検証「SaaSの死」は「ECの死」へとつながるのか?【前編】 EC事業者が知っておくべき2026年の重要トレンド

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船木春仁

AIが各種のSaaSの機能を代替する「SaaSの死」への関心が高まっている。それは、多くのSaaSが活用されているEC(電子商取引)領域においても同様の、あるいはそれ以上に切実な課題だ。

2026年は、ECの将来像を探る重要な1年になる。「SaaSの死」は「ECの死」につながるのか。各種の報道や識者の見解などをもとに検証してみよう。(文中敬称略)

SaaSベンダー株のパニック的投げ売り

アメリカとイスラエルによるイランへの軍事侵攻によってダウ平均株価が乱高下を繰り返すなか、弱気相場で安値にへばりついたままのセクターがあった。ソフトウェア株だ。

ソフトウェアセクターの代表的な指数連動型上場投資信託(ETF)である「iShares Expanded Tech-Software Sector ETF(IGV)」は2025年12月から21%も下落し、時価総額はたった数カ月で1兆ドルも消失した。代表的な銘柄は、ネットワークを通じて業務用のソフトウェアを提供する「SaaSベンダー」と呼ばれる企業だ。例えばSalesforceは26%、Adobeは24%、そして財務・人材管理のWorkdayにいたっては40%も下落した。

この状態を、ある投資レポートは「SaaS-pocalypse(サーズポカリプス)」と表現した。

「pocalypse(黙示録・大災害)」とは、深刻な破局的変化を表現する接尾語で、日本語にすれば「SaaSの破滅的な危機」とでもなろうか。この投資レポートは、投資家の売り行動を「get me out型のパニック売り」とも表現している。これもまた意訳すれば「俺を早くここから出してくれ!と叫びながらのパニック売り」となる。

また別の投資レポートは、「今、SaaSの成長鈍化と構造的な変化が起きている」と表現した。

SaaS市場は拡大を続けているはずだが…

しかし、奇妙なデータもある。SaaSに関するさまざまな統計を収集しているSellersCommerceによれば、世界のSaaSの市場規模は2025年時点で3905億ドル(1ドル=160円換算で約62兆4800億円)、2029年にはほぼ倍増の7931億ドルにまで拡大すると予測しているのだ。同期間で成長率が3倍を超えると予測する調査もある。

世界には約3万800社のSaaSベンダーがあり、うちアメリカが1万7000社を占める。すでに企業が使うビジネスソフトウェアの8割超がSaaSに代替されているともいわれる。

拡大の背景にあるのが、業務システム類のオンプレミス(自主運用)からネットワークを介したクラウドへの移行だ。システム維持に関わるコスト(コスト・オブ・オーナーシップ)の削減が追求されてきた結果である。クラウドによるサービス提供の技術面での安定性が向上し、CRMやERPなど基幹システムのクラウド型への移行が進んだこともSaaSの拡大を後押ししている。

さらに、SaaSが利用者数などによって利用料金を徴収する「サブスクリプション型」のビジネスモデルであることが収益の安定性につながり、投資マネーを呼び込む大きな理由になっていた。

まだまだ成長の余地が大きいと予測されているにもかかわらず、なぜ「SaaSの破滅的危機」などと騒がれているのか。

先のSellersCommerceの調査によれば、世界中の企業が使っているSaaSアプリケーションの平均数は、2022年に130個でピークを迎えた後は減少傾向にあり、2024年は106個と2年連続の減少になった。

採用されるSaaSをめぐっての競争は激しくはなっている。しかし、それだけで「破滅的危機」と騒がれる理由は想像しにくい。いったいSaaSになにが起きているというのだろうか。

マイクロソフトCEO サティア・ナディラ氏の「予言」

「震源」は2年前、2024年12月のマイクロソフトCEO サティア・ナディラの発言にあった。

IT企業のトップや専門家を招いて業界動向について密度の高い議論を行うポッドキャストとして有名な「BG2」に招かれたナディラは、AIに話題が及ぶと次のように語った。

「現在のSaaSビジネスアプリというのは、本質的にはデータ作成・読み取り・更新削除(CRUD)するためのデータベースに、業務ロジックを載せただけのものにすぎない。(データを学習して自律的に業務を処理する)AIエージェントが業務ロジックを吸収してしまう時代には、こうしたSaaSの形態は崩れていくだろう」

ナディラの発言には、いくつかの前提がある。

ちなみにナディラは、「検索市場ではGoogleの独占構造が崩れ、AIエージェントが新しい競争の軸になる」とも語っている。

業界への懸念と「SaaSの死」の登場

ポッドキャストが公開されると、誰とはなしに「SaaSの死」という刺激的な表現を使うようになった(ナディラ自身は「死」という単語は使っていない)。ネット上では賛同と反論が激しく交わされた。

肯定的な評価は次のようなものだ。

「SaaSアプリはCRUDと業務ロジックであり、エージェントがそれを吸収するという指摘は本質的。極めて妥当な見通しだ」
「SaaSは死んだというナディラの指摘は、AaaS(Agents・as・a・Service)への移行を示している」


一方、SaaS企業寄りのアナリストやコミュニティからは反論が見られた。「SaaSは死ぬのではなく、AIを内部に取り込み進化する」という立場だ。

直接的にナディラの発言を受けてのものではないが、Salesforce CEOのマーク・ベニノフは「AIは、SalesforceのCRMを再発明する」と語り、Workdayの共同社長であるサヤン・チャクラボルティも「AIを使ってWorkdayの安全性や信頼性を高める」と語っている。いずれも「AIはSaaSの価値を高めるものの、AIがSaaSに取って代わることはない」という主張だ。

「SaaSの死」が四六時中、市場で話題になっていたわけではなかった。それでも2025年の1年間でSalesforceの株価は約26%、Workdayは約17%も下落した。

Salesforceの2025年の業績は、売上高だけでなく純利益も共に前年同期比で10%ほど上回る好調なものであったが、その勢いをも相殺してしまうような深い懸念が、株価を下げる背後にあった。それこそが、「AIが従来のソフトウェアビジネスモデルを恒久的に破壊する」という懸念である。その懸念は、2026年に入ってのAI人気の高まりとは裏腹に、SaaSベンダーの将来不安として意識され続けたのである。

AIエージェントの時代が始まる

AIは、SaaSの業務処理の過程から具体的な処理方法を学ぶ外部性の機能を持っている。だからこそサティア・ナディラが指摘したように、データベースに業務ロジックを載せただけにすぎないSaaSは、その機能を簡単にAIに学ばれてしまう。

これはECに関わるSaaSでも同じだ。もしECのバックヤードやフロントを支える各種SaaS(カート、CRM、レコメンドエンジンなど)が不要になれば、それは私たちが知る従来の「Webサイト型ECの死」を意味するのではないか。

商品説明文の生成やレビューの分析、画像生成、さらに需要予測、レコメンド、物流の最適化など、従来は個別のSaaSが提供していたサービスのほとんどが、特定の機能処理を自律的に行う「AIエージェント」に取って代わられる可能性がある。

実際、dentsu Japan(電通)主席AIマスターの並河進によると、電通ではすでにキャッチコピーや画像のプランニングなどクリエイティブ分野だけでなく、プロモーション計画の効果を1億人レベルで検証・推計ができるAIなどマーケティング分野でも多くのAIが活用されているという。並河は、「(今後の)広告会社の仕事の半分は、『企業のための独自のAIモデル構築』と『AIエージェント構築』になっていく」と語っている()。
*『AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる』宣伝会議、2025年

すでに大手のECサイトではAIの導入が本格化している。従来はキーワードの羅列で行われた検索がAIでは自然文でできることから、より具体的かつ細かく購入推奨商品を提示できるというメリットがある。

Amazonでは2025年9月に生成AIを活用した対話型のショッピングアシスタント「Rufus(ルーファス)」を導入した。同じくYahoo!ショッピングも2026年2月、商品選びから配送状況の確認、購入履歴をもとにした買い物支援など、購買行動の全体をAIがサポートする「Yahoo!ショッピング AIエージェント」の提供を始めた。

(つづく)


記者プロフィール

船木春仁

船木春仁

水産経済新聞社、東京タイムズ社編集局社会部、文化部デスク、社会部長、金融証券部長、編集局総合デスクなどを経て、1990年に編集工房PRESS Fを設立。フリーの経済・産業ジャーナリストとしてダイヤモンド社、新潮社、野村インベスターリレーションズ(『IRmagazine』)、東京海上日動火災保険(代理店向け広報誌『Club Nextage』)、NTT(広報誌『365°』)、川崎重工業(技術広報誌『Kawasaki News』)などの各種媒体で記事執筆や企画構成。著書に『時代がやっと追いついた 新常識をつくったビジネスの「異端者」たち』(新潮社)、『テクノロジー・ストリーミング 技術頭脳集団NTT-ATの挑戦』』(毎日新聞社)など。

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