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。
(写真左から)●株式会社フューチャーショップ マーケティング部 取締役 ゼネラルマネージャー 安原貴之氏:セッションテーマ「事例で学ぶ!ファンに愛され成長するECのOMO・SNS戦略」 ●株式会社QuickCEP CS事業部責任者 志垣宗紀氏:セッションテーマ「QuickCEPのAIチャットがファンを生む理由」 ●株式会社ecbeing 上席執行役員 斉藤淳氏:セッションテーマ「ファン化を促進しEC事業の成長に貢献する ecbeingとAIデジタルスタッフのご紹介」


