AIを制する者がこれからのECを制す|【B2A With C】時代のモノの売り方
「AI実装元年」となった2026年のEC業界。AIの進化が、従来のECのビジネスモデルを根底から塗り替えようとしている。「従来の常識」に頼ったEC運営は、淘汰されつつある。
では、この激変期にEC事業の舵をどう切るべきか。その確かな指針を与えてくれるのが『AIに選ばれ、ファンに愛される。』である。
著者の佐藤尚之氏はコミュニケーション・デザイナーとして数々の実績を持つ。「AIとは何者か」の本質を徹底的に掘り下げ、これからの時代を生き抜くための、まったく新しいマーケティングモデルを提示する。
AIを執事にする「世界一賢い生活者」の誕生
『AIに選ばれ、ファンに愛される。』の著者である佐藤尚之氏(通称さとなお)は、コミュニケーション・デザイナーおよびマーケッターとして確固たる地位を築いてきた人である。その第一人者がみずからAIを徹底的に学び、AI時代における消費者の行動変化と、それに伴う事業者の「モノの売り方」の変貌を予測・対策としてまとめたのが本書である。
まず提示されるのが、次の予測と現状認識だ。
「(AIは)想像もつかないほどの情報を、利用者に代わって解析し、利用者に最適と思われる情報を提示する。そういう武器を敵にした消費者は、『世界一賢い生活者』に変貌する」
「マーケティングという概念ができて以来最大の事件が起きている」
著者は、「知の世界は『知識』『知能』『知性』の三つからなり、現在のAIは、知性>AI≧知能>知識のレベルにある」と言う。つまり、膨大な知識を瞬時に収集し、もっともらしい知能を備え始めているものの、まだ人間の「知性」の域には達していないという。
実際、評者(船木)も生成AIのCopilotに「AIは今、どれぐらい賢いのか」と直接聞いてみたら、AIの自己評価は「テキスト生成や要約、情報収集・記憶などでは超人級。しかし推論や芸術性は中学生レベルであり、総合的に判断すれば『部分的に超人級だが、総合知能としては人間未満』」という、極めて客観的なものだった。
ちなみに、このAIの自己評価に対して「真偽をどう判断するのか」「倫理はどのように担保されるのか」「フェイクを生まない仕組みは作れるか」としつこく質問していくと、興味深い変化が起きた。AIがだんだんと質問者(評者)のスタンスや関心を学習し始め、その文脈に沿った情報や判断を先回りして紹介するようになったのだ。これこそが、文脈を捉えて情報を提示するAIの真骨頂といえる。
著者はこうした特性を捉え、生成AIは今後、質問によって最適な情報を選択・提示する「AIエージェント」となり、さらには主人(質問者)の好みや教養度まで学習した「パーソナル・エージェント(PA)」、つまり優秀な秘書や執事のような存在になる、と予測する。
マーケ誕生以来の大事件「情報の非対称性」の消滅
AIが消費者お抱えの「執事」になると、企業と消費者の関係はどう変わるだろうか。
AIは主人(質問者)のために、世界中のあらゆる情報を集めて主人を「世界一賢い生活者」に仕立て上げる。つまり主人は、ある商品に関するメリットもデメリットも競合との比較も、すべてを把握できるようになる。
これはつまり、従来のビジネスの前提であった「企業と消費者の情報の非対称性(企業側だけが情報を持っている状態)」の消滅を意味している。従来のような企業から消費者への一方的な情報提供が意味をなさなくなり、情報の格差を利用した顧客の囲い込みは一切不可能になるということだ。著者はこれを「マーケティング誕生以来、最大の事件」と定義する。
となればEC事業者は、消費者個人へ直接アプローチする前に、まずは消費者(主人)の盾となっている「AI」に認められるための情報発信に腐心しなければならない。そのマーケティングフレームが「B2A With C(消費者と共にいるAIに対するビジネス)」だ。
例えば、洗濯洗剤を買う際、消費者が「柔軟剤いらずで、微香性、手荒れが少ない洗剤が欲しい」とAIに頼めば、AIは世の中のあらゆる洗剤のスペックを読み込み、さらにその消費者の過去の購買実績や好みの傾向を掛け合わせて、瞬時に候補を絞り込む。その選択肢の中から、人間が「最後の選択」を行う。
消費者の目に触れる前に、優秀な執事である「AIの判断」という強固な壁が立ちはだかる今、EC運営において「AIにどのようにブランドや商品を正しく認識され、推奨してもらうか」という工夫(AI検索最適化)が、不可欠な戦略となっている。
2つの最適解――「AIルート」と「ファンルート」
では、AIという強固な壁を越え、最後の選択で「自社の商品」を選んでもらうにはどうすればよいのか。
著者は、進むべき道は2つしかないという。それは、「AIルート」と「ファンルート」だ。
AIルート
これは、「AIに選ばれ、消費者の最終判断に持ち込む流れ」である。AIルートを勝ち抜くためのフレームワークは、「TRUST」と「SENSE」である。
•TRUST:AIに信頼され、推奨されるための5つの要素(「AI語への翻訳」「差別化ポイントと独自性」など)
•SENSE:AIが提示した選択肢の中から、最終的に消費者の「感覚」に訴えかけて選ばれるための5つの要素(「ブランドに社会的センスを纏わせる」「ブランドに経済的センスを纏わせる」など)
これら合計10の要素手法について、EC事業者がすぐに実践できるよう詳細に解説されている。
ファンルート
これは、「AIの推奨を飛び越える、圧倒的な顧客との絆」である。
いくら優秀な執事(AI)が客観的なデータをもとに「こちらの商品がおすすめです」と提案しても、主人が「いや、私はこのブランドが好きなんだ」と言えば、AIはそのこだわりを覆すことはできない。
モノを売る側にとってブランドを愛してくれる「ファン」の存在は、AI時代における究極の防波堤であり希望である。ここでも著者は「FANBASE(ファンベース)」というフレームワークを示し、ファンを惹きつけ、関係性を深めるための7つの具体的アプローチを提示する。
ちなみに著者は、「ファンベース」というマーケティング概念を提唱し、ブームを巻き起こした張本人である。本書で再びファンベースを説くことについて、「自分の理論への我田引水だと思われるかもしれない」という葛藤があったと吐露しているが、AIの特性を調べ上げ思考した結果、「AI時代に生き残るためには、やはりファンベース以外に最適な手法が見当たらなかった」という。
さらに本書では、著者が開発に関わる「AI時代のシン指標『顧客幸福度』」についても1章を割いて紹介している。ファンを創り、継続的なリピーターにし、最終的に「生涯ファン」へと育てていく。そのプロセスと現状を検証・可視化できる「顧客幸福度」は、EC事業者にとっても大いに武器になる指標である。
AIのことはAI自身に聞け
本書は460ページの大著だが、けっして難解ではない。これだけ深い内容を、ここまでわかりやすく、かつエキサイティングに読ませる筆力は、さすがの一言に尽きる。
何より興味深いのは、著者自身がAIと徹底的な対話を何百回、何千回と繰り返しながら本書を書き上げていることだ。
先述の通り、AIは真偽の判断はしない。質問者の文脈に沿って、最適と思われる情報を集めてくるだけだ。だからこそ著者は、AIにAI自身のことを問い続け、AIという仕組みの気質や特性のようなものをつかんだ上で本書をまとめたのだろう。読者が「AIルート」「ファンルート」というアイデアに納得するのは当然だ。
本書は、AI時代という未知の市場を生き抜くための「マーケティングの歩き方」と表現してよい著作だ。気になったページにはどんどん付箋を貼り、マーカーを引き、何度も関連部分を読み直し、ページが擦り切れ、ズタズタになるまで活用してみてほしい。本書を片手に自社のECサイトを見つめ直したとき、昨日までと同じはずのEC市場の景色が、まったく違って見えてくるはずだ。
そう、『地球の歩き方』という本を手にして旅に出ると、昨日と今日では同じ街の風景が、まったく違って見えたのと同じである。
佐藤尚之(さとう・なおゆき)氏は、大手広告会社でのクリエイティブ・ディレクターを経て2011年に独立。(株)ファンベースカンパニー創業者兼取締役会長。著書に、『ファンベース』『ファンベースな人たち』『明日の広告』『明日のプランニング』など。また「さとなお」のペンネームで『うまひゃひゃさぬきうどん』『沖縄やぎ地獄』などの食に関する著作も多い。
AIに選ばれ、ファンに愛される。変わる生活者とこれからのマーケティング
佐藤尚之 著
日経BP
2000円+税
連載アーカイブはこちらから!第1回/第2回/第3回/第4回/第5回


